
1995年5月5日公開の「Droh Kaal(裏切りの時代)」は、テロ組織壊滅のため警察官を潜入させるというハードボイルドなアクションスリラー映画である。1970年代から80年代にかけて盛り上がったパラレル映画運動を牽引した俳優たちが勢ぞろいしており、「最後のパラレル映画」とも呼ばれる。確かに歌と踊りは全くないが、かなり娯楽映画寄りの作りだ。
プロデューサーはマンモーハン・シェッティー。監督は「Ardh Satya」(1983年)などのゴーヴィンド・ニハラーニー。音楽はヴァンラージ・バーティヤーだが、ARレヘマーンが担当する案もあったという。
主演はオーム・プリー。キャストは、ナスィールッディーン・シャー、ミーター・ヴァシシュト、アーシーシュ・ヴィディヤールティー、アムリーシュ・プリー、イーラー・アルン、アンヌー・カプール、ミリンド・グナージー、シュリーヴァッラブ・ヴャース、マノージ・バージペーイー、ヴィニート・クマール、キートーゥー・ギドワーニー、ジョアン・デーヴィッド、シヴクマール・スブラマニヤムなど。
「Droh Kaal」には「バドラー・グループ」というテロ組織が登場する。だが、それが具体的にどのテロ組織をモデルにしているのかは分からない。テロ組織のメンバーはイスラーム教徒ではなさそうだったので、カシュミール分離独立派テロリストやムジャーヒディーン(イスラーム教過激派武装勢力)ではなさそうである。スィク教徒でもないので、カーリスターン運動とも関係なさそうだ。もっとも可能性があるのはナクサライトだが、そのままイコールとは思えない。そもそもどこを舞台にした映画なのかも曖昧である。自動車のナンバープレートから察するとパンジャーブ州らしいのだが、劇中のとあるシーンの背景では部屋の壁にマハーラーシュトラ州の地図が貼ってあり、もしかしたらマハーラーシュトラ州なのかもしれないとも思った。おそらくわざと特定を困難にしていると思われる。インド各地で暗躍するテロ組織を融合させたような存在にしているのだろう。
対テロ部隊所属のアッバース・ローディー警視(ナスィールッディーン・シャー)は、テロ組織を壊滅させるため、極秘裏に「ダヌシュ作戦」を遂行する。若くて優秀な警察官セヘデーヴ(マノージ・バージペーイー)とシャクティ(ミリンド・グナージー)をテロ組織に潜入させ、情報収集をさせるのである。セヘデーヴは「アーナンド」、シャクティは「シヴ」という偽名を使うことになった。ローディー警視の同僚で尋問専門家のアバイ・スィン警視(オーム・プリー)は、特別にこの作戦の概要を知らされ、セヘデーヴとシャクティにも引き合わされる。
それから3年後。アーナンドとシヴは「バドラー・グループ」と呼ばれるテロ組織に潜入していた。だが、アーナンドの正体がばれ、尋問を受ける前に自殺する。死ぬ前にアーナンドは「ダヌシュ」というキーワードを口にした。一方、シヴは出世し、ナンバー3まで登り詰めていた。そんなとき、警察は検問中にテロ組織の一員と思われる男(アーシーシュ・ヴィディヤールティー)を逮捕する。アバイ警視は尋問を担当するが、なかなか情報を引き出すことはできなかった。だが、風貌から、かなりの教養を持った上官レベルの人物であることは見抜く。
その男の尋問が行われているとき、中央から内相が州を訪問してスピーチすることになる。バドラー・グループのナンバー2であるマンガルデーヴ(シヴクマール・スブラマニヤム)はコマンダー・バドラーから指令を受け、内相暗殺計画を立てる。警察は空港からスピーチ会場までのルートを変更するなどしてテロを回避しようとするが、その情報はバドラー・グループに筒抜けだった。キシャン(ヴィニート・クマール)というロケットランチャー専門テロリストが呼ばれ、彼が暗殺を実行する。警備していたアバイ警視はキシャンを追うも逃がしてしまうが、身元を特定し、彼を逮捕する。
アバイ警視の巧みな尋問によりキシャンは、拘束されている男がコマンダー・バドラーであることを明かす。だが、警察内にはバドラーの内通者がたくさんいた。拘置所を管理していたティワーリー巡査(シュリーヴァッラブ・ヴャース)も内通者の一人で、バドラーから指令を受けてキシャンを毒殺する。
バドラーの次なる指令はアバイ警視を揺さぶることだった。アバイ警視は、妻のスミトラー(ミーター・ヴァシシュト)、息子のラーフル、そして1匹の飼い犬と共に暮らしていたが、まずは犬が殺される。次にラーフルが足を撃たれる。さらに、尊敬していた上官パータク警視監(アムリーシュ・プリー)がテロ組織と内通していたことが発覚し、彼は自殺してしまう。脅しに屈したアバイ警視は、内通者になることを選択し、バドラーの脱走を手助けする。アバイ警視の家には、監視員として、スリンダル(アンヌー・カプール)とマーラー(ジョアン・デーヴィッド)という男女が住み込むようになる。
バドラーは組織内の内通者を血眼になって探していた。バドラーはアバイ警視を呼び出し、「ダヌシュ」という内通者を聞き出そうとする。アバイ警視は口を割らなかったが、潜入捜査の発案者がローディー警視であることは明かしてしまう。その直後、ローディー警視は行方不明になり、遺体で発見される。ローディー警視も尋問を受けたが潜入した警察官の名前を明かす前に自殺していた。ローディー警視の妻ズィーナト(イーラー・アルン)は葬儀の席で気を失い入院してしまう。アバイ警視は彼の娘グルシャンを預かることにする。
