Quick Gun Murugun

3.5

 インドは現在、ピトリパクシュとかシュラーッドと呼ばれる特別な期間に入っている。基本的には祖先崇拝の期間であるが、この時期、新しいものを買ったり、新しいことを始めるのは不適とされており、あらゆる場面で経済活動が停滞する。映画業界も例外ではなく、この時期に映画の公開は極力控えられる。よって、この期間に封切られる新作は、何らかの事情で他の時期に公開が適わなかった訳ありの作品ということになる。2009年は9月18日までがピトリパクシュになっている。ピトリパクシュが終わると、一転してナヴラートリ、ダシャハラーディーワーリーと言ったお祭りシーズンに突入し、映画公開にもっとも適した時期となる。これらはヒンドゥー教の祭日であるが、同時に現在はイスラーム教の断食月であるラマダーン(インドでは「ラムザーン」と発音する)の真っ最中であり、やはり新作映画公開とは相性が悪い。今年は、ラマダーンの終了がほぼピトリ・パクシュの終了と重なっている。これらの事情から、現在公開されている映画ははっきり言って地雷だらけである。話題作は9月18日から順次公開されて行くので、もし安心して映画を楽しみたかったら、来週まで待つのが賢明かもしれない。

 2009年8月24日~9月8日まで日本に一時帰国していたが、僕が留守にしていた期間、取り立てて重要な作品は公開されなかった。しかし、その時期に封切られた作品の中で、一本だけ前々から気になっていた映画があった。それは「Quick Gun Murugun」である。「Quick Gun Murugun」とは、1994年に音楽専門チャンネルChannel [V]が立ち上げられたときに創作されたキャラクターである。緑のシャツに虎柄のチョッキ、白いカウボーイ・ハットにピンクのスカーフというド派手なファッションに身を包んだタミルのカウボーイで、「Mindi It」、「I Say」などの独特な決め台詞がカルト的人気を博したらしい。そのTV生まれのユニークなキャラがこの度映画化されることになり、「Quick Gun Murugun」が完成したのである。「Om Shanti Om」(2008年)でシャールク・カーンが真似していたタミル語映画界のスターも、ラジニーカーントよりもむしろこのクイックガン・ムルガンがモデルになっていたようだ。映画「Quick Gun Murugun」は2009年8月28日に封切られたが、幸い3週間目に入った今でも上映が続いており、鑑賞することが出来た。英語版、ヒンディー語版、タミル語版、テルグ語版が作られたようだが、僕が観たのは英語版である。

監督:シャシャーンカ・グプター
制作:パト・ピシュ・モーション・ピクチャーズ
振付:レーカー・プラカーシュ
衣装:サンジーヴ・ムールチャンダーニー
出演:ドクター・ラージェーンドラ・プラサード、ナーサル、ヴィナイ・パータク、ランバー、アヌ・メーナン、ラージュー・スンダラン、シャンムガラージャ、アシュヴィン・ムシュラン、ランヴィール・シャウリー、サンディヤー・ムリドゥル、ガウラヴ・カプール
備考:DTスター・プロムナード・ヴァサントクンジで鑑賞。

 1982年、南インドの某所。カウボーイのクイックガン・ムルガン(ドクター・ラージェーンドラ・プラサード)は、周辺のヴェジタリアン・レストランを暴力によってノンヴェジ・レストランに変えてしまうギャング、ガンパウダー(シャンムガラージャ)を、菜食主義者としての正義感から、決闘によって追い払う。ガンパウダーのボス、ライスプレート・レッディー(ナーサル)は、命からがら逃げ帰って来たガンパウダーを処刑し、ムルガンを罠にはめて捕まえる。そして彼の胸に銃を撃って殺す。

 死んでしまったムルガンは死神に連れられてあの世へ行く。そこはインドのお役所と全く変わらず、非効率的に運営されていた。ムルガンは、そこの長官であるチトラ・グプター(ヴィナイ・パータク)に事情を説明し、もう一度生き返らして欲しいと嘆願する。チトラ・グプターは了解し、彼を生き返らせるが、多少の手違いがあり、ムルガンは2007年のムンバイーに送り込まれてしまった。ムルガンは、ムンバイーに住んでいた兄のところを訪ねる。兄と兄嫁は、生き返ったムルガンを温かく迎える。

 ところで、25年前はギャングのボスだったライスプレートは、今では実業家になっており、マック・ドーサというチェーン店を全国展開しようとしていた。既にジャンゴ博士(アシュヴィン・ムシュラン)設計の自動ドーサ製造マシンも完成していたが、それによって作られるドーサにはまだ何か足らなかった。ライスプレートの右腕MBAラウディー(ラージュー・スンダラン)は、足りないものは母親の愛情だと喝破する。そこでライスプレートは、ムンバイー中から母親を誘拐して来て、秘密のドーサ・レシピを調べる。だが、なかなか最高のドーサは出来なかった。

