Cocktail

3.5
Cocktail
「Cocktail」

 今年中に恋人のカリーナー・カプールとの結婚が噂されるサイフ・アリー・カーン。制作・主演を務めた渾身のスパイ映画「Agent Vinod」(2012年/邦題:エージェント・ヴィノッド)はこけてしまったが、もう1本それ以上に気合いを入れて育てて来た作品があった。ディーピカー・パードゥコーンと共演のロマンス映画「Cocktail」である。サイフ・アリー・カーンとディーピカー・パードゥコーンのスクリーン上の相性は「Love Aaj Kal」(2009年)で実証済み。監督はホーミー・アダジャーニヤー。「Being Cyrus」(2006年)でサイフの役者としての才能を引き出した張本人だ。そして脚本は「Love Aaj Kal」や「Rockstar」(2011年)のイムティヤーズ・アリー。今やロマンス映画を撮らせたら彼の右に出る者は遙か遠くまでいない。そして「Cocktail」のジャンルはもちろんロマンス。このように黄金の方程式でできた映画がこの「Cocktail」であり、満を持して本日(2012年7月13日)より公開となった。

監督:ホーミー・アダジャーニヤー
制作:サイフ・アリー・カーン、ディネーシュ・ヴィジャーン
音楽:プリータム
歌詞:イルシャード・カーミル、アミターブ・バッターチャーリヤ
振付:ボスコ・マルティス、アシュリー・ロボ
出演:サイフ・アリー・カーン、ディーピカー・パードゥコーン、ダイアナ・ペンティー、ディンプル・カパーリヤー、ボーマン・イーラーニー、ランディープ・フッダーなど
備考:PVRプリヤーで鑑賞、満席。

 デリーからロンドンに移住して来たソフトウェアエンジニアのガウタム・カプール(サイフ・アリー・カーン)は美女に目がないプレイボーイで、ロンドンの空港で見掛けたインド人女性にも早速声を掛けていた。その女性の名前はミーラー(ダイアナ・ペンティー)。ロンドン在住のインド人クナール(ランディープ・フッダー)と結婚後、彼を訪ねてロンドンまで来ていた。しかしクナールは空港まで彼女の迎えに来なかった。ミーラーは見知らぬ土地にて必死でクナールを探す。ようやく辿り着いた彼の勤務先で、ミーラーは酷い言葉を浴びせかけられ放り出される。結婚は偽装だったのである。

 途方に暮れたミーラーがスーパーマーケットのトイレで泣いていると、そこに派手なインド人女性ヴェロニカ(ディーピカー・パードゥコーン)がやって来る。ロンドンで生まれ育ったヴェロニカは欧米文化にすっかり染まっており、毎日ディスコやパーティーを渡り歩いていた。ヴェロニカはミーラーの身の上に同情し、彼女を自分の家に迎え入れる。

 ヴェロニカはミーラーからガウタムに空港で口説かれた話を聞き、ミーラーに代わって彼にちょっとした復讐をする。しかしそれがきっかけでヴェロニカとガウタムは仲良くなり、恋人になる。しかもガウタムはヴェロニカの家に転がり込む。ミーラーはガウタムを嫌っており、出て行こうとするが、ヴェロニカは何とか彼女を引き留める。こうして2人の女性と1人の男性がひとつ屋根の下で住み始めた。

 ところで、ガウタムにはロンドン在住の叔父ランディール(ボーマン・イーラーニー)がおり、よき相談相手になっていた。デリー在住のガウタムの母親カヴィター(ディンプル・カパーリヤー)はガウタムの結婚を急いでおり、弟のランディールにガウタムのお見合い相手候補の写真を大量に送りつけていた。ガウタムは母親に、好きな人ができたと言って断る。ところがカヴィターはそれを聞いてロンドンに飛んで来る。そのときちょうどガウタムとヴェロニカはおかしな服を着て馬鹿騒ぎをしていたところであった。突然の母親の訪問に焦ったガウタムは、典型的な家庭的インド人女性のルックスをしたミーラーを恋人として紹介する。ミーラーも仕方なくそれに合わせる。カヴィターは一目見てミーラーを気に入る。

