O’Romeo

3.5
O'Romeo
「O’Romeo」

 2026年2月13日公開の「O’Romeo」は、強い愛を原動力とした復讐の物語である。バレンタインデーに合わせての公開であるし、「ロミオとジュリエット」を想起させる題名のため、ロマンス映画を思い浮かべるが、基本はバイオレンス映画である。ムンバイーのアンダーワールドに詳しいノンフィクション作家フサイン・ザイディーの著書「Mafia Queens of Mumbai」(2011年)に収められたエピソード「Sapna Didi(サプナー姉さん)」を原作としている。サンジャイ・リーラー・バンサーリー監督、アーリヤー・バット主演の「Gangubai Kathiawadi」(2022年)も同著書が原作の映画だった。

 「O’Romeo」の監督はヴィシャール・バールドワージ。「マクベス」を翻案した「Maqbool」(2004年)、「オセロ」を翻案した「Omkara」(2006年)、「ハムレット」を翻案した「Haider」(2014年)で構成されるシェークスピア3部作で知られる、音楽監督出身の映画監督だ。ただし、「O’Romeo」は「ロミオとジュリエット」とは無関係だ。バールドワージ監督は自分で音楽監督も務めている。作詞はバールドワージ監督の盟友グルザールである。また、プロデューサーはサージド・ナーディヤードワーラーだ。

 主演はシャーヒド・カプール。バールドワージ監督とシャーヒドは「Kaminey」(2009年)や「Haider」をヒットさせており、本作が3作目となる。ヒロインは最近ヒンディー語映画界でもっとも勢いのある女優トリプティ・ディムリー。同じような暴力映画「Animal」(2023年/邦題:ANIMAL)にも出演していた。

 メインヒロインはトリプティで間違いないが、他に、ディシャー・パターニーとタマンナー・バーティヤーも出演している。ディシャーはアイテムガールの域を出ないが、タマンナーが演じていたのは重要な役柄であった。

 他に、ナーナー・パーテーカル、アヴィナーシュ・ティワーリー、ファリーダー・ジャラール、フサイン・ダラール、ラーフル・デーシュパーンデー、ローヒト・パータク、ラーフル・カンナー、ヴィクラーント・マシー、アルナー・イーラーニーなどが出演している。

 1995年、ムンバイー。ウスタラー(シャーヒド・カプール)はカミソリ殺人で恐れられたギャングで、恩のある警察官イスマーイール・カーン警部(ナーナー・パーテーカル)から殺人依頼を受けて人殺しをしていた。ウスタラーにはチョートゥー(フサイン・ダラール)などの頼れる仲間がいた。また、祖母(ファリーダー・ジャラール)と共に廃船に住んでいた。

 ある日、ウスタラーはアフシャーン・クライシー(トリプティ・ディムリー)という女性から殺しの依頼を受ける。彼女は、かつてウスタラーと共にギャングをしていたジャラール(アヴィナーシュ・ティワーリー)と、彼の部下であるシャンカル(ローヒト・パータク)、パターレー巡査(ラーフル・デーシュパーンデー)、弁護士アンサーリーの計4人の殺人を求めてきた。ウスタラーが断ると、アフシャーンは銃の使い方を教えてほしいと言う。ウスタラーは相手にせず、仲間たちとフィジーへ高飛びする準備を進めていた。

 アフシャーンはウスタラーから銃を盗み、一人でアンサーリーを暗殺しようとする。失敗し、彼女は反撃を受けてしまうが、アンサーリーに殺される前に駆けつけたウスタラーが彼を殺す。ウスタラーは怪我をしたアフシャーンをアジトに連れ帰り、治療をする。回復するまでアフシャーンは彼の元に滞在したが、その間にウスタラーは彼女に惹かれていく。

 アフシャーンは、ジャラールに殺された夫メヘムード(ヴィクラーント・マシー)の仇討ちのためにジャラールら4人を殺そうとしていたのだった。メヘムードはアフシャーンと結婚するため、ジャラールのギャングで会計士として働き出すが、アフシャーンに説得されギャングを抜けようとして殺されたのだった。しかも、メヘムードはジャラールの息の掛かったパターレー巡査やアンサーリーの謀略によって殺し屋に認定されてしまったのだった。

 カーン警部から依頼を受けたウスタラーは、アフシャーンを連れて、ジャラールの密輸品を横取りするためネパールへ向かう。だが、ジャラールのギャングもウスタラーを待ち構えており、彼は捕まってしまう。スペインに住むジャラールはウスタラー抹殺の指令を出すが、アフシャーンの活躍によりウスタラーは生き残る。だが、アフシャーンは姿を消す。

