Last Film Show

4.5
Last Film Show
「Last Film Show」

 パン・ナリン監督は元々TVCMやドキュメンタリー映画を撮ってきた人物で、初の長編映画は「Samsara」(2001年)になる。その後、「Valley of Flowers」(2006年)を作った。これら2作品は非常に哲学的かつ難解な映画で、これが彼の作風なのかと思ったが、次に撮った「Angry Indian Goddesses」(2015年)は女性問題を主題とし、監督の言いたいことがよく分かる映画で、ガラリと作風が変わったと感じた。ナリン監督は、古今東西の名画をよく研究しており、日本の黒澤明監督にも影響を受けていると公言している。そのせいか、彼の映画にはよく日本のモチーフが登場するのも、日本人としては興味深い点である。

 そんな彼の最新作が「Last Film Show」だ。2021年6月10日にトライベッカ映画祭でプレミア上映された後、世界各国の映画祭で上映され絶賛を受けている。インドでの劇場一般公開は10月14日である。この作品は、「エンドロールのつづき」という邦題と共に日本では2023年1月20日から公開された。日本での初号試写会に招待していただいたので、インド本国での公開よりも早い2022年9月20日にこの映画を日本語字幕付きで鑑賞することができた。

 パン・ナリン監督の自伝的映画であり、少年が主人公の映画なので、ストーリーラインは子供でも分かるくらい分かりやすい。「Samsara」や「Valley of Flowers」とは正反対の映画だ。おそらく、一定の作風に囚われず、様々なジャンルや味付けの作品を作ろうとしているのだろう。いかにも映画オタクな映画監督が考えそうなことだ。

 映画の言語について、ナリン監督は極度にリアル志向だ。ラダック地方の映画「Samsara」はラダッキー語が、「Valley of Flowers」の終盤、東京のシーンでは日本語が使われていた。舞台設定からしてレアなのだが、インド映画においてこれらの言語が選択されることはほとんど前例がない。

 今回、彼が撮った「Last Film Show」は基本的にグジャラーティー語で作られている。英題と共にグジャラーティー文字で「Chhello Sho」と書かれているが、これは「最後のショー」という意味である。実はパン・ナリン監督の出身地はグジャラート州だ。「パン・ナリン」という名前はインド人らしくないのだが、本名はナリン・クマール・パーンディヤーという。パーンディヤー姓からは、彼がグジャラート州のブラーフマン(バラモン)であることが分かる。グジャラート州を舞台にしているため、グジャラーティー語の映画になるのは必然ということだろうが、パン・ナリン監督のように、言語の壁に全く囚われず映画作りをする遊牧民的な映画監督というのはインドでは非常に珍しい。

 「Last Film Show」には有名な俳優は出演していない。主役の少年サマイを演じるのは新人バーヴィーン・ラバーリー。他に、リチャー・ミーナー、ディーペーン・ラヴァル、バーヴェーシュ・シュリーマーリーなどが出演しているが、ほとんどが全く無名の俳優たちだ。

 グジャラート州チャラーラー村に住むサマイ(バーヴィーン・ラバーリー)は、駅でチャーイ屋を営む父親(ディーペーン・ラヴァル)を手伝うチャーイ売りの少年だった。ある日、家族で街に映画を観に行ったことで、映画の魅力に取り憑かれてしまう。学校そっちのけで映画館「ギャラクシー」に忍び込み、映画を観るようになった。映写技師のファザル(バーヴェーシュ・シュリーマーリー)と仲良くなり、母親(リチャー・ミーナー)が持たせてくれた弁当と引き換えに、映写室の特等席から映画を観る特権を得る。その内、サマイは映写機の使い方やフィルムの扱いなどにも長けてくる。

 サマイは、チャラーラー村の友人たちと映画ごっこをして遊ぶようになる。チャラーラー駅に映画のフィルムが保管されていることを知り、彼らはフィルムを盗み出して、自前の映写機で映画を楽しむようになる。一度、フィルムの盗難が警察にばれ、サマイは少年院に入れられてしまうが、それでも映画への情熱は冷めなかった。当初はサマイの映画熱を苦々しく思っていた父親も、遂には彼の才能に気付き、認める。

 ある日、映画館「ギャラクシー」に大きな変化が訪れる。セルロイドのフィルム映写を止め、デジタルシネマを導入したのだ。映写技師のファザルは職を失い、映写機やフィルムは廃棄処分される。サマイたちは映写機やフィルムを乗せたトラックを追う。それらは、ラージコートの工場で溶かされ、スプーンやバングルに変わった。

