Bhakshak

4.0
Bhakshak
「Bhakshak」

 「Writing with Fire」(2021年/邦題:燃えあがる女性記者たち)は、スマートフォンを使って報道を行うダリト女性たちを取り上げたドキュメンタリー映画だった。それとよく似たタイプのフィクション映画が2024年2月9日からNetflixで配信開始された「Bhakshak(捕食者)」だ。ダリトではないものの、弱小独立系メディアでレポーターをする女性ジャーナリストが、報道の力によって巨悪に立ち向かうという筋書きのシリアスなストーリーである。

 監督はプルキト。過去に「Bose: Dead/Alive」(2023年)などを撮っているが、名の知れた人物ではない。シャールク・カーンの妻ガウリー・カーンがプロデューサーに名を連ねている。主演はブーミ・ペードネーカル。他に、サンジャイ・ミシュラー、アーディティヤ・シュリーヴァースタヴァ、サーイー・ターマンカル、スーリヤ・シャルマーなどが出演している。

 日本語字幕付きで配信されており、邦題は「バクシャク -犯罪の告発-」になっている。

 ヴァイシャーリー・スィン(ブーミ・ペードネーカル)はビハール州パトナーに住む女性ジャーナリストであった。元々大手ニュース番組に務めていたが、数年前に独立し、カメラマンのバースカル・スィナー(サンジャイ・ミシュラー)と共に「コーシシュ・ニュース」という小さなニュース番組を運営していた。ヴァイシャーリーの夫アルヴィンド(スーリヤ・シャルマー)は彼女が仕事に熱中して家事を顧みていないことに不満を抱いていた。結婚して6年が経っていたが、二人の間には子供ができていなかった。

 ある日、ヴァイシャーリーはタレコミ屋のグプタージーからムナッワルプルの女児保護施設に関する報告書が手渡される。その報告書は2ヶ月前に出ており、孤児の少女たちが性的な搾取を受けていると報告されていたが、州政府に全く動きが見られなかった。ヴァイシャーリーはムナッワルプルへ行き取材しようとするが、この施設は地元の有力者バンスィー・サーフー(アーディティヤ・シュリーヴァースタヴァ)によって牛耳られており、この不正には警察、児童福祉委員会、社会福祉省などもグルになっていた。

 ヴァイシャーリーは、かつてムナッワルプルの女児保護施設で働いていたスダーという女性から、施設内で何が起こっているか、話を聞くことができた。施設には何十人もの少女たちが収容されていたが、一室に詰め込まれており、睡眠薬を飲まされて、性的な奉仕をさせられていた。だが、スダーは自ら証言することを拒否した。

 ヴァイシャーリーは公益訴訟(PIL)を使って州政府に対し報告書に対応することを求めようとする。夫の兄スレーシュが弁護士であるため、彼に頼むが、スレーシュは元からヴァイシャーリーの行動を面白く思っておらず、引き受けなかった。そうこうしている内に誰かが公益訴訟を起こした。バンスィーはスレーシュの仕業だと考え、女児保護施設の管理人ソーヌーを使って彼をリンチさせる。

 ヴァイシャーリーはSNSを使って女児保護施設の不正を訴えるが、視聴者数は伸び悩んだ。そこで彼女は敏腕女性警察官僚として名高いジャスミート・ガウル警視正(サーイー・ターマンカル)に相談に行く。ジャスミート警視正は親身にヴァイシャーリーの話を聞くが、彼女にもすぐには手が出せる事件ではなかった。きちんとした証拠と共に被害届(FIR)を受理することで、警察は動くことができた。

 ヴァイシャーリーはスダーのところへ行き、彼女に証言を求める。最初は拒否していたスダーであったが、ヴァイシャーリーに説得され、勇気を持ってムナッワルプルの女児保護施設で目撃したことを証言する。被害届が受理され、ジャスミート警視正は女児保護施設に踏み込んで、バンスィーなどを逮捕する。

 物語の中心的な話題になっているのは、ビハール州の架空の町ムナッワルプルにある女児保護施設で孤児の少女たちが性的な搾取を受けているという疑惑である。この施設に関する報告書をタレコミ屋から買い取った女性ジャーナリスト、ヴァイシャーリーは、州政府が全く動いていないことを不審に思い、この事件の真相を突き止め、少女たちを救おうと動き出す。だが、この施設は政治家、官僚、警察などに広い人脈を持つ地元の有力者バンスィーによって運営されており、一筋縄ではいかない。

 「Bhakshak」の魅力は、地に足の付いたストーリー展開だ。一般的なインド映画にありがちな極端な展開はほとんど起こらない。女性が主人公の映画なので、勇敢な女性が救世主となり、虐げられた少女たちを救い出すストーリーだったとしたら、胸がすく思いがしたことだろう。だが、そうはならないのである。

