インド「世界一の映画大国」死守

 昨年、「インドが『世界一の映画大国』から陥落?」という記事を書いた。毎年、カンヌ映画祭で頒布される「FOCUS」では世界の映画産業の統計がまとめられているが、その2024年版にて、長年世界1位だったインド映画の年間製作本数が2023年に中国に抜かれて2位になってしまっていたからだ。

 インドが「世界一の映画大国」を主張する最大の根拠は年間製作本数の多さだったため、これでもってインドはその地位を失ったのかもしれないと考えていた。ただ、2024年版に掲載の2023年データは暫定値とされていたため、不確定な部分もあった。その確定は「FOCUS」の2025年版を待つ必要があった。

 さて、2025年のカンヌ映画祭が終わり、最新版の「FOCUS」がネットでも入手可能になった。早速購入し、見てみた。それによると、2019-24年の長編映画製作本数世界トップ5は以下のようになっていた。

201920202021202220232024
インド661163533978746803
米国814443941803510
日本689506490634676685
中国850531565380792612
韓国502615653703608604
Production: Top 10 markets worldwide, FOCUS 2025より抜粋

 2023年のインドと中国に関するデータは「FOCUS」2024年版と変わらず、中国が792本、インドが746本だった。これをもって、2023年にはインドが中国に抜かれ、世界2位の映画生産国に後退したことが確定した。また、さらに過去をさかのぼって見てみても、インドが世界1位の座を他国に譲っていた年がいくつかあることが分かる。

 だが、最新となる2024年に注目していただきたい。米国の2024年のデータがまだ入っておらず暫定にはなるが、803本のインドが再び世界1位に返り咲いている。中国は、景気後退の影響か、製作本数を減らしており、日本の685本よりも少ない612本になっている。

 ちなみに、「FOCUS」では昨年版からインドの製作本数について新基準を採用しており、興行収入が10万ルピーを超える作品しか計上しなくなっている。インドでは製作・認可されても映画館で上映されずお蔵入りしてしまう作品がとても多いと見えて、かつては2,000本以上を数えたインドの年間製作本数は、新基準導入以降、半減している。

 ちなみに、市場規模、つまり、総興行収入(Gross Box Office)ではインド(13億700万ユーロ)は米国、中国、フランスに次ぎ世界4位、観客動員数(Admissions)ではインド(8億8,300万人)は中国に次ぎ世界2位である。インドではチケット料金が他国に比べて安価であるため、観客動員数が世界有数の多さを誇っていても市場規模の大きさにそのまま直結しない特徴がある。

 また、同じく「FOCUS」によると、2024年のインド市場における興行収入トップ20作品(海外作品含む)は以下のとおりである。

  1. Pushpa 2: The Rule」テルグ語
  2. Kalki 2898 AD」テルグ語 邦題:カルキ 2898-AD
  3. Stree 2: Sarkate Ka Aatank」ヒンディー語
  4. Devara Part 1」テルグ語 邦題:デーヴァラ
  5. Bhool Bhulaiyaa 3」ヒンディー語
  6. The Greatest of All Time」タミル語
  7. Singham Again」ヒンディー語
  8. Amaran」タミル語
  9. Fighter」ヒンディー語
  10. Hanu-Man」テルグ語 邦題:ハヌ・マン
  11. 「Mufasa: The Lion King」米国 邦題:ライオン・キング:ムファサ
  12. Shaitaan」ヒンディー語
  13. Vettaiyan」タミル語
  14. Manjummel Boys」マラヤーラム語
  15. 「Deadpool & Wolverine」米国 邦題:デッドプール&ウルヴァリン
  16. 「Guntur Kaaram」テルグ語
  17. 「Godzilla x Kong: The New Empire」米国 邦題:ゴジラ×コング 新たなる帝国
  18. Munjya」ヒンディー語
  19. Aadujeevitham」マラヤーラム語
  20. 「Aavesham」マラヤーラム語

 まず、国産映画の強さが目立つ。インド市場における自国映画の占有率は92%であり、これは世界の中でも非常に高い。ちなみに日本の自国映画市場占有率は75.5%である。インドでは、「ライオン・キング:ムファサ」、「デッドプール&ウルヴァリン」、「ゴジラ×コング 新たなる帝国」の3作品のみが海外作品としてトップ20に食い込んだ。3本とも米国映画である。

 国産映画に絞って分析すると、依然としてテルグ語映画が強いことが分かる。テルグ語映画が1位、2位、4位を独占している。トップ20に入ったテルグ語映画は計5本である。特に「Pushpa 2」の成功が顕著で、2位の「Kalki」の2倍近くに及ぶ1億5,490万ユーロを稼いだ。

 ただ、ヒンディー語映画も健闘しており、トップ20の中に6本を送り込んでいる。3位と5位になっている「Stree 2」と「Bhool Bhulaiyaa 3」はどちらもホラーコメディーであり、昨今のホラーコメディー人気が表れている。2023年にヒンディー語映画は合わせて538億ルピーを稼いだが、2024年には468億ルピーに減少した。しかもこの内の31%は南インド映画のヒンディー語吹替版だという。コロナ禍期間中にヒンディー語映画は南インド映画の台頭によって覇権を脅かされたが、2023年には盛り返し、王者の意地を見せた。だが、その勢いは2024年まで続かなかった。

 マラヤーラム語映画がトップ20に3本入っており、その好調ぶりがうかがえる。マラヤーラム語映画全体が稼いだ興行収入は2024年に100億ルピーを超え、市場占有率も10%に達した。どちらもマラヤーラム語映画にとっては初めてのことであった。タミル語映画はトップ20に3本入っていたが、テルグ語映画の後塵を拝している。カンナダ語映画は2024年には1本もトップ20入りしなかった。

 他国との比較においてインドの映画市場は楽観的ではないものの安定していると評価されている。だが、唯一懸念されるのは、人口に比べてスクリーン数が少ないことだ。同じ14億人規模の中国には90,968スクリーンあり、100人あたりのスクリーン数は6.5となっている一方、インドにはわずか9,927スクリーンしかなく、100人あたりのスクリーン数は0.7と非常に低い。中国のおよそ10分の1だ。「世界一の映画大国」とはいいながらも、実はインドでは映画館の数が全然足りていない。映画館がひとつもない町が地方にはたくさんあるという。ちなみに日本のスクリーン数は3,675で、100人あたりのスクリーン数は3.0である。

 とりあえず、今回の「FOCUS」によって、インドはまだ製作本数を根拠に「世界一の映画大国」を名乗ることができそうであることが分かった。