2002年5月31日公開の「Hum Kisise Kum Nahin(私は誰にも劣っていない)」は、コメディー映画を得意とするデーヴィッド・ダワン監督、オールスターキャストのコメディー映画である。1977年公開の同名映画とは無関係だ。ハロルド・ライミス監督の米映画「アナライズ・ミー」のリメイクである。日本に一時帰国している間に公開され、上映が終わってしまったために見逃した記憶がある。2023年3月14日にYouTubeで観賞し、このレビューを書いている。
キャストは驚くほど豪華で、アミターブ・バッチャン、サンジャイ・ダット、アイシュワリヤー・ラーイ、アジャイ・デーヴガンなどのトップスターが起用されている。当時のデーヴィッド・ダワン監督は、「Biwi No.1」(1999年)や「Jodi No.1」(2001年)などをヒットさせており勢いがあったが、このキャスティングができたのもその実績のおかげだろう。ただ、スターへのギャラで予算を使い果たしたと見え、マレーシアでのロケがある以外、チープさが目立つ映画だ。
脇役陣には曲者俳優たちが揃っている。サティーシュ・カウシク、アンヌー・カプール、パレーシュ・ラーワル、ムケーシュ・リシ、アーシーシュ・ヴィディヤールティー、アヴタール・ギル、アリー・アスガル、ヒマーニー・シヴプリー、ラージパール・ヤーダヴ、ラザーク・カーンなどである。
ムンバイーのアンダーワールドを支配するドン、ムンナー・バーイー(サンジャイ・ダット)は、コーマル(アイシュワリヤー・ラーイ)という美女に一目惚れしてしまい、マフィア稼業が手に付かなくなる。ムンナー・バーイーの忠実なる部下であるパップー・ページャー(サティーシュ・カウシク)とムンヌー・モバイル(アンヌー・カプール)は、彼を医者アヴィナーシュ・ラストーギー(アミターブ・バッチャン)のところへ連れて行く。ラストーギーはムンナー・バーイーの症状を恋だと診断し、その女性にアプローチすることで回復すると助言する。 ところが、ムンナー・バーイーが恋に落ちたコーマルはラストーギーの妹だった。ラストーギーはコーマルを、マレーシアに住む友人の息子バブルー(アリー・アスガル)とお見合いさせようとしていた。だが、コーマルにはラージャー(アジャイ・デーヴガン)という恋人がいた。ラージャーはうまくラストーギーを言いくるめて、彼らのマレーシア行きにボディーガードとして同行する。 マレーシアでコーマルはバブルーとお見合いをするが、ラージャーが二人の間を裂こうと工作する。ところがそこへムンナー・バーイーもやって来てしまう。バブルーはコーマルから手を洗うが、ラージャーはコーマルを巡ってムンナー・バーイーと対峙することになる。ラージャーはムンナー・バーイーをマレーシア警察に逮捕させるが、ムンナー・バーイーは逃げ出し、ラストーギー、コーマル、ラージャーを巻き込んで、強制退去処分となる。 ムンバイーに戻ってくると、ムンナー・バーイーは無理矢理コーマルと結婚しようとする。ラストーギーはその前に妹をラージャーと結婚させようとするが、ムンナー・バーイーに邪魔される。ムンナー・バーイーはとうとう銃を抜いてラージャーを撃つが、誤ってコーマルに当たってしまう。反省したムンナー・バーイーは身を引く。
主演の一人サンジャイ・ダットはこの映画の中でムンナー・バーイーというマフィアのドンを演じる。サンジャイ・ダットのムンナー・バーイーといえば、ラージクマール・ヒラーニー監督の「Munna Bhai M.B.B.S.」(2003年)や「Lage Raho Munna Bhai」(2006年)が有名だ。だが、公開はこの「Hum Kisise Kum Nahin」の方が早く、ヒラーニー監督の「Munna Bhai」シリーズとは関係ないことが分かる。ただ、美女に恋するドンというキャラクターは何となく「Munna Bhai」シリーズのムンナー・バーイーを彷彿とさせる。
しかしながら、デーヴィッド・ダワン監督はヒラーニー監督ほど構成がうまくなく、「Hum Kisise Kum Nahin」はかなり散らかった映画だ。中盤のマレーシア部分までは面白く観ていられるが、インドに戻ってきてからの展開は支離滅裂であり、映画の質を著しく損なっている。2時間40分ほどの映画だが、2時間くらいで切り上げていればもっとまとまった映画になっていたのではないかと思われる。ただ、まだ2002年頃のヒンディー語映画は2時間半前後あるのが普通だった。
ダンスシーンの入り方や使い方も1990年代のB級映画のノリを引きずっている。ひとつひとつを見るとコミカルで面白いのだが、ストーリー展開上、あってもなくてもいいような内容のダンスシーンばかりだ。
アミターブ・バッチャンとアイシュワリヤー・ラーイのコミカルな演技はこの映画の見所といっていいかもしれない。後に義理の父娘となる二人だが、この映画の中ではなんと兄妹関係だ。ちなみに実際の年齢差は30歳ある。さすがに30歳も年の差がある兄妹というのは無理があると思うのだが、アミターブが何となく落ち着かないキャラを演じている点と、アイシュワリヤーがしっかり者の妹を演じている点のおかげで、一瞬だけそう見てもおかしくないという気にさせられる。
撮影時のアイシュワリヤーはまだ20代後半くらいで美の絶頂期にあり、しかも演技や踊りに脂がのっていてとてもいい。映画自体の質はそれほどでもないが、最盛期のアイシュワリヤーを思う存分楽しめる映画として価値がある。
「Hum Kisise Kum Nahin」は、アミターブ・バッチャン、サンジャイ・ダット、アイシュワリヤー・ラーイ、アジャイ・デーヴガンなどのオールスターキャストで作られたコメディー映画だ。デーヴィッド・ダワンが監督というのも注目される。だが、それらの顔ぶれの割にはチープさが滲み出た映画で、特に終盤がしっちゃかめっちゃかになる。興行的にはまあまあだったようだが、大きな期待を持って観るべき映画ではない。