
2026年10月23日からNetflixで配信開始された「Gajab Raat」は、デリーの汚職警察官が巨悪による陰謀を阻止するというスリラー映画である。題名の「Gajab Raat」は「大変な夜」といった意味で、本来ならば「Gazab Raat(गज़ब रात)」となるところが訛って「Gajab Raat(गजब रात)」となっている。この訛りは、主人公が庶民層に属することを象徴している。また、「Raat」は複数形になっていないことも注目される。それが示すとおり、これは一晩の間に起こった物語である。日本語字幕付きであり、邦題は「ガジャブラート-闇に落ちる夜-」である。
プロデューサーは「A Wednesday!」(2008年)や「Special 26」(2013年)などのスリラー映画で定評のあるニーラジ・パーンデーイ。監督は「B.A. Pass」(2012年)や「Pink」(2016年)などの脚本家・セリフ作家として著名なリテーシュ・シャーであり、彼にとって本作が監督デビュー作となる。
主演はマノージ・バージペーイー。マノージはパーンデーイ監督の「Aiyaary」(2018年)に出演したことがある。新型コロナウイルスによるパンデミック以降、マノージはすっかりOTTリリース作品の顔として定着した。「Gajab Raat」もそのひとつである。
他に、ディヴィヤー・ダッター、アクシャイ・オベロイ、サーキブ・サリーム、ラージーヴ・グプター、シュラッダー・ダース、アーディティ・サンディヤー・シャルマー、ヌスラト・バルチャー、キクー・シャールダー、スニート・タンダン、サチン・カトゥリヤー、スミト・ゲヘラーワト、プリヤンカー・バジャージ、サティエーン・チャトゥルヴェーディー、ダリウス・チノイなどが出演している。
デリー警察のアジャイ・ニルヴィト警部補(マノージ・バージペーイー)は上司のプラヴィーン・ラーナー(ラージーヴ・グプター)と結託して賄賂を稼ぐ汚職警察官だった。女好きとしても悪評高かった。アジャイ警部補がラブリー(キクー・シャールダー)の経営するホテルを家宅捜索していたところ、コンノートプレイスのPVRプラザ前で重傷を負った女性が倒れているとの知らせを受け、急行する。既に野次馬が集まっており、SNSなどで急速に拡散していた。アジャイ警部補はその女性を病院に運ぶ。後から女性福祉団体VVWのネーハー・プラブ(シュラッダー・ダース)が付いてくる。ネーハーが介入すると厄介なことになりそうだった。
ひとまず女性を病院に運び込んだアジャイ警部補は、外で中央捜査局(CBI)のナヴィーン・マドーク(アクシャイ・オベロイ)に話し掛けられ、CBIがこの事件を担当すると言われる。この事件に深い闇を察知し、大儲けの可能性を感じ取ったアジャイ警部補は、ラーナーと相談しながら、どこまで儲けられるのか値踏みをすることにする。さらに、国家捜査局(NIA)のカラン・ギル(サーキブ・サリーム)まで病院にやって来る。マドークの手下に女性が殺されそうになったこともあり、アジャイ警部補は女性を秘密の場所に運んで警戒する。
デリー警察サイバー班のヴィナーヤク・パーティル(サティエーン・チャトゥルヴェーディー)からの情報により、その女性がアーリヤー・サーニー(アーディティ・サンディヤー・シャルマー)というジャーナリストであることを突き止める。ちょうど、アーリヤーの両親が病院に来ており、彼らからアーリヤーの情報を得ることができた。彼女は最近、ポーランドへ行ってきたという。ポーランドから帰国した途端に彼女は拉致され、暴行を受けた可能性があった。
アジャイ警部補は、一度はマドークと交渉し、アーリヤーを殺害して報酬を受け取ろうとするが、彼女の体内からSDカードが摘出されたことや、彼女が巨悪に立ち向かう中で命を狙われるようになった経緯を知り、彼女を助けようと動き出す。SDカードからは、彼女が暴いた国際的な汚職の全容が動画で見つかった。有力政治家スニーター・チャウダリー(ディヴィヤー・ダッター)をはじめとした政治家、官僚、実業家などが結託し、再びインドでパンデミックを起こしてワクチンや医療機器を売りさばいて巨万の富を築こうとしていたのである。
