
2025年7月11日公開の「Maalik」は、1980年代から90年にかけてのイラーハーバードを舞台にしたギャング映画である。題名の「Maalik」とは「主」という意味だが、この映画の中では主人公のドンの別称となっている。
監督は「Bhakshak」(2024年)や「Dedh Bigha Zameen」(2024年)のプルキト。音楽はサチン=ジガル。
主演は「Stree 2: Sarkate Ka Aatank」(2024年)などを当てて最近絶好調のラージクマール・ラーオ。「Maalik」での彼の起用スタイルは大スターのそれであり、業界内で彼が既にトップスターとして認識されていることを示していると見なしていいだろう。ヒロインは「Samrat Prithviraj」(2022年)でデビューしたマーヌシー・チッラル。他に、プロセーンジト・チャタルジー、サウラブ・サチデーヴァ、サウラヴ・シュクラー、アンシュマーン・プシュカル、スワーナンド・キルキレー、ラージェーンドラ・グプター、バルジンダル・カウルなどが出演している。また、フマー・クライシーがアイテムソング「Dil Thaam Ke」でアイテムガール出演している。
1980年代、ウッタル・プラデーシュ州イラーハーバード。ディーパク(ラージクマール・ラーオ)は貧しい小作農ビンデーシュワル(ラージェーンドラ・シャルマー)の息子であったが、それに甘んじるつもりはなかった。父親は「マーリク」と呼ばれる地主に頭が上がらなかったが、ディーパクは父親に嫌がらせをした悪漢ラングラーを公衆の面前で惨殺する度胸を持っていた。ディーパクは政治家シャンカル・スィン(サウラブ・シュクラー)に認められ、相棒バダーウン(アンシュマーン・プシュカル)と共にアンダーワールドで暗躍し、やがて「マーリク」と呼ばれるドンにのし上がった。だが、そんなマーリクも妻シャーリニー(マーヌシー・チッラル)には頭が上がらなかった。
地元州議会議員バラール・スィン(スワーナンド・キルキレー)とその部下チャンドラシェーカル(サウラブ・サチデーヴァ)はマーリクの覇権が気に食わず、ラクナウーの刑務所からエンカウンター・スペシャリストの敏腕警察官プラブ・ダース(プロセーンジト・チャタルジー)を呼び寄せる。プラブはマーリクの家に押し入って脅すが、マーリクはその報復にプラブの息子を誘拐して脅し返す。マーリクは州議会選挙に立候補してさらなる権力を求めようとするが、ますますバラールと対立する。シャンカルは、マーリク、バラール、チャンドラシェーカルを自宅に呼び、話し合いでの解決を提案するが、マーリクはシャンカルに反抗し出て行ってしまう。シャンカルはバラールとチャンドラシェーカルにマーリクの抹殺を命じる。
そんなとき、シャーリニーの妊娠が分かる。マーリクはシャーリニーを連れてイラーハーバードを離れ、しばらく幸せなときを過ごす。シャーリニーから自首を求められたマーリクは、イラーハーバードに帰ってそれを実行しようとするが、シャーリニーが殺されてしまう。チャンドラシェーカルの手下による犯行だと知ったマーリクは実行犯を殺し、チャンドラシェーカルも惨殺する。さらに、シャンカルも殺す。
バラールは謝罪のためにマーリクを訪れるが、プラブの襲撃を受ける。バラールはバダーウンに殺され、マーリクは逃げ出す。実はマーリクの地位を狙ったバダーウンがプラブと密通していた。バダーウンに撃たれたマーリクは倒れ、取り囲んだプラブが彼にとどめを刺す。
その後、バダーウンは州議会議員になり、引退したプラブは故郷カルカッタに戻った。だが、ドゥルガー・プージャー祭で踊るプラブのところに、死んだはずのマーリクが忍び寄る。
主演ラージクマール・ラーオにとっては、彼の台頭と大スターの仲間入りを決定付ける重要な作品として位置づけられるだろう。だが、それ以外の部分では、「どこかで観たような映画」という印象を払拭できなかった。ヴィシャール・バールドワージ監督の「Omkara」(2006年)、アビシェーク・チャウベー監督の「Ishqiya」(2010年)、アヌラーグ・カシヤプ監督の「Gangs of Wasseypur」シリーズ(2012年/Part 1・Part 2)などで既に完成されたギャング映画の形をなぞっているだけに感じた。
主人公のマーリクはギャングのドンであるが、彼を中心にしたこの「Maalik」が成功するためには、いくら犯罪者とはいっても、マーリクにカリスマ的な魅力を付与しなければならない。ラージクマールの演技に不足はなかったが、マーリクの人物像を磨き上げるために十分な時間を費やせておらず、観客が思わず彼にひれ伏してしまうような引き込みがなかった。一介の大学生だったディーパクがイラーハーバードのアンダーワールドを支配するマーリクになるまでの道筋にもう少し丁寧に光を当てるべきだっただろう。回想シーンでそそくさと説明されただけだった。
唯一といっていいかもしれないが、マーリクの人柄がよく分かるエピソードだったのが、プラブの息子を誘拐したシーンだ。息子が誘拐されたことを知ってプラブは焦るが、すぐにマーリクがやって来て息子を帰す。もちろん、息子を殺すことなど簡単だったと思うが、既にイラーハーバードで覇権を握っていたマーリクは、誘拐した息子をあえて帰すことで余裕を見せつけ、戦意の喪失を狙った。このような「男気」を細かいエピソードによって積み上げていけば、もっといい映画になっていただろう。
それだけでなく、マーリクのギャングの成長過程も蔑ろにされていた。たとえば、敵対するチャンドラシェーカルがセミオートマチックの銃器を手に入れたと知った後、マーリクはバナーラスからフルオートマチックのAK-47やAK-56を調達するが、そんな金やコネがどこにあったのだろうか。少なくとも「Gangs of Wasseypur」シリーズではギャングが所有する武器の進化が定点観測されていたが、「Maalik」では雑にすっ飛ばされていた。
妻のシャーリニーから自首を求められ、マーリクがそれを受け入れるシーンは、個人的には珍しく感じた。インド映画では、家族を尊重するあまり、ギャングの家族がギャング稼業を全面的に支えるという設定の方が多い。だが、「Maalik」ではマーリクの家族にギャング稼業を支持する者は一人もいなかった。コンプライアンスであろうか。とはいえ、マーリクが自首を受け入れたところからの流れは完全に先読みできるものだった。自首直前にシャーリニーは殺され、マーリクは復讐の権化とかして、イラーハーバードを血で染め上げるのである。
シャーリニー役を演じたマーヌシー・チッラルはミス・ワールド2017であり、2022年に映画女優デビューして以来、将来を嘱望された若手女優に数えられる。だが、いまいち出演作または役柄に恵まれていない。「Maalik」で彼女が演じたシャーリニーも、途中で死んでしまう役であり、見せ場も少なかった。その少ない見せ場で彼女が圧倒的な演技力を見せることもなかった。このまま消えてしまいそうで心配である。
「Maalik」は、ラージクマール・ラーオ主演のギャング映画である。ネガティブヒーロー役ではあるが、大スターでなければ声が掛からないような役柄であり、ラージクマールのキャリアにとっては重要な作品だ。しかしながら、どこかで観たようなギャング映画に収まってしまっており、目新しい点はなかった。2025年に期待作に数えられていたが、期待外れで終わってしまった。