僕がデリーを去ったのは6月15日だった。その3日後の18日は、期待の映画「Lakshya」の公開日だった。この映画を観るために帰国を遅らせようかとも考えていたが、期待通りの名作ならば1ヶ月後、デリーに帰って来たときまで上映されているだろうと考え、デリーを去った。その予想は的中し、7月16日になった今日でも「Lakshya」はまだ上映されていた。しかもヒット映画の印であるタックスフリーとなっていた。インドではロングランしている映画はタックスフリーとなり、チケットが安くなる。バイクをメンテナンスに出した後、真っ先にしたことは、この「Lakshya」をPVRアヌパム4で鑑賞したことだった。
「Lakshya」とは「目的」という意味。監督は「Dil Chahta Hai」(2001年)で衝撃のデビューを果たしたファルハーン・アクタル。音楽は、近年のヒンディー映画界の音楽をリードするシャンカル=エヘサーン=ロイ。キャストは、アミターブ・バッチャン、リティク・ローシャン、オーム・プリー、アムリーシュ・プリー、ボーマン・イーラーニー、プリーティ・ズィンターなど。
デリー在住のカラン(リティク・ローシャン)は、仕事も勉強もせずに毎日仲間たちとブラブラとして遊び暮らしている若者だった。一方、カランのガールフレンドのローミー(プリーティ・ズィンター)は、デリー大学の学生で、ジャーナリスト志望かつ政治運動を指揮する男顔負けの女の子だった。彼の両親は遊びほうけているカランを毎日のように叱るが、人生の目的を見出せないでいるカランには馬耳東風だった。 しかし、仲間たちが徐々に将来のことを考え、未来に向けて一歩を踏み出していくのを見て、カランも自分の人生の今後を考えるようになる。ある日カランは、アーノルド・シュワルツネッガー主演の映画「コマンドー」を見ている内に、軍隊に入隊することを決意する。ローミーに自分の決意を打ち明けたカランは、両親の反対を押し切り、軍隊学校へ入学する。 ところが、カランは厳しい訓練に耐えられず、4日で脱走して家に戻ってきてしまう。カランが逃げ帰ってきたことを知ったローミーは、カランに絶交を言い渡す。それに触発されたカランは厳罰覚悟で再び軍隊学校へ戻り、人が変わったように訓練に打ち込む。やがてカランは無事学校を卒業し、一人前の兵隊となる。一方、ローミーは大手TV局の人気アナウンサーになっていた。 1999年、カランはパーキスターンとの停戦ライン近く、ジャンムー&カシュミール州カールギル地区の駐屯地にいた。そのときパーキスターン軍の兵隊が停戦ラインを越えてインド領の高地を占領する事件が発生し、カールギル紛争が勃発する。カランはオペレーション・ヴィジャイに小隊長として部隊を率いて参加する。 そのとき、カールギルにはカールギル紛争を取材するためローミーが来ていた。ローミーはすっかりたくましくなったカランに驚くが、カランはローミーに昔のような笑顔は見せなかった。 紛争を一気に収束させるため、インド軍はパーキスターン軍の占領下にあるポイント5353と呼ばれる高所の陣地を急襲する作戦を立てる。急襲部隊の指揮を任されたカランは、断崖絶壁をロッククライミングして登り、背後から敵の陣地を急襲、ポイント5353の頂上にインドの国旗を立てることに成功する。
今年のヒンディー語映画界は立て続けに中規模の名作を連発しているが、この「Lakshya」も中程度の名作に数えられることになるだろう。ファルハーン・アクタル監督は、前作の「Dil Chahta Hai」とは全く違ったタッチで再び優れた映画を世の中に送り出した。「Kuch Kuch Hota Hai」(1998年)のカラン・ジョーハル監督といい、このファルハーン・アクタル監督といい、最近のヒンディー語映画界は若手監督が元気である。
まずは軍隊学校を卒業してジャンムー&カシュミール州カールギル地区に所属することになったカランが描かれる。その後、カランの回想シーンで彼が入隊することになったいきさつが説明され、カールギル紛争の勃発により一気に戦争映画になる。カールギル紛争を題材とした映画というと、JPダッター監督の「LOC Kargil」(2003年)が有名だが、あの映画よりも戦争場面はよく撮られていたと思う。だが、物語の本編は何と言ってもカランとローミーの恋愛だった。
カランは毎日無為に遊び暮らす若者だった。いわゆるニートというやつだろう。カランは恋人のローミーから「あなたには『Lakshya(人生の目的)』がない」と言われていた。「何の仕事をするにも、一生懸命やらなければ意味がない。科学者になったとしても、駄目な科学者じゃあ仕方がない。庭師になったとしても、優れた庭師になったら意味がある」とカランは受け売りのセリフを父親に嘯くものの、彼は今まで将来のことを真剣に考えずに大きくなってしまった。日本にはこういう若者が急増しており、僕自身もその一種かもしれないが、インドでも都市部を中心にそういう若者が増えているということだろう。実際、監督自身もニートな生活をしていたことがあるらしく、その体験が映画に活かされているとインタビューで語っていた。
