ヒンディー語映画界が誇る女性監督ファラー・カーンの最大の功績は、女性でも娯楽映画を作り、成功させられるということを証明したことであろう。ヒンディー語映画は元来、男性中心主義で動いており、女性はカメラの前にいようと裏にいようと添え物に過ぎなかった。女優を主人公にした映画には配給業者が付かず、女性が撮った映画にはスポンサーが付かなかった。だが、ファラー・カーンは「Main Hoon Na」(2004年)や「Om Shanti Om」(2007年)で、女性監督でも大ヒット作を送り出すことができると証明し、その後、映画界で地位を築こうとする女性たちの前に立ちはだかるハードルをかなり下げた。彼女の前作「Tees Maar Khan」(2010年)はフロップに終わったものの、業界内における彼女へのリスペクトはいささかも減じていない。
インドでは2014年10月24日に公開された「Happy New Year」は、ファラー・カーンの監督第4作である。インドにおいて新年にあたる日はいくつもあるのだが、その中でも商人カーストを中心に新年とされているのが10月後半から11月初めにかけて祝われるディーワーリー祭である。「Happy New Year」はインドの新年であるディーワーリー祭に合わせて公開された映画であるが、劇中に出て来る「新年」は西洋のもの、つまり1月1日である。
「Happy New Year」の主演は、ファラー・カーンのお気に入り、シャールク・カーンである。前作「Tees Maar Khan」撮影時には、シャールクとファラーの不仲が伝えられており、シャールクの代わりにアクシャイ・クマールが主演に抜擢された訳だが、「Tees Maar Khan」の興行的失敗も影響したのだろうか、再びシャールクが主演に返り咲いた形である。
ヒロインはディーピカー・パードゥコーン。彼女のヒンディー語映画デビュー作「Om Shanti Om」は、ファラー・カーン監督、シャールク・カーン主演であり、再びこの3人がタッグを組んだことになる。あれから早くも7年が過ぎ去ったが、依然としてシャールクはトップスターであり、ディーピカーはすっかり売れっ子の女優となった。
他に、アビシェーク・バッチャン、ボーマン・イーラーニー、ソーヌー・スード、ヴィヴァーン・シャー、ジャッキー・シュロフなどが重要な役で出演している。また、ファラー映画は多数のカメオ出演もお約束だ。アヌパム・ケール、ディノ・モレア、プラブデーヴァー、マラーイカー・アローラー・カーン、アヌラーグ・カシヤプ、ヴィシャール・ダードラーニー、サージド・カーンなど、一瞬だけ登場する俳優陣の顔ぶれも豪華である。
作曲はヴィシャール=シェーカル、作詞はイルシャード・カーミル。シャールク・カーンの妻ガウリー・カーンがプロデューサーを務めている。
チャンドラモーハン・マノーハル・シャルマー、通称チャーリー(シャールク・カーン)は、安価なセキュリティーシステムを売り歩く零細企業の経営者だった。だが、かつて父親のマノーハル(アヌパム・ケール)が健在だった頃は、父親が開発したシャーリマール・セーフという世界最高の金庫を売る業界最大手であった。凋落のきっかけは、南アフリカ共和国のダイヤモンド商チャラン・グローヴァー(ジャッキー・シュロフ)と出会ったことだった。チャランはマノーハルを罠に嵌め、ダイヤモンド盗難の罪を負わせて牢屋送りにした上に、シャーリマール・セーフも我が物としてしまった。チャーリーはチャランへの復讐の機会をうかがっていた。 あるとき、チャランはドバイで世界ダンス競技会(WDC)を企画した。それに合わせ、30億ドルの価値のあるダイヤモンドが、超高級ホテル、アトランティスの地下に設置されたシャーリマール・セーフに収められることになっていた。チャーリーは、シャーリマール・セーフからダイヤモンドを盗み出してその罪をチャランになすりつけ、復讐を果たそうとする。 そのミッションのために彼は仲間を集める。爆発物専門家ジャグモーハン・プラカーシュ、通称ジャグ(ソーヌー・スード)、かつてマノーハルと共に働いていた金庫の設計士テヘムトン・イーラーニー、通称タミー(ボーマン・イーラーニー)、天才ハッカーのローハン・スィン(ヴィヴァーン・シャー)、チャランの息子ヴィッキーの瓜二つ、ナンドゥー(アビシェーク・バッチャン)、そしてバーダンサーのモーヒニー・ジョーシー(ディーピカー・パードゥコーン)である。 まずはWDCに出場するために国内予選を勝ち抜かなければならなかった。チャーリー、ジャグ、タミー、ローハン、ナンドゥーの五人はモーヒニーからダンスを習う。それでも彼らのダンスが酷いものであったが、ローハンのハッキングによって投票結果を操作し、彼らは「チーム・インディア」としてWDCへの出場権を獲得する。 ドバイに渡った彼らは、予選が行われる12月24日にダイヤモンドを盗み出す計画を立てていた。しかし、ダイヤモンドの到着が遅れ、計画は中止となる。