 ムンバイーに戻ったウスタラーはアフシャーンを探す。なんと彼女は「ラーニー」を名乗りパターレー巡査と結婚していた。そして、ガネーシャ生誕祭のときにアフシャーンはウスタラーの目の前でシャンカルを殺す。彼女はカーン警部に操られ、暗殺を実行していた。そして、パターレー巡査を通じてジャラールに接近しようとしていたのである。

 ウスタラーはカーン警部とアフシャーンの密会の場に乗り込むが、パターレー巡査の襲撃を受ける。このときの銃撃戦でカーン警部は重傷を負い、ウスタラーは喉を打たれて川に落ちてしまう。ウスタラーの死亡が報道され、アフシャーンは彼が死んだと思い込む。

 パターレー巡査は新婚旅行先としてスペインを選ぶ。ジャラールと会えることを期待し、アフシャーンは彼に付いていく。だが、パターレー巡査はアフシャーンの正体を知ってしまっていた。ジャラールを暗殺しようとしたアフシャーンは制止され、捕まってしまう。ジャラールは、アフシャーンがパターレー巡査を殺すことを許す。彼はウスタラーがまだ生きていると直感していた。そして、彼をおびき出すためにアフシャーンを幽閉する。

 ウスタラーは確かに九死に一生を得ていた。ウスタラーは、ジャラールの弟モホスィーンを殺したとしてジャラールから命を狙われていたが、真実は異なった。ジャラールの妻ラビヤー(タマンナー・バーティヤー)はカーン警部と密通しており、それを察知したモホスィーンに殺されそうになっていた。ウスタラーがラビヤーを助けようとするが、ラビヤーはモホスィーンを殺してしまう。ウスタラーはラビヤーの罪をかぶり、逃げ出したのだった。ウスタラーはジャラールの邸宅に侵入し、部下たちを次々に殺す。そして、ラビヤーからアフシャーンの居所を聞き、彼女を救い出す。

 そのときジャラールは闘牛場にいた。ジャラールは既にラビヤーの裏切りを知っており、彼女を斬首していた。ジャラールは現れたウスタラーと戦う。ウスタラーはジャラールを打ち負かし、とどめはアフシャーンがする。

 サプナー・ディーディーは、1980年代から90年代に掛けてムンバイーのアンダーワールドを支配したダーウード・イブラーヒームに夫を殺されたアシュラフという実在の女性である。彼女はダーウードへの復讐を誓い、ライバルギャングのフサイン・ウスタラーと手を結んで、ダーウードのギャング「Dカンパニー」を滅亡に追い込もうとした。実際に、シャールジャでクリケット観戦中のダーウードを暗殺しようとしたこともあった。だが、彼女はダーウードの部下に捕まり、めった刺しにされて殺されたとされる。「O’Romeo」は、サプナー・ディーディーの人生を緩やかにベースにした物語だ。トリプティ・ディムリーが演じたアフシャーンがサプナー・ディーディーになる。ジャラールがダーウードであることはいうまでもないし、ウスタラーはそのままウスタラーとして映画に登場している。

 アフシャーンは単なる添え物ヒロインではない。当初はウスタラーにジャラールなどの暗殺を依頼する哀れな若い寡婦という雰囲気だが、彼が頼りにならないと見切りを付けると、銃を盗んで自ら暗殺に乗り出す。その度胸に感服したウスタラーは彼女に惹かれ、そしてジャラールの暗殺に加担することになる。そもそもジャラールはかつてウスタラーの仲間だった。元々ラクナウーの床屋の子として生まれたウスタラーは、父親を殺した相手をカミソリで惨殺したことで有名になり、ムンバイーに出て来てギャングになっていた。「ウスタラー」とは「カミソリ」という意味である。その彼と一緒に暗躍したのがジャラールであった。だが、ウスタラーはジャラールの弟を殺したとして追われる身になっていた。よって、ウスタラーはジャラールのことをよく知っていたし、彼を殺す理由もあった。だが、アフシャーンからジャラール暗殺の依頼を受けたウスタラーは「ジャラールは獣だ」と言って簡単には承諾しない。それでも、アフシャーンへの愛に狂ったウスタラーは最終的にジャラールと戦うことになる。

 最近のヒンディー語映画では、テルグ語映画の影響だと思われるが、暴力描写が過激化している。そして、「Animal」や「Dhurandhar」(2025年)などのバイオレンス映画がヒットもしている。ヴィシャール・バールドワージ監督のこれまでの作品はそこまでストレートに暴力を描いてこなかったと記憶しているのだが、「O’Romeo」の暴力描写は完全に最近のトレンドを追って極限まで過激だ。アクションシーンにも南インド映画の影響が見受けられ、シャーヒド・カプールはスタイリッシュな身のこなしで敵を倒していく。しかも、カミソリの使い手ということで、カミソリを使わせたらめっぽう強い。多くの敵に囲まれても、目にも留まらぬ速さでカミソリを振り回りしたり投げたりして一網打尽にしてしまう。このように独自の戦闘スタイルを生み出すのも南インドっぽい。