 ガウタム、ヴェロニカ、ミーラーの3人は休暇にケープタウンへ行く計画を立てていた。それを言い訳にしてカヴィターから逃れようとするが、カヴィターも一緒にケープタウンまで来ることになってしまう。そこでガウタムとミーラーは恋人の振りをし続けなくてはならなくなる。しかしこのときミーラーは、あんなに嫌っていたガウタムの中に優しさを見つけ、彼に恋をしてしまう。ガウタムもミーラーのような清楚な女性と初めて出会ったため、いつの間にかヴェロニカよりもミーラーを愛するようになっていた。また、さらに悪いことには、ヴェロニカもガウタムとの仲を真剣に考えるようになっていた。ヴェロニカは、ガウタムとミーラーが一緒にいるのを見て、自分もミーラーのようになりたいと考えるようになり、ファッションやライフスタイルなどを変えようと努力し始める。

 ケープタウン旅行の後、カヴィターはインドに帰って行ったが、本当のドラマはここからだった。ガウタムは思い切ってヴェロニカとミーラーを共に座らせ、本当のことを一気に話してしまう。つまり、ヴェロニカに、ミーラーのことを好きになってしまったと打ち明ける。ヴェロニカはそれを聞いてショックを受けるばかりか大喜びし、二人の仲を祝福する。三人はディスコへパーティーしに行くことになる。ところがやはりヴェロニカは心に深い傷を追っていた。飲み過ぎたヴェロニカは群衆の中でとてつもない孤独感を感じるようになり、酔っ払って心にあることないことをガウタムとミーラーの前で口走ってしまう。

 ミーラーは自己犠牲の心を持った女性であった。ヴェロニカがガウタムのことを心から愛していたことを知った彼女は、ガウタムに内緒でヴェロニカの家を出る。そしてクナールの元に身を寄せる。ガウタムはヴェロニカを必死で探すが、クナールのところへ行ってしまったことを知り、ショックを受ける。また、このときヴェロニカが交通事故で重傷を負ってしまう。ガウタムはヴェロニカの看病をする。その甲斐もあってヴェロニカは完全に回復する。しかし、ヴェロニカはガウタムがミーラーのことを心から愛していることを悟っており、ミーラーとの結婚を後押しする。ガウタムとヴェロニカがクナールの家を訪れると、そこには既にミーラーはいなかった。クナールはミーラーとの離婚を延期しようと考えていたが、ミーラーはやはりガウタムのことを愛しており、どうしようもなくなってインドに帰ってしまったのだった。

 ガウタムとヴェロニカはミーラーを追ってデリーまでやって来る。ガウタムはヴェロニカに突っつかれながらミーラーにプロポーズをし、ミーラーもそれを受け容れる。

 また1本、優れたロマンス映画がヒンディー語映画界に生まれた。そしてやはりそれは、完全にではないものの、イムティヤーズ・アリーの手によるものであった。特に「Cocktail」の前半はロマンスとコメディが絶妙なバランスを保っており、今までのロマンス映画でちょっと観たことがないほど全ての観客をスクリーンに釘付けにするパワーがあった。おそらく前半はイムティヤーズ・アリーの脚本に沿っている部分だと思う。残念なことに、後半になると雰囲気がヘビーになり、しかもありきたりの展開に陥ってしまう。後半はイムティヤーズ・アリーの脚本から離れて自由にストーリーを展開させたのではないかと予想する。それほど前半と後半は別物だった。

 この映画には2人のヒロインが登場する。ディーピカー・パードゥコーン演じるヴェロニカと新人ダイアナ・ペンティー演じるミーラーである。ヴェロニカはいわゆる「肉食系」の女性で、ディスコの花形、何の束縛も認めず、人生をフルに楽しんでいるタイプだ。一方、ロンドンに来たばかりのミーラーは伝統的なインド人女性。思考は非常に保守的で、自己犠牲的で、家庭的だ。この全く正反対な二人がひょんなことからルームメイトとなるのだが、そこへさらにサイフ・アリー・カーン演じるガウタムが転がり込んで来る。ガウタムはヴェロニカの恋人であったが、二人とも似たような考えの男女で、恋愛の延長線上に結婚を考えておらず、自分たちが快い期間だけ一緒にいて、うまく行かなくなったらその場で別れればいいと考えていた。この三角関係が映画の主軸となる。

