Gandhari

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Gandhari
「Gandhari」

 2026年9月3日からNetflixで配信開始された「Gandhari」は、インドで年間8万人以上の子供が誘拐されるという現実を背景にしたアクション・スリラー映画である。言語はヒンディー語主体ながらベンガル語とのハイブリッドになっている。日本語字幕付きで、邦題は「ガーンダーリー:暗闇の追跡者」になっている。

 監督はデーヴァーシーシュ・マキージャー。これまで「Ajji」(2017年)、「Bhonsle」(2018年)、「Joram」(2023年)などを撮ってきた監督である。主演はタープスィー・パンヌー。他に、イシュワーク・スィン、ミーター・ヴァシシュト、チャーヤー・カダム、プラシャーント・ナーラーヤナン、ジャティン・サルナー、スワスティカー・ムカルジー、チャンダン・ロイ、ヴィシュワナート・チャタルジー、プリーティ・シュロフ、ソームナート・マンダルなどが出演している。

 「Gandhari」という題名を聞いてピンと来るのは、「マハーバーラタ」の登場人物ガーンダーリーだ。盲目の王ドリタラーシュトラの妃であり、夫に合わせて自らの目を布で覆い、擬似的な盲人として人生を過ごした。「Gandhari」の主人公バーニーも一時的に盲目状態になり、それを逆手に取って、誘拐された娘を探し出そうとする。

 物語の舞台は「ジョイプラー」と呼ばれる街だった。ベンガル語が話されており、「東部海岸」という情報もあったが、実在する街ではなく、架空の街ということでいいだろう。ジョイプラーは「ベヘルーピヤー」と呼ばれる変装師たちが多く住む街ということになっており、路上では顔にペイントなどをした人々がたむろっていた。また、子供たちを誘拐して冥界に連れ去る「マグラースル」と呼ばれる悪魔を退治したチャウムキー女神が街の守護神になっていた。そして、ジョイプラーの地下にはトンネルが張り巡らされていた。

 バーニー・スィクダル(タープスィー・パンヌー)は、夫ゴークル(イシュワーク・スィン)と5歳の娘ミシュティーと共に列車で移動中、ジョイプラー駅に立ち寄る。ここでミシュティーが何者かに誘拐されてしまい、スィクダル夫婦はミシュティーが見つかるまでジョイプラーに滞在することを決める。ただ、バーニーは誘拐犯を追う際に頭をぶつけ視力を一時的に失っていた。バーニーはジョイプラーで、母親であり大道芸の師匠でもあるジュヌー・アンバー(ミーター・ヴァシシュト)と再会する。どうやらジョイプラーでは「ブラックホール」と呼ばれる女児誘拐を専門とした組織が暗躍しているようだった。ジョイプラーで誘拐事件が多発していたため、カビール(ジャティン・サルナー)という警察官僚がジョイプラーにやって来て、部下のサンジュクター(プリーティ・シュロフ)と共にジョイプラー警察とは別に捜査を始めていた。

 1ヶ月後。バーニーとゴークルはすっかりジョイプラーの生活に馴染んでいた。バーニーの視力はだいぶ回復していたが、ブラックホールに怪しまれないため、目が見えない振りをしながら、娘の手掛かりを探していた。バーニーはシシュカールという孤児院で働くようになっていた。一方、ゴークルはジョイプラーの地下に張り巡らされたトンネルの秘密を調べていた。

 ジョイプラーは誘拐された子供たちの集積地になっており、ここから海外に密輸されていた。そのタイミングは、チャウムキー女神を祀る祭礼である可能性が高かった。バーニーはシシュカール孤児院やジョイプラー総合病院がブラックホールに協力していることを突き止めるが、実はそれだけに留まらずジョイプラーの住民たちの多くがブラックホールの構成員であり、街ぐるみで女児の誘拐と密輸を行っていることが分かる。ジュヌーすらもブラックホールの仲間だった。バーニーはジュヌーを殺す。