 映画という楽しみを失ったサマイはふさぎ込んでしまう。それを見かねた父親は、知り合いのツテを頼りに、彼をヴァドーダラー(バローダー)へ送る。サマイはヴァドーダラー行きの列車に乗り込み、チャラーラー村を後にする。

 まず、パン・ナリン監督は1970年生まれである。よって、彼の少年時代に地元の映画館にDCP(デジタルシネマパッケージ)が導入されたというのは有り得ない。インドの映画館にDCPが導入され始めたのは2000年代。そして、年間製作本数で詳述したが、製作の現場でセルロイドからデジタルへの大転換が起こったのは2010年代であり、2016年以降はほぼ全ての映画がデジタルで撮影・製作され、DCPで上映されるようになった。映画の中でも「2010年」という具体的な年が出て来ていた。よって、この映画の時間軸はその通り2010年と考えるべきである。そういう意味では、完全な自伝映画ではない。

 劇中に登場する映画館では複数のインド映画が上映されていた。時代は様々だったが、いくつかの映画はパン・ナリン監督自身の少年時代とは相容れなかった。もっとも頻繁に映像が使われていたのは、アーシュトーシュ・ゴーワーリカル監督、リティク・ローシャンとアイシュワリヤー・ラーイ主演の「Jodhaa Akbar」であるが、これは2008年公開の映画だ。また、パン・ナリン監督自身の映画である「Valley of Flowers」と「Angry Indian Goddesses」も使われていたが、後者は2015年公開の映画である。これらの事実からも、やはりパン・ナリン監督自身の少年時代をそのまま映画化した作品ではないといえる。同時に、2010年に極度にこだわった映画でもないことが分かる。

 ただ、時代設定以外は、ナリン監督の少年時代の思い出が時を超えて詰め込まれていると思われる。家族は貧しく、父親は田舎の駅でチャーイ屋を営んでいたこと、彼の家では映画を観るのは禁止だったこと、一度家族で映画を観に行ったことがあり、そのときに映画に魅了されたこと、映画を学ぶために故郷を出たことなどである。

 映画のラストで、ヴァドーダラー行きの列車に乗り込んだサマイが、乗客の女性たちの腕に身に付けられたバングルを見て、それらが映画のセルロイドフィルムから作られたことを思い出すシーンがある。そして彼は、ヒンディー語映画界の有名人の名前をつぶやく。そこには、シャールク・カーン、サルマーン・カーン、アーミル・カーンなどの名前もあったが、これらのスターたちのデビュー時期は、やはりパン・ナリン監督の幼少時代とはずれている。タミル語映画界のスーパースター、ラジニーカーントの名前も出ていた。時代は合っているが、グジャラート州の片田舎においてラジニーカーントにそれほどの知名度があったかは疑問である。「大地のうた」(1955年)で有名なサティヤジト・ラーイ(サタジット・レイ)に至っては、つい最近映画を知ったばかりの片田舎の少年が知っているとは思えない。

 彼らの前にはマンモーハン・デーサーイー監督とアミターブ・バッチャンの名前を出していた。これらならパン・ナリン監督の少年時代とピッタリとタイミングが一致する。マンモーハン・デーサーイー監督は1970年代から80年代にかけてもっとも優れたヒンディー語娯楽映画の作り手であったし、同じ時期にアミターブ・バッチャンの人気は「ワンマン・インダストリー」と言わしめるほどのものだった。ただし、アミターブ・バッチャン出演の映画「Khuda Gawah」(1992年)と「Aks」(2001年)の映像が劇中で使われていたが、これらは時代が合っていない。

 これらを考え合わせると、「Last Film Show」では、パン・ナリン監督自身の思い出と、過去半世紀ほどのセルロイドフィルム時代に作られたインド映画全体に対する郷愁とオマージュが、ファンタジー的に混ぜ合わされているといえる。また、彼は故郷を出て、ヴァドーダラーの大学に入学した後、古今東西の名画に触れることになった。映画のラストでは、子供の声で一通りインドの有名な映画関係者の名前が挙げられた後、大人の声で、ミケランジェロ・アントニオーニ、アンドレイ・タルコフスキー、ジャン・リュック・ゴダール、スタンリー・キューブリック、小津安二郎、黒澤明などなど、世界中の名監督の名前も挙がる。こうすることで、インド映画のみならず、世界の映画を対象にオマージュを拡大させていた。

