Maidaan

3.5
Maidaan
「Maidaan」

 ヒンディー語映画界で本格的にスポーツ映画が作られるようになって四半世紀ほどだが、その中であらゆるスポーツが題材になってきた。クリケット、ホッケー、サッカー、ボクシング、レスリング、陸上競技などである。当初はスポーツを通して宗教、地域、国の団結が訴えられていた。つまり、スポーツはメッセージの乗り物になっていた。「Lagaan」(2001年/邦題:ラガーン クリケット風雲録)、「Chak De! India」(2007年)、「Dhan Dhana Dhan Goal」(2017年)などである。その後、伝記映画が人気となったことで、インドの有名なスポーツ選手の伝記映画が盛んに作られるようになった。「Bhaag Milkha Bhaag」(2013年/邦題:ミルカ)、「Mary Kom」(2014年)、「Dangal」(2016年/邦題:ダンガル きっと、つよくなる)などである。最近は、インドが過去に達成した偉業や栄光を掘り返して映画化するのが主流になってきている。「Gold」(2018年)や「83」(2021年)などである。

 2024年4月10日公開の「Maidaan(フィールド)」は、「インドサッカーの黄金時代」と呼ばれる1950年代から60年代にインド代表のコーチを務めたサイヤド・アブドゥル・ラヒームが主人公の映画である。この映画を観るまで全く知らなかったのだが、男子サッカーのインド代表は1962年のアジア競技大会で金メダルを勝ち取ったことがあった。サッカーの国際試合においてインドが優勝したのは先にも後にもこの一度だけだ。この偉業をクライマックスに据えて映画は組み立てられている。

 プロデューサーはボニー・カプールなど。監督は「Tevar」(2015年)や「Badhaai Ho」(2018年)のアミト・ラヴィンドラナート・シャルマー。音楽監督はARレヘマーン。主演はアジャイ・デーヴガンで、ヒロインはプリヤーマニ。他に、ガジラージ・ラーオ、ルドラニール・ゴーシュ、バーハルル・イスラーム、ザヒール・ミルザー、デーヴィヤーンシュ・トリパーティー、マドゥル・ミッタル、チャイタニヤ・シャルマー、アーリヤン・ボウミク、テージャス・ラヴィシャンカル、ダヴィンダル・ギル、アマルティヤ・ラーイ、スシャーント・ワーイダンデー、アビラーシュ・タープリヤール、マナンディープ・スィン、ヴィシュヌ・G・ヴァリヤル、ラファエル・ホセ、ジャヤント・V、アーマン・ムンシー、サーイー・キショール、アマンディープ・タークル、タンマイ・バッタチャルジー、アルコ・ダース、プラジワル・マスキー、ミーナル・パテール、ニターンシー・ゴーエルなどが出演している。

 ちなみに「Maidaan」の撮影は2019年から開始されたが、2020年から2023年まで新型コロナウイルスの世界的な大流行があって何度も撮影が中断されながら何とか完成させた作品とのことである。

 1952年のヘルシンキ五輪で男子サッカーのインド代表はユーゴスラビアに1-10で大敗した。代表コーチを務めていたのがサイヤド・アブドゥル・ラヒーム(アジャイ・デーヴガン)であった。インドサッカー協会では敗戦の責任をコーチになすりつけようとする発言もあったが、アンジャン会長(バーハルル・イスラーム)はラヒームの良き理解者であり、彼をかばった。逆に、代表選手の選抜権がラヒームに委ねられることになった。大手スポーツ新聞の経営者であり記者でもあるロイ・チャウダリー(ガジラージ・ラーオ)はサッカーの大ファンとしても知られ、外から権力を振るっていた。ベンガル人のロイは、ハイダラーバード出身のラヒームを嫌っていた。

 ラヒームはインド中を巡って有能な選手を自らスカウトし、自らのインド代表チームを作り上げる。インド代表は1956年のメルボルン五輪でオーストラリアを7-1で破り、世界を驚かせた。このときインドは4位になった。1960年のローマ五輪ではフランスと1-1で引き分けて予選リーグ突破に失敗する。ラヒームは責任を問われ、代表コーチを退任させられる。

 ちょうど同じ時期にラヒームは肺癌の診断を受け、余命あと少しと宣告される。サッカーのコーチから離れたラヒームは最期の時を家族と過ごそうとするが、妻のサイラー(プリヤーマニ)は彼にサッカーへの情熱を呼び覚ます。ラヒームはインドサッカー協会に直談判する。このとき、会長はアンジャンから、ラヒームをライバル視していたシュバーンカル(ルドラニール・ゴーシュ)に交替していた。だが、ラヒームがコーチを退任していからサッカーのインド代表は連敗していたため、大半の協会員はラヒームを再びコーチにすることに賛成する。

 ラヒームは再びインド代表のコーチになった。肺癌を患っていることを隠しながら、ラヒームはチームの立て直しに全力を尽くす。目下の目標は1962年のアジア競技大会ジャカルタ大会だった。一時は財政難からサッカー選手の派遣が見送られるところだったが、ラヒームがモーラールジー・デーサーイー財務省(ザヒール・ミルザー)に直談判し、最低構成メンバーでのジャカルタ行きを認めてもらえる。ただ、このときまでにラヒームの息子ハキーム(デーヴィヤーンシュ・トリパーティー)が代表選手に選ばれていたが、ジャカルタ大会の選考からは外された。

