
1999年5-7月に印パ間で勃発したカールギル紛争は、宣戦布告がなく、パーキスターン側が正規軍の関与を否定しているなどの理由から、一般的に「戦争」とは呼ばれていない。この紛争は、カシュミール地方のカールギル地区において、印パの事実上の国境線になっている管理ライン(LoC)を超えてインド側の基地を占領した武装勢力をインド軍が押し戻したという戦いであり、インドは勝利を主張している。よって、愛国主義的な映画の題材にもなりやすい戦争であり、これまで「LOC Kargil」(2003年)、「Dhoop」(2003年)、「Lakshya」(2004年)、「Gunjan Saxena」(2020年/邦題:グンジャン・サクセナ -夢にはばたいて-)、「Shershaah」(2021年)などが作られてきた。
2026年8月7日からNetflixで配信されたウェブドラマ「Operation Safed Sagar: The Untold Story of the Kargil War」は、またひとつカールギル紛争を題材にした作品である。これまではインド陸軍が大半のカールギル紛争映画の主体になってきたが、このウェブドラマはインド空軍の活躍にフォーカスしている点でユニークである。カールギル紛争時にインド空軍が遂行した作戦は「サフェードサーガル作戦」と呼ばれている。「サフェードサーガル」とは「白い海」という意味で、雪で覆われた山岳地帯をイメージしている。
また、近年インドではヒンディー語映画を中心に空軍関係の映画が多く作られていることにも注目すべきである。「Tejas」(2023年)、「Fighter」(2024年)、「Operation Valentine」(2024年)、「Sky Force」(2025年)などだ。「トップガン マーヴェリック」(2022年)の影響だと思われるが、技術的なブレイクスルーもあったと感じる。おかげで、猫も杓子も空軍映画といった感じだ。
さて、「Operation Safed Sagar」は、全6話の構成である。
- Peace and War(平和と戦争)
- Sada-e-Sarhad(国境に響く音)
- Safed Sagar(白い海)
- Golden Arrows(黄金の矢)
- Bombs Away(爆弾投下)
- Line of Control(管理ライン)
クリエーターのクシャル・シュリーヴァースタヴァは元インド空軍の軍人であり、その関係でこの企画が実現したのだと思われる。監督はオニ・セーン。
キャストは、スィッダールト、ジミー・シェールギル、ハルシュ・A・スィン、アバイ・ヴァルマー、ミヒル・アフージャー、タールク・ライナー、アルナヴ・バスィーン、アーディル・フサイン、マヘーシュ・マーンジュレーカル、サンジャイ・スーリー、KCシャンカル、バルン・ソーブティー、アンジャーン・シュリーヴァースタヴ、アナント・マハーデーヴァン、ディーヤー・ミルザー、プラジャクター・コーリー、アムリター・バーグチー、ヴィナイ・パータク、SMザヒール、マヌ・リシ・チャッダー、モーハン・カプール、チェータニヤー・アディーブ、ナレーンドラ・サチャール、ダーニシュ・フサイン、ラージ・ヴァースデーヴァ、パワン・チョープラーなどである。
「Operation Safed Sagar」は実話にもとづくウェブドラマである上に、実在する人物が実名で登場する。アタル・ビハーリー・ヴァージペーイー、ジョージ・フェルナンデス、ナワーズ・シャリーフ、パルヴェーズ・ムシャッラフなどの政治家・将校から、カールギル紛争で活躍した兵士まで、多数の人物がそのままの名前で顔を出している。また、本人の登場する記録映像も使われている。
日本語字幕付きであり、邦題は「サフェッド・サーガル作戦:限界高度の空軍ミッション」になっている。
1999年。インドのアタル・ビハーリー・ヴァージペーイー首相(アンジャーン・シュリーヴァースタヴ)とパーキスターンのナワーズ・シャリーフ首相(ヴィナイ・パータク)は、前年度に相次いで実施した核実験による関係悪化を緩和するため、和平の協議を進め、ラホール宣言を発表した。だが、裏では、パーキスターン陸軍のパルヴェーズ・ムシャッラフ陸軍参謀長(マヌ・リシ・チャッダー)は、カシュミール地方をインドから奪還するため、兵士をムジャーヒディーンに扮装させて管理ライン(LoC)に展開し、インド側の前哨基地を密かに占領していた。
バティンダー空軍基地を拠点とする写真偵察部隊ゴールデン・アローズでは、トニー中佐(ジミー・シェールギル)の指揮の下、ダーリー中尉(アバイ・ヴァルマー)、バルディー中尉(ミヒル・アフージャー)、サンギー大尉(タールク・ライナー)、グーフィー中尉(アルナヴ・バスィーン)などの若いパイロットが訓練をしていた。最近、トニー中佐は親友のアジャイ・アフージャー少佐(スィッダールト)を教官として呼び寄せた。
5月になると、インド政府はLoCのインド領側の前哨基地が何者かに占領されていることに気付く。基地に接近した兵士たちが次々に撃たれて死傷した。パーキスターン政府はムジャーヒディーンの仕業だと言う。シュリーナガル空軍基地に呼ばれたゴールデン・アローズが偵察をしたところ、基地を占拠しているのはパーキスターン軍の兵士たちであることが分かった。だが、高所に陣取っているため、容易に近づけず、インド陸軍の兵士たちは奪還できずにいた。また、偵察中にアフージャー少佐はスティンガーによる攻撃を受けて撃墜され、脱出したものの、パーキスターン領に着陸してパーキスターン陸軍に捕まってしまう。拷問の末、彼は惨殺され、遺体はインドに引き渡された。