 おそらく映画愛好家が観たら、様々なモチーフをこの「Last Film Show」から抽出することができるだろう。個人的にもっとも強く感じたのは、映画の上映がDCPに転換してしまった現在、パン・ナリン監督のような根っからの映画好きが果たして今後生まれるだろうか、という漠然とした不安である。セルロイドフィルムの映写機にあった味や温かみは、無機質なDCPにはない。映画館「ギャラクシー」が映写機を廃棄してDCPを導入したとき、サマイ少年の目に映ったあの無味乾燥な映写室と、その空間を申し訳程度に満たす機械音は、狂気ともいえる愛情を呼び覚ますにはあまりにも不十分であった。

 もちろん、ストーリーの大まかな流れはジュゼッペ・トルナーレ監督の名作「ニュー・シネマ・パラダイス」(1988年)と酷似している。もしかしたらパクリとの批判もあるかもしれないが、パン・ナリン監督自身が「ニュー・シネマ・パラダイス」的な人生を送って来ており、自伝的映画という前提があるため、二番煎じという批判はうまくかわすことができそうだ。「ニュー・シネマ・パラダイス」もトルナーレ監督の自伝的映画とされているため、むしろ、時代や場所が異なっても映画が持つ魔力は変わらないというメッセージになっている。もしかしたら世界中の多くの映画監督が、「ニュー・シネマ・パラダイス」や「Last Film Show」のようなエピソードを持っているのかもしれない。

 少年たちの冒険譚という点では、スティーヴン・キング原作、ロブ・ライナー監督の「スタンド・バイ・ミー」(1986年)と容易に比較ができる。線路が少年たちの冒険を導いている点でも、この名画を想起せずにはいられないだろう。

 「Jodhaa Akbar」のシーンに合わせてリヒャルト・シュトラウス作曲の交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」が流れるが、映画愛好家にとってこの曲は、スタンリー・キューブリック監督の「2001年宇宙の旅」(1968年)の代名詞だ。「2001年宇宙の旅」では、猿がモノリスに触れることで道具の使用に覚醒する有名なシーンがあるが、「Last Film Show」では、田舎で手持ち無沙汰な少年生活を送っていたサマイにとって映画がモノリスの役割を果たしていた。

 田舎が舞台の映画ということで、サティヤジト・ラーイ監督の「大地のうた」の影響も強く感じた。例えば、映画の冒頭でサマイは釘を線路に乗せ、列車に轢かせて矢尻を作る。「大地のうた」でも、田園風景の中を機関車が疾走する印象的なシーンがあった。「大地のうた」の主人公オプーの父親は貧しいブラーフマンであるが、サマイの父親も貧しいブラーフマンであった。オプーの姉ドゥルガーは盗難をしていたが、サマイもフィルムを盗難していた。

 映画に興味を持ったサマイは、映画を再現するために光の特性を知ろうとし、様々な実験を行う。光の不思議を映像で表現した一連のシーンは、タルセーム・スィン(ターセム・シン)監督の「The Fall」(2006年/邦題:落下の王国)を彷彿とさせる。サマイはインド人らしく、ジュガール精神旺盛であった。彼と友人たちは、廃品置き場などから使える部品を集め、見よう見まねで自前の映写機を作り上げる。この辺りは、廃品からスケート靴を作り出した、アモール・グプテー監督の「Hawaa Hawaai」(2014年)に似ている。

 サマイの母親は料理上手という設定であり、文脈から外れるほど、彼女が料理をするところを長々と映し出していたのも気になった。おそらくパン・ナリン監督自身が忘れられない「お袋の味」を映像で最大限表現しようとしたのだろう。どれもおいしそうで、観ているとお腹が減る映画だ。料理にクローズアップした映画となると、リテーシュ・バトラー監督の「The Lunchbox」(2013年/邦題:めぐり逢わせのお弁当)を思い出す。ただ、劇中のサマイはあまり母親の手料理をありがたがっておらず、母親がせっかく作ってくれた弁当を、映写技師のファザルに惜しげもなくあげてしまっていた。それが何かの伏線になるのかもしれないと思って身構えていたが、遂に回収されなかった。やはり文脈から外れた料理描写であった。