とうとうスニーターが病院までやって来て、アジャイ警部補と直接交渉する。アジャイ警部補は一歩も引かず、スニーターに引退を勧告する。スニーターは国際的なスキャンダルを避けるために辞任を決意し、アーリヤーをシンガポールの病院に移す手はずを整える。
主人公のアジャイ警部補は、汚職まみれで女好きというどうしようもない警察官だが、頭だけは抜群に切れ、強力なコネも持っている。これまで彼はそのずる賢さとネットワークを私利私欲のために活用して大儲けしてきた。今回も彼はそのつもりだった。重傷を負って道に倒れていた一人の女性を巡る事件で、レイプが疑われた。2012年のデリー集団強姦事件は国家を揺るがす大事件になったため、その繰り返しにならないように慎重な対応が求められたが、当初はそれ以上の大ごとにはならないだろうと予想された。だが、CBIやNIAが首を突っ込んできたため、彼の鋭い嗅覚は、これは大当たりの宝くじであることを直感した。
アジャイ警部補は警察組織の中でも下の方である。そんな彼が、CBIやNIAといったエリートを手玉に取り、報酬を引き上げようとする。そして、5,000万ルピーくらいで手を打ち、彼女を殺そうとする。だが、生死をさまようその女性の正体や彼女の行動が徐々に明らかになってくると、アジャイ警部補はアーリヤーという名前の彼女を殺せなくなる。彼女は悪とバランスを取っている善なる存在であり、彼女のような人物を消していったら世の中の調和は保たれなくなると考えたのだ。とうとう黒幕のスニーターが登場するが、アジャイ警部補は一歩も引かず、アーリヤーを救うための交渉をする。
アジャイ警部補の変貌は、心理学でいうゲインロス効果で説明ができるだろう。普段素行が悪い人物が何かひとつでもいいことをすると好感度が跳ね上がる現象をゲインロス効果という。確かに彼は汚職にまみれた悪徳警官だったかもしれないが、今回ばかりは良心を見せて大活躍し、世界の大物たちが密かに計画していた陰謀を阻止すると同時に、それを暴いた正義のジャーナリスト、アーリヤーの命を救った。
ただ、少し話を大きくしすぎていたと感じた。前半の展開は非常にスリリングだ。夜中に道端で倒れていた血まみれの女性を巡ってなぜこれほど多くの機関が動いているのか好奇心を刺激される。彼女のアイデンティティも、ロシア人のナタリアだとされたり英国人のヴェロニカだとされたりして二転三転し、振り回される。ところが後半に入り、女性の正体を含めて謎がひとつひとつ解かれていくと、世界の大物たちが結託してパンデミックをわざと引き起こし大儲けをしようとしているといった荒唐無稽な話になっていって急にグリップ力を失う。スリラー映画は必ずしもスケールを大きくすればするほどいいものではなくて、その物語に合った範囲がある。その範囲を超えてしまうと興ざめだ。
脚本には満足できなかったが、主演のマノージ・バージペーイーをはじめとした俳優たちの演技は良かった。マノージは今回、少しだけマラヤーラム語のセリフを口にしていた。マラヤーリーの看護婦を口説くためだった。ただ、どちらかといえば女優たちが目立つ映画だった。スニーター役のディヴィヤー・ダッター、ネーハー役のシュラッダー・ダース、そしてアジャイ警部補の愛人ロージー役を演じた特別出演枠のヌスラト・バルチャーなど、それぞれ出番があった。男優陣の中では、ラーナー役を演じたラージーヴ・グプターやラブリー役を演じたキクー・シャールダーが印象的だった。
「Gajab Raat」は、ニーラジ・パーンデーイ、リテーシュ・シャー、マノージ・バージペーイーといった実力者たちが集まって生み出されたスリラー映画である。ただ、前半のスリリングな展開をうまく後半で受け止めきれておらず、竜頭蛇尾な物語になってしまっていた。観て損はないが、何かが残る映画ではない。
