Train to Pakistan

4.5
Train to Pakistan
「Train to Pakistan」

 1998年11月6日公開の「Train to Pakistan」は、著名な作家クシュワント・スィンの同名小説(1956年)を原作とし、印パ分離独立時の宗教暴動を題材にした映画である。パーティション映画の傑作に数えられている。インド独立50周年のタイミングで公開されたのは、無関係でないだろう。

 監督はパメラ・ルークス。インド人であり、ヘルマン・ヘッセ著「Siddhartha」(1922年)を映画化した「Siddhartha」(1971年)で有名なコンラッド・ルークスの元妻である。

 キャストは、モーハン・アーガーシェー、ニルマル・パーンデーイ、ラジト・カプール、スムリティ・ミシュラー、ディヴィヤー・ダッター、マンガル・ディッローン、アマルディープ・ジャー、パリトーシュ・サーンドなどである。

 時代は1947年、印パ分離独立直後。舞台はパンジャーブ地方のマーノー・マージラー村。新生国家パーキスターンとの国境線に接し、サトルジ河の河畔に位置する、スィク教徒が多数派の村である。地主はスィク教徒で、小作人などのイスラーム教徒が共存していた。他所からヒンドゥー教徒・スィク教徒とイスラーム教徒の間で殺戮が起こっているという噂は入ってきていたものの、マーノー・マージラー村ではスィク教徒とイスラーム教徒が仲良く暮らしていた。また、マーノー・マージラー村に赴任した県長官フクムチャンド(モーハン・アーガーシェー)は、暴動の炎が村に飛び火しないように細心の注意を払っていた。フクムチャンドは、チャンダンナガルからやって来た芸能集団の踊り子ハスィーナー(ディヴィヤー・ダッター)に亡くなった娘を重ね、彼女と毎晩会うようになる。

 マーノー・マージラー村にデリーからイクバール(ラジト・カプール)という青年がやって来てグルドワーラーに住み出す。イクバールは共産党の党員で、分離独立を止めるために活動をしようとしていた。イクバールは怪しまれ、逮捕されて投獄される。イクバールと同時に逮捕されたのがジャガト・スィン、通称ジャッガー(ニルマル・パーンデーイ)だった。ジャッガーはマーノー・マージラー村に住んでおり、先祖代々の盗賊であった。最近、村では強盗事件が多発していところ、高利貸しが強盗に押し入られて殺されるという事件が起きる。ジャッガーはその事件への関与を疑われて逮捕されたのだった。ジャッガーは、村に住むイスラーム教徒の娘ヌーラーン(スムリティ・ミシュラー)と恋仲にあり、密会を繰り返していた。

 近くの駅に、パーキスターンからの列車が到着する。その列車はスィク教徒の死体であふれていた。また、国境の向こうからは多くのスィク教徒たちが逃れてきていた。フクムチャンドは不穏な空気を感じ取り、村のイスラーム教徒を難民キャンプに退避させることを決意する。また、パーキスターンに連絡をし、イスラーム教徒の護衛をよこすように依頼する。イスラーム教徒たちは追われるように村を出ていく。その後、ジャッガーのライバルであるマッリー(パリトーシュ・サーンド)の盗賊が村のイスラーム教徒たちの家を略奪して回る。そして、外からやって来た過激なスィク教徒の一団と合流し、イスラーム教徒を乗せてパーキスターンへ向かう列車の襲撃を計画する。

 通報を受けたフクムチャンドは、イクバールとジャッガーの釈放を命じる。彼は早速ヌーラーンに会おうとするが、チャンダンナガルの難民キャンプに去った後だった。しかも、マッリーたちが列車を襲撃しようとしていることを知る。ジャッガーは身を張ってその襲撃を止め、ヌーラーンは無事国境を越える。

 パーキスターンとの国境に接していながら、分離独立後もスィク教徒イスラーム教徒が仲良く共存していたマーノー・マージラー村に、徐々に暴動の火の粉が降りかかってくる様子を克明に描き出した作品である。

 英国は1947年にインドの独立を認める際、イスラーム教徒知識層の利害を代表するムスリム連盟の要望に応え、イスラーム教徒のための新生国家パーキスターンをインド亜大陸の東西に建国することを決めた。パーキスターン領となった地域からインド領へ向かうヒンドゥー教徒やスィク教徒の移民と、インド領に残った地域からパーキスターン領へ向かうイスラーム教徒の移民による大規模な人口移動が起こったが、これが暴動に発展した。インド領ではイスラーム教徒が殺され、パーキスターン領ではヒンドゥー教徒とスィク教徒が殺された。特にパンジャーブ地方は印パに二分割され、パンジャーブ人同士の不幸な殺戮が起こったのだった。