アバイ警視の自宅では、彼の留守中にスリンダルがグルシャンをレイプしようとしていた。スミトラーは身を張ってグルシャンを守り、スリンダルを誘惑して射殺する。バドラーは再びアバイ警視を呼び出し、しつこく「ダヌシュ」が誰なのかを聞く。その場にはシヴもおり、尋問を見守っていた。アバイ警視はシヴを守るため、バドラーに襲い掛かって彼を殺し、シヴに自分を殺すように命令する。シヴはアバイ警視を殺し、バドラー・グループの首領になる。
テロを撲滅しようとする警察と、反体制派のテロ組織との間の血を血で洗う闘争を描いた作品だが、低予算で作られており、派手なアクションシーンなどはほとんどない。だが、「Droh Kaal」は、脚本さえ優れていれば、予算の多寡とは無関係に面白い映画が作れることを雄弁に証明している。もちろん、俳優たちの重厚な演技もそれに一役買っている。
この映画にスリルをもたらしているのは、警察にも内通者がおり、テロ組織にも内通者がいるという状況だ。そして警察もテロ組織も自分の組織に内通者がいることに気付いていた。だが、誰が内通者かは分からない。そのため、疑心暗鬼が渦巻き、警察もテロ組織も拘束した敵を尋問することで別の内通者をあぶり出そうとしていた。
とはいえ、観客にはテロ組織に潜入した警察官が誰なのかは冒頭で明示されている。よって、警察の立場からしたら、テロ組織に潜入した警察官がどこまで正体を知られずにいられるかというスリルになる。もしテロ組織のトップにまで登り詰めれば、他のテロ組織とのコネもでき、そこから芋づる式にインド各地のテロ組織の情報を引き出せるかもしれない。ダヌシュ作戦の目的は単一のテロ組織の壊滅ではなかった。なるべく多くのテロ組織の情報を集め、有利に事を進めるためのものだった。
一方、警察内に潜伏している内通者の正体もかなり早く分かってしまう。拘束されたコマンダー・バドラーの監視を任されていたティワーリー巡査が、あろうことか内通者だったのである。ティワーリー巡査を通じてバドラーの指令が組織に流され、彼の逮捕後もテロが実行され続けていた。また、主人公アバイ警視の上司パータク警視監も内通者であった。彼がなぜテロ組織と通じていたのかについては詳しい説明がされていなかったように思われる。
中盤では、アバイ警視とバドラーがそれぞれの正義をぶつけ合うシーンがある。アバイ警視は体制側の立場から、罪のない人々を殺すテロ組織を糾弾する。彼は、テロ組織こそが悪であり、正義は自分たちにあるということを疑っていなかった。だが、それに対しバドラーは、腐敗しきっているのは体制の方であり、どれだけの人々が警察などの暴力によって抑圧され人権を踏みにじられているのか、そんな政府に対し武力で抵抗する以外に道はあるのかと訴える。「Droh Kaal」は一見すると国家への犠牲を正当化するメッセージを発信する映画に見えるが、ゴーヴィンド・ニハラーニー監督がもっとも観客に語りかけたかったのはアバイ警視とバドラーのこの議論のシーンだったと思われる。体制側もテロ組織側も、自分たちが正義だと思って行動しているのであり、単純に善悪に分けることができないのだ。そして、左翼思想が濃厚なパラレル映画の常として、テロリスト側にも一定の同情が寄せられているのを感じ取ることができる。
このシーンがあったからこそ、アバイ警視がバドラーの軍門に降り内通者としての人生を受け入れる終盤の意外な流れに何とか乗っかることができる。実は当初、バドラーに与したのはアバイ警視の深謀遠慮かと思っていた。屈したと見せかけて警察内に潜む内通者の情報を聞き出し、後で一網打尽にするつもりだろうと高をくくっていた。一般的なマサーラー映画ならそういう結末が妥当だっただろう。だが、パラレル映画の文法で作られている「Droh Kaal」は全く異なる展開を見せた。アバイ警視は本当に国家を裏切り、テロリストの内通者となったのである。それは、大切な家族を守るためだった。
だが、妻のスミトラーはアバイ警視に警察官としての義務を思い出させる。国家を守るためには全てを犠牲にするのが警察官の務めだった。目が覚めたアバイ警視は隙を見てバドラーを殺し、自らの命も投げ出して、潜入していたシヴをテロ組織のトップに押し上げる手助けをする。ついでにスミトラーも警察官の妻として我が身を呈して勇敢にテロリストに立ち向かう姿を見せる。確かに武器を持って立ち上がった被抑圧民への同情が感じられる映画ではあったが、国家や国民の保護を最優先し殉死する警察官の美化も忘れていなかった。悪くいえばどっちつかずだが、社会の改善のためにどちらの道を進むべきかを観客に問い掛けていると受け止めればいいだろう。
主演のオーム・プリーをはじめ、アーシーシュ・ヴィディヤールティー、ナスィールッディーン・シャー、アムリーシュ・プリー、ミーター・ヴァシシュトなど、出演俳優たちが素晴らしい演技を見せていた。撮影時にはまだ駆け出しだったマノージ・バージペーイーやミリンド・グナージーも初々しい演技をしていた。
「Droh Kaal」は、警察とテロ組織の果てしない抗争を背景にしながら、お互いに裏切り者がどこにいるのか分からない疑心暗鬼に駆られる姿をスリリングに描き出している。パラレル映画を牽引した才人たちが集って作られた、パラレル映画時代の最後を飾る作品なだけあって、脚本と演技の力が圧倒的で、全く予算のなさを感じさせない。それはあたかも消え去ろうとする炎の一瞬の強いきらめきのようだ。興行的には振るわなかったようだが、必見の映画である。
