割礼は男性割礼と女性割礼に大別されるが、インドで「割礼」といった場合、一般的には男性割礼を指す。さらには、特にイスラーム教徒男性が幼年時代に受ける割礼に限定されることがほとんどだ。ヒンディー語では「ख़तना」という。インドにおける女性割礼はイスラーム教シーア派の一派ダーウーディー・ボーラー派で行われており、しばしば問題にもなるが、今回はインドのイスラーム教の男性割礼についてのみ触れる。
イスラーム教における男性割礼では、男性器の包皮が切除される。日本の男性雑誌などでよく広告を見かける包茎手術と同じものだ。7歳くらいまでに行われることが多く、生後すぐに実施されることも珍しくない。医療目的というよりも通過儀礼であり、インド人イスラーム教徒男性のアイデンティティーの重要な一部になっている。よって、インド人男性はパンツを脱げば基本的にイスラーム教徒か否かが分かることになる。ちなみに、ユダヤ教にも割礼の風習があり、かつてはインドにもまとまった数のユダヤ教徒コミュニティーが存在していたが、イスラエル建国後、インドのユダヤ教徒人口は減少の一途をたどっている。
1947年の印パ分離独立時に起こった暴動では、暴徒に捕まった男性はパンツを脱がされイスラーム教徒か否かを選別された。インド側では割礼者が殺され、パーキスターン側では非割礼者が殺された。印パ分離独立のみならず、宗教暴動を描いた映画では、男性が暴徒などからパンツを脱がされるシーンがよく映し出される。「Train to Pakistan」(1998年)、「Hey Ram」(2000年)、「Mr. and Mrs. Iyer」(2002年)など、割礼検査シーンのある作品には枚挙に暇がない。
2025-26年に大ヒットを記録したスパイ・アクション映画「Dhurandhar」(2025年)では、インド側のパンジャーブ州で生まれ育ったスィク教徒の主人公ジャスキーラト・スィン・ラーンガーが、インド政府の密命を受け、スパイとなってパーキスターンに潜入する。その際、彼はパーキスターン南西部バローチスターン州出身のバローチ人に扮していた。「ハムザー」を名乗ったが、これはイスラーム教徒の名前である。よって、ジャスキーラトはスィク教徒として生まれながら、宗教を偽り、イスラーム教徒としてパーキスターンで暮らし始める。
ハムザーはカラーチーで、政治家の娘ヤリーナーと出会い、恋に落ちる。そして二人は同棲を始める。同棲までするということは、二人の間に性的な関係があることが暗示される。
ネットでは、「これでハムザーの正体がばれてしまった」というジョークが散見された。ハムザーが割礼をしていないため、ヤリーナーに彼がイスラーム教徒ではないということが分かってしまったのではないか、というわけだ。パーキスターンのイスラーム教徒人口割合は95%以上であり、バローチ人に至っては99%がイスラーム教徒だ。よって、バローチ人であるはずのハムザーがイスラーム教徒ではないということになると、明らかに素性がおかしいことになる。

ただ、驚くべきことに、その続編である「Dhurandhar: The Revenge」(2026年)では、ジャスキーラトがパーキスターンに潜入するスパイとして準備をしている頃を映し出した回想シーン(エンドクレジット)において、彼が割礼手術を受ける様子がわざわざ披露されていた。もちろん婉曲的な映像であり、イスラーム教の割礼のことを知らない人が見たら何のことか分からないだろうが、分かる人が見たら、アーディティヤ・ダル監督の芸の細かさに脱帽するしかなくなる。ジャスキーラトは割礼までして潜入したので、ヤリーナーの前でパンツを脱いでもインドのスパイだと簡単にはばれなかったのである。