高度が高すぎてヘリコプターでは近づけなかったため、インド空軍は戦闘機での爆撃を試みる。理想的な作戦は、ミラージュを使った射程外からのミサイル攻撃であったが、紛争のエスカレートを望まない米国がミサイルの提供を渋ったため、旧式のミサイルをミラージュに適応させなければならず、時間が掛かりそうだった。そこでトニー中佐は、ゴールデン・アローズが偵察用に使用しているミグ21を使って高高度から爆撃する作戦を提案する。上司のヴィノード・パトニー中将(アーディル・フサイン)はそれを了承するが、200m以内の精度を条件として出した。トニー中佐は3日の猶予をもらい試験を行うが、なかなか標的に命中しない。だが、米国がGPSを使って妨害していることが分かり、それを補正したことで、求められていた精度を実現することに成功する。
高高度爆撃が行われ、山の頂上に設置された敵陣を次々に破壊する。空軍の支援を受けた陸軍は基地を占領することが可能になった。だが、ムシャッラフ陸軍参謀長も空軍からのアドバイスを受け、レーダーを使った地対空攻撃での反撃を指示し、それがインド空軍の攻撃を防ぐようになった。そこでゴールデン・アローズは、編隊を組んでレーダーをかいくぐり、夜間に爆撃を行う。その後、ミラージュによる攻撃も可能になった。これらのインド空軍の活躍により、最終的にインド陸軍はもっとも重要な地点だったタイガー・ヒルの奪還に成功し、戦争に勝利する。
カールギル紛争時、インドの陸軍と空軍が緊密に連携して作戦を遂行し勝利を引き寄せたことは事実である。ただ、紛争開始から空軍の投入までには約3週間のタイムラグがあった。このタイムラグの主な原因は、陸空のライバル関係だったとされている。当初は陸軍は空軍の協力なしに紛争を解決しようとしていたし、いざ共同で作戦が行われることになった後も、空軍の運用方法で激しく対立したとされている。また、ヴァージペーイー政権も紛争のエスカレートを望んでおらず、それが空軍の投入の遅れをもたらしたとされている。
「Operation Safed Sagar」は、インド空軍から全面協力を受けて作られたウェブドラマであり、また、インドの独立記念日に近いタイミングで配信されたことからも明らかなように、インド人の愛国心を高揚することを目的とした作品である。よって、陸空の対立やインド政府の不手際は極力排除されているといえる。その代わり、パーキスターン側は一方的に悪者として描かれている。特にムシャッラフ陸軍参謀長は、首相の許可なくインドに対して勝手に軍事作戦を始め、パーキスターンに多大なリスクをもたらした極悪人に仕立て上げられている。
それでも、20世紀末の空軍がどのように作戦を遂行していたのかがよく分かる内容になっている。物語の中心になっていたのは写真偵察部隊であるが、この部隊は敵の上空まで行って写真を撮影し、分析データを収集することを主な任務としていた。今ならこのようなデータ収集は衛星写真を使ってできそうなものだが、1999年当時のインドは偵察機の下部に搭載されたカメラでの撮影に頼っていたようである。また、爆撃を行った後、戦果の分析をするためにもこのような偵察部隊が必要だった。ただ、爆撃をする部隊よりもリスクは高いという。この部隊はカールギル紛争では大活躍したのだった。
また、カールギル紛争が世界の戦争の中で特異なのは、高度が異常に高い点である。標高5,000m以上の山岳地帯で戦われた紛争であり、戦闘機も高度9,000m以上から攻撃を行うことを求められていた。これほどの高度で行われた戦いは世界でも稀であり、インド空軍はこの紛争での戦果を誇りに感じているようである。
そんなこともあって、作品の中で戦闘機が飛行するシーンは何度も出て来るが、それらの臨場感は他の空軍映画に引けを取っておらず、最大の見どころになっていた。CGも効果的に使われただろうが、インド空軍の協力を得ているということは、本物の戦闘機などが撮影に使用された可能性もある。これほど迫力のある映像を実現している作品がNetflixで直接配信され、映画館のスクリーンで公開されないのはもったいなくも感じる。
登場人物の数は多いが、最低限の個性を付けることができていて、鑑賞している内に自然と顔見知りになっていく。だから誰が誰なのか分からなくなるようなことはほとんどなかった。軍隊の描き方にも現代的なセンスを感じた。ジミー・シェールギル演じるトニー中佐やスィッダールト演じるアフージャー少佐といった上官がとても優しいのである。軍隊映画といえば鬼のように厳しい上官の存在が付きものだが、「Operation Safed Sagar」ではそういう理不尽なしごきみたいなものがあまりなかった。もっとも、この描き方もインド空軍の全面協力を受け、実名キャラも多いということと無関係ではないのかもしれない。
もうひとつ印象的だったのは女性キャラの描き方だ。まるで「武家の妻」に通じるような、軍人の妻としての強さや美学を持っており、自己を犠牲にし国のために尽くしているのは兵士として戦う男性たちだけではないことが彼女たちの凜とした表情によって示されていた。
「Operation Safed Sagar: The Untold Story of the Kargil War」は、1999年のカールギル紛争時にインド空軍がどのような役割を担ったのかがよく分かるウェブドラマである。インド空軍の全面協力を受けて作られているだけあって、ウェブドラマのレベルを超えた迫力ある空中戦の映像が見どころだが、それゆえにインド軍のネガティブな描写ができず、パーキスターンを一方的に悪者にしなければならないという限界も感じられる。多くの登場人物が実名で登場する実話にもとづく作品だが、あくまでフィクション映画として楽しむべきである。それでも、かなりの力作といえる。「Dhurandhar」(2025年/邦題:ドゥランダル作戦)の開始点であるIC814便ハイジャック事件の前に印パ間で何が起こったのかを知る目的でも有用だ。
