Inspector Zende

4.0
Inspector Zende
「Inspector Zende」

 インドの犯罪史に残る犯罪者は数多くいるだろうが、もっとも人気のある犯罪者というと、チャールズ・ソーブラージになるかもしれない。チャールズは、1960年代から70年代にかけて次々に犯罪を犯し、「ビキニ・キラー」や「サーペント」などの異名を持った連続強盗殺人犯である。犯行は凶悪だが、女性を虜にしてしまうスマートさやチャーミングさも兼ね備えており、脱獄もお手の物で、知名度と共に人気まであった。ヨーロッパからアジアにかけて、世界を股に掛けて犯罪を行い、インターポールからも国際指名手配されていたが、インドは彼の主なフィールドになっており、服役した期間も長い。世界各国で映画、ドラマ、ドキュメンタリーの題材にもなっており、ヒンディー語映画界でも過去に「Main Aur Charles」(2015年)が作られている。

 2025年9月5日からNetflixで配信開始された「Inspector Zende(ジェーンデー警部補)」は、チャールズ・ソーブラージを2度逮捕した実在するインド人警察官マドゥカル・バープーラーオ・ジェーンデーが主人公の映画である。ジェーンデーは1971年に、銀行強盗に入ったチャールズを初めて逮捕しているが、「Inspector Zende」は特に1986年、デリーのティハール刑務所から脱獄したチャールズを彼が逮捕した2回目のときの逮捕劇が映画化されている。日本語字幕付きで、邦題は「警部補ゼンデ」になっている。

 監督はチンマイ・マンドレーカル。基本的にはマラーティー語映画俳優で、「Tere Bin Laden」(2010年)、「Shanghai」(2012年)、「Sajini Shinde Ka Viral Video」(2023年)などのヒンディー語映画への出演歴もある。また、脚本家やセリフ作家としても知られている。監督は初である。プロデューサーは「Tanhaji」(2020年)や「Adipurush」(2023年)のオーム・ラウトである。

 主役ジェーンデー警部補を務めるのはマノージ・バージペーイー。ベテラン俳優ではあるが、OTT時代に入って急速に再評価が進んだ俳優であり、今回もNetflixオリジナル映画での主演となった。それに対して「ビキニ・キラー」チャールズに相当する「スイムスーツ・キラー」カール役を演じるのが「Padmaavat」(2018年/邦題:パドマーワト 女神の誕生)などに出演していたジム・サルブだ。実のチャールズはインド人父親とヴェトナム人母親の間に生まれ、エキゾチックな容姿をしているが、ジムはパールシーであり、やはりインド人離れした容姿をしていて、適役である。

 他に、サチン・ケーデーカル、ギリジャー・オーク、バールチャンドラ・カダム、ハリーシュ・ドゥーダーデー、バラト・サーヴァレー、ニティン・バジャン、オーンカル・ラウトなどが出演している。

 基本的にはフィクション映画だと思うが、映画の冒頭では「嘘のような本当の話」と説明があるので、もしかしたらかなり実話を忠実に再現しているのかもしれない。映画の最後にはジェーンデー本人も登場するため、彼からかなり詳細なインプットがあって作り上げられた映画だと予想される。

 1986年、デリーのティハール刑務所に服役していた連続強盗殺人犯カール・ボージラージ(ジム・サルブ)が脱獄した。15年前にカールを逮捕した経験のあるムンバイー警察のマドゥカル・バープーラーオ・ジェーンデー警部補はプランダレー警視総監(サチン・ケーデーカル)に呼び出され、カール逮捕を厳命される。

 脱獄後、カールは4日間ムンバイーに滞在したが、ジェーンデー警部補とチームは彼を取り逃してしまう。その後、カールがゴアに移動したことを突き止め、彼らはプランダレー警視総監から「極秘任務」でゴアに送られる。

