Mohalla Assi

3.0

 ヒンドゥー教随一の聖地で、インドを旅する外国人観光客にも人気の都市ヴァーラーナスィー(別名バナーラス、ベナレス、カーシーなど)は、ヒンディー語映画の舞台になりやすい場所でもある。インドといえばガンジス河、ガンジス河といえばヴァーラーナスィーであり、いかにもインドといったフォトジェニックな風景とオーセンティックな雰囲気は、インドの他のどの都市にも負けない。今まで「Banaras」(2006年)、「Dharm」(2007年)、「Raanjhanaa」(2013年)、「Masaan」(2015年)など、様々な映画の舞台となってきた。

 2018年11月16日公開の「Mohalla Assi」もヴァーラーナスィーが舞台の映画である。ヒンディー語作家カーシーナート・スィンの著名な小説「Kashi Ka Assi」を原作としている。苦労して公開まで漕ぎ着けた曰く付きの映画で、2015年には公開の準備が整ったのだが、劇中で使われている台詞が罵詈雑言だらけで物言いが付き、公開が遅れに遅れた。

 監督は「Pinjar」(2003年)や「Zed Plus」(2014年)のチャンドラプラカーシュ・ドゥイヴェーディー。宗教問題を扱った映画を好んで作る監督である。主演はサニー・デーオール。普段はゴリゴリの力技で押し切るアクション映画に出演している彼が、このような地味な映画に出演するのは珍しい。他に、サークシー・タンワル、ラヴィ・キシャン、サウラブ・シュクラー、ムケーシュ・ティワーリー、ラージェーンドラ・グプター、スィーマー・アーズミー、ミティレーシュ・チャトゥルヴェーディー、ダヤー・シャンカル・パーンデーイなどが出演している。

 1988年、ヴァーラーナスィーのアッスィー・ガート。ダラムナート・パーンデーイ(サニー・デーオール)は代々アッスィー・ガートを訪れる参拝客の世話をし、学校でサンスクリット語を教える保守的なブラーフマンであった。妻のサーヴィトリー(サークシー・タンワル)は、ダラムナートに商売っ気がないばかりに貧しい生活を強いられており、文句ばかり言っていた。

 カンニー・グル(ラヴィ・キシャン)はツーリストガイドで、外国人観光客を捕まえて街の案内をしていた。ヴァーラーナスィーには多くの外国人が訪れるようになっており、中には部屋を借りて住みたいと言う者もいた。カンニーは仲介者となって外国人に部屋を紹介するようになる。アッスィー・ガートに住むブラーフマンの間でも、外国人に家の一室を貸して金儲けしようとする者が現れたが、ダラムナートは一切認めなかった。

 アヨーディヤーにラーム生誕地寺院を建設する機運が高まっており、アッスィー・ガートでも人々の間で議論が巻き起こっていた。1990年、ダラムナートは仲間を引き連れてアヨーディヤーへ行き、警察からの発砲を受けて足に怪我を負う。

 1998年、ダラムナートは相変わらず保守的な生活を送っていた。だが、周囲の世の中は激変しており、知人の中には世の流れにうまく乗って一財産築いた者もいた。また、10年前に米国人ガールフレンドのキャサリンと共にヴァーラーナスィーを出奔したネークラームが、リシケーシュでヨーガを学んだ後に米国に渡り、欧米人に人気のヨーガ行者「バール・バール・バーバー」としてヴァーラーナスィーに凱旋していた。さらに、ダラムナートは、英語を教えられないことで教師の職をクビになり、世の変化に対応する必要性を痛感する。子供たちの教育のためにも金を稼いで行かなければならなくなり、従来の考えを曲げて、部屋を外国人に貸すことにする。ダラムナートの家では、マデリーンというフランス人女性が住み込みでサンスクリット語を勉強し始める。

 ダラムナートが、貸部屋を作るために、今まで家の中に祀っていたシヴァリンガを移動させたことで、アッスィー・ガートに住むブラーフマンたちはこぞって家の中にあったシヴァリンガを外に置き始める。しかも、ダラムナートの家のシヴァリンガが移動中に壊れてしまう。ダラムナートは、欲に目がくらんで大変なことをしてしまったと後悔する。だが、ダラムナートはシヴァリンガを直し、再び家に持ち帰る。

