Maharathi

2.5
Maharathi
「Maharathi」

 2008年12月5日に公開された5本のヒンディー語映画の内、俳優陣の豪華さがもっとも際立っているのが「Maharathi」であった。俳優と言ってもそれはスター俳優ではなく、演技派俳優に名を連ねられる人々である。ナスィールッディーン・シャー、オーム・プリー、パレーシュ・ラーワル、ボーマン・イーラーニーなど、娯楽映画でもよく見る面々であるが、多くの場合、脇役を与えられることが多い。彼らが演技力をもっとも発揮できるのは、やはり娯楽映画とは一線を画した、芸術映画寄りの映画である。「Maharathi」も、ダンスシーン一切なしのハードボイルドなスリラー映画であった。

監督:シヴァム・ナーイル
制作:シュリー・アシュタヴィナーヤク・シネ・ヴィジョン
出演:ナスィールッディーン・シャー、パレーシュ・ラーワル、ボーマン・イーラーニー、オーム・プリー、ネーハー・ドゥーピヤー、ターラー・シャルマー
備考:PVRプリヤーで鑑賞。

 スバーシュ(パレーシュ・ラーワル)は、映画スターになることを夢見てムンバイーにやって来たものの鳴かず飛ばずで、ATMから金を盗んだりしてその日暮らしをしていた。ある晩、スバーシュは交通事故で死にそうになった大富豪ジャイスィン・エデンワーラー(ナスィールッディーン・シャー)を助け、彼の家のドライバーに雇われる。ジャイスィンは元大物映画プロデューサーであったが今は落ちぶれ、飲んだくれの毎日を送っていた。ジャイスィンの妻マッリカー(ネーハー・ドゥーピヤー)は元女優であったが、金目当てでジャイスィンと結婚して暮らしていた。ジャイスィンの身には生命保険が掛けられており、彼が死んだ後には2億4千万ルピーの保険金がマッリカーの手に入る予定であった。よって、マッリカーはジャイスィンの死を待ちわびていた。ジャイスィンの家には、弁護士のADマーチャント(ボーマン・イーラーニー)が出入りしていた。

 ある日、ジャイスィンはスバーシュにマーチャント宛の一通の手紙を渡すと同時に、彼とマッリカーに向かって話を始める。ジャイスィンはまず、生命保険の条件を少し変更したと告げた。もしジャイスィンが自殺したら、保険金は下りないようにしたのである。次にジャイスィンは、もし自分が自殺して、しかも保険金が欲しかったら、自殺を他殺に作り替えなければならないと言う。そして拳銃を取り出し、自分の頭に当て、引き金を引く。ジャイスィンは2人の目の前で自殺してしまった。

 驚いたスバーシュはこっそりマーチャント宛の手紙を読む。そこには、今から自殺するという旨のことが書かれており、もしマッリカーが他殺を証明することに成功しても、これを保険会社に見せて自殺であったと証明し、保険金がマッリカーの手に渡らないようにして欲しいと書かれていた。スバーシュは知恵を働かせてその手紙を隠し、マッリカーと結託してジャイスィンの死を他殺に作り替え、保険金を山分けすることを決める。

 まずは死体をどうにかしなければならなかった。ジャイスィンの邸宅には大型冷凍庫が置いてあった。二人は死体を冷凍庫の中に入れ保存する。そして、ジャイスィンはまだ生きているが、重病で寝込んでおり、誰とも会おうとしないということにする。次に、アリバイを作るため、家政婦を1人雇うことにする。マーチャントの紹介でやって来たのは、スワーティー(ターラー・シャルマー)という建築学の女学生であった。

 だが、スワーティーは冷凍庫を開けようとしたりして危なっかしいため、スバーシュとマッリカーはジャイスィンの他殺偽装を早めに決行することに決める。まず、スバーシュはジャイスィンの自動車に乗って外に出掛け、競馬場の近くに車を止めて家にこっそり帰って来る。そしてモンキーキャップをかぶり、サングラスをかけてジャイスィンに変装し、スワーティーの目の前でマッリカーに抱えられながら病院へ向かう。そしてマッリカーの手足を縛って途中にある牛乳倉庫に監禁し、今度は変装を解いて何食わぬ顔をしてジャイスィンの邸宅に戻って来る。翌朝マッリカーが牛乳配達員に発見されたら、彼女は、チンピラに襲われて捕縛され、ジャイスィンは連れ去られたと証言することになっていた。その後、冷凍庫の中のジャイスィンの死体を山奥に隠し、チンピラに殺されたことにすれば、他殺偽装は完了のはずであった。