 だが、映画「Train to Pakistan」の冒頭では、そんな時代背景は詳しく語られない。分離独立後もスィク教徒とイスラーム教徒が平穏に暮らし、スィク教徒は村のイスラーム教徒を守り抜くとまで宣言していた。むしろ、宗教の別なく暮らしていたといっていいだろう。スィク教徒であってもイスラーム教徒であっても同じ村人、隣人同士だったのである。

 だが、次第に時代が風雲急を告げてくる。まずはスィク教徒の死体が満載された列車が到着し、次に外部からイスラーム教徒殺戮を煽る血気盛んなスィク教徒の一団がやって来る。昨日まで人を宗教で色分けしていなかった村人たちの中にも、感化され、イスラーム教徒への報復に手を挙げる者が出て来るようになってしまった。もはや人間はそれぞれ顔を持ち、命を持った存在ではなくなり、人間を分類する唯一の基準が宗教になってしまった。

 その一方で、映画には宗教とは関係なく生きている人々もいた。デリーからマーノー・マージラー村にやって来たイクバールは、謎の人物ではあったが、実際にはスィク教徒であったようだ。ただ、「イクバール」という名前はイスラーム教徒に典型的なものであり、イスラーム教徒成人男性の目印である割礼もしていたため、イスラーム教徒だと決め付けられてしまった。イクバールは共産党の活動家で、分離独立反対運動を盛り上げる使命を受けて村に来ていた。海外経験も豊富で、ロンドンで感染症にかかったことで包茎手術を受けたために割礼をしているように見えたのである。共産党所属ということもあって、彼は宗教を盲信していなかった。

 フクムチャンドに気に入られる踊り子ハスィーナーは、一応イスラーム教徒ではあったが、所属意識は希薄だった。客が何教徒であろうと彼女は踊りを踊り、生計を立てていた。それが彼女や彼女の所属するコミュニティーの生き方だった。売春をしていたかまでは曖昧にされている。彼女の言動を見ると売春もしていたことがうかがわれるが、言葉では「そのようなこと」はしていないと言っていた。

 そして「荒くれ者」と呼ばれていたジャッガーだ。ジャッガーはスィク教徒であったが、イスラーム教徒の娘ヌーラーンと恋をしていた。そして、彼女との結婚を約束していた。結局最後にイスラーム教徒の大量虐殺を止めたのは、自己犠牲まで昇華したジャッガーの愛の力であった。過激なスィク教徒の一団は、線路上に縄を掛け、イスラーム教徒を乗せてパーキスターンに向かう列車の屋根に乗った人々を根こそぎ落下させて殺そうとしていたが、ジャッガーは命を犠牲にしてその縄を切断する。

 物語を語るのはフクムチャンドだ。彼は、暴動が村に入り込まないように注意を払うが、それが不可能になると、関与をやめてしまう。彼はハスィーナーを助けられる立場にいたが、それもしなかった。ただ、彼がジャッガーの釈放を命じたことで、結果的にハスィーナーを含むイスラーム教徒たちを救うことになった。それでも、罪悪感は一生涯残ったことだろう。

 印パ分離独立時の虐殺を描いたインド映画ではあるが、その視点は非常に中立的である。パーキスターンやイスラーム教徒を責めるような論調は感じられず、もちろん、暴動時にイスラーム教徒を殺戮したスィク教徒たちを悪役のように描くこともしていない。極度の憎しみが社会を覆ったとき、博愛主義を堅持してきた人々もあらがえず、その波に簡単に呑み込まれていってしまう無力感が前面に押し出されている。そして、その不幸の連鎖の中でも愛が人々の命を救った事例を最後に見せることで、人間性への一筋の希望を観客に抱かせることにも成功している。

 踊り子による踊りがあるものの、典型的な歌と踊りのある娯楽映画の作りではない。だが、パンジャーブ地方を代表するワーリス・シャーやブッレー・シャーといった詩人たちの詩が歌われ、叙情を盛り上げていた。

 パメラ・ルークス監督は演劇畑の人物であり、起用された俳優たちには、モーハン・アーガーシェーやニルマル・パーンデーイといった演劇畑の者が多く、確かな演技を見せている。ハスィーナー役を演じたディヴィヤー・ダッターの健気な演技も素晴らしかった。

 「Train to Pakistan」は、印パ分離独立後の混乱が平穏な村にまで容赦なく押し寄せる様子を丁寧に描き出したパーティション映画の傑作である。中立的な視点に徹しており、人間性の危機という普遍的なテーマに昇華されている。そしてその災禍の中でも愛が救いになることが示され、人間性への希望も捨てられていない。必見の映画である。


Train to Pakistan Full Movie | Bollywood Blockbuster Movie | Mohan Agashe, Nirmal Pandey