 ムルガンは、ライスプレートに関する情報を集める中で、場末のダンスバーで踊り子をするマンゴー・ドリー(ランバー)と出会う。ドリーはムルガンに一目惚れするが、ムルガンは死んだ恋人(アヌ・メーナン)を今でも一途に愛していた。ムルガンが生き返ったという情報はライスプレートの耳にも届き、早速ラウディーを送り込む。だが、ラウディーは誤ってムルガンの兄を殺してしまう。また、ムルガンの兄嫁のドーサを食べ、彼女こそが最高のドーサの作り手であることを直感したラウディーは、彼女を連れ去ってしまう。それを知ったムルガンは、マック・ドーサに単身乗り込む。それを迎え撃ったラウディーと一騎打ちをし、見事ムルガンは彼を倒す。兄嫁も無事解放された。

 ムルガンは一躍ムンバイーのヒーローとなり、ノンヴェジ・ドーサを売り出そうとするマック・ドーサに対する抗議運動も起こった。この逆風に憤ったライス・プレートは、ムルガンの兄嫁が経営する弁当宅配ビジネスを邪魔するため、弁当爆弾を仕掛ける。ムルガンの兄嫁の家から届けられた弁当は各地で爆発し、彼女はSWATに連行されてしまう。

 兄を殺され、兄嫁が逮捕されてしまったムルガンは自殺を考えるが、そこへドリーがやって来る。実はドリーはライスプレートの愛人で、今回の爆弾テロの黒幕がライスプレートであることを掴んでいた。それを知ったムルガンは、マック・ドーサの本社ビルへ乗り込み、マンゴー・ドリーを失うものの、護衛を次々と倒して、ライスプレートを追い詰める。屋上でムルガンとライスプレートは相対し、ライスプレートは無残な最期を遂げる。

 90分の低予算映画だが、お馬鹿な笑いとお馬鹿なアクションに徹底的にこだわっており、気軽に見られるコメディー映画に仕上がっていた。ただ、アクションの部分は、真後ろの敵に銃弾を命中させたり、敵が撃って来た銃弾を歯で受け止めたりと、日本人にも分かりやすいものばかりであったが、笑いの部分は、インドのお役所の風刺や有名TV番組のパロディーなど、インドのことをある程度知らないと笑えないだろうものがいくつかあった。

 例えば、死んだムルガンがヤムラージ(死神)に連れて行かれたのは、あの世のはずであるが、それは死んだ魂を管轄する役所みたいな場所になっており、インドの役所と同様に、窓口に並んだり、面倒な書類を提出したりしないと行けない。そこを統括するのはCグプターという人物だが、それはインドの神話の中に登場する、死者の生前の行いを全て記録する冥界の書記官チトラグプタがモデルとなっている。

 2007年のムンバイーに転送されたムルガンは、マンゴー・ドリーという女性と出会うが、彼女は宿敵ライスプレート・レッディーの情婦であった。彼女はミス・インディアになることを夢見ており、その援助をしてくれるというライス・プレートを頼ったのだが、そのまま情婦にされてしまったのであった。ドリーは自分の憐れな境遇をムルガンに語る。するとムルガンは彼女を励まして言う。「もう一度ミス・インディアに挑戦すればいい。IAS(インド文官試験)よりは難しくないだろう。」インドのエリート官僚の登竜門となるIASの試験に合格するのは、ミス・インディアになるより難しいというジョークである。

 ムンバイーの街頭で一騎打ちすることになったムルガンとMBAラウディーであったが、表に出た二人は、道路が渋滞で埋まっていたため、自動車の上に乗って決闘を行うことになった。そのシーンも面白かった。

 「Quick Gun Murugun」には、インドの各映画界から俳優が寄せ集められていた。主人公のムルガンを演じたのは、テルグ語映画の俳優であるドクター・ラージェーンドラ・プラサード。ヒロインのマンゴー・ドリーを演じたのは、ヒンディー語映画界から南インド映画界まで幅広く活躍するランバー。もう一人のヒロイン、ロケットの中からムルガンを叱咤激励する恋人を演じたのは、ケーララ州で人気のローラー・クッティーことアヌ・メーナン。悪役のライスプレート・レッディーを演じたのはタミル語映画の俳優であるナーサル。その他、端役としてヴィナイ・パータク、アシュヴィン・ムシュラン、ランヴィール・シャウリー、サンディヤー・ムリドゥル、ガウラヴ・カプールなど、ヒンディー語映画でお馴染みの顔ぶれが揃っている。

 前述の通り、「Quick Gun Murugun」は、英語、ヒンディー語、タミル語、テルグ語の4バージョンがあるようだ。僕が見た英語版では、強烈なインド訛りの英語がメインになっていた他、タミル語の台詞も英語字幕と共にかなり出て来た。ムンバイーのシーンではわずかながらヒンディー語の台詞もあったが、そのシーンでは特に字幕はなかった。

 「Quick Gun Murugun」は、典型的インド娯楽映画のお馬鹿さを極限まで突き詰めたようなユニークなコメディー映画である。インド訛りの癖のある英語が多少聴き取りにくいものの、普段は言語の壁や上映時間の長さからインド映画を敬遠している人にもオススメだ。