Bhool Chuk Maaf

4.0
Bhool Chuk Maaf
「Bhool Chuk Maaf」

 「タイムループ」というジャンルがある。登場人物が同じ時間を何度も繰り返し体験するという設定で、その永遠の繰り返しの中でキャラが成長、変化していき、多くの場合、そのループから抜け出す方法を見つけるという筋書きであることが多い。

 タイムループ映画の歴史は意外に古く、フランス語のTV映画「Le 15 Mai」(1969年)が最初期の例だとされる。このジャンルの発展に実は日本も多大な貢献をしており、たとえば押井守監督のアニメ映画「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」(1984年)は明らかにタイムループを採用している。タイムループがジャンルとして確立したのは米映画「恋はデジャ・ブ」(1993年)である。個人的にはドイツ映画「ラン・ローラ・ラン」(1998年)が強く印象に残っている。

 インドにおいてタイムループ映画として真っ先に思い付くのは、「ラン・ローラ・ラン」を翻案した「Looop Lapeta」(2022年/邦題:エンドレス・ループ)だ。それより前にあった「Monsoon Shootout」(2017年)も似たタイプの映画であったが、ループはしていないので、厳密な意味でのタイムループ映画ではないかもしれない。テルグ語映画になるが、「Maanaadu」(2021年/邦題:正当大会)は正真正銘のタイムループ映画だといえる。インドにおいてタイムループ映画は2020年代になって試され始めたといえるだろう。

 2025年5月23日公開の「Bhool Chuk Maaf(過ちを許して)」は、5月30日に予定されていた結婚式の前日5月29日が永遠に繰り返されるという、正統派タイムループ映画である。タイムループをインド映画に取り込もうとした際、結婚式が題材になるのはいかにもインドらしい。プロデューサーはディネーシュ・ヴィジャーン。監督はウェブドラマ「Maharani」(2021年)の一部を監督したカラン・シャルマー。映画の監督は初である。音楽監督はタニシュク・バーグチー。

 主演は「Stree 2: Sarkate Ka Aatank」(2024年)のラージクマール・ラーオと「Baby John」(2024年)のワーミカー・ガッビー。他に、スィーマー・パーワー、サンジャイ・ミシュラー、ザーキル・フサイン、ラグビール・ヤーダヴ、イシュティヤーク・カーン、ジャイ・タッカル、プラガティ・ミシュラー、アーカーシュ・マキージャーなどが出演している。また、ダナシュリー・ヴァルマーがアイテムソング「Ting Ling Sajna」にアイテムガール出演している。

 ウッタル・プラデーシュ州の聖地ヴァーラーナスィーに住むランジャン・ティワーリー(ラージクマール・ラーオ)は恋人ティトリー・ミシュラー(ワーミカー・ガッビー)と駆け落ちしようとするが失敗する。二人が結婚できなかったのは、ランジャンが無職だったからだ。ティトリーの父親ブリジモーハン(ザーキル・フサイン)は公務員しか婿として認めなかった。ランジャンは公務員試験を受け続けていたがいつまでも合格しなかった。ランジャンはあと2ヶ月間だけ猶予をもらい、何とか公務員になろうとする。

 ランジャンは、妹ケーリー(プラガティ・ミシュラー)の恋人スシール(ジャイ・タッカル)から紹介されたブローカー、バグワーン・ダース(サンジャイ・ミシュラー)に会いに行く。バグワーンは60万ルピーと引き換えにランジャンを公務員にすると言う。前金は20万ルピーだった。背に腹はかえられないとランジャンは20万ルピーを捻出しようとする。結局、ティトリーが母親の金装飾品を質に入れて現金を得る。バグワーンは怪しげな人物であったが、きちんと仕事をし、ランジャンに公務員の職を与える。早速ランジャンはティトリーにそれを報告し、ブリジモーハンは渋々二人の結婚を認める。