 ところで、ミーラーはひとつのトラウマを抱えていた。彼女はクナールというロンドン在住インド人男性と結婚したばかりだったが、それは偽装で、クナールはわざわざロンドンまで彼を訪ねてやって来たミーラーを残酷にも追い出す。内向的なミーラーは自分に何か欠陥があるからそうなってしまったのだと考える。そしてヴェロニカと一緒にいる内に、ヴェロニカが持っているカリスマ性を羨ましく感じるようになる。ミーラーは自分をルームメイトにしてくれたヴェロニカに大きな感謝をしていたが、それ以上に彼女のその周囲の人々皆から愛される人間性を羨んでいた。そのトラウマを解消してくれたのがガウタムだった。ガウタムは、自分に何か欠けていると考えるミーラーに、彼女の魅力を真摯に訴える。ミーラーは彼の言葉に、失っていた自信を取り戻すと同時に、今まで毛嫌いしていたガウタムを見直し、そして彼に惹かれるようになる。この辺りは「Cocktail」のベストシーンである。

 ミーラーのこの心変わりはケープタウン旅行で起こった。そしてそれを象徴するのが「Tum Hi Ho Bandhu」のダンスシーンだ。今までディスコへ行っても踊らず、酒にも触れようとしなかったミーラーは、酒を飲み、ビーチパーティーで自己を解放して踊る。ガウタムも踊るミーラーを見て、違った感覚を覚える。そしてそのパーティー後、ガウタムとミーラーは唇を重ねる。この辺りまでの展開は非常にうまく、これだけで映画が終わっても納得できるレベルのものであった。

 ミーラーと同時にヴェロニカの心にも変化が起こっていた。ヴェロニカの両親は離婚しており、結婚や夫婦を信用していなかった。しかし、ガウタムの母親カヴィターと共にケープタウン旅行をしたことで、母親や家族の存在を羨ましく感じるようになり、そしてガウタムとの結婚を考え始める。彼女にとってのモデルはミーラーであった。ヴェロニカはミーラーのように女性的で家庭的な女性になろうと決意する。つまり、ミーラーはヴェロニカを羨み、ヴェロニカはミーラーを羨んでいたのである。

 予告編ではヴェロニカの破天荒なキャラが前面に押し出されていたが、映画を通じた価値観はとても保守的なものだ。つまり、男性は結局ヴェロニカのような「肉食系」の女性よりも、ミーラーのような家庭的な女性を好むというもので、後半の展開や映画の結末もそれを支持していた。ミーラーにガウタムを譲ったヴェロニカがその後どうなったのかについても語られない。結論として、ヴェロニカのような生き方は支持されていなかった。

 後半残念だったのは展開がヘビー過ぎたことである。酔っ払ったヴェロニカがミーラーに、ガウタムを「シェア」しようと提案するシーン――ミーラーはガウタムの正妻、ヴェロニカは妾という「コンプロマイズ」――、ヴェロニカがミーラーを家から追い出すシーン、ヴェロニカが交通事故に遭うシーンなど、極端な展開が続き、前半のグリップ力が一気に失われてしまう。この落差から、イムティヤーズ・アリーが書いた脚本は前半までだったのではないかと予想する。少なくとも「Being Cyrus」を撮ったホーミー・アダジャーニヤーの作家性を「Cocktail」からはほとんど感じなかった。ヴェロニカが満員のディスコの中で感じるいい知れない孤独感を映像化したシーンくらいか。

 イムティヤーズ・アリー監督の今までのロマンス映画は、結婚を結末とせず、結婚をよりリベラルな視点から料理し直し、伝統に挑戦しながらも納得行く結末に持って行くことで特徴付けられる。「Cocktail」では、断片的にしか描かれないものの、クナールとミーラーの結婚が越えられるべき障壁として設定されていたと言える。通常のインド映画なら、一度成立してしまった結婚は解消するのは難しい。だが、「Love Aaj Kal」や「Rockstar」で結婚を越えた恋愛を描いて来たイムティヤーズ・アリーにとって、クナールとミーラーを離婚させ、ガウタムとミーラーをくっつけることなど朝飯前で、映画の中でもそれは特に問題になっていなかった。

