
2026年1月1日公開の「Ikkis(21)」は、1971年の第三次印パ戦争において、印パ両軍の間で起こった戦車戦「バサンタルの戦い」を題材にした戦争映画である。バサンタルの戦いでは、21歳の若き戦車兵アルン・ケータルパール少尉が自らの命を犠牲にして多くのパーキスターン軍戦車を撃破し、数で劣っていたインド軍の形成立て直しに寄与した。彼は死後に、インドで最高位の軍人勲章パラム・ヴィール・チャクラを最年少で受勲した。「Ikkis」の主人公はケータルパール少尉であり、彼が実名で登場する。
第三次印パ戦争と戦車映画というと、過去に「Pippa」(2023年)があった。ただ、「Pippa」の戦場は東部戦線、つまり東パーキスターン(現在のバングラデシュ)だった一方で、この「Ikkis」の戦場は西部戦線、つまり西パーキスターン(現在のパーキスターン)のパンジャーブ州になる。主題が似ているがこれらは全く別の映画である。
プロデューサーは、「Stree 2: Sarkate Ka Aatank」(2024年)や「Chhaava」(2025年)などのヒット作を連発し、現在もっとも注目されている映画メーカーであるディネーシュ・ヴィジャーン。監督は「Agent Vinod」(2012年/邦題:エージェント・ヴィノッド 最強のスパイ)や「Andhadhun」(2018年/邦題:盲目のメロディ インド式殺人狂騒曲)のシュリーラーム・ラーガヴァン。主演は、「The Archies」(2023年/邦題:アーチーズ)でデビューしたアガスティヤ・ナンダー。ナンダー姓ではあるが、名門カプール家と大御所バッチャン家の血を引くサラブレッドである。「The Archies」は厳密にいえばOTT作品だったため、この「Ikkis」が映画デビュー作になる。
また、アガスティヤ以上に印象的な役柄を演じているのがダルメーンドラである。「Sholay」(1975年)をはじめとした数々の名作に主演してきた往年の大スターであるダルメーンドラは、2025年11月24日に死去した。よって、「Ikkis」は彼の遺作の一本になる。ついでにいえば、2025年10月20日に死去したアスラーニーもカメオ出演しており、彼にとっても遺作である。
他には、ジャイディープ・アフラーワト、スィマル・バーティヤー、スハースィニー・ムレー、スィカンダル・ケール、ラーフル・デーヴ、ヴィヴァーン・シャー、ディーパク・ドーブリヤール、エーカーヴァリー・カンナー、ザーキル・フサインなどが出演している。
映画は、第三次印パ戦争が起こった1971年のエピソードに加えて、それから30年後となる2001年のエピソードも同時並行的に語られる。1971年のエピソードではケータルパール少尉の英雄譚に焦点が当てられるが、2001年のエピソードでは、ケータルパール少尉の父親マダン・ラール・ケータルパール准将が大学の同窓会に出席するためにパーキスターンのラホールを訪れる。表向きは戦車映画であり、最年少でパラム・ヴィール・チャクラが、どちらかといえば2001年のエピソードの方がこの映画の本質である。
インド訪問時の2025年1月4日にデリーのINOXオデオンで鑑賞した。
士官学校で優秀な成績を収めたアルン・ケータルパール(アガスティヤ・ナンダー)は第17プーナ・ホース連隊に配属され、戦車長になる。アルンにはキラン・コーチャル(スィマル・バーティヤー)という恋人がいた。
1971年に第三次印パ戦争が勃発すると、第17プーナ・ホース連隊は西部戦線に送られ、パーキスターン領内への進撃を命じられる。ハヌート・スィン中佐(ラーフル・デーヴ)の指揮の下、サガト・スィン連隊長に率いられた第17プーナ・ホース連隊は国境を越える。途中、爆撃機の攻撃を受けながらも、バサンタル川を渡河し、多くのパーキスターン兵を捕虜にする。だが、見晴らしのいい平原でパーキスターン軍のジャーン・ムハンマド・ニサールに率いられた戦車の大軍に遭遇する。
