人間には本当に運気や運勢というものがあって、それが昇り調子のときもあれば下り調子のときもあるものであろうか?ヒンディー語映画スターたち一人一人のキャリアを見ていても、絶好調の時期と不調の時期というのがあるように思える。もっとも顕著なのがアクシャイ・クマールであった。一時期出演作全てがヒットを記録するほどの絶頂期があったのだが、今では元のフロップスターに戻ってしまった。一方、現在乗りに乗っているのがサルマーン・カーンである。「Wanted」(2009年)、「Dabangg」(2010年)と王道アクション映画でヒットを重ねて来ており、気取った映画に染まり始めたヒンディー語映画界において、直球勝負でヒットを呼び込めるスターとしての地位を再確認している。そのサルマーン・カーンの最新作が本日(2011年6月3日)より公開の「Ready」である。監督は「No Entry」(2005年)や「Singh Is Kinng」(2008年)などのコメディー映画で定評のあるアニース・バズミー。同監督にとって「Ready」は今年4月公開の「Thank You」(2011年)に続き2作目の公開作であり、かなりハイペースで作品を送り出していることが分かる。また、ジャンルは前作に続き彼がもっとも得意とするコメディーである。ただ、この映画はテルグ語の同名映画(2008年)のリメイクのようである。テルグ語版のヒロインはジェネリアであったが、ヒンディー語版のヒロインは「Ghajini」(2008年)でヒンディー語映画デビューした南インド映画界出身のアシン。意外に豪華な特別出演陣にも注目。
監督:アニース・バズミー
制作:ブーシャン・クマール、クリシャン・クマール、ソハイル・カーン、ニティン・マンモーハン、ラジャト・ラワイル
音楽:プリータム、デーヴィー・シュリー・プラサード
歌詞:ニーレーシュ・ミシュラー、アミターブ・バッターチャーリヤ、クマール、アーシーシュ・パンディト
振付:ラージュー・カーン、ムダッサル・カーン、チンニー・プラカーシュ
出演:サルマーン・カーン、アシン、パレーシュ・ラーワル、エヴァ・グローヴァー、シャラト・サクセーナー、プニート・イッサール、マヘーシュ・マーンジュレーカル、マノージ・ジョーシー、マノージ・パーワー、アーリヤ・バッバル、アキレーンドラ・ミシュラー、スデーシュ・レヘリー、ヘーマント・パーンデーイ、ニティン・ディール、モーヒト・バゲール、ラージーヴ・カチュルー、ミティレーシュ・チャトゥルヴェーディー、アルバーズ・カーン(特別出演)、ザリーン・カーン(特別出演)、サンジャイ・ダット(特別出演)、アジャイ・デーヴガン(特別出演)、カンガナー・ラーナーウト(特別出演)
備考:PVRプリヤーで鑑賞。
プレーム・カプール(サルマーン・カーン)はバンコク在住のインド人で、父親ラージーヴ(マヘーシュ・マーンジュレーカル)やその弟たち(マノージ・ジョーシーとマノージ・パーワー)の家族と共に大家族制度の中で悠々自適の暮らしをしていた。父親たちは、日に日にプレームの悪戯が度を超しつつあるのを見て、夫のコントロールに長けた強気の女性と彼を結婚させようとする。彼らは、家族ぐるみで信仰しているグルジーの紹介で、米国在住の娘プージャー・マロートラーに白羽の矢を立てる。ちょうどプージャーは友人の結婚式に出席しにバンコクへやって来るところであった。プレームは空港まで迎えに行かされる。 一方、米国からバンコクにやって来たサンジャナー・スィン(アシン)は、マフィア一家の養女であった。母方の叔父スーラジ・チャウダリー(シャラト・サクセーナー)とアマン・チャウダリー(アキレーンドラ・ミシュラー)はお互いに対立し合っていた。サンジャナーの母親は既に亡くなっていたが、常に叔父たちの仲直りを祈っていた。しかし、サンジャナーは20億ドルの資産の相続人で、金に目がくらんだスーラジとアマンは自分の息子をサンジャナーと結婚させようと躍起になっていた。サンジャナーは何とか空港まで逃げて来たところだったが、パスポートを取り上げられていたために出国できずにいた。新しいパスポートができるまで15日はかかる。その間どこで何をしていればいいのか。そこで目に留まったのがプレームであった。プレームがプージャーという初対面の女性を迎えに来ていることを盗み聞いたサンジャナーは、プージャーになりきってプレームの前に現れ、一緒に彼の家まで行く。 