 結婚式は5月30日に行われることになった。その前日の5月29日、ランジャンはティトリーと結婚前最後の夜を過ごす。ところが翌朝目を覚ましてみると、再び29日が始まっていた。来る日も来る日も29日となり、ランジャンは発狂しそうになる。

 ランジャンは公務員の職を得る前、シヴァ寺院で願掛けをしていた。そのとき彼は善行を行うと誓っていた。このタイムループの原因はシヴァ神だと考えたランジャンは、善行を行おうとするが、どんなことをしても30日にならなかった。精根尽きたランジャンはガンガー河に飛び降りて自殺しようとするが、そのとき別の男性が河に飛び降りた。ランジャンは彼を救う。

 彼の名前はハーミド・アンサーリー(アーカーシュ・マキージャー)といった。ハーミドは水不足に悩む故郷の村を救うために灌漑局の役人になろうと思い立ち公務員試験を受け続けたが合格しなかった。今回は絶対に合格すると思ったがやはりダメで、絶望して入水自殺しようとしていたのである。バグワーンに相談すると、彼こそが、ランジャンの不正合格のために犠牲になった人物だということが分かる。ランジャンは彼を救わなければ30日はやって来ないと悟る。

 ハーミドは正直な人間で、決して不正をして公務員になろうとしなかった。また、ランジャンの手助けも受けようとしなかった。最終的にランジャンはハーミドに役人の職を譲る。すると、30日がやって来た。結婚式が行われたが、ランジャンはティトリーやその家族に役人の職を辞したことを明かす。ランジャンは人々から責められるが、バグワーンだけは彼の正直な行動を称賛する。ブリジモーハンも考え直し、ランジャンを婿として迎え入れる。

 タイムループ映画という奇をてらったスタイルは採っているものの、映画全体から発信されるメッセージは道徳的かつ古風なものだ。ズルをして目的を達成することを戒めるものであり、その源泉は「インド独立の父」マハートマー・ガーンディーの哲学やヒンドゥー教の聖典「バガヴァドギーター」の教えまでさかのぼることができる。

 主人公ランジャンがタイムループに陥ったのは、ズルをして公務員になろうとしたからだった。彼は恋人ティトリーと結婚しようとしたが、彼女の父親ブリジモーハンは娘の結婚相手を公務員に限定していた。そこでランジャンは公務員試験を受け続けたがなかなか受からない。とうとうブリジモーハンから2ヶ月というタイムリミットを設定されてしまい、切羽詰まった彼は、バグワーンという怪しげなブローカーのところに転がり込むことになる。多額の金と引き換えに公務員職を斡旋する業者がおり、しかもそれが詐欺師ではなく本当にどこかから公務員職を持って来てしまうというのは、事実だとしたらあきれてしまうのだが、映画の中ではそれが公然の秘密扱いされていた。ただ、定員は決まっており、誰かを不正に受からせたら、本来の合格者がその分だけ落ちることになる。これでは正直者が馬鹿を見る社会だ。

 そんな裏事情など全く知らないランジャンは早速ティトリーと結婚しようとする。結婚式の日取りも5月30日に決まり、ランジャンはその日が来るのを楽しみにするが、5月29日の夜に寝て翌朝目を覚ますとまた5月29日が始まっているという奇妙なタイムループ現象に直面する。

 当初は何が何だか分からず発狂寸前になるランジャンであったが、次第にこれがシヴァ神から与えられた試練であることに気付く。彼は以前、シヴァ神に、願いがかなったら善行を行うと約束していた。だが、善行とは曖昧な言葉だ。何をもって善行とするのか。タイムループの原因が分かった後もランジャンは永遠の5月29日を生きながら試行錯誤を繰り返すことになる。

 こうしてランジャンは、自分が不正に合格したせいで代わりに不合格になってしまい、自殺をしようとするハーミドと出会い、彼を救うことこそが善行だと自覚するに至る。だが、彼を救うには、彼が得た公務員職を彼に返さなければならなかった。それはティトリーとの結婚破棄を意味した。ランジャンはティトリーとハーミド、愛と善の間で板挟みになる。

