
2026年6月19日公開の「Cocktail 2」は、「Cocktail」(2012年)の「精神的な」続編をうたったロマンス映画である。「Cocktail」はサイフ・アリー・カーン、ディーピカー・パードゥコーン、ダイアナ・ペンティーの3人が織り成す友情と愛情の物語だったが、「Cocktail 2」には、ストーリー、キャラクター、キャストの上での連続性は認められない。
ただ、プロデューサーのディネーシュ・ヴィジャーン、監督のホーミー・アダジャーニヤー、音楽監督のプリータムは続投している。作詞はイルシャード・カーミルからアミターブ・バッターチャーリヤに交代した。また、プロデューサー陣には「Tu Jhoothi Main Makkaar」(2023年)などを監督したラヴ・ランジャンも加わっている。
主演は、シャーヒド・カプール、クリティ・サノン、ラシュミカー・マンダーナーである。他に、ティークー・タルサーニヤー、カンナン・アルナーチャラム、スパルナー・マールワー、ニールー・コーリーなどが出演している。また、プルキト・サムラートが特別出演している。
シェフのクナール(シャーヒド・カプール)と建築家のディヤー(ラシュミカー・マンダーナー)は幼馴染みで、学生時代から付き合っており、現在は同棲していた。家族からは早く結婚するように催促されていたが、二人はその必要を感じていなかった。
二人はシチリア島にバカンスに行く。そこでディヤーの留学時代の親友アリー(クリティ・サノン)と偶然の再会をする。アリーはバーテンダーをしたりダンス教師をしたりして生計を立てるノマド系の女性だった。ディヤーはクナールを試したくなり、アリーに、クナールを口説くように頼む。そしてディヤーはわざとクナールとアリーが二人きりになる時間を作る。
アリーはクナールに意味深な言葉を投げ掛け誘惑する。だが、クナールは決して彼女の誘いに乗らなかった。アリーはディヤーに、誘惑は失敗したと報告し、ディヤーは安心して彼にプロポーズする。だが、クナールと一緒に過ごす内にアリーは彼に恋をしていた。
デリーに戻った二人は、せっかちな親に促され、婚約式を行う。そこへサプライズでアリーがやって来て、ブライドメイトを買って出る。そして、隙を見てはクナールにアプローチを続ける。クナールも、アリーが魅力的だと認めながら、はっきりとした返事をしなかった。
結婚式の日、とうとうクナール、ディヤー、アリーは本心をぶつけ合うことになる。アリーは、シチリア島でディヤーがクナールを試したことを暴露する。耐えきれなくなったクナールは会場を後にする。ディヤーとアリーは彼を追う。迫られたクナールは、ディヤーと結婚すると明言する。こうしてクナールとディヤーの結婚式が予定通り行われる。
「Cocktail」と共通している部分もあれば、異なっている部分もあった。共通している部分としては、キャラクターの配置が挙げられる。「Cocktail」も「Cocktail 2」もダブルヒロインの映画だが、2人のヒロインは対照的なキャラになっている。前作では家庭的なミーラーと開放的なヴェロニカが対比されていたが、今作ではミーラーの位置にディヤーが、ヴェロニカの位置にアリーが配置されていたといえる。ただ、前作ではヒーローのガウタムとまず付き合い同棲関係になるのはヴェロニカであった一方、今作ではヒーローのクナールと長年関係を持ち同棲しているのはディヤーの方だった。
インド映画では伝統的に「良女」と「悪女」の対比が成されてきた。「Cocktail 2」では基本的に良女がディヤー、悪女がアリーとなる。ただ、単純な対比構造にはなっていない。両者とも今時の若者であり、結婚にはあまり価値を置いていなかった。また、確かにアリーはあちこち旅をしながら気に入った場所で仕事を見つけてしばらく住み、飽きたらまた新天地を求めて旅立つようなノマド生活をしている上に、ファッションも開放的であるし、男性経験も豊富であって、おしとやかな女性像とは程遠いが、ディヤーの方も、長年連れ添ったボーイフレンドが浮気しないか確かめるためにアリーに彼を誘惑させたりするような疑り深さを持っていた。どちらかが完全に善玉というわけではない。
一番かわいそうなのはクナールだ。恋人から美人局のようなトラップを仕掛けられ、しかもそのトラップを何とかクリアしたと思ったら、今度は恋人との結婚直前にその女性から熱烈なアプローチを受ける。結婚前の精神が不安定な時期に、こんな美人から突然の誘惑を受けたら、どんなに一途な男性でもコロリと行ってしまいそうだ。そして、いつの間にかどんな道を選んでも誰かを傷付けることになるというジレンマに立たされる。2人の美女から奪い合いをされるというのは男性としてファンタジーかもしれないが、冷静に考えてみると単純には喜べない状況だ。クナールの煮え切らない態度ももどかしかった。もし、最後にディヤーを選ぶなら、最初からアリーを寄せ付けなければよかったのだ。最後にクナールがディヤーとアリーの前で行う説教じみた長口上も興ざめであった。小説ではないのだから、そこまで何でもかんでもセリフで語らなくていいのだ。どうも「Cocktail 2」は男性視点で楽しめる映画ではないと感じる。
