ゾロアスター教

 ゾロアスター教は世界でもっとも古い宗教のひとつに数えられる、現在のイラン発祥の宗教である。日本語では「拝火教」とも呼ばれる。創始者とされるザラスシュトラ(ゾロアスター)が実在の人物なのか、実在するとしたらいつの時代の人なのかは諸説があってはっきりしない。だが、紀元前6世紀に成立したアケメネス朝ペルシアの時代に信者が確認されているため、それ以前にゾロアスター教が成立していたと考えて間違いない。以降もイランを中心に信仰が拡大し、3世紀に成立したサーサーン朝ペルシアでは国教になった。そして、この時代にゾロアスター教の聖典としてアヴェスターが編纂され、信奉されるようになった。「アヴェスター教」と呼ばれることもある。

 7世紀にアラビア半島でイスラーム教が成立し、イランに伝播すると、ゾロアスター教は急速に衰退した。イスラーム教への改宗を拒んだゾロアスター教徒は断続的にインドに逃れるようになった。そのため、現在世界でもっとも多くのゾロアスター教人口を抱えるのはインドである。とはいっても、その数は6万人ほどで、インド全人口の中では0.006%ほどに過ぎない。

 ゾロアスター教徒はインドでは一般に「パールスィー」と呼ばれる。「パールスの人」という意味であるが、「パールス」とは現在のシーラーズやペルセポリスなどが位置するイランの一地域の名前で、「ペルシア」の語源となった。

 ゾロアスター教徒はインドにおいてもっとも少数派の宗教コミュニティーである上に年々人口が急減している。だが、一般的にインドのゾロアスター教徒は経済的に成功していて裕福であり、ターター・グループに代表される財閥を形成している家系もいくつかある。さらに、インド映画の文脈でも無視できない存在感を示しており、取り上げる必要がある。

起源と教義

 歴史上、イランにもインドにも外部から多くの民族が流入したが、紀元前に両者で支配的になった民族の祖先は共通していると考えられている。両者の祖となる民族には一般に「アーリヤ人」という架空の名称が付けられている。

 紀元前、イランではゾロアスター教が、インドではヴェーダ教が発展したが、これらには興味深い共通点が見受けられる。善と悪が真逆となって信仰されたのだ。ゾロアスター教ではアフラ・マズダーという最高神を認めるが、これはヴェーダ教での悪魔アスラに対応する。一方、ゾロアスター教の悪魔はダエーワと呼ばれたが、これはヴェーダ教の神デーヴァに対応する。

 ゾロアスター教の聖典アヴェスターはアヴェスター語という言語で著わされたが、その文法はインドの古典語サンスクリット語と酷似している。この点でもイランとインドの近縁性がうかがえる。

 ゾロアスター教の教義の特徴は善悪二元論と終末論である。世界は光と生を象徴する善神と、闇と死を象徴する悪魔の戦いの場であり、人は死ぬと「選別者の橋」を渡ることになり、生前の行いに従って、天国へ行く者と地獄へ落ちる者が選別される。

 ゾロアスター教のシンボルはファラヴァハル(Faravahar)である。これには様々な解釈が加えられているが、一般的には、ゾロアスター教の教義の核心である「善き考え、善き言葉、善き行動」を実践する者が人生において良き方向へ導かれる様子を示しているとされる。

ファラヴァハル ©Furfur

 ゾロアスター教が「拝火教」と呼ばれる由縁は、火を信仰するからである。ゾロアスター教の寺院には聖火が祀られている。この火は異教徒が接すると汚れてしまうと考えられているため、通常はゾロアスター教徒以外は近づけないようになっている。異教徒は、ゾロアスター教寺院自体への入場もできないことがほとんどだ。

 ゾロアスター教は鳥葬でも知られている。ゾロアスター教徒が死ぬと、「沈黙の塔」と呼ばれる塔の頂上に野ざらしにされ、ハゲタカの餌にされる。インドにはいくつかの沈黙の塔があるが、現在では鳥葬はされなくなっていると聞く。

ゾロアスター教徒のインド移民

 イスラーム教徒の迫害を逃れたゾロアスター教徒がインドに移住するようになった経緯に関して、有名な逸話が伝わっている。現在のグジャラート州サンジャーンに流れ着いたゾロアスター教徒たちは、地元の王ジャーディー・ラーナーに謁見する。ラーナーはコップを牛乳で満たして差し出し、「既に領地は人民でいっぱいで移民を受け入れる余地はない」と説明する。だが、ゾロアスター教徒はその牛乳に砂糖を入れ、「牛乳はこぼれなかったばかりか甘くなった」と答える。その知恵に感服したラーナーは、地元言語であるグジャラーティー語を話すこと、そして女性たちはサーリーを着用することなど、現地人との同化を条件に、ゾロアスター教徒の移民を受け入れた。

 この移民第一波のインド到着がいつ頃なのかははっきりしないが、早くて7世紀、遅くて10世紀頃だとされている。以後、何波にも渡って移民がインドに流入するようになった。また、インドのゾロアスター教徒がグジャラーティー語を受け入れ、母語とするようになった。現在、インドにおいてゾロアスター教徒が多いのは、グジャラート州と、元々グジャラート州と一緒にボンベイ管区を形成していたマハーラーシュトラ州である。