 当然、インド映画は正しい道を示す。「バガヴァドギーター」の「結果を考えず行動せよ」という教えにも背中を押され、ランジャンはハーミドに公務員職を返す。案の定、結婚式の場で縁談は破談寸前までいくが、己の過ちを認め、無条件で償おうとするランジャンの姿勢が評価され、ティトリーとの結婚はそのまま行われることになる。正しい道を歩めば自ずとよい結果が返ってくるという教訓を得ることができる。

 はっきりいって説教臭い映画である。だが、基本的にはコメディー映画であり、多くの時間帯で笑っていられる。タイムループ映画はともすると不気味さや恐ろしさで味付けしがちだが、それを抱腹絶倒のコメディー映画に料理してしまうあたり、インド映画はさすがだと感じた。タイムループの原因を神様に設定したのもインドならではだ。

 「Bhool Chuk Maaf」は完全にラージクマール・ラーオの映画である。それ以外にも才能あるコメディアン俳優などが起用されているが目立たない。ラージクマールがほぼ単身でこの映画を作り上げている。ヒロインのワーミカー・ガッビーは、魅力的ではあったが、彼女が演じたティトリーがいまいち共感しにくいキャラだったことがマイナスに働いた。内面描写が不足しており、人となりが浮かび上がってこなかった。

 ところで、「Bhool Chuk Maaf」は元々5月9日公開予定だった。ところが4月22日にジャンムー&カシュミール準州ペヘルガームで26の民間人がパーキスターンからの越境テロリストに殺される事件があり、その報復として5月7日からインド軍が「スィンドゥール作戦」を銘打ってパーキスターン領内のテロリスト拠点をミサイル攻撃し始めたため、この映画の公開は大いに影響を受けた。当初、プロデューサーからは「愛国優先」を理由に劇場公開を取り止めてOTTリリースするとアナウンスされたが、映画館側から待ったがかかった。5月10日に停戦が実現し、映画を公開してもいい雰囲気が生まれたため、一転してOTTリリースは取り止めとなり、5月23日に公開となったのである。ただ、「Bhool Chuk Maaf」のOTT配信は異例なほど早かった。通常ならば封切りから2ヶ月後くらいがOTT配信のタイミングだが、この映画に関しては公開からわずか2週間後の6月6日にAmazon Prime Video(インド)でOTT配信された。ペヘルガーム事件とスィンドゥール作戦によるゴタゴタがあったための特例であろう。

 また、映画を観てみて、ペヘルガーム事件を受けてプロデューサーがこの映画の公開を見送った理由が少し分かった。物語の中で重要な役割を果たすハーミドはイスラーム教徒の若者であり、彼がモスクで礼拝するシーンもあった。また、ヒンドゥー教の聖地ヴァーラーナスィーを舞台にし、ヒンドゥー教関連のモチーフが支配的である中で、イスラーム教にも配慮がなされており、基本的には宗教融和を訴える内容になっていた。ペヘルガーム事件は、イスラーム教徒テロリストによってヒンドゥー教徒男性が選択的に殺害されたため、インド社会にアヨーディヤー事件のような深刻なコミュナル暴動を引き起こす可能性があった。ディネーシュ・ヴィジャーンは、戦争協力の一環で映画の劇場公開を取り止めたとしているものの、実際には過激派による映画館焼き討ちなどのリスクを避けようとしたのではなかろうか。

 「Bhool Chuk Maaf」は、今やスターのオーラをまといつつあるラージクマール・ラーオが主演、コメディータッチながら説教臭さも併せ持った、ある意味インド映画らしいタイムループ映画である。インド人がタイムループ映画を料理するとどうなるかが端的に示されている。何よりコミックシーンが秀逸であり、コメディー映画として完成している。必見の映画である。