Baahubali: The Epic (Telugu)

4.5
Baahubali: The Epic
「Baahubali: The Epic」

 インド映画史にも、時代の分水嶺となるエポックメイキングな傑作がいくつも出現し、その度に新たな地平を切り拓いてきた。ヒンディー語映画でいえば、「Sholay」(1975年)、「Dilwale Dulhania Le Jayenge」(1995年/邦題:シャー・ルク・カーンのDDLJラブゲット大作戦、DDLJ勇者は花嫁を奪う)、「Lagaan」(2001年/邦題:ラガーン クリケット風雲録)などが挙げられるだろう。近年のテルグ語映画にとっての分岐点は間違いなくSSラージャマウリ監督の「Baahubali: The Beginning」(2015年/邦題:バーフバリ 伝説誕生)である。規格外の予算と想像を絶する発想力、それに燃えあがらんばかりの情熱と共に創造されたこの叙事詩的大作の国内外での成功がテルグ語映画の汎インド映画化を推し進め、インドは元より世界へ打って出ようとする野望に火を付けることになったのである。「Baahubali」前と後ではインド映画の勢力図が一変し、テルグ語映画が時代をリードすることになった。この作品は2部構成であったが、第2部となる「Baahubali 2: The Conclusion」(2017年/邦題:バーフバリ 王の帰還)はさらなる成功を収め、日本においても現在まで続くインド映画ブームの素地を築き上げた。「Baahubali」シリーズがあったからこそ、同監督の次作「RRR」(2022年/邦題:RRR)の日本公開があったと断言していい。「RRR」は日本公開インド映画としては史上最高となる25億円もの興行収入達成という前代未聞の快挙を成し遂げた。

 まだ「Baahubali」シリーズの興奮冷めやらない気がしてならないのだが、気付けば「Baahubali: The Beginning」の公開からはや10年の歳月が過ぎていた。インド本国ではこの10周年を祝い、2部構成、合計5時間半の超大作だった「Baahubali」シリーズを、3時間45分に短縮し一本にまとめた「Baahubali: The Epic」が企画され、2025年10月31日に公開された。ラージャマウリ監督自身が再編集しており、未公開シーンも織り込まれているという。

 「Baahubali: The Epic」は、本国公開からそれほど時差なく同年12月に日本でも公開されることが決まった。邦題は「バーフバリ エピック4K」。しかも、主演プラバースが公開に合わせて来日するという。「バーフバリ エピック4K」の一般公開は12月12日から26日までの2週間限定とのことだが、プラバースの舞台挨拶付き先行上映が東京にて12月5日と6日に計4回行われることになり、チケットが抽選販売された。

 ちょうど同じ期間に東京に滞在予定だったためチケットを申し込んだら、12月5日の新宿ピカデリーでの応援上映回に当選した。元々このタイミングでしか参加できなかったため、この回だけを決め打ちで申し込んだが、それが見事に当たった形である。バーフバリ・ファン(マーヒシュマティー国民)の用語でいえば「王の謁見を許された」と表現すべきか。あっけなく当選してしまったため、一瞬、意外に申し込みが少なかったのかと疑ったが、4つの回全てを申し込んでもひとつも当たらなかったという人も何人か知っているので、やはり結構な倍率だったと思われる。自分の幸運に感謝しつつ、当日をとても楽しみに待っていた。既に「Baahubali」シリーズのレビューはしているので、今回は謁見体験記のような内容になる。


 日本で「バーフバリ 伝説誕生」が公開されて以来、インド映画ブームを牽引してきたのはテルグ語映画だ。これはインド本国のトレンドとも軌を一にしており、テルグ語映画は今や、「インド映画の代表」のステータスを生得の権利のように考えていたヒンディー語映画を押しのけるほどの強大な勢力に成長している。その勢いは2020年代初頭のコロナ禍を乗り越え、さらにパワーアップして、エネルギッシュな映画を次から次へと繰り出している。

