カルナータカ州には「Nale Ba」という民間伝承が伝わっていると言う。とは言っても、そんなに古いものではなく、1990年代にバンガロール周辺の村々で広まったものである。「Nale Ba」とはカンナダ語で「明日来い」という意味だ。その伝承によれば、花嫁の姿をした幽霊が彷徨っており、家の戸をノックして、開けて出て来た男性を連れ去って行くと言う。ただし、家の玄関に「Nale Ba」と書いておけば、幽霊はそれを読んで出直すことを繰り返し、永遠にその家には入って来られなくなるようである。
2018年8月30日公開の「Stree」は、上記の伝承を映画化したホラー・コメディー映画である。プロデューサーはディネーシュ・ヴィジャーンと「Go Goa Gone」(2013年/邦題:インド・オブ・ザ・デッド)などのラージ・ニディモールとクリシュナDK。監督は新人のアマル・カウシク。主演はラージクマール・ラーオとシュラッダー・カプール。他に、パンカジ・トリパーティー、アパールシャクティ・クラーナー、アビシェーク・バナルジー、フローラ・サイニー、ヴィジャイ・ラーズなど。また、ノラ・ファテーヒーがアイテムナンバー「Kamariya」にアイテムガール出演している。さらに、映画本編に使用されていないプロモソング「Aao Kabhi Haveli Pe」に、クリティ・サノンとバードシャーが特別出演している。
ちなみに、テルグ語映画にも似たようなプロットの「Oh Stree Repu Ra」(2016年)という映画があるが、この「Stree」との関連は不明である。
マディヤ・プラデーシュ州チャンデーリーでは、毎年恒例の四夜祭において、ストリー(フローラ・サイニー)と呼ばれる女性の幽霊が現れ、男性をさらっていくという伝承が信じられていた。人々はそれを防ぐため、家の玄関に赤字で「O Stree Kal Aana(おい、ストリー、明日来い)」と書いていた。 チャンデーリーで仕立屋をするヴィッキー(ラージクマール・ラーオ)は、四夜祭の初日に、謎の女性(シュラッダー・カプール)と出会い、衣服の仕立てを依頼される。ヴィッキーはその女性に惚れてしまう。だが、その夜、一人の男性がストリーにさらわれてしまい、次の夜にはヴィッキーの親友ジャナー(アビシェーク・バナルジー)がさらわれてしまう。 ヴィッキーとジャナーの友人ビットゥー(アパールシャクティ・クラーナー)は、ヴィッキーが出会ったその女性がストリーだと考え、ヴィッキーに警告する。彼らは、書店を営むルドラ(パンカジ・トリパーティー)のところへ行き、助けを求める。ルドラが持っていた書物には、森の奥深くにある廃墟の絵が描かれていた。ヴィッキー、ビットゥー、ルドラの三人は、ジャナーを助けるためにその廃墟へ行く。 そこでヴィッキーはストリーと遭遇し、襲われそうになるが、それを助けたのが謎の女性であった。彼女は過去3年間、ストリーを退治するために研究を重ねて来ていた。とりあえず廃墟を後にしようとすると、何と裸のジャナーが見つかった。だが、ジャナーには何かが取り憑いており、異常な行動をしていた。ジャナーは第3夜に、家々の玄関に書かれていた「O Stree Kal Aana」という文字を消してしまった。おかげでチャンデーリーからは20人ほどの男性がストリーにさらわれてしまった。 ストリーは、かつて結婚相手と初夜を迎える前にチャンデーリーの街の人々に殺されてしまった女性の幽霊であった。しかも、街を救える条件を備えている者はヴィッキーしかいなかった。そこでヴィッキーは花婿姿となり、ストリーと初夜を過ごすことになった。第4夜、ストリーがやって来て、ヴィッキーをさらって行く。だが、謎の女性の助言に従ってストリーのお下げ髪を切り取り、彼女の力を消す。すると、行方不明になっていた男性たちが帰って来た。 翌日、謎の女性はバスに乗り、ストリーの恐怖から解放されたチャンデーリーを去って行く。ヴィッキーは彼女の名前を聞くのを忘れていた。その女性は、ストリーから切り取られたお下げ髪を自らの髪に同化させ、バスの中から姿を消した。
2002年の「Raaz」から本格的に始まったヒンディー語ホラー映画の潮流は、紆余曲折を経ながらも発展して行き、この「Stree」でもって、一応の完成を見たと言っていいだろう。「Go Goa Gone」でホラー・コメディーというジャンルを確立させたラージ・ニディモールとクリシュナDKは、そのジャンルをさらに推し進め、怖さと笑いと感動がバランスよく混ぜ合わされた、フィール・グッドな新感覚のホラー映画を作り出した。「Stree」は興行的にも成功し、批評家からも絶賛され、フィルムフェア賞新人監督賞などの栄冠に輝いた。ヒンディー語ホラー映画史を語る上で欠かせない作品である。
まずはロケーションがいい。チャンデーリーはマディヤ・プラデーシュ州の隠れた観光名所で、中世の遺構が各所に残る雰囲気のいい町だ。それらの遺跡を背景として効果的に使いながら、ストリーの恐怖に怯える迷信深い人々を描出していた。
幽霊を、単に恐怖の対象ではなく、どこか同情を催すような描き方をするのは、ラージ・ニディモールとクリシュナDKの作風と言っていいかもしれない。「Go Goa Gone」はゾンビ映画であったが、どこかゾンビにもユーモアを与えていた。しかも、幽霊に恋物語をかぶせ、人情味あふれる幽霊を演出しているのも、「Stree」がライトなホラー映画になっていた要因であった。
ストリーの姿を敢えて映し出さない手法もあったと思うが、「Stree」では中盤あたりからストリーは姿を現す。ローブを身にまとい、宙に浮いた小柄な女性の姿をしている。人情味を出すためには、姿が見えた方がいいという判断だったのだろう。シュラッダー・カプール演じる謎の女性が果たしてストリーなのか、というミステリーも、序盤で提示され、中盤までそれは引きずられる。終盤にて、謎の女性の正体が明かされ、ストリーではなかったことが分かる。そしてストリーはお下げ髪を切られて力を失い、ストリーに連れて行かれた男性たちが解放される。町に平和が訪れたかに見えたが、エンディングでは、やはり謎の女性がストリーだったのではないかという疑問が持ち上がる。
それから1年後、四夜祭のときにストリーは再びチャンデーリーの町に現れるが、町の入口にはストリーの銅像が立てられ、そこには「O Stree Raksha Karna(おい、ストリー、守ってくれ)」と書かれていた。ストリーはそれを見て立ち尽くす。そんな、含みを残した終り方だった。
ライトタッチのホラー映画ながら、演技派俳優たちを起用し、演技にも手を抜いていなかったのが、「Stree」の勝因の一つだったと言える。ラージクマール・ラーオ、シュラッダー・カプール、パンカジ・トリパーティーなど、演技力のある俳優たちが真剣に演技をしていた。脇役のアパールシャクティ・クラーナーやアビシェーク・バナルジーにも十分な出番が与えられ、好演していた。
「Stree」は、実際にインドの地方に伝わっていた伝承を元に作られたホラー・コメディー映画である。怖いシーンはあるものの、基本的には笑いと涙にあふれた典型的なインド娯楽映画の作りとなっており、後味もいい。ヒンディー語ホラー映画の完成形のひとつとして記憶されることになるであろう重要な作品である。