Neeyat

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Neeyat
「Neeyat」

 2023年7月7日公開の「Neeyat(性格)」は、アガサ・クリスティの推理小説「ポアロのクリスマス」(1938年)を翻案したミステリー映画である。コロナ禍を通じて、OTT作品への出演はあったものの劇場公開作への出演が途絶えていたヴィディヤー・バーランの久々のスクリーン復帰作である。

 監督は「Shakuntala Devi」(2020年)のアヌ・メーナン。主演ヴィディヤーの他に、ラーム・カプール、ラーフル・ボース、ディーパーンニター・シャルマー、ニーラジ・カービー、シャハーナー・ゴースワーミー、アムリター・プリー、シャシャーンク・アローラー、プラージャクター・コーリー、ニキー・アネージャー・ワーリヤー、ダーニシュ・ラズヴィー、イシカー・メヘラー、シェーファーリー・シャー、スプリート・ベーディーなどが出演している。

 アーシーシュ・カプール、通称AK(ラーム・カプール)はAKインダストリーズを経営するインド有数の実業家だったが、事業に失敗し、2千億ルピーの負債を抱えたままインドを脱出して英国に住んでいた。彼の会社の被雇用者には過去2年間給料が支払われておらず、自殺者も出ていた。

 AKは誕生日にスコットランドに所有する城で盛大に誕生日パーティーを開き、親しい友人たちを招待する。城に集まったのは、AKの亡き妻の弟ジミー・ミストリー(ラーフル・ボース)、息子のライアン(シャシャーンク・アローラー)、彼の恋人ジジ(プラージャクター・コーリー)、AKの元恋人ヌール(ディーパーンニター・シャルマー)とその夫サンジャイ・スーリー(ニーラジ・カービー)、二人の息子イシャーン、AKのセラピスト、ザーラー(ニキー・アネージャー・ワーリヤー)、AKの親戚サシャ(イシカー・メヘラー)、AKの現恋人リザ(シャハーナー・ゴースワーミー)、AKの秘書ケイ(アムリター・プリー)、そしてイベントマネージャーのタンヴィール(ダーニシュ・ラズヴィー)であった。折しもサイクロンが迫っており、外界を結ぶ橋は通行止めになっていた。他の使用人たちはサイクロンが来る前に帰っていた。

 誕生日パーティーの開催中、CBIオフィサーのミーラー・ラーオ(ヴィディヤー・バーラン)がやって来る。夕食の席でAKはインド政府に自首すると宣言し、ミーラーは彼を連れに来たと明かす。

 ところが、突然AKが姿を消し、崖から飛び降りてしまった。彼の書斎には遺書も遺されていた。突然のことに出席者は呆然とする。次にタンヴィールがライアンの自動車を奪って逃走する。追っ手から逃れるためにスピードを上げていたタンヴィールは途中で事故に遭い、ブリーフケースを持って森の中に逃げ出す。その後、彼は遺体で発見される。

 相次いで2人の死者が出てしまった。高い推理力を持つミーラーは、AKは自殺ではなく他殺であること、タンヴィールも何者かに殺されたと察知し、CBIとして犯人捜しを始める。城は密室状態になっていたため、その場にいる者の中に犯人がいるはずだった。推理を進めていく内にサンジャイも他殺体で発見される。

 ミーラーの推理では、その場にいた人々のほとんどにAKを殺す動機があった。鍵となるのはタンヴィールが持って逃げようとしたブリーフケースだった。ミーラーが目を離した隙にザーラーが他の人々を薬で眠らせ、ブリーフケースを持って外に出ていた。ミーラーは彼女を追い掛け、銃で撃ち殺す。秘密の抜け道から崖の下へ行くと、そこでは死んだはずのAKが待っていた。実はザーラーはAKの実の姉スィムラト・カウルであった。また、AKは秘書のケイを使ってブリーフケースを持って来させようとしていた。そのブリーフケースの中には偽造パスポートや現金など、彼が新しい人生を送るために必要なものが入っていたのである。AKはミーラーからブリーフケースを奪って逃げるが、崖から落ちて死んでしまう。