 カールは貨物船に乗って渡米しようとしていたが、パスポートがなく、外国人旅行者を殺してパスポートを奪おうとしていた。ジェーンデー警部補は、ゴア警察から怪しまれながらも密かにカールの情報を集め、彼が出入りするバーを見つける。そこでジェーンデー警部補はカールを捕まえ、マハーラーシュトラ州との州境まで連行して、逮捕する。

 1980年代のインドが舞台の「時代劇」であり、まずはレトロさを楽しむ映画である。特に携帯電話がない時代であるため、警察の捜査もどこかのんびりしている上に、人海戦術である。物価の安さも現代人の目には物珍しく映る。10ルピー、20ルピーが大金のように扱われていた。ホッケーが話題に上がっていたのも時代をよく表している。インドでクリケットが国民的スポーツに浮上したのは1983年以降であり、その前はホッケーが絶大な人気を誇っていた。まだ1980年代にはホッケーとクリケットが人気を二分していたと思われる。

 ジャンルでいえば犯罪映画および警察映画になるだろう。しかも、実在の人物を主人公にした実話ベースの映画である。普通に作ったら硬派な映画になったところだが、チンマイ・マンドレーカル監督はあえてコメディータッチで描いた。それが思いのほかうまくはまっており、全く退屈しない1時間52分になっていた。主役マノージ・バージペーイーの、間を大切にした絶妙な演技もそのコメディータッチに大きく貢献していたが、何といってもおとぼけ警察官パーティルを演じたバールチャンドラ・カダムが最高だった。彼はマラーティー語演劇界では名の知れたコメディアン俳優のようである。

 カールが強盗殺人をするときに多用していたのは睡眠薬だ。よくインド旅行初心者に「睡眠薬強盗に気を付けよう」と注意喚起がされる。旅先で出会って親しくなったインド人から出された飲食物を不用意に口にしてはならない。睡眠薬が混ぜられており、目を覚ましたときには持ち物の一切合切はなくなっている。この手口に引っ掛かってインドで一文無しになった外国人旅行者は数知れない。インド人も時々被害に遭う。カールが考案した手口というわけではないだろうが、この時代から横行していたことが分かる。

 カール逮捕につながったもっとも有力な手掛かりは、国際電話だった。この時代、インドから外国に国際電話をしようとすると煩雑な手続きが必要だった。だが、そういう面倒なことなしに違法で国際電話を掛けられる場所というのもあり、ジェーンデー警部補はそこで待ち伏せをすることにした。カールには米国人の妻がおり、彼女に電話をするために必ず国際電話をしに現れると直感したのだった。果たしてカールは現れ、ジェーンデー警部補に逮捕される。これもレトロ感満載の仕掛けであった。

 異なる州の警察同士が連携をしていない様子も見て取れた。ジェーンデー警部補は、カールがゴア州に移動したとの情報を手に入れ、同州の警察に照会するがなかなか返事が来なかった。手柄を横取りされるのも面白くなかった。そこでジェーンデー警部補は、プランダレー警視総監から密命を受けて、「ピクニック」の振りをしてゴアに潜入し、捜査を行ったのだった。カールを逮捕した後は、彼をゴア州の外に連れ出す必要があった。ゴア警察もそれを察知し追いすがるが、タッチの差でカールはマハーラーシュトラ州に入境する。

 ジェーンデー警部補と妻(ギリジャー・オーク)の関係性も良かった。もしかしたら実のジェーンデー夫妻が仲良しなのかもしれないが、現代的な味付けも感じた。映画の中のジェーンデー警部補は、妻を「警視総監」と呼んで敬っており、彼女に対して決して偉ぶっていなかった。妻も夫の仕事に最大限協力しており、理想の夫婦像として描かれていた。

 「Inspector Zende」は、インドでもっとも人気の犯罪者チャールズ・ソーブラージを題材にした映画であるが、犯罪者の視点ではなく、彼を2度逮捕した経験を持つ警察官の視点から、コメディータッチで描いている。題名にキャッチーさがないのが弱点だが、それを補って余りある内容である。派手さはないが、Netflixオリジナルのヒンディー語映画としては上質の作品で、一般の日本人観客にも自信を持っておすすめできる。