 最近、生身の女性像が見られる映画が続く。ここ1年内に限っても、ヴィディヤー・バーランが「The Dirty Picture」(2011年)や「Kahaani」(2012年)で演じたシルクとヴィディヤー、「Vicky Donar」(2012年)の母親と祖母、「Ishaqzaade」(2012年)のゾーヤー、「Gangs of Wasseypur」(2012年)のナグマーなど、強力な女性キャラが何人も思い浮かぶ。ヴェロニカもそのリストに加わることになるかと思ったが、登場時のインパクトが最大で、それ以降はそれほどキャラを発展させられていなかった。「Cocktail」は2人の女性と1人の男性をバランス良く描いており、どちらの性が主体の映画でもなかった。この点は長所だと言える。

 サイフ・アリー・カーンは、自身がもっとも得意とする役柄であるプレイボーイを演じており、今回もそれは成功を収めていたと言える。単なるプレイボーイではなく、コミカルな演技もお手の物で、特に化粧をし、パイレーツの帽子をかぶって踊り狂うシーンは爆笑ものだ。映画にとてもフィットした演技だったと高く評価できる。

 一応正ヒロイン扱いなのがディーピカー・パードゥコーンだが、非常に物議を醸す立ち位置だ。まず、最終的にガウタムと結ばれない点で正ヒロインとして扱っていいのか疑問である。そして、彼女の真の見せ場は後半だったのだが、彼女のダーク過ぎる演技のせいで台無しになっていたところがあり、もし「Cocktail」にマイナス点が付くとしたら、それは彼女にも責任があるとされるだろう。前半のキャラから後半のキャラへの転換も、うまくこなせていたとは言えない。心変わりをもう少し予め匂わす演技が欲しかったところだ。特にガウタムがヴェロニカに、ミーラーに恋してしまったことを打ち明けるシーンで、繊細な演技があったらと思う。

 意外に良かったのが新人ダイアナ・ペンティーである。もちろん彼女が類い希な演技力を見せるようなシーンはほとんどなかったのだが、抑え気味の佇まいがとても良く、中盤の心変わりもうまく表現できていた。モデル出身の彼女は元々「Rockstar」でヒロインを務めることになっていたようだ。後にナルギス・ファクリーと交代となってしまったが、「Cocktail」でのデビューも悪くない。今回はもしかしたらビギナーズラックもあったかもしれないが、彼女からは今後伸びて行く予感を感じた。

 音楽はプリータム。音楽は「Cocktail」の長所のひとつだ。まずは何と言っても飛びっきりのディスコナンバー「Tum Hi Ho Bandhu」が素晴らしい。映画全体のテーマ曲ともなっているし、その上映画の重要な転換点で使用される。その歌詞も非常にスピリチュアルで、単なる恋愛ソングではない。「Jugni」はパーキスターン人歌手アーリフ・ローハルが人気音楽番組コークスタジオで歌った有名な曲で、公式に権利を買い取り、使用している。他にも「Daaru Desi」や「Yaariyan」など、優れた曲が多く、それらは劇中で効果的に使用されている。「Cocktail」のサントラCDは買いである。

 「Cocktail」はファッションにも注目。ヒンディー語映画がファッションリーダーとなる現象は度々観察されているが、この映画もその1本となりそうだ。サイフ・アリー・カーン、ディーピカー・パードゥコーン、ダイアナ・ペンティー、この三人のファッションは今時の若者がお手本にしたくなるようなものだった。

 「Cocktail」は、ロマンスの帝王イムティヤーズ・アリーの脚本による優れたロマンス映画。特に前半は誰もがのめり込むほどの出来。後半ヘビーになり過ぎなのが残念なのだが、前半を楽しむためだけでも映画館に足を運ぶ価値があるだろう。間違いなく今年必見の映画の一本である。