Tandav

4.0
Tandav
「Tandav」

 2021年1月15日からAmazon Prime Videoで配信開始された「Tandav」は、首相の座を巡る駆け引きを描いた重厚な政治ドラマだ。シーズン1は9エピソードで構成されている。

 監督は「Sultan」(2016年/邦題:スルタン)や「Tiger Zinda Hai」(2017年)などのアリー・アッバース・ザファル。サイフ・アリー・カーン、ディンプル・カパーリヤー、スニール・グローバー、ムハンマド・ズィーシャーン・アユーブ、アヌープ・ソーニー、クリティカー・カームラー、サラ・ジェーン・ディアス、ガウハル・カーン、ディノ・モレア、サンディヤー・ムリドゥル、ティグマーンシュ・ドゥーリヤー、クムド・ミシュラー、アマイラー・ダストゥールなどが出演している。

 題名になっている「Tandav」とは、破壊の神として知られるシヴァが踊る、世界を破壊するほどの力を持った踊りの名称である。ドラマの中では、主人公の一人で学生活動家のシヴァ・シェーカルが立ち上げた学生政党の名前として使われていた。

 舞台はデリーとその周辺部。物語は下院総選挙の開票日前後から始まる。中央政府では人民党(JLD)と呼ばれる架空の政党が2期にわたって政権を握っているという設定で、今回の選挙でも勝利を目前としていた。そして、デーヴキー・ナンダン・スィン首相(ティグマーンシュ・ドゥーリヤー)が3期目を迎えようとしていた。ところが、デーヴキーの息子サマル・プラタープ・スィン(サイフ・アリー・カーン)は首相の座を狙っており、開票直前に父親をトリカブトで毒殺する。JLDは選挙に勝ち、デーヴキーの葬儀と平行して次期首相の選任が急がれる。こんな導入部である。

 与党内部で首相の座を巡る権謀術数が繰り広げられる一方で、架空の大学ヴィヴェーカーナンダ国立大学(VNU)の学生政治も平行して描かれ、こちらにも少なくない比重が置かれている。そして、サマルがVNUの卒業生であることもあって、後に国政での政争とリンクして来る。VNUのエピソードの中心になるのはシヴァ・シェーカル(ムハンマド・ズィーシャーン・アユーブ)だ。工場や高速道路建設に伴う土地の接収を巡って農民たちが起こした抗議運動をシヴァは支援していたが、仲間の一人が逮捕されたことで、この抗争に深く関わっていくことになる。

 政治ドラマとしての駆け引きは一級だ。父親を毒殺したサマルは、次期首相就任の野望を胸に秘めながら、潜在的な候補を潰していく。まず名乗り出たのが、デーヴキーの側近ゴーパール・ダース・ムンシー(クムド・ミシュラー)であった。それを聞いたサマルは、一旦引き下がって彼を首相に推す素振りを見せながら、裏で彼の野心をメディアに横流しして大々的に報道させ、彼のチャンスを潰してしまった。次に対立候補として現れたのが、デーヴキーの事実上の愛人だったアヌラーダー・キショール(ディンプル・カパーリヤー)だ。アヌラーダーはサマルがデーヴキーを毒殺したことを知っており、それを材料にして彼を脅す。サマルは仕方なくアヌラーダーを首相に推し、彼女が新首相になる。首相に就任した途端、アヌラーダーはサマルの冷遇し始める。だが、サマルの右腕グルパール・スィン(スニール・グローバー)の活躍もあって、アヌラーダーの弱みを握ることに成功し、彼女を辞任させることに成功する。

 このドラマの最大の楽しみは首相の座を巡る一進一退の謀略合戦にあるが、個人的により興味深かったのは、それぞれの要素がインドで実際に起こった何らかの事件などを反映していたことだった。

 たとえば、JLDは右派政党とされており、ヒンドゥー教至上主義を掲げるインド人民党(BJP)を彷彿とさせる。ただし、デーヴキー・ナンダン・スィン首相の人物設定は、ナレーンドラ・モーディー首相と完全には一致しない。確かにモーディー首相は2期目を務めているが、子供はいないし、それ故に政治の場に血統主義を持ち込むことに断固反対の立場を取っている。血統政治を行っているのは、ライバル政党である国民会議派(INC)の方であり、デーヴキーの息子サマルのキャラは、INCの血統主義の中心にいるラーフル・ガーンディーに似ているところもある。デーヴキーとアヌラーダーの関係は、タミル・ナードゥ州の偉大な政治家MGラーマチャンドランとジャヤラリターの関係に似ていないこともない。「Tandav」の描写は、特定の政治家や政党を直接モデルにしたものではなく、過去のインド政治のエッセンスを詰め合わせたものだと受け止めるべきであろう。

 より明確にモデルが分かるのはVNUだ。これは架空の大学だが、デリーのジャワーハルラール・ネルー大学(JNU)のもじりで間違いない。JNUは「レッド・キャンパス」の異名を持つ左翼の牙城で、各左翼政党の下部組織にあたる学生政治団体がひしめいている。学生たちの政治意識もインドの教育機関においてトップクラスに高く、学生自治会の選挙は、キャンパス内のことよりも国政を主題に舌戦が繰り広げられることで有名だ。特にBJP政権になってから学生たちと中央政府の確執が激しくなってきた。

 シヴァのモデルは、2016年にJNUキャンパス内で「アンチ・インド」のスローガンを連呼した容疑で逮捕された学生活動家カナイヤー・クマールであろう。JNU学生自治会の会長だったカナイヤーは、カシュミール問題に関してカシュミール独立を支持し、「アーザーディー(自由)」を叫んだ。これがインド統合を侵害する重大な違反行為とされたのである。

 このドラマに関してもうひとつ重要なのは、ヒンドゥー教過激派たちの抗議を受けたことである。BJP批判と取れるシーンについての指摘もされたのだが、もっとも物議を醸したのは、シヴァがシヴァ神の格好をして踊るシーンだ。ちなみに、アリー・アッバース・ザファル監督も、シヴァを演じたムハンマド・ズィーシャーン・アユーブも、イスラーム教徒である。この辺りの事情もあって、「Tandav」は余計に攻撃の対象になった。その後、ザファル監督が謝罪をし、問題のシーンをカットしたが、その事なかれ主義の処理は、ヒンドゥー教過激派たちに成功体験を与え、映画・ドラマ産業における表現の自由の侵害を認めることになってしまった。「Tandav」事件後、映画・ドラマ関係者は、ヒンドゥー教に関する事柄を映像化する際に細心の注意を払わざるをえなくなったとされている。

 音楽監督にはARレヘマーンがクレジットされている。ただ、このドラマのために彼が新たに曲を書き下ろしたわけではない。過去に彼が音楽監督を務めたマニ・ラトナム監督のヒンディー語映画「Yuva」(2004年)で使われた「Dhakka Laga Bukka」が「Tandav」で使い回されていたのである。「Yuva」も学生政治の映画であり、この曲の雰囲気は「Tandav」にも合っている。

 「Tandav」は、首相の座を巡る党内政争を描いた重厚な政治ドラマである一方で、学生政治を描いた作品でもある。アリー・アッバース・ザファル監督の手腕と俳優たちの演技が光っており、見応えのあるドラマになっている。また、ヒンドゥー教過激派たちの抗議を受け、監督が謝罪して屈服したことは、インドの映画・ドラマ史に残る事件として記録されることになった。作品としても面白いし、歴史の分水嶺としても重要なウェブドラマだ。