2001年5月25日公開の「Mujhe Kucch Kehna Hai(言いたいことがある)」は、往年の人気俳優ジーテーンドラの息子トゥシャール・カプールのデビュー作として知られるロマンス映画である。ヒロインは「Refugee」(2000年)でデビューしたばかりのカリーナー・カプールで、映画一家に生まれたスターキッドたちのローンチ映画と位置づけていいだろう。テルグ語映画「Tholi Prema」(1998年)のリメイクである。
プロデューサーはヴァーシュ・バグナーニー、監督はサティーシュ・カウシク。音楽監督はアヌ・マリク。主演のトゥシャール・カプールとカリーナー・カプールの他には、リンキー・カンナー、ダリープ・ターヒル、アムリーシュ・プリー、アーローク・ナート、ヘーマント・パーンデーイ、ヴラジェーシュ・ヒールジー、ヒマーニー・シヴプリー、ヤシュパール・シャルマーなどが出演している。
デリー在住のカラン・スィン(トゥシャール・カプール)は、兄のパンカジや妹のプリヤー(リンキー・カンナー)に比べて勉強が得意ではなく、友人のチークー(ヴラジェーシュ・ヒールジー)やダッブー(ヘーマント・パーンデーイ)らと共に無為に過ごしていた。父親のクリシュナ(ダリープ・ターヒル)はカランを駄目息子扱いし叱ってばかりいたが、同居する叔父バルラーム(アムリーシュ・プリー)は甥を可愛がっていた。 あるときカランは道端でプージャー・サクセーナー(カリーナー・カプール)を見て一目惚れする。しかし、話しかける間もなく彼女は立ち去ってしまったので、彼女の名前も住所も不明だった。カランはひたすら彼女のことを想い続けた。 プージャーは米国在住で、叔父のヴィーレーンドラ(アーローク・ナート)を頼ってインドにやって来ていた。プージャーの両親は飛行機事故で亡くなっていたが、彼女は父親の遺志を継ぎ、インド文化について研究していた。彼女の夢はハーバード大学入学だった。プージャーは、路上で偶然、小さな女の子を助けたカランの姿を見ており、彼を探し求めていた。 カランは列車でシムラーに行くことになるが、そのとき偶然プージャーもシムラーに向かっていた。カールカー駅からシムラーの道中でプージャーはカランをヒッチハイクするが、プージャーの運転する自動車が事故に遭って崖から落ちてしまう。カランは必死にプージャーを助けるが、カラン自身は崖から落ちてしまった。 デリーに戻ってきてからプージャーはカランを探し、彼の家を探し出して、お礼を言いにやって来る。こうして二人は友人になる。しかし、カランはなかなか愛の告白を彼女にできずにいた。そうこうしている内にプージャーのハーバード大学入学が決まり、ニューヨークに戻ることになる。空港まで見送ったカランは最後の最後まで彼女に告白できなかったが、プージャーが彼の気持ちを汲み取って、愛を確認する。カランはプージャーを送り出す。
「Mujhe Kucch Kehna Hai」は、当たり年だった2001年のヒンディー語映画界において、大ヒットした作品の一本である(参照)。ところが、なぜこの映画がそんなに成功したのか、20年以上経過した今から振り返って考えてみても、ちっともその理由が分からない。
まず、トゥシャール・カプールがデビュー当初から全くの大根役者である。映画公開時から見て未来にいる我々は、トゥシャールが根っからの大根役者であることを既に知っており、その先入観からデビュー当時の彼を見てしまっているところもあるのだが、それを差し引いても、彼からスター性を感じる人はいないだろう。台詞は棒読みだし、ルックスも良くないし、踊りも下手だ。人気が出る要素がひとつもない。彼にあるのは、ジーテーンドラの息子であり、人気TVドラマ「Kyunki Saas Bhi Kabhi Bahu Thi」(2000-08年)のクリエーター、エークター・カプールの弟であるという七光りだけだ。
カリーナー・カプールにとってこの映画は2作目になる。アビシェーク・バッチャンと共にデビューした「Refugee」はフロップに終わったものの、世間は、往年の名優ランディール・カプールの娘で、人気女優カリシュマー・カプールの妹であるカリーナーに注目していた。後にカリーナーは、生意気な女の子役が板に付くようになるのだが、「Mujhe Kucch Kehna Hai」で演じていたのはいかにも正統派ヒロインの役で、彼女の個性が殺されていた。しかしながら、目の使い方などに巧さを感じた。トゥシャールのような大根役者とカップリングされても、彼女の才能は潰されていなかった。
