
「Baahubali: The Beginning」(2015年/邦題:バーフバリ 伝説誕生)、「Baahubali 2: The Conclusion」(2017年/邦題:バーフバリ 王の凱旋)、「Kalki 2898 AD」(2024年/邦題:カルキ2898-AD)などに主演し、インド映画全体を席巻する汎インド映画のトレンドを主導するとともに、2025年12月には日本に初来日して日本人ファンを沸かせたテルグ語映画界のスーパースターの一人、プラバースは、再リリース作品の範疇に入る「Baahubali: The Epic」(2025年/邦題:バーフバリ エピック4K)を除けば、2025年に主演作がなかった。よって、2026年1月9日公開のプラバース主演作「The Raja Saab(王様)」は、「Kalki 2898 AD」以来1年半ぶりの新作になる。ファン待望の作品であった。ジャンルは、意外なことに、近年ヒンディー語映画界を中心に流行しているホラー・コメディーである。
監督はマールティ。音楽はタマン・S。主演プラバースの相手役を務めるヒロインは3人。「Beyond the Clouds」(2018年)に出演していたマーラヴィカー・モーハナン、「Munna Michael」(2017年)に出演していたニディ・アガルワール、そして「Superboys of Malegaon」(2024年)に出演していたリッディ・クマールである。また、ヒンディー語映画界から、サンジャイ・ダットとボーマン・イーラーニーが出演しているのも特筆すべきである。この二人は「Munna Bhai」シリーズ(2003年・2006年)で一世を風靡したコンビであり、完全にヒンディー語映画市場を狙った汎インド的布陣だ。ご多分に漏れず多言語展開もされており、オリジナルのテルグ語版の他に、ヒンディー語、タミル語、カンナダ語、マラヤーラム語の吹替版も同時公開された。
他に、ザリーナー・ワハーブ、サムティラカニ、ブラフマーナンダンなどが出演している。
テルグ語映画を中心に日本で配給を行うインドエイガジャパン主催の上映会が2026年1月10日に池袋HUMAXシネマズであり、インド本国とほとんど時差なくこの新作を鑑賞することができた。当然、上映されたのはテルグ語版であり、英語字幕を頼りに内容を理解した。
ラージュー(プラバース)は、アルツハイマー病を発症した祖母ガンガーンマー(ザリーナー・ワハーブ)と共に田舎町で暮らしていた。近所に住むアニター(リッディ・クマール)とはいい仲だった。ガンガーンマーは、ラージューが生まれる前に失踪した夫カナカラージュー(サンジャイ・ダット)の帰りを待ちわびていた。ラージューは、ハイダラーバードのチャール・ミーナール近くでカナカラージューを目撃したとの情報をもとに現地に向かう。ハイダラーバードの教会で彼は聖職志望女性ベッシー(ニディ・アガルワール)を見て一目惚れする。だが、修道女と結婚はできないと知り、突然現れた女性バイラヴィー(マーラヴィカー・モーハナン)と一夜を共にしてしまう。ラージューは、バイラヴィーの父親ガナガラージュー(サムティラカニ)から、ガンガーンマーの秘密を聞く。
実はガンガーンマーはかつて、デーヴァナガラの女領主ガンガー・デーヴィーだった。だが、邪な呪術師カナカラージューに横恋慕され、意のままに操られてしまう。ガンガー・デーヴィーと結婚したカナカラージューは財政を握り、好き勝手に散在して、財政を傾かせる。カナカラージューは財宝をナルサプルの森林にある隠れ家に隠し、罪を中心ガナガラージューになすりつけて姿をくらます。ガンガー・デーヴィーはデーヴァナガラから追放され、平民として暮らすようになった。彼女の息子が産んだのがラージューであったが、彼の父は既に亡くなっていた。
ラージューはバイラヴィーたちと共にカナカラージューを探してナルサプルへ向かい、そこで古い館を見つける。中に入ると、彼らは閉じこめられてしまった。また、先に閉じこめられていた人物から、既にカナカラージューは死んだことを知らされる。だが、彼の亡霊がこの館に居着いており、復活を画策していた。この館には、カナカラージューに金を騙し取られたベッシーや、ラージューを心配してやって来たアニターなども閉じこめられることになる。
ベッシーが呼び寄せた精神病医兼霊媒師のパドマブーシャン(ボーマン・イーラーニー)はカナカラージューの亡霊と対峙し、最終的には弾き飛ばされてしまうが、ラージューに対しカナカラージューの催眠術を克服するヒントを与える。ラージューは助言通り強い感情の力を使ってサハスラ・チャクラを覚醒させ、催眠術を吹き飛ばし、巨大化したカナカラージューと戦って退治する。
ラージューは、カナカラージューの死をどうやってガンガーンマーに伝えたらいいか迷ったが、ガンガーンマーはカナカラージューの顔を忘れてしまっており、その死が彼女を悲しませることはなかった。