 嵐が去り、英国警察が現場やって来た。驚くべきことに、本物のCBIオフィサーであるミーラー(シェーファーリー・シャー)も一緒だった。ミーラーを名乗って彼らの前に現れたのは偽物だったのである。ミーラーはその女性の後を追う。実は彼女は、AKインダストリーズの自殺した社員デーヴィカー・チェッラムの恋人だった。デーヴィカーの復讐をするため、ミーラーに扮してAKの誕生日パーティーに忍び込んだのだった。

 AKのキャラは明らかにUBグループの元会長ヴィジャイ・マッリヤーをモデルにしている。マッリヤー元会長はキングフィッシャー航空、フォース・インディアF1チーム、ロイヤル・チャレンジャーズなどのオーナーであったが、巨額の負債を残したままインドを去り英国に移住してしまった。インドは再三にわたってマッリヤー元会長の引き渡しを英国政府に求めているが実現していない。

 「Neeyat」の種明かしをすると、AKは新たな人生を始めるため、誕生日に自分の死を偽装しようとしていた。そのために彼は家族や親しい友人をスコットランドの豪華な自宅に招待し、パーティーを催したのである。

 ところが、計画通りに事は進まなかった。自殺を偽装したところまでは良かったが、新たな人生を始めるための品物が入ったブリーフケースを持ち出すことができなかったのである。そこでAKは、実の姉でありながら正体を隠して彼のセラピストとして振る舞っているザーラー(本名はスィムラト・カウル)や、忠実な秘書ケイを使ってブリーフケースを持って来させようとするのである。

 一方、参加者の中にも一筋縄ではいかない者が含まれていた。パーティーを企画したイベントマネージャーのタンヴィールは実は潜入ジャーナリストであり、AKの秘密が詰まったブリーフケースを証拠として持って逃げようとした。AKの息子ライアンの恋人としてパーティーに参加したジジもやはりジャーナリストで、タンヴィールの知り合いだった。そして何より、主人公ミーラーが何よりの曲者だった。AKをインドに連れ帰る任務を負ったCBIオフィサーとしてやって来るが、実は彼女はミーラーではなかったのである。

 また、参加者のほとんどが、動機はそれぞれだが、AKに恨みを持ち、彼を密かに殺そうとしていた。親友のサンジャイ、息子のライアン、義理の弟のジミーなどである。ミーラー(偽物)もAKに恨みを持っていた。彼女はAKインダストリーズに勤めていたデーヴィカーと恋人関係にあったが、彼女は自殺をしてしまう。そこでミーラー(偽物)はAKに復讐するために正体を偽って彼の誕生日パーティーに忍び込んだのである。

 外界と隔絶された密室的環境での殺人事件、そしてその場に集っていた多数の人々の中に犯人が存在する。たまたまそこに居合わせた、推理力に優れた第三者が、人々を観察し、証拠を集め、犯人を特定していく。「金田一少年の事件簿」や「名探偵コナン」などでお馴染みの展開であり、初めて観た気がしない映画だ。そこにインドらしさは皆無であり、もしあるとしたら、冒頭で指摘した逃亡者ヴィジャイ・マッリヤーとの関連のみだ。

 ヴィディヤー・バーラン、ラーム・カプール、ラーフル・ボース、ニーラジ・カービーなど、確立されたベテランの演技派俳優たちもいるが、YouTuberから俳優に転身し「Jugjugg Jeeyo」(2022年)に出演していたプラージャクター・コーリーや「Modern Love Mumbai」(2022年)に出演していたダーニシュ・ラズヴィーなどの若手も見える。これだけ大勢の多様な俳優たちが競演するのだが、あまりに数が多すぎるため、どうしても一人一人の見せ場は少なくなっていたし、そもそも顔と名前と人間関係を把握するだけでも大変だ。

 登場人物が多すぎたことは粘りの欠如につながっていた。ミーラーから秘密や動機を指摘されると、標的になった人はあっさりとそれを認めてしまうのである。それぞれあくどいことを考えているのだが、次々と素直に悪事を認めてしまうので、何だか滑稽にも思えた。

 「Neeyat」は、アガサ・クリスティ流の推理ドラマを、ヴィディヤー・バーランをはじめとした腕に覚えのある俳優たちと若手俳優たちの競演によって料理した映画だ。インドらしさがほとんどないのが弱点で、インド映画ファン以外がわざわざ観る理由に乏しい。しかも、ミステリー映画としての完成度も高くない。興行的にも失敗した。無理に観る必要はない映画である。