 ただ、日本でテルグ語映画がこれほどまでファン層の拡大に成功しているのは、波に乗るテルグ語映画の勢いだけが理由ではないだろう。ラージャマウリ監督を中心として、「Baahubali」シリーズや「RRR」に出演した俳優たちが代わる代わる日本に来てファンと交流し、「会えるスター」として、裾野の拡大に多大な寄与をしていることも無視できない。これまで、「Baahubali」でバラーラデーヴァ役を演じたラーナー・ダッグバーティ、クマーラ・ヴァルマー役を演じたスッバラージュ、「RRR」でラーマ役を演じたラーム・チャラン、ビーム役を演じたNTRジュニアなどが来日して舞台挨拶などをしてきた。このフットワークの軽さは従来のインド映画スターたちにはほとんど見られなかったものだ。

 ただ、もっとも待ち望まれていたスターの来日がなかなか実現しなかった。「Baahubali」シリーズで主人公アマレーンドラ・バーフバリとシヴドゥ/マヘーンドラ・バーフバリを演じたプラバースである。彼は、主演作「Kalki 2898 AD」(2024年/邦題:カルキ 2898-AD)が2025年1月3日に日本で劇場一般公開されるのに合わせて来日する予定だったのだが、撮影中の怪我によりキャンセルとなった。そのときは多くのファンをガッカリさせたものだった。だが、彼はファンとの約束を守り、今回ようやく初来日となったのである。10日間ほど日本に滞在し満喫する予定だという。

 プラバースの舞台挨拶付き先行上映はどれも完売御礼となっており、新宿ピカデリーのスクリーン1(定員580名)もファンで埋め尽くされていた。応援上映回だったこともあって、サーリーなどのインド服に身を包んだ観客も目立った。ホールを見渡してみると女性が多いことに改めて驚かされる。インドでは映画は基本的に男性向けの娯楽であり、スターのファンクラブもまずは男性によって形成される。だが、日本では女性を中心に形成された「推し文化」の影響もあってか、インド映画、「Baahubali」シリーズ、それにプラバースのファンには圧倒的に女性が多い。おそらくプラバース自身もステージに立ってみて、インド本国との違いをまずは男女比から感じ取ったのではなかろうか。インドではスターが公共の場に姿を現すと死人が出るほど大混乱が起きるが、それもなりふり構わない熱狂的な男性ファンが大挙して詰め掛けるからだ。日本では女性中心の観客を前にした舞台挨拶ということで、スターたちも安心して来てもらえているのではないかと予想される。そもそも日本人は規律正しいので、不慮のトラブルというのは起こりにくい。

 インド映画ファンにとっては「聖地」とされる新宿ピカデリーに集まった人々は、いつからインド映画の世界に足を踏み入れたのだろうか。2022年10月21日に同じ新宿ピカデリーで行われた「RRR」の舞台挨拶付き上映にも参加したが、当時はまだこのレベルの熱狂は感じられなかった。むしろ、ラーム・チャランとNTRジュニアが揃って日本に来ることのすごさを日本人の大半が理解していないことにもどかしさを強く感じたものだ。あれから3年でここまでファン層が拡大するとは、感無量である。


 そうこうしている内に開演時間の15時となり、司会の伊藤さとりさんが壇上に現れて前説を始めた。「バーフバリ・ジャイ・ホー!」の掛け声練習が少しだけあり、その後いきなり本番で、割とあっけなくプラバースが登場した。上映前の挨拶ということで時間が限られているためだろう、前座などのもったぶりは一切なかった。プラバースと一緒にいるのは、「Baahubali」シリーズのプロデューサーの一人、ショーブ・ヤーララガッダである。

ショーブ・ヤーララガッダとプラバース
ショーブ・ヤーララガッダ(左)とプラバース(右)

 チケットには「場内でのカメラ(携帯カメラ含む)・ビデオによる撮影、録音等は固くお断り致します」と書かれていたのだが、蓋を開けてみれば拍子抜けするほどユルユルで、舞台挨拶の一部始終を撮影・録画することができた。この判断は最終的にはスターの意向に従うのだろうか。プラバースは細かいことを気にしていない大らかな性格のように感じた。ステージに立ってみて彼の身長の高さが改めて分かった。188cmあるとされている。アミターブ・バッチャンと同じくらいだ。当初はサングラスを掛けていたが、フォトセッションタイムになったら外してくれた。

 プラバースは冒頭に少しだけ日本語で挨拶した後、通訳を交えて英語で質問の回答をしたり、日本のファンにメッセージを送ったりしていた。あまりトークは得意そうではなかったが、ひとつひとつの質問に、リラックスしながら真摯に答えていた。合間には客席に小さく手を振り愛嬌を振りまいていた。また、舞台挨拶が終わった後は、2階席から応援上映の様子を見てしばらく楽しんでいたようである。