インド側は数台の戦車で何倍もの数の戦車を迎え撃った。アルンは敵の攻撃を受けながらも反撃を続け、次々に敵の戦車を撃破した。最後はニサールの撃った弾によって戦死した。
それから30年後。アルンの父親マダンラール准将(ダルメーンドラ)は、同窓会に出席するため、単身ラホールへ行く。彼を出迎えたのがニサールだった。大学での同窓会が終わった後、ニサールはマダンラールの要望に応え、彼の故郷であるサルゴーダー村まで彼を連れて行く。その帰り、ニサールはマダンラールに、アルンの戦死した場所を見せ、自分が彼を殺したと告白する。マダンラールは彼を優しく受け入れる。マダンラールは3日間、パーキスターンでの楽しいひとときを過ごし、インドへ帰っていく。
2016年のウリー事件、2019年のプルワーマー事件、そして2025年のパハルガーム事件など一連のテロ事件を経て印パ関係は最悪の状態まで冷え込んでおり、インド映画でもヒンディー語映画を中心にパーキスターンが公然と敵として描かれることが日常的になった。また、第三次印パ戦争は好んで映画の題材に取り上げられきた。その理由は明白だ。バングラデシュの分離独立という分かりやすい成果がインドの完全勝利を揺るぎないものとしているからである。インドがパーキスターンを完膚なきまでに叩きのめした過去の出来事を繰り返し映画化することで愛国心の高揚を図り、興行的な成功をたぐり寄せようとしているのだ。
だが、この「Ikkis」は、パーキスターンやその軍隊を敵として描いた過去のどの戦争映画とも異なっていた。「Ikkis」でもパーキスターン軍が敵であることは変わりがない。だが、両国の軍人はそれぞれ義務を果たしたということが強調され、過去の傷をほじくり返すことを極力戒めようとしていた。1971年のシーンは戦争描写が中心だが、2001年のシーンでは、ニサールをはじめ、パーキスターンの軍人や民間人は皆、恐ろしい悪魔ではなく感情を持った人間として描く努力が払われており、印パ両国の人々は、政治とは関係なしに、分かり合えるという前向きなメッセージが発信されていた。それがあまりに強烈だったためにアルン・ケータルパール少尉の伝記映画および英雄譚という要素は薄まってしまっていたが、印パ間の緊張が続き、敵意を煽る映画が目立つようになってきた現代においては、涼風のようにホッと一息できるような内容の作品だった。
「Ikkis」が伝えたいことはよく分かったし、印パ両国が親善と融和の道を歩んでくれたらと願ってやまない。だが、その高尚なメッセージを伝えようとしたがために映画としての完成度は低まってしまっていた。特に1971年のシーンに弱さを感じた。たとえば戦車隊がパーキスターン領内に進撃する場面でも何だか緊張感がなく、戦争とはこんな牧歌的なものなのかと感じてしまったくらいだった。平原を縦横無尽に動き回り、ときに煙幕も使って攪乱し合いながら、相手の戦車をひとつずつ撃破してく戦車戦は最大の見どころといっていい。だが、その撃ち合いの様子も単調で、いまいち実戦としての臨場感も感じられなかった。
アガスティヤ・ナンダーのローンチ映画といってもいいだろうが、演技が一本調子で、まだ修行が必要だ。ヒロインのスィマル・バーティヤーは新人だが、彼女に至っては存在感が尻すぼみで、アルンが戦死した後に彼女がどういう反応をしたのか全く映し出されることもなく、自然消滅した。むしろダルメーンドラの方が存在感があったし、ジャイディープ・アフラーワトも主役級の働きをしていた。ベテラン勢に見せ場の多い映画で、若い俳優たちのローンチには適していなかった。
「Ikkis」は、またひとつ、第三次印パ戦争を取り上げた戦争映画である。戦車映画という点ではユニークではあるが、過去には「Pippa」があった。むしろ、パーキスターンを敵国としながらもパーキスターン人も人間として描くことに成功しており、印パ間の平和を願う気持ちが伝わってきた。映画として物足りない部分もあったが、映画の発信するメッセージには共感する。