プージャーとなったサンジャナーはたちまちカプール家の人々の心を掴み、すっかり家族の一員となる。面白くないのはプレームであった。何とかプージャーを追い返そうとする。だが、彼女の正体と身の上を知ったプレームは一転して彼女の心強い味方となる。また、いつしか二人は恋仲となっていた。一度サンジャナーはスーラジの息子アーリヤンに誘拐されそうになるが、プレームの活躍で助かる。その息子は昏睡状態となってしまう。また、カプール家の人々にもプージャーの正体はばれてしまうが、プレームが彼女をかばったため、事なきを得た。 ところがとうとうサンジャナーはスーラジの一味に誘拐されてしまう。一旦はプレームが助けるが、サンジャナーは自分を追っているのが叔父たちであることを明かし、二人を仲直りさせるのが亡き母親の望みだったことをプレームに明かす。プレームは彼女の願いを叶えるため、一度はサンジャナーをスーラジの手に戻す。 ところでスーラジとアマンは同じ会計士を雇っていた。その名はバリダーン(パレーシュ・ラーワル)。プレームは会計士見習いを装ってバリダーンの弟子となり、スーラジやアマンにはバリダーンの甥だと紹介してもらう。スーラジとアマンの家庭内に入り込んだプレームは、徐々に裏工作を始める。まずは両家の女性たちを味方に付ける。そして自分の父親や叔父たちを使って茶番劇を打つ。父ラージーヴは500億ドルの資産を持つ米国在住の大富豪KKモーディーを名乗り、叔父はその弟BKモーディーや世界銀行のエージェントを演じる。まずはサンジャナーには200億ドルの資産どころか100億ドルの負債があると吹聴し、スーラジとアマンから息子をサンジャナーと結婚させる気をなくさせる。その後、KKモーディーとBKモーディーが娘の結婚相手を探していると吹聴し、スーラジとアマンの関心を引く。結婚の前提としてモーディーは3つの条件を提示する。ひとつめは身なりを整えること、ふたつめは家族の仲が良いこと、みっつめはチャウダリー家の象徴であるチョンマゲを切り落とすことであった。500億ドルのためには背に腹は代えられぬと、スーラジとアマンは3つの条件を呑む。そして二人は今までのイザコザを水に流して仲良しの振りをし始める。 縁談がまとまりそうになったところで、今度はサンジャナーの結婚を優先させるという条件を付け加える。誰か適当な相手を・・・とのことでプレームが自動的にサンジャナーの花婿となる。この頃にはバリダーンも茶番には気付いていたが、チャウダリー家の和解のためにその茶番に乗ることにする。こうしてプレームとサンジャナーの結婚式が行われることとなった。 ところが結婚式の日、昏睡状態となっていたスーラジの息子アーリヤンが目を覚ましてしまう。彼はチャウダリー家の中で唯一プレームの正体を知っていた。結婚式会場に駆けつけた彼は皆の面前でプレームらの正体を暴露する。会場ではカプール家をはじめとするプレーム側の五人と、チャウダリー家側の五人の乱闘となるが、結婚の儀式を中断して加勢したプレームの活躍で勝負が付く。また、スーラジとアマンはプレームの真意を知って改心し、一転してプレームを認める。最後までプレームを認めようとしなかったチャウダリー家の息子たちも、会場に現れた祖父の一喝で萎縮してしまう。こうしてプレームとサンジャナーの結婚式は終わり、チャウダリー家は真の意味で仲直りすることになったのだった。
サルマーン・カーン演じる主人公プレームが、マフィア兄弟の抗争を調停し、彼らの姪にあたるヒロイン、サンジャナーとの恋を成就させるという筋書き。ただ、ロマンスの要素は弱く、プレームとサンジャナーが恋に落ちるまではかなり駆け足で描かれる。映画の中心的情感となるのは喜笑であり、所々アクションの要素も入る。つまり、アニース・バズミー監督が「Singh Is Kinng」で確立したコメディーアクション映画のカテゴリーを継承する作品だと評価できる。サルマーン・カーンの前作「Dabangg」も同様にコメディーとアクションの絶妙なミックスが見事な作品であり、今後比較の対象となって行くことだろう。
「Dabangg」と共通するもうひとつの要素は家族である。両作品には、一見おちゃらけたストーリーの中にちゃっかり「亀裂の入った家族をひとつに戻す」というテーマが含まれており、結果的に家族の大切さを再確認させるファミリードラマ的映画にも仕上がっている。これはインド映画の最大の特徴のひとつでもあり、その点では非常に伝統的な映画だと言える。ただし、「Dabangg」では主人公が自分の家族をひとつにするのに対し、「Ready」では主人公がヒロインの家族をひとつにするという点で異なっている。