 だが、「O’Romeo」の優れた点はアクションシーンではないと感じた。やはり愛の描写である。しかもそれぞれのキャラクターが愛を原動力にして動いていた。アフシャーンは、殺された夫のために危険を顧みず仇討ちに乗り出す。彼女は、暗殺を成就させるためならウスタラーと寝ることもいとわなかった。それほど強い愛を夫に抱き、それほど強い憎悪をジャラールに抱いていた。ジャラールに近づくチャンスを作り出すため、仇の一人であり、ジャラールの協力者であるパターレー巡査と結婚までしていた。

 そしてアフシャーンへの愛に狂ったウスタラーも、自由を捨ててまで彼女のために行動し出す。ジャラールにしても、恐ろしいマフィアではあったが、妻ラビヤーに対しては献身的な愛情を抱いていた。ラビヤーは、ジャラールの弟の死をきっかけに流産し、精神に異常をきたしてしまっていた。そんな彼女をジャラールは優しくケアしていた。

 つまり、アフシャーン、ウスタラー、ジャラールの三人は、それぞれ強固な愛情に突き動かされているという点で共通していた。だが、その愛情は全く噛み合っていないばかりか、憎悪と復讐を呼び覚ます。アフシャーンはジャラールを殺そうとし、ジャラールはウスタラーを殺そうとし、ウスタラーはアフシャーンのためにジャラールを殺すことになるのである。セリフの中に「愛は呪いだ」というものがあった。まさに呪いと化した愛の物語が「O’Romeo」なのである。

 しかしながら、バールドワージ監督らしくないと感じたのは、軸がぶれていることだ。前述の通り、この物語は元々アフシャーンが主人公だったはずである。その要素は確かに残っている。だが、シャーヒド・カプールのスター性に頼り、ウスタラーの方に比重を置いたことで、中途半端な作品になってしまっていた。また、ジャラールに悪役としての真実味が欠けていたのも致命的だった。スペインで闘牛にふけるインド人マフィアというのはどうもしっくり来ない。ドバイに住むインド人マフィアでは新鮮味がないためにひとひねりしたのだろうが、ひねりすぎではなかろうか。

 ただ、ジャラールにはダーウード・イブラーヒーム以外にも、Dカンパニーから派生したマフィア、アブー・サーレムも重ね合わせられている可能性もある。アブーはヒンディー語映画界の監督や俳優たちを脅迫し金を巻き上げていた人物で、2002年にポルトガルで逮捕された。「O’Romeo」の序盤でもマフィアと映画界のつながりがほのめかされていた部分があった。

 この種の映画としては珍しく、古典音楽が話題に上っていた。まず、アフシャーンは音楽家の父を持っており、自身にも音楽の素養があった。そして、アフシャーンが後に結婚することになるパターレー巡査も、警察官にしては優れた古典声楽者でもあった。それに対しウスタラーがギターを弾いていたことにも注目したい。ヴィシャール・バールドワージ監督の作品は、音楽監督から身を立てただけあって、音楽の良さで知られている。「O’Romeo」の挿入歌は、ムジュラー曲の「Aashiqon Ki Colony」から狂おしい愛の歌「Hum To Tere Hi Liye The」まで、バラエティーに富んだ曲がストーリーを彩っている。シャーヒド・カプールのダンスもキレキレだった。

 トリプティ・ディムリーは、あと数本大ヒット作が出ればトップ女優のカテゴリーに含まれそうな位置にいる。演技力やダンス力に疑問を呈されることもあるのだが、「O’Romeo」では着実に芸の幅を広げた。最後、アフシャーンがジャラールの胸に剣を突き刺し血まみれになるシーンは彼女の新たなイメージを作り出したといっていい。

 「O’Romeo」は、シェークスピア3部作で知られるヴィシャール・バールドワージ監督が送り出す愛と狂気と暴力の物語である。強すぎて呪いとなった愛に突き動かされた主人公、ヒロイン、そして悪役が絡み合って復讐劇を成している。シャーヒド・カプールやトリプティ・ディムリーも良かった。だが、シャーヒドとトリプティ、どちらをメインにするのかで迷いがあったように見え、それが中途半端な構成につながってしまったように感じられる。興行的にも期待通りの成績を上げることができなかった。暴力描写さえ許容できれば決して悪くないが、バールドワージ監督にはもう一段上の作品を期待していた。