 チャウムキー女神祭の日、バーニーは海岸に秘密とトンネルを見つける。その先へ行き、ブラックホールの構成員たちと戦って、誘拐された子供たちを見つける。だが、ミシュティーは見つからなかった。そこへゴークルがやって来る。実はゴークルはかつてブラックホールの構成員だったが、売り飛ばされそうになっていたバーニーを助け、彼女と結婚したのだった。だが、ブラックホールのボスであるダーダー(プラシャーント・ナーラーヤナン)から、他の子供たちの密輸に協力すればミシュティーを返すと約束され、密輸に協力するようになっていた。バーニーはゴークルと戦い、彼を気絶させる。

 最後にバーニーはダーダーと戦う。ダーダーに殺されそうになったバーニーは、ミシュティーを見て最後の力を振り絞り、彼を殺す。そしてミシュティーを救い出す。

 主演タープスィー・パンヌーは、映画の看板を背負える女優としてヒンディー語映画界で一目置かれた存在であり、彼女の主演作には良作が多い。デーヴァーシーシュ・マキージャー監督も一定の実績のある映画監督であり、この二人がどのようなケミストリーを見せるのか楽しみだった。だが、すぐに期待は裏切られた。架空の伝説が伝わる架空の街での物語という設定は悪くなかったが、次々に取って付けたような展開があり、大いに気持ちが盛り下がった。インドで子供や女児の誘拐が相次いでいることへの警鐘は分かるのだが、「Gandhari」はそれを完全にエンターテイメントにしており、しかもその提示の仕方が下手すぎた。

 冒頭からよく分からない事件が続くのだが、一番訳が分からないのは主人公バーニー自体だ。普通の主婦か何かと思いきや、かつては目隠しで綱渡りをするのが得意な大道芸人であり、秘密組織ブラックホールによって売り飛ばされそうになっていたところを通りすがりのゴークルに救われ、それがきっかけで結婚したという、かなり波瀾万丈の人生を送ってきた女性だった。娘のミシュティーが誘拐されたときにバーニーは頭をぶつけて一時的に視力を失っていたが、昔取った杵柄で、聴覚が異常に優れており、目が見えなくても結構なことができた。身のこなしも軽く、一般的な女性に比べて戦闘力が高かった。

 目が見えない振りをして、秘密組織ブラックホールに誘拐された娘を探すという設定は面白かった。それを「マハーバーラタ」のガーンダーリーと重ね合わせるというのもインド人好みの設定だ。目が見える人が目が見えない振りをするという筋書きは、「Andhadhun」(2018年/邦題:盲目のメロディ インド式殺人狂騒曲)も想起させる。だが、彼女が本当は目が見えるという事実は中盤で割とあっけなくばれてしまい、それ以降彼女は「ガーンダーリー」ではなくなる。題名にまでするほどの重要な設定ではなかったように感じる。

 女性主人公が、男性の助けをほとんど借りずに目的を達成するという骨子は、2010年代以降のヒンディー語映画界で目立つようになった女性中心映画の潮流を引き継いでいる。タープスィーは自他共に認めるフェミニストであり、女性の解放と独立独歩を促すような映画に好んで出演している。相対的に、バーニーの夫ゴークルの存在感は薄い。ミシュティーが誘拐されたときにも彼はその場から離れていたし、ミシュティー救出の中心的な役割も果たせていない。挙げ句の果てにブラックホールのボス、ダーダーと裏取引し、悪役側に回ってしまうという体たらくだ。

 タープスィーは元々運動神経が良い女優だが、今回は「Alpha」(2026年)のアーリヤー・バットに負けじと格闘シーンに挑戦し多くの見せ場を作った。だが、次第にカンガナー・ラナウトに似てきており、一抹の不安を感じる。

 「Gandhari」は、業界で一目置かれた存在であるタープスィー・パンヌーの主演作にしてはお粗末な出来の映画だ。女性主人公が男性の力をほとんど借りずに物事を解決するという展開や、全国的に女児の誘拐事件が多発している現状への注意喚起が込められた内容からは、なぜ彼女がこの映画への出演を引き受けたのか推測できるのだが、彼女が普段出演しているような良質な作品と比べると見劣りしてしまう。わざわざ観なくてもいい映画である。