ただ、テルグ語映画のリメイクと言うこともあり、南インド映画っぽさも見受けられた。例えば、叔父や叔母も同居する大家族制度の中でストーリーが進む構成は、最近のヒンディー語映画ではあまり見られなくなって来たものだ。また、ダンスシーンの入り方も唐突で、南インド映画的だと感じた。特に後半に流れるダンスナンバー「Dhinka Chika」はテルグ語映画「Arya 2」(2009年)中の「Ringa Ringa」のリメイクであり、モロに南インドのリズムである。サルマーン・カーンは、「Tere Naam」(2003年)や「Wanted」など、南インド映画のリメイクでヒットを飛ばしたことが過去に何度かあり、南インド映画的ヒンディー語映画と相性がいい。
しかしいかに南インド映画のリメイクで南インド映画的なヒンディー語映画とは言え、ヒンディー語圏の観客向けに作られたヒンディー語映画には変わりなく、映画の雰囲気もヒンディー語映画のそれである。そう言うヒンディー語映画の雰囲気の中でヒロインのアシンはどうも浮いているような気がした。ヒンディー語映画向けの顔ではないように感じるし、彼女の言動も何だか田舎臭く感じる。リメイク権を得る際に南インド出身女優を起用するという条件を付与されたのかもしれないが、南インド映画のリメイクにわざわざ南インド映画の女優を使う必要はあまりないように感じる。むしろ南インド色を一掃するようなつもりで作っていかないと、違和感のあるヒンディー語映画になってしまう。
ただ、アシン以外のキャスト陣はなかなか重箱の隅をつつくような絶妙なものである。例えばシャラト・サクセーナーとアキレーンドラ・ミシュラーのW起用。昔から個人的にこの二人はキャラがかぶっているように感じており、時々ごっちゃにしてしまうこともあるのだが、「Ready」ではこの2人を対立する兄弟に起用している。また、マノージ・ジョーシーとマノージ・パーワーというマノージ名を持つ脇役俳優たちを同時起用した上に彼らに兄弟役を与えているのも面白い。ヒンディー語のコメディー映画では欠かせないパレーシュ・ラーワルも笑いの中心的キャラに起用されているし、マヘーシュ・マーンジュレーカルもコミックロールを得意とする俳優である。脇役俳優陣はオールスターキャストと言える。
また、アニース・バズミー監督の今までの功績が成せる技か、それともサルマーン・カーンの人脈か、特別出演の俳優も、前線で活躍中の顔ぶればかりである。サンジャイ・ダット、アジャイ・デーヴガン、カンガナー・ラーナーウト、アルバーズ・カーンなど、このキャストだけで映画が1、2本撮れるくらいだ。また、「Ready」中最大のヒット曲となっている「Character Dheela」では、「Veer」(2010年)でデビューしたカトリーナ・カイフそっくりさんのザリーン・カーンがアイテムガール出演している。彼女の出演は完全にサルマーン・カーンの口利きであろう。ただ、この短期間の内にかなり老けてしまったように見えた。今後もいくつか出演作が決まっているだけに、大丈夫だろうかと心配になってしまった。
音楽は基本的にプリータムの作曲。前述の通り、プレームの紹介ソングとなる「Character Dheela」が大ヒットとなっている。テルグ語の曲からのリメイクである「Dhinka Chika」も思わず踊り出したくなるようなノリノリのダンスナンバーだ。これらの曲のおかげで「Ready」のサントラCDは大ヒットとなっている。
ロケはほとんどバンコクで行われている。タイ名物トゥクトゥクによるカーチェイスもあったりするが、それ以外はそこまでバンコクを感じさせるような事物は出て来ず、無国籍な雰囲気となっている。特に舞台をバンコクに置くような必然性は感じられず、どうせならインド本土を舞台に作って欲しかった。
「Ready」は最近絶好調のサルマーン・カーンの最新作。アニース・バズミー監督の十八番コメディー映画であるため期待度は高く、蓋を開けてみても、その期待に十分応えるような出来だといえる。音楽もヒットしており、とりあえず今年中盤のヒット作の一本となるだろう。