 決して丁寧な作りの映画ではなく、編集が粗い部分もあった。サニー・デーオールの場違いかつ不慣れな演技にも疑問符が付いた。だが、1988年から98年のヴァーラーナスィーの内的な変化を追った著名な小説を原作にしているだけあって、いかに未熟な映画化であっても、そこで描かれている出来事からは迫真性を感じずにはいられなかった。適役な俳優を起用し、器用な監督が映画化していれば、傑作になった予感がする。

 ヴァーラーナスィーといえばシヴァ神の聖地である。ヴァーラーナスィーで参拝客相手に礼拝の補助をするブラーフマンたちは、当然のようにシヴァ神を信仰していた。彼らの家の一角には必ずシヴァリンガを祀った部屋があり、毎日祭祀を欠かさなかった。また、ヴァーラーナスィーはヒンドゥー教の聖地であったが、イスラーム教徒も多く住んでいた。だが、彼らの間で宗教的な緊張はなかった。皆、子供の頃から一緒に遊んだ仲間であり、お互いの祭りを祝い合う共存関係を築いていた。

 ところが、インド人民党(BJP)がアヨーディヤーにラーム生誕地寺院を建設する運動を始めたことで、ヴァーラーナスィーにも大きな変化が訪れる。今までヴァーラーナスィーではそこまで人気のなかったラーム神が突然スポットライトを浴び、シヴァ神の信仰に優先されるようになった。また、1992年のバーブリー・マスジド破壊事件によってヒンドゥー教徒とイスラーム教徒の間で対立が深まり、ヴァーラーナスィーの住民も宗教で色分けされるようになっていった。

 1990年にはVPスィン首相が、マンダル委員会報告書を受けて、「その他の後進階級(OBC)」に留保制度を適用することを宣言し、世間ではそれに対する反対運動が起こった。この出来事がさらにカースト間の対立を生んで行った。

 外国人観光客の流入もヴァーラーナスィーに多大な変化をもたらした。ヴァーラーナスィーの路地は、音楽、舞踊、ヨーガ、語学などを学びたい外国人で溢れるようになる。右も左も分からない外国人を騙して金儲けをする小悪党がはびこるようになったのはまだ可愛いもので、住民の間では、高額な家賃を取れるからと、外国人に部屋を貸すのが流行した。挙げ句の果てには、菜食主義を貫いていたブラーフマンまでもが、肉食をする外国人に部屋を貸すようになった。宗教の街だったヴァーラーナスィーではいつの間にか宗教が失われ、外国人観光客や長期滞在者によって経済が回る「市場」となってしまった。

 ヴァーラーナスィーの街のガンジス河沿いにはガートと呼ばれる沐浴場が並んでいる。その中でもアッスィー・ガートはもっとも上流に位置し、中心部から離れているため、幾分の静けさもある場所だ。バナーラス・ヒンドゥー大学(BHU)にも近く、同大学で学ぶ外国人留学生や、その他の長期滞在外国人も多く住んでいて、国際色豊かなエリアでもある。「Mohalla Assi」は、そんなアッスィー・ガートのすぐそばに位置する、ブラーフマン家族が住む住宅街が舞台になっている。

 結末のまとめ方が下手だったため、結局この映画が何を訴えたかったのか分からなかった。時代の変化に対応して生きていく必要性を説いていたのか、それとは反対に、時代の波に逆らってでも自分の価値観を頑なに守り抜く生き方がいいのか、どちらを支持していたのだろうか。

 かつては押しも押されぬ大スターだったサニー・デーオールは、近年鳴かず飛ばずで影が薄くなってしまっている。おそらく「Mohalla Assi」への出演を決めたのは、自身の新たな可能性を模索したかったのだと思う。その挑戦は買うが、どうしても役になりきることができておらず、違和感が払拭できなかった。ブラーフマンにしてはガタイが良すぎるのが痛い。

 ただ、脇を固める俳優たちの演技は素晴らしかった。ラヴィ・キシャン、サウラブ・シュクラー、ミティレーシュ・チャトゥルヴェーディー、サークシー・タンワルなど、印象的な演技をしていた。

 「Mohalla Assi」は、1988年から98年までに聖地ヴァーラーナスィーがどのような変容を遂げてきたのかを、アッスィー・ガートに住む保守的なブラーフマンの視点から描いた作品である。原作「Kashi Ka Assi」の威力が効いており、住民たちの生々しい姿が赤裸々に描かれている。ただし、映画としての質は高くない。それに我慢ができるならば、そしてヴァーラーナスィー好きならば、観る価値のある映画である。