 「Last Film Show」は、時代が進展し、新しい技術が導入されることで、伝統を守ってきた人々が職を失い、古き良き時代が容赦なく終わっていく転換を示した映画でもあった。デジタルシネマが導入されたことで、ファザルは職を失い、映写機やフィルムは廃棄される。また、サマイの父親も、鉄道が広軌化され、駅がアップグレードされることで、近々仕事を失う運命だった。何かが生まれれば、何かが滅びるのは世の必然である。その無常さを主題にした映画はいくつもあると思うが、個人的に思い付いたのは、オリヤー語映画「Magunira Shagada」(2002年)だ。駅と村を結ぶ乗り合い牛車を生業にしていた主人公が、公共バスが導入されたことで食い扶持を失うという筋書きの映画であった。「Last~」つながりでは、エドワード・ズウィック監督、トム・クルーズ主演の「ラスト・サムライ」(2003年)を引き合いに出してもいいかもしれない。

 サマイはブラーフマンの一家に生まれた。カースト制度では一般的に最上位に位置づけられる。だが、サマイの家族が貧しい生活を送っていることからも分かるように、現代においてもはやブラーフマンであることは何の得にもならなかった。教師も、現代には2つのカーストしかないと言う。ひとつは英語ができる者、ひとつは英語ができない者である。インドにおける英語の現状については、英語ミディアムで書いている。これもひとつの時代の流れだ。サマイの父親やファザルの失職の一因も、英語ができないことであった。インドで英語ができないとどういう扱いを受けるかについては、「Hindi Medium」(2017年/邦題:ヒンディー・ミディアム)や「Half Girlfriend」(2017年)がよく参考になる。

 そもそも、主人公サマイの名前は「時間」という意味である。ヒンディー語では「समयサマエ」だ。インドではあまり聞かない名前である。劇中でサマイがファザルに名前の由来を語るシーンがあるが、それによると、彼の両親が金も何もなく、時間しか持っていなかったときに生まれたからそう名付けられたらしい。それに対しファザルは「俺の時間は止まっている」と自嘲気味に答える。だが、貧乏人には時間すらも味方しなかった。時間の流れに呑み込まれ、ファザルは職を失い、サマイの父親もやがてはそうなる。だが、サマイ自身は村を飛び出し、新しい時代、そして自分の未来へ向けて駆けていくのである。ここまで深掘りしていくと、かえってパン・ナリン監督のデビュー作「Samsara」などにあった哲学性を帯びてくるが、うがち過ぎであろうか。

 子供が主人公の映画であり、子役のキャスティングが成否を分ける映画であった。その点、サマイに起用されたバーヴィーン・ラバーリーはこれ以上にない適役だった。どの場面でどういう表情をすればいいのかを完全に理解しており、その表情を完璧に作ることができていた。パン・ナリン監督の演技指導あってこそだとは思うが、新人とは思えないほどの演技力であった。

 父親役のディーペーン・ラヴァルや、映写技師ファザルを演じたバーヴェーシュ・シュリーマーリーも良かったが、成人の俳優の中では母親役のリチャー・ミーナーが輝いていた。過去に「Running Shaadi」(2017年)や「Mardaani 2」(2019年)などで脇役出演しており、無名な俳優陣の中ではもっとも知名度がある。彼女を映し出すカメラは何か物言いたげで、田舎の女性役にしてはやたら性的魅力を醸し出していたが、料理と一緒で、それが何かストーリーに関連していたわけではなかった。おそらく、パン・ナリン監督自身の母親に対する憧憬が込められていたのではないかと思う。

 子役の中に一人だけ黒人っぽい子供がいた。これはスィッディーといわれるコミュニティーに属する子供であろう。スィッディーは中世にエチオピアからインドに流れてきた黒人の末裔であり、グジャラート州には多く住んでいる。スィッディーが出て来るインド映画というのも稀だ。この辺りもかなりマニアックな描写だと感じる。

 劇中にライオンが登場するが、グジャラート州にはギール国立公園があり、アジアライオンの保護区として知られている。元々はジュナーガル藩王国ナワーブ(藩王)の私的な狩猟場で、アフリカを除き、野生のライオンが見られる唯一の場所だ。映画のように、住民が野生のライオンとこんなにも簡単に遭遇するかどうかは分からないが、インドならあり得る話である。

 「Last Film Show」は、難解な映画で知られるパン・ナリン監督の作品ではあるが、前作以降、ガラリと作風が変わっており、今回の映画も少年が主人公の自伝的作品ということで、非常に分かりやすく、素直に感動できる映画に仕上がっている。インド映画、そして古今東西の映画に対するオマージュも散りばめられており、映画愛好家の受けもいいはずだ。必見の映画である。