カランが将来のことを考え出すきっかけとなったのは、遊び仲間たちが次第に将来に向けて歩き出したことだった。自分一人だけが取り残された感覚に陥ったカランは、軍隊に入隊すると決意した親友の真似をして、自分も入隊することに決めた。結局その友人は入隊せずにアメリカ留学してしまい、カランは一人で軍隊に入隊することになってしまう。カランの父親は「どうせ4日で逃げ帰って来るだろう」と言うが、実際にその通りになってしまった。一番失望したのはローミーだった。ローミーは、カランの純朴で真摯な性格を愛していた。カランは一度ローミーに、結婚をしようと切り出したことがあった。しかし、一度自分で決意したことを曲げて逃げ帰ってきたカランを見て、ローミーは「私との結婚もそうやって途中で投げ出すんでしょう。もう2度と会いたくないわ」と絶交を言い渡す。それにショックを受けたカランは、軍隊学校に戻って過酷な訓練に人一倍打ち込むことになる。
カランとローミーが再会したのは、1999年に実際に起こったカールギル紛争の舞台、ジャンムー&カシュミール州カールギルだった。カランと別れたルーミーは、TV局に就職して人気アナウンサーになっており、実業家の青年と婚約していた。一方、ローミーが婚約したことを知ったカランは、ローミーへの想いを胸に押さえ込みながら一人前の軍人となっていた。久し振りに再会した2人の間に以前のような打ち解けた笑顔はなかった。カランはローミーに言う。「君は、僕に『Lakshya』がないと言っていたね。でも今の僕にはそれがある。あれだ。」カランが指差したのは、パーキスターン軍が占領したポイント5353の山頂だった。実はローミーもカランのことを想い続けて来たのだが、今のカランには彼女との恋愛を成就させる余裕がなかった。実はローミーは婚約を破棄してカールギルに来ていたのだが、それをカランが知ったのは、断崖絶壁を登って敵を背後から急襲するという任務を任された日だった。生きて帰って来る可能性は限りなくゼロに近かった。まさにミッション・インポッシブル。作戦決行前日、カランはローミーに会い、「オレは生きて帰って来ないだろう」と言う。ローミーはカランに言う。「あなたを一生待ち続けるわ。」何も言わず、カランは立ち去る。その夜、カランは父親に電話をする。「父さん、オレは今まで父さんを悲しませることしかできなかった。今まで言うことがでいなかったけど・・・オレは父さんを愛しているよ。」これらのシーンが、映画中一番泣けるシーンである。
カランたちが断崖絶壁を登るシーンは、「ミッション・インポッシブル2」(2000年)顔負けの迫力である。おそらく合成だろうが、うまく撮れていた。少々緊張感に欠けたが、映画のハイライトのひとつと言っていいだろう。その後の奇襲シーンは、それに比べたら迫力に欠けた。作戦を成功させたカランは、ローミーと第2の「Lakshya」、つまり彼女に結婚のプロポーズをする。
2003年度のフィルムフェア映画賞において、「Koi… Mil Gaya」で最優秀男優賞に輝いたリティク・ローシャンは、今年もこの映画でさらに成長した姿を見せた。デビュー作の「Kaho Naa… Pyaar Hai」(2000年)以降、少し低迷していた時代もあったが、「Koi… Mil Gaya」と「Lakshya」の作品の成功によって彼は押しも押されぬ大スターとなったと言ってよい。ニート時代と軍隊時代のカランを見事に演じ分けており、さらに自慢のダンスの切れも衰えていない。彼には絶賛を送ることしかできない。
ヒロインのプリーティ・ズィンターは、髪型のせいかちょっとおばさんっぽくなってしまっていたのが残念だが、無難に役をこなしていた。プリーティも「Koi… Mil Gaya」や「Kal Ho Naa Ho」(2003年)の成功により、近年急速に大スターへの階段を駆け上がっている。
リティクやプリーティの他にも、アミターブ・バッチャン、オーム・プリー、アムリーシュ・プリー、ボーマン・イーラーニーなどなどの名優が出演していたが、リティクの名演を食うほどの存在感は示していない。脇役なのでそれでいいのだが。
最近のヒンディー語映画音楽界では、ARレヘマーンよりもシャンカル=エヘサーン=ロイの活躍が著しい。「Dil Chahta Hai」のヒット以来、彼らの音楽は評価が高まり、新感覚の音楽を送り出し続けている。「Lakshya」の中でも最高傑作は1曲目の「Main Aisa Kyon Hoon」だ。ミディアム・テンポのダンスナンバーだが、ミュージカルシーンのダンスも素晴らしい。このリティクの踊りを真似しようとして身体を痛める人が続出したとかしなかったとか(僕だけか?)。リティクのダンスは本当に素晴らしい。2曲目の「Agar Main Kahoon」は歌詞がすごくいい。
主な舞台はカシュミール地方だが、デリーも舞台となっていたため、いくつか見慣れた場所が映画中に出てきた。特に「Agar Main Kahoon」のミュージカルシーンでは、デリーのマイナーな遺跡がいくつか出てきた。特定できたものは、ハウズ・カースのフィーローズ・シャー・トゥグラク廟とトゥグラカーバードぐらいだ。また、カシュミール地方の雄大な光景は、いつ見ても心を奪われる。
一般に、カールギル紛争中に停戦ラインを越えてインド領に侵入したのは、正規のパーキスターン軍の兵士と言われている。だが、未だに不明な点が非常に多い事件である。この映画ではパーキスターンをあからさまに敵として一方的に描いていた。この映画の欠点を挙げるとすればそこであるが、インド人が見る限り、特に問題はないだろう。
カールギル紛争について全く知識がないと多少ついていけないかもしれないが、あくまで物語の中心はカランとルーミーの恋愛であり、カールギル紛争中のオペレーション・ヴィジャイも理解できないことはないだろう。観て損はない映画である。