 「Baahubali」シリーズは何度も観ているが、今回はその短縮版である「Baahubali: The Epic」でどのような編集になるのかという点に注目していた。当然ながら、キャストやストーリーの改変はなく、基本的にプロットはオリジナルを踏襲している。未公開シーンが入っているとのことだったが、そこまでマニアックに見込んではいないので、どの辺りが未公開シーンだったのかは分からなかった。

 「Baahubali: The Epic」を観てみて、ふたつのことを感じた。

 ひとつは、やはり「Baahubali」は傑作であるということ。インドの世界観を踏襲し、よく知られた神話伝承からエッセンスを抜き出して軸にしながらも、オリジナルの叙事詩が紡ぎ出されていた。権謀術数や戦争などは他国の叙事詩映画にも盛り込まれるだろうが、「Baahubali」が特徴的なのは、「マハーバーラタ」よろしく、「ダルマ(使命)」、「カルマ(因果応報)」、そして「プラティギャー(誓い)」に縛られた人々が織り成す愛と憎しみの人間群像劇であることだ。最初から最後までエモーションのジェットコースターであり、飽きを感じさせるような間がない。短縮されたことでその「詰まった感」がさらに増幅された。

 だが、既に完全版を観た者の目からすれば、割愛されてしまった部分がどうしても気になった。それがもうひとつの感想である。計5時間半あった作品を7割の長さにしてしまったのだから、切り落とされる部分は必ず出て来るのだが、それらはそれらで物語の世界に入り込むのに重要なシーンであり、それらがないことによる喪失感はどうしても否めなかった。特に前半、シヴドゥとアヴァンティカーの馴れ初めはナレーションでそそくさと済まされてしまっていて、これでは初見の人は二人の関係がよく分からないのではないかと気を揉んだ。

 「Baahubali: The Beginning」公開時にもっとも話題になったのは、「カッタッパはなぜバーフバリを殺したのか?(Why Kattappa Killed Bahubali?)」という問いである。カッタッパはシヴドゥに、彼の父親アマレーンドラ・バーフバリの生涯について語るのだが、最後にアマレーンドラの死について衝撃的な事実を明かす。カッタッパはアマレーンドラの忠臣であったが、彼がアマレーンドラを殺した張本人であった。カッタッパがアマレーンドラを殺した理由がよく分からないまま「Baahubali: The Beginning」は幕を閉じ、当時の観客を深いサスペンスに放り込んだ。冒頭の問いは「WKKB」と略されてSNS上で盛んに議論が交わされるほどインド人全体が共有する重要命題となり、第2部への期待を増幅させたのである。大体予想は付いていたが、「Baahubali: The Epic」のインターミッションはこのいわゆる「WKKB」が提示された時点で差し挟まれる。「その答えを知るために2年間も待つ必要はありません」というキャプション付きだった。新宿ピカデリーでの応援上映回では実際にインターミッションが取られ、トイレ休憩などをすることができたのはありがたかった。インド映画上映時には必ずインターミッションのタイミングで実際にインターミッションを取ってもらいたいものである。

 ちなみに、舞台挨拶の中でプロデューサーのショーブ・ヤーララガッダから、「Baahubali」のアニメーション版「Baahubali: The Eternal War」の製作発表があった。これはカッタッパに殺されたアマレーンドラ・バーフバリの魂があの世へ行って、神と悪魔の戦いに参戦するような内容になるらしく、前日譚や後日譚とは異なるようである。どちらかといえばスピンオフに近い。アマレーンドラの声を担当するのはもちろんプラバースだ。会場ではティザー広告のような動画が流されたが、まだ下書きのような画風だった。それともこの画風がそのまま完成版に使われるのだろうか。日本人はアニメを見る目が世界一肥えているので、なまじっかなアニメーション映画では心を勝ち取れない。2027年公開予定とのことでまだ時間があり、今後プロダクションデザインの変更もあるだろう。ただ、どうもマーヒシュマティー王国の物語ではなくなってしまうと思われるので、「Baahubali」シリーズの期待にそのまま応えた作品とはならなさそうである。