本来、南インド映画はホラー映画を苦手としてきた。それは、インド映画の特徴である歌と踊り、そしてスターシステムと、ホラー映画の相性が悪かったからだとされている。これはヒンディー語映画でも同じことなのだが、南インド映画の方がより強力にダンスとスターシステムをコア要素として保持してきたため、その克服にもより苦労することになった。ホラー・シーンの前後に陽気なダンスシーンが入ったら雰囲気ぶち壊しであるし、一騎当千のはずのヒーローが幽霊や超常現象に怯える姿などに誰も拍手喝采を送らない。ヒンディー語映画では徐々にダンスやスターシステムの比重が軽くなっていったため、ホラー映画がフィットするスペースが生まれ、2010年代になるとホラー・コメディーが一気に花開いた。「Stree 2: Sarkate Ka Aatank」(2024年)の大成功は記憶に新しい。「The Raja Saab」は、ヒンディー語映画界におけるホラー・コメディーのトレンドを後追いして作られた作品に見える。
だが、「The Raja Saab」を観て、まだ南インドの映画メーカーは、ホラー映画の扱い方をマスターしていないと感じざるをえなかった。そもそもこれが「ホラー・コメディー」であるのか疑問である。少なくともヒンディー語映画の文脈では「The Raja Saab」のような作品は「ホラー・コメディー」とは呼ばない。昔ながらのマサーラー映画だ。マサーラー映画にホラーの風味を強く加えただけである。なぜなら、ホラー以外の要素にも十分に時間が割かれているからだ。たとえば、主人公ラージューは3人のヒロインと四つ股状態になる。各ヒロインはホラーとはほとんど関係ない。これがもしホラー・コメディー映画であるとしたら、彼女たちは全く不必要な要素である。また、ヒーローシステムもうまく処理されていなかった。主演プラバース演じるラージューは、果たして強いのか、弱いのか、よく分からなかった。彼が幽霊に怯えているシーンも少しだけあったが、幽霊に全く動じていない場面もあった。そして最後には覚醒していつも通りのヒーローに戻るのだが、だったら最初からそうしてほしかった。
最近公開されたヒンディー語のホラー・コメディー映画「Thamma」(2025年)は、マドック・ホラー・コメディー・ユニバース(MHCU)の最新作だが、ホラー・コメディー映画のシリーズだと思っていたらいつの間にかスーパーヒーロー映画化してしまっていた。ホラー映画にはある種の地味さや安っぽさがあるからいいのであって、なまじっか豪華に飾り立てたり、地球や人類を救うような大袈裟なストーリー展開になると、興ざめだ。そんなこともあってか、「Thamma」は期待通りの興行収入を上げられなかった。「The Raja Saab」も同じ失敗をしていたと感じた。クライマックスは完全にスーパーヒーロー映画のそれである。こういう派手な終わり方は誰も求めていない。
さらに映画のストーリーテリングを弱めていたのは、ほとんど脈絡なく間に挿入されるダンスシーンの数々である。カルト的な人気を誇るヒンディー語映画「Disco Dancer」(1982年)のノリノリなダンスナンバー「Koi Yahan Nache Nache」のリメイク曲「Nache Nache」をはじめとして、ストーリーの流れをぶち切る悪い楽曲の使い方がされていた。ストーリーの流れをぶち切るだけでない。これは一応ホラー映画なのである。恐怖を高めておきながら、そこでダンスシーンを無理に入れるのは、いかにマサーラー映画といえど、おいそれと肯定できるものではない。
ただ、亡霊と霊媒師の間の戦いという陳腐な構図から一歩進み、催眠術を中心テーマにしたことには新規性を感じた。悪役であり亡霊でもあるカナカラージューは催眠術の使い手であり、ラージューを催眠に掛けて翻弄した。祖母の危篤を聞いて一目散に館を飛び出したラージューであったが、それは幻影であり、病院に着いたと思ったらまだ館にいた。そこで彼は館に蓄えられていた札束に火を付けるが、今度は気付くと危篤状態の祖母に火を付けていた。このように現実と幻影の狭間を往き来する描写はトリッキーで、映画の見どころになっていた。
どうしても「Baahubali」シリーズで演じたバーフバリのような熱情家のイメージの強いプラバースであるが、「Baahubali: The Conclusion」でも「Kalki 2898 AD」でも、おちゃめな演技をしていた場面もあり、基本的に彼はそういうキャラの方が自然体で演じられそうだ。だが、「The Raja Saab」は、彼の演じたラージューのキャラ設定自体に問題があり、やりにくそうだった。ヒロイン扱いの3人については完全に使い捨てだ。サンジャイ・ダットやボーマン・イーラーニーも正当に扱われていたとはいいがたい。出演者全てにとってこの作品は黒歴史になってはいないだろうか。
「The Raja Saab」は、ヒンディー語映画界で驚異のヒット率を誇るホラー・コメディーのジャンルにテルグ語映画界がプラバースを主演に据えて挑戦してみた作品だ。アクション映画では南インド映画の羽振りがいいが、ホラー・コメディー映画はもう少し工夫が必要だと感じる。批評家からの評価も芳しくなく、興行収入もすぐに失速すると思われる。プラバースの熱烈なファンならば別の楽しみ方ができるかもしれないが、映画自体の完成度は残念なレベルである。