もし予選で敗退すれば、インドに帰らなければならなかった。案の定、チーム・インディアは決勝進出の5組に残れなかったが、予選で対戦相手だった北朝鮮チームの手助けをしたことがフェアプレイ精神として評価され、特別に決勝進出を認められる。 決勝の日、チャーリーらは予定通りダイヤモンドを盗み出す。そのまま決勝戦に出ずに逃亡しようとしたが、このときまでにチーム・インディアはインド人たちの誇りとなっており、世界中から注目されていた。ここで逃げる訳にはいかないと感じた彼らはステージに立ち、踊りを踊る。一方、チャランはダイヤモンドが盗み出されていることに気付く。シャーリマール・セーフを開けられるのはチャランとヴィッキーのみであったため、彼らに容疑が掛けられる。チャランはチーム・インディアを疑うが、彼らが盗んだということを証明できず、警察に逮捕される。 チャーリーらは予定通りチャランに復讐を果たし、ダイヤモンドを手に意気揚々とインドへ帰国した。彼らの人生はこの一件をきっかけにバラ色のものへと変わっていた。
リーマンショック前のインド経済は飛ぶ鳥を落とす勢いで、世の中は好景気に沸いていた。そんな世相を反映していたのだろう、その時期に作られた映画も、「インディア・アズ・ナンバー1」という自信に満ちたものが多かった。「インドをいつまでも後進国と呼ばせるな」という強烈なメッセージが込められた「Guru」(2007年)や、女子ホッケーのインド代表がワールドカップで優勝するスポ根モノ映画「Chak De! India」(2007年)などはその代表例である。しかし、リーマンショックを機にインド経済は低迷期に入り、原油高、ルピー安、インフレ、テロ、汚職、レイプなど、様々な問題に苦しむことになった。
その流れを変えたのが、2014年4~5月の下院総選挙であった。グジャラート州の州首相を3期務め、同州に発展をもたらしたナレーンドラ・モーディーが、インド人民党(BJP)の首相候補として擁立され圧勝した。モーディー首相は「アッチェー・ディン(良き日)」が来ると国民を鼓舞し、経済もにわかに上向いた。
「Happy New Year」は、インドの「新しい時代」を象徴するかのような映画だ。劇中でモーディー首相のそっくりさんが「良き日が来た」と述べるシーンがあるが、それからも分かるように、正にモーディー・ウェーヴに乗って作られた作品だと言える。「Happy New Year」は、インドが再び世界をトップを目指すというメッセージを強烈に発信している。また、「負け犬」が第二のチャンスを得て成功者になるというストーリーも、偉大な文明と巨大な人口を抱えながら、なかなか世界でプレゼンスを発揮できないインド自体に重ね合わせることができる。そして、ライバルにも手を差し伸べる様子は、インドがハートで国際社会に貢献しようとする布告だと受け止められる。映画全体の雰囲気はリーマン・ショック直前の「行け行けインド」な映画に似ているが、そこに込められたメッセージは、失敗を経験しながらも立ち直り、さらに強くなったインドの今の姿を表している。
ドバイの超高級ホテルでロケを行い、複数のスターを起用し、多数のエキストラやバックダンサーを使った「Happy New Year」は、今までのファラー映画の中で最も高額の予算を費やした映画に違いない。そしてそれに見合うだけの興行収入も上げており、コレクション(国内興行収入)も20億ルピーを突破している。しかしながら、ファラー映画の最高傑作だとは誰も評価しないであろう。ダイヤモンド盗難計画を実行に移す後半は幾分緊迫感があるが、前半は冗長かつ下らないギャグ満載で白け気味だ。各登場人物の設定も薄っぺら過ぎる。ロマンスは二の次にして、アクションとコメディーに力を入れた作品であったが、それに成功していたとは思えない。
それでも、ディーピカーが妖艶な踊りを踊る「Lovely」を中心に、魅力的なダンスシーンが散りばめられており、さすがコレオグラファーを本業とする監督が撮った映画だと唸らせられる。また、ダンスをテーマとした映画ながら、必ずしも踊りを得意とする俳優を起用していないところにも、ファラー監督のすごさを感じる。
「Om Shanti Om」でシャールク・カーンが筋肉隆々の裸体をさらしたときにも感じたが、女性監督が男優をいいように弄ぶ様子が見られるのもファラー映画の魅力と言えば魅力であろう。今回もシャールクは見事な肉体を披露している他、ソーヌー・スードも惜しげも無く厚い胸板や割れた腹筋を見せつけている。また、アビシェークの下半身まで裸にしてしまっている。これまで男性監督が女優の肌をさらさせて来たのとちょうど反対のことが行われている。
「Happy New Year」は、ヒンディー語映画界が誇る女性娯楽映画監督ファラー・カーンの最新作だ。必ずしも彼女の最高傑作ではないが、モーディー・ウェーヴに乗って躍進するインドの現在の世相をよく反映しており、興味深い。これぞ今のインドを代表するインド映画だ。必見の作品のひとつである。