 ところが、マッリカーは座っていた椅子から落ちた衝撃で死んでしまっていた。しかも、牛乳配達員のストライキにより、発見が遅れた。ジャイスィンは依然として行方不明で、捜索願いが出され、ゴーカレー警視監(オーム・プリー)が邸宅に捜査にやって来た。スバーシュはマッリカーの死にショックを受けた。なぜならマッリカーが死んでしまっては保険金の山分けが受け取れないからである。しかも事件はおかしな方向へ向かっていた。しかし悪知恵の働くスバーシュは演技をして警察の目を欺こうとした。だが、マーチャントは実はマッリカーと密通しており、全ての情報を把握していた上に、スバーシュの不審な行動に気付いていた。さらに、マーチャントは偶然ジャイスィンの遺書を発見する。そこには、全ての財産や保険金をマーチャントに譲ると書かれていた。ますますスバーシュを疑うようになったマーチャントは、「お前がマッリカー殺しの第一の容疑者だ」と彼を脅迫し、様子を見る。

 焦ったスバーシュはその晩、ジャイスィンの死体を冷凍庫の中から取り出し、どこかへ別の場所へ移そうとする。だが、マーチャントは隠れて一部始終を見ており、冷凍庫の中にジャイスィンの死体が見つかってしまう。絶体絶命の危機に陥ったスバーシュは、自分がジャイスィンを殺したのではなく、ジャイスィンが自殺したのだと主張する。だが、2億4千万の保険金を狙っていたマーチャントは、スバーシュを殺人犯に仕立て上げようとし、しかも彼に権限委譲証書に署名させようとする。スバーシュを殺し、スバーシュを殺人犯にし、スバーシュが手にするはずの遺産や保険金を自分がせしめようと考えていたのだった。だが、スバーシュの方が一枚上手で、こっそり警察に通報しており、マーチャントに殺される直前に救出された。駆けつけたゴーカレーはマーチャントを逮捕した。

 こうしてジャイスィンの遺産と保険金をまんまと手にしたスバーシュは、邸宅の改装にいそしんでいた。そこへスワーティーがやって来る。スワーティーは、実はあの晩マッリカーと出て行ったのは、ジャイスィンではなくスバーシュだと気付いていた。なぜなら靴が同じだったからだ。だが、スワーティーは黙っていた。それを知ったスバーシュは、彼女にも分け前を渡さざるをえなくなる。結局一番賢かったのはスワーティーであった。

 通常のスリラー映画では、殺人犯が他殺を自殺に偽装して罪を免れようとすることが多い。だが、「Maharathi」ではその定型を逆手に取って、主人公が、自殺を他殺に偽装することができるかどうかを楽しむスリラー映画であった。

 映画プロデューサーのジャイスィンは、妻のマッリカーが2億4千万ルピーの保険金を狙っており、自分を殺そうとしていると考えていた。実際、ジャイスィンとマッリカーの間に夫婦らしい関係はなく、お互い憎しみ合っていた。そこでジャイスィンは先手を打ち、保険金は自殺の場合は下りないと条件を変更した後に自殺をして、マッリカーの野望を打ち砕いた。だが、悪知恵の働くスバーシュはマッリカーと共謀してジャイスィンの死を他殺に偽装しようとする。これが映画のプロットである。

 小道具として効果的だったのは、キッチンに置かれた大型冷凍庫である。ジャイスィンの死亡時刻を偽装するため、死体はひとまず冷凍庫の中に入れられ、保存される。二人は、冷凍庫に錠をすると何が入っているか怪しまれるため、冷凍庫の上に空き瓶を並べ、容易に開けないようにしておいた。だが、冷凍庫はスバーシュとマッリカーにとって終始心配の種になり、誰かが冷凍庫に近付く度に肝を冷やすことになる。

 このようなスリラー映画では時々登場人物の人間関係が複雑過ぎて理解が追いつかないことがあるのだが、「Maharathi」は人間関係はシンプルであり、その点では分かりやすかった。おかげでヒンディー語映画界を代表する演技派俳優たちの演技を純粋に楽しむことができる。

 ナスィールッディーン・シャー、オーム・プリー、パレーシュ・ラーワル、ボーマン・イーラーニーらの賞賛を改めてする必要はないだろう。彼らを除き、「Maharathi」の中で目立っていたのはネーハー・ドゥーピヤーであった。2002年のミス・インディアに輝き、そのまま女優の道を歩み始めたネーハーだったが、「Julie」(2004年)など数本の映画でセクシーな役を演じたことにより、セクシー女優のイメージに縛られてしまい、キャリアを順調に伸ばせなかった。2008年の大ヒット作「Singh Is Kinng」にも出演していたが、良く言えばサブヒロイン、悪く言えば脇役であり、ヒンディー語映画界で彼女が立たされている立場を象徴していた。だが、幸いなことに「Dasvidaniya」(2008年)のような単館系映画に出演の機会がもらえ、しかも好演しているため、これから娯楽映画寄りも芸術映画寄りの映画でもう一花咲かせそうな予感がしていた。それはすぐに的中し、「Maharathi」ではとてもいい演技を見せており、彼女の底力を感じさせられた。

 「Maharathi」は、十分にハラハラドキドキの緊張感を味わえるスリラー映画である。現在上映映画が多すぎるのだが、その中で優先して観る価値のある映画とまでは言えない。見終わった後に何かが心に残るということもない。しかし、キャストが豪華で、演技派俳優たちのガチンコの競演を楽しめる人には、観て損はない映画である。