「Mujhe Kuchh Kehna Hai」は冒頭で述べた通り、第一にトゥシャールとカリーナーのローンチ映画なのだが、実はセカンドヒロインのリンキー・カンナーもスターキッドだ。両親は往年のスター男優ラージェーシュ・カンナーと女優ディンプル・カパーリヤーで、人気女優トゥインクル・カンナーの妹になる。実は三人の中では彼女がもっともデビューが早いのだが、格の違いなのだろうか、カリーナーにメインヒロインの座を譲っている。リンキーもトゥシャールに比べたら余程いい演技をしていたが、悲しいかな、それが逆にトゥシャールの大根役者振りを強調してしまっていた。
「Mujhe Kucch Kehna Hai」を失敗作だとするならば、その第一の戦犯はトゥシャールなのだが、それと同じくらいまずいのが脚本だ。主人公カランはプージャーに一目惚れし、彼女に片思いをする。プージャーと仲良くなれた後も彼は想いを伝えられずにいる。とてもじれったい展開だが、観客は、最後には彼は勇気を出して告白をするのだろうと期待する。ところがそんな観客の期待をこの映画は裏切る。最後の空港のシーン、ニューヨーク行きの飛行機に乗り込もうとするプージャーにカランは駆け寄って話をするのだが、この期に及んで告白ができない。見かねたプージャーが「あなたは私のことが好きなのよね」と聞く。ヒロインに「I Love You」を言わせているばかりか、見透かされたような言い方をされているのだ。こんな情けないロマンス映画があるだろうか。
しかも、カランはプージャーを引き留めようとしない。プージャーもカランのことが好きであり、きっとカランに引き留めて欲しかったはずだ。それをカランは自分から送り出してしまう。曰く、愛のために夢を諦めるな、ということだが、そんな綺麗事でまとめていい内容の映画ではなかった。カランはプージャーを引き留めるべきだった。とにかく後味が悪い。
カランがプージャーの誕生日に贈った贈り物も信じられないものだ。まず彼は、プージャーの顔が印刷された巨大なジグソーパズルを贈ろうとする。一体どういうセンスをしているのか。それを見た叔父のバルラームは、「そんなのじゃ駄目だ」と言って彼にアドバイスをする。その結果カランがプージャーに贈ったのは、彼の血で書かれた「ハッピーバースデー、プージャー」というメッセージカードだった。これはギャグなのか、真面目にやっているのか。もちろんプージャーは怒ってそのカードを破り捨てる。
この映画がヒットした要因としてひとつ考えられるのは音楽だ。サントラCDは2001年のベストセラーのひとつになったという。筆者はこの映画の公開日から2ヶ月後にインドに住み始めたが、この映画の曲が街中やラジオなどで盛んに流れていた記憶はない。それでも、2000年前後に流行した映画音楽の流れを汲んでおり、一定以上のレベルにある楽曲であることは確かだ。「Dupatta Mera」や「Maine Koyi Jadoo」などがいいのではなかろうか。
個人的に感慨深かったのは、かなり多くのシーンがデリーで撮影されていたことだ。アンサルプラザ、プラガティ・マイダーン、フマーユーン廟、クトゥブ・ミーナール、PVRプリヤーなど、特定できるロケーションが多かった。特にアンサルプラザでのシーンは時代をよく反映している。デリー南部に完成したアンサルプラザは、インド最初期のショッピングモールであり、当時は多くの若者で賑わった。しかしながら、すぐに似たようなショッピングモールが乱立し始め、アンサルプラザは急速に廃れてしまった。「Mujhe Kucch Kehna Hai」では、繁盛していた頃のアンサルプラザの様子が収められている。
撮影当時、「Kaho Naa… Pyaar Hai」(2000年)が流行っていたと見えて、その映画でデビューしたリティク・ローシャンが話題に上っていた。相当センセーショナルなデビューだったのであろうことがうかがわれる。それ以外にも「Kuch Kuch Hota Hai」(1998年)や「Hum Aapke Hain Koun..!」(1994年)などのパロディーが散見された。
「Mujhe Kucch Kehna Hai」は、トゥシャール・カプール、カリーナー・カプール、そしてリンキー・カンナーといったスターキッドたちのローンチ映画である。しかしながら、トゥシャールの大根役者振りが全てを台無しにしている。しかも、エンディングでロマンス映画の禁じ手を犯しており、後味の悪い壮大なガッカリを残している。音楽などを除き、ほとんど取り柄のない映画ではあるが、なぜかヒットした。謎の映画である。