 ヴァイシャーリーがこの施設の疑惑を報じてもなかなか事件は動かないし、彼女が頼った女性警察官僚ジャスミート警視正が強権を発動して全てを一気に解決してしまうこともない。ヴァイシャーリーが直接命の危険にさらされることもないし、夫との関係も浮き沈みがあるだけで何らかの結果に帰着しない。エンディングにしてもハッピーエンディングだったのか曖昧である。結局、今回の不正に関わった人物は全員が逮捕されておらず、もしかしたら逃げおおせてしまうかもしれない。インド社会を覆う「システム」は複雑に絡み合い、遅々として変化せず、たとえ変化したとしてもその変化自体を呑み込んで自分の一部としてしまう。それでも、現実世界では映画のように気持ちよく事は進まないということを同じ映画という手段によって見せられていると感じられ、そこに監督の真摯な態度を見出すことができた。

 最終的にこの映画は、SNSが普及した現代において、あまりにいろいろな情報が氾濫し、気分のいい情報だけを受け取る文化が広まってしまったが故に、人々の間に本当に関心を寄せなければならない物事に対する無関心が拡大しつつあることに警鐘を鳴らしている。バンスィーのような悪人がのさばり、身寄りのない少女たちが慰み物になってしまっている理由のひとつは、厄介事に首を突っ込もうとしない庶民の無関心だと喝破されていた。ヴァイシャーリーは関心を失うことなくジャーナリストとしての責任を追求し、事件解決の原動力になった。だが、その前に彼女は、周囲の人々から厄介な物事には足を突っ込まないように何度も忠告されていた。そこで彼女が屈していたら少女たちは助からなかっただろう。逆に、人々がきちんと関心を持っていれば、ヴァイシャーリーの出番はなかったかもしれない。ムナッワルプルの女児保護施設で何が起こっているのか、近所の人なら勘付いていたはずである。そうでなくても、この施設に関わる政治家や官僚が私欲を満たさず職務を遂行していれば、この事件は起こらなかった。だが、彼らが無関心を決め込んだため、多くの少女たちが犠牲になってしまった。

 ストーリーから地に足が付いた印象を受けたのだが、それ以外にも、ヴァイシャーリー役を演じたブーミ・ペードネーカルが非常に抑えた演技をしていたためでもある。家庭内では感情的になる場面もあったが、取材中は終始冷静に仕事をし、どんなことが起こってもほとんど動じなかった。従来、インド映画に登場する女性ジャーナリストはもっと熱血であったが、今回ブーミが提示した、山のように泰然とした態度に、新たな女性ジャーナリスト像の萌芽を感じた。

 映画中にはインド独特の法律用語がいくつか登場した。

 公益訴訟(PIL)とは、事件の直接・間接の被害者でなくても公共の利益が損なわれる場合は訴訟を起こすことができる制度で、インドの司法積極主義のベースになっている。「Bhakshak」では、州政府が報告書に従って行動を起こしていないことを理由に州政府に対して公益訴訟が起こされていた。

 被害届(FIR)は、何か事件が起こったときに警察が被害者から状況を聴き取って用意する書類のことで、正確に訳すと「初動調査報告書」になる。警察は基本的には被害届が出ないと動けない。怠慢な警察官は被害者から被害の報告を受けても被害届を作らないことで仕事を減らそうとする。「Bhakshak」では、加害の容疑者があまりに有力な人物であったために警察官が怖じ気づいて、または面倒臭がって、被害届を作ろうとしなかった。

 児童性的虐待保護法(POCSO)は、18歳未満の子供を性的虐待や性的犯罪から保護することを目的として2012年に制定された法律である。ムナッワルプルの女児保護施設で行われた犯罪はこの法律の管轄になる。ただし、ジャスミート警視正の話では、POCSOが適用されるとその事件は警察の管轄下から離れ、児童福祉委員会(CWC)の管轄下に入る。「Bhakshak」ではCWCもバンスィーの息が掛かっていたため、完全な解決は難しそうである。

 ビハール州が舞台の映画であり、俳優たちは、しゃべり方や仕草など、同州の人々に典型的なマンネリズムをよく捉え、画面上で再現していた。サンジャイ・ミシュラーはビハール州出身であり、彼はそのまま地で演じることができていたと思われる。他の脇役俳優にもビハール州出身者が多かったかもしれない。

 「Bhakshak」は、なかなか変化しないインド社会や、無関心が拡大している現代のインド人に対して警鐘を鳴らすクライム映画である。女性ジャーナリストが主人公であるため、女性中心映画に位置づけられるが、必ずしも女性が何でもホイホイと物事を解決するわけでもなく、どんなに頑張っても変えることのできないものが残ることが示唆されていた。それが逆にインド社会を見つめる真摯な眼差しに感じられ、この映画を特別なものにしていた。