 インド代表は初戦の韓国戦で大敗を喫する。正キーパーのピーター・タンガラージ(テージャス・ラヴィシャンカル)が負傷で出場できず、副キーパーで経験の浅いプラデュト・バルマン(タンマイ・バッタチャルジー)がゴールを守っていたことが大きな敗因だった。しかし、残りのタイ戦と日本戦で勝利し、決勝トーナメント進出を決める。ちなみにこのとき、インド代表団のソーディー団長がインドネシア政府を批判する発言をしたことでインドネシア中に反印感情が広がり、インド代表はインドネシア人観客から排斥運動に遭っていた。そんな逆風を乗り越えての勝利だった。

 インド代表はヴェトナムなどを破って決勝戦に進出し、再び韓国と対峙する。このときまでにいくつかの大きな変化があった。まず、タンガラージが回復しレギュラーに復帰していた。次に、ラヒームが重病であることを選手たちは知ることになった。そして、今までラヒームやサッカーのインド代表を批判してきたロイが、彼らの活躍を見て応援側に回った。試合では韓国に先制を許すものの逆転に成功し、インド代表は金メダルを獲得する。だが、その数ヶ月後にラヒームは亡くなる。

 映画は大きく前半と後半に分かれる。映画は、サッカーのインド代表が1952年のヘルシンキ五輪で屈辱的な敗北を喫するところから始まり、1956年のメルボルン五輪を経て1960年のローマ五輪まで、かなり足早で略歴が語られる。ここまでが前半だ。スポ根映画によくありがちなスパルタ式の練習シーンなどはほとんどなく、各試合もかなりのスピードで描写される。こんな目まぐるしい早送り展開が最後まで続くのかと不安になるほどだ。

 しかしながら、ラヒームが一旦コーチ職を解かれ、肺癌だと診断されてから、様々な出来事がじっくりと描写されるようになる。ここからが後半だ。クライマックスとなる韓国代表との因縁の試合もたっぷり時間を掛けて描かれていた。後半に時間を割くために前半を敢えて犠牲にしたのだろう。

 特に後半、サッカーの試合シーンは非常に迫力があった。躍動的なカメラワークと少々大げさな効果音が試合シーンを盛り上げていた。インドで作られたサッカー映画の中ではベストといってもいい出来である。

 インド代表のサッカー選手として多くの若手俳優たちが起用されている。チームスポーツの映画にはありがちだ。その中に名の売れた俳優はいない。実物になるべく似た外観の俳優が選ばれたと思われる。数人の選手はそれなりに個性を与えられていたが、選手に焦点が当てられた映画ではなかったため、大半の選手はほぼ没個性である。「Chak De! India」で起用された若手女優たちは「Chak De!ガールズ」と呼ばれて一時的にもてはやされたが、「Maidaan」からは「Maidaanボーイズ」すら生まれなさそうだ。

 やはり映画の中心になるのはラヒーム役のアジャイ・デーヴガンだ。最初から最後まで眉間にしわを寄せてしかめっ面をしているような役柄で、高度な演技力を要したわけではないが、渋く演じ切っていた。妻サイラー役を演じたプリヤーマニの出番は少なかった。

 「Maidaan」ではインドのサッカー史上もっとも輝かしい時代がスクリーン上で再現されていたが、本筋とは離れた部分で興味深い事実がいくつか見出された。

 まずひとつめは、カルカッタ(現コルカタ)とハイダラーバードの確執である。インドでもっともサッカーが盛んな州は西ベンガル州であり、インドサッカー協会の本部もカルカッタにある。協会員もベンガル人で占められていた。そんなこともあって、彼らは代表選手の人選においてベンガル人を優先する傾向にあった。一方、ラヒームはハイダラーバード出身であり、インド中から才能ある選手を代表に起用することを心掛けていた。出身地とスタンスの違いから、彼はインドサッカー協会から疎まれていた。特にシュバーンカルという協会員が執拗にラヒームを追い落とそうとしていたが、その理由もカルカッタvsハイダラーバードの構図にあると考えると理解が早い。

 映画のクライマックスとなる韓国戦で、インド代表が誇る長身の正キーパー、タンガラージが負傷を再発して倒れてしまう。コメンテーターの発言によると、この時代にはまだ選手交代が認められておらず、もしキーパーが負傷で退場になると、代わりのキーパーを送り込むことができないためにゴールががら空きになってしまう恐れがあった。そんなことも初めて知った。

 ARレヘマーンが作曲しており、彼らしい勇壮かつメロディアスな曲が多い。「Team India Hain Hum」はそのままインドの応援歌になりそうだ。

 「Maidaan」は、サッカーのインド代表をアジア競技大会優勝に導いた名コーチ、サイヤド・アブドゥル・ラヒームの功績を讃えるための作品だ。3時間ほどある長い映画だが、特に後半の試合シーンに力が入っており、迫力ある映像を楽しむことができる。インドのサッカーにこんな輝かしい時代があったことはこの映画を観て初めて知った。インドにもそのような観客は多かったのではないかと予想される。1962年以降、サッカーのインド代表はほとんど上位に食い込めていない。映画には、サッカー復活の希望も込められていたように感じた。観て損はない作品である。