 インドを支配した英国人はゾロアスター教徒を重用したが、それより以前、ポルトガル人がボンベイを開発した頃から、ゾロアスター教徒はヨーロッパ人に協力し、ボンベイの発展に寄与した。英領時代にグジャラート地方在住のゾロアスター教徒のボンベイ流入は続き、しかもイラン本国からチャンスを求めてボンベイにやって来る人々も出始めた。19世紀にイランから直接ボンベイにやって来たゾロアスター教徒は、それ以前からインドに住んでいたゾロアスター教徒と区別され、「イーラーニー」の名字を持つことが多い。

映画業界との関わり

 ゾロアスター教徒が関わるビジネスは、貿易業や金融業が多かった。また、新しくイランから流入したイーラーニーたちはカフェを経営するのが定番だった。現在でもムンバイーにはイーラーニー・カフェが点在しており、ムンバイーっ子たちの憩いの場となっている。

 だが、ゾロアスター教徒が映画の発展に果たした役割として大きいのが、パールスィー劇場である。英国人商人との貿易などで財を成したゾロアスター教徒たちは、ボンベイなどで劇場を買いとって大衆娯楽演劇を興行するようになった。これをパールスィー劇場(Parsi Theatre)と呼ぶ。もっとも早いものは、1835年に設立されている。

 パールスィー劇場で演じられる演劇は、物語に歌と踊りが一体となった、現在のインド映画の原型になったものだった。演目は、ロマンス、神話、歴史などが中心で、シェークスピア劇の現地語版も上演された。地域柄、マラーティー語やグジャラーティー語の演劇や、英国人観客向けに英語の演劇も上演されたが、インド人の間でもっとも人気を博したのはヒンドゥスターニー語の演劇であった。ヒンドゥスターニー語とは、現在のヒンディー語やウルドゥー語を包括し簡略化した庶民の言語である。この点でも現在のヒンディー語映画の源流となっている。

 当時最新技術である映画がインドに伝わると、ゾロアスター教徒の経営する劇場で上映されるようになった。やがて映画を専門に上映する劇場が誕生し、映画館となっていったわけだが、やはりゾロアスター教徒の経営者が一大勢力を誇った。そして、国産映画が作られるようになった当初、パールスィー劇場の演目が映画化されることが多かった。

 初期のインド映画界にはゾロアスター教徒の映画プロデューサーや監督も目立った。「Alam Ara」(1931年)のアルデーシール・イーラーニー監督、「Hunterwali」(1935年)のホーミー・ワーディヤー監督、「Sikandar」(1941年)のソホラーブ・モーディー監督などである。

 このように、ゾロアスター教徒は、ムンバイーの娯楽産業の礎を築いた立役者のコミュニティーといっても過言ではなく、現在のヒンディー語映画界でも、人口比に比べて圧倒的に多数のゾロアスター教徒が活躍している。「Barfi!」(2012年/邦題:バルフィ!人生に唄えば)などのプロデューサー、ロニー・スクリューワーラー、「Angrezi Medium」(2020年)などの監督ホーミー・アダージャーニヤー、「3 Idiots」(2009年/邦題:きっと、うまくいく)の悪役ボーマン・イーラーニー、「Padmaavat」(2018年/パドマーワト 女神の誕生)の悪役ジム・サルブ、「Koi Jaane Na」(2021年)のヒロイン、アマーイラー・ダストゥールなどが代表的なゾロアスター教徒である。

Boman Irani
ボーマン・イーラーニー

 また、ゾロアスター教徒は血統に厳しく、ゾロアスター教徒同士が結婚して生まれた子供でないと一般的にはゾロアスター教徒と認められない。とはいえ、ゾロアスター教徒の血が流れている映画人となると、ヒンディー語映画業界内にはさらに多くの名前が挙がる。たとえば、ファルハーン・アクタルやジョン・アブラハムの母親はゾロアスター教徒である。

 教義的にゾロアスター教徒同士の結婚が推奨されてきたため、イラン人の血がよく残っている可能性があり、概してインドのゾロアスター教徒たちは色白で鼻が高く、他のインド人から際立った外見をしていることが多い。

ヒンディー語映画の中のゾロアスター教徒

 宗教マイノリティーとはいえ、ムンバイーにまとまった数のコミュニティーが存在し、しかもムンバイーの娯楽産業と密接な関わりを持つゾロアスター教徒は、ヒンディー語映画でも登場人物としてよく登場する。エキセントリックなキャラとして描かれることが多いのは興味深い点である。

 ゾロアスター教徒が主人公の映画としては、「Being Cyrus」(2006年)、「Parzania」(2007年)、「Little Zizou」(2008年)、「Ferrari Ki Sawaari」(2012年/邦題:フェラーリの運ぶ夢)、「Shirin Farhad Ki Toh Nikal Padi」(2012年)、「Rustom」(2016年)などが代表的だ。脇役などとしてゾロアスター教徒が出て来る映画はさらに多い。ヒンディー語映画だけを観ていると、インドにおいてゾロアスター教徒が0.006%しかいない少数派であるとは思えないくらいだ。

Being Cyrus

 19世紀以降にインドに移住した新移民であるイーラーニーたちが経営するイーラーニー・カフェを舞台にした「Maska」(2020年)も、ゾロアスター教徒の実態がよく分かる良作である。

Maska

 ちなみに、ベテラン俳優ナスィールッディーン・シャーは映画の中でゾロアスター教徒を演じる機会が多いのだが、彼はイスラーム教徒であり、ゾロアスター教徒の血も入っていない。ただ、彼の外観は典型的なゾロアスター教徒に通じるものがあるようで、好んで起用される。

ナスィールッディーン・シャー