とはいえ、女性視点で観たときにも現実感を持って楽しめる映画ではないように感じる。ディヤーとアリーは親友を装っておきながら、最終的にはクナールを巡ってライバル関係になる。この筋書きは、女性同士の友情を否定するものであり、「女の敵は女」という伝統的な価値観を支持するものである。そして、ディヤーは妙なタイミングでクナールをアリーに譲ろうとする。クナールの主体性のない行動にも感情移入できなかったが、ディヤーとアリーの突発的な行動にも惑わされてばかりだった。
そもそも、ディヤーがアリーにクナールを誘惑するように依頼した時点で、大体ストーリーは最後まで予想できていた。そしてその予想通りに進む。何のサプライズもない。唯一、映画にサスペンスを与えているのは、クナールとアリーが肉体関係になったのかどうかという点だが、それもあまりストーリーを左右する重大事項になっていなかった。また、その謎はエピローグ的に語られることで明かされるが、大した内容ではなかった。
「Cocktail」は前半と後半で雰囲気がガラリと変わることで記憶されている映画だ。個人的には「Cocktail」の前半が好みである。後半をもっと軽めにまとめてくれていればもっといい映画になったと信じている。この点は「Cocktail 2」でも律儀に継承しており、やはり後半になるとアリーが露骨にクナールを略奪しようとするために一転してヘビーな展開になる。ちなみに前作の脚本はイムティヤーズ・アリーが書き、今作の脚本はラヴ・ランジャンが書いた。二人ともロマンス映画の名手である。
映画の中でははっきりと提示されていなかったが、クナールは明らかにパンジャーブ人であり、ディヤーは明らかに南インド人であった。過去にパンジャーブ人とタミル人の結婚を描いた「2 States」(2014年)という映画があったが、この「Cocktail 2」ではクナールとディヤーの南北結婚は全く問題にされていなかった。クナール役のシャーヒド・カプールはパンジャーブ人の家系であり、ディヤー役を演じたラシュミカー・マンダーナーはカンナダ人の家系であって、それらは俳優に合わせたバックグラウンドになっている。また、アリー役のクリティ・サノンもパンジャーブ人だ。ただ、アリーのバックグラウンドは不明であった。
近年、南北インドでもっとも当たっている女優ラシュミカーは、ヒンディー語映画にも積極的に起用されているが、北インド人と並ぶとどうしても南インド人的な身体的特徴が目立ってしまい、浮くことがある。「Cocktail 2」ではシャーヒド、ラシュミカー、クリティが同じフレーム内に並ぶことが多かったが、ベストカップルとして映るのは、シャーヒドとラシュミカーではなく、シャーヒドとクリティだ。ストーリーからはクナールとディヤーが結ばれてほしいという欲求の方が強いが、ビジュアル的にはクナールと結ばれるべきなのはアリーなのではないかと感じてしまう。その点ではラシュミカーの起用は適切だったのか疑問に感じる。もちろん、最近勢いがあるためにラシュミカーが起用されたのであろう。
前作は音楽の良さでも知られており、このような記事も書いたことがある。よって、「Cocktail 2」でもどうしても音楽に期待が行く。アリーのイメージ曲といえる「Mashooqa」や、主人公3人の友情を表現した「Jab Talak」など、アップテンポのダンスナンバーが多く、決して悪くない。前作を象徴する「Tumhi Ho Bandhu」もリミックスされて使われ、前作のファンへのサービスも忘れていなかった。
前作では南アフリカ共和国のケープタウンでロケが行われ、そのリゾートな雰囲気が映画のイメージを強く形成していたが、今作の大半はシチリア島で撮影され、やはりリゾートの雰囲気がうまく使われていた。
「Cocktail 2」は、2012年にヒットしたロマンス映画「Cocktail」の精神を受け継いだ作品だ。キャラクターの配置には似ている点があるものの、キャストはガラリと変わっており、別物の映画だといえる。海外ロケを盛り込んだ都会的でスタイリッシュなロマンス映画として楽しむことは可能だが、男性主人公に主体性がなく、2人の女性主人公の行動にも謎が多い。後半のヘビーな展開も好みが分かれるだろう。少なくとも前作を超える評価にはならないはずである。
