
2025年3月30日、イスラーム教の大祭イードゥル・フィトルに合わせて公開された「Sikandar」は、サルマーン・カーン主演のアクション映画である。2009年から、イードにサルマーン主演のアクション映画が公開されるのが定番となっており、ヒット率も高い。とはいっても2024年には彼の主演作がなく、イード公開のサルマーン主演アクション映画は「Kisi Ka Bhai Kisi Ki Jaan」(2023年)以来となる。
監督はARムルガダース。タミル語映画界の監督だが、「Ghajini」(2008年)や「Holiday」(2014年)など、時々ヒンディー語映画も撮っている。ただし、これまで彼がヒンディー語映画を撮るときは、過去にヒットしたタミル語映画のリメイクばかりだった。それに対して「Sikandar」はオリジナルである。タミル語映画監督のアトリーがシャールク・カーンを主演に据えてオリジナルのヒンディー語映画「Jawan」(2023年/邦題:JAWAN/ジャワーン)を送り出し大ヒットさせたのに触発されたのだと思われる。プロデューサーはサージド・ナーディヤードワーラーで、サルマーン・カーンの映画プロダクションであるサルマーン・カーン・フィルムスも共同で製作している。音楽監督はプリータムである。
ヒロインは、「Pushpa 2: The Rule」(2024年)や「Chhaava」(2025年)を当てて今やインドにおいてもっとも勢いのあるラシュミカー・マンダーナー。また、セカンドヒロインとしてカージャル・アガルワールも出演してる。他には、サティヤラージ、シャルマン・ジョーシー、プラティーク・バッバル、アンジニー・ダワン、キショール、ジャティン・サールナー、サンジャイ・カプール、アナント・マハーデーヴァンなどが出演している。
グジャラート州ラージコートのマハーラージャー、サンジャイ・ラージコート(サルマーン・カーン)は、飛行機の中で女性に嫌がらせをしていたアルジュン(プラティーク・バッバル)を懲らしめる。アルジュンはマハーラーシュトラ州の大臣ラーケーシュ・プラダーン(サティヤラージ)の息子であり、プラダーン大臣はその事件を聞いて激怒する。プラダーン大臣は自身の息の掛かった警察官プラカーシュ警部補(キショール)をラージコートに送り込み、サンジャイを逮捕しようとする。だが、サンジャイはラージコートの住民から神のように慕われており、逮捕に失敗する。
サンジャイの妻サーイーシュリー(ラシュミカー・マンダーナー)は影で夫を支えていた。最近パンジャーブ州で発生した爆弾テロ事件に使われた火薬がサンジャイ所有の鉱山由来のもので、マネージャーが横流ししたと知ると、サンジャイに責任が及ばないように尽力する。だが、その過程で彼女は爆発に巻き込まれ、死んでしまう。
生前、サーイーシュリーは臓器ドナー宣言をしていた。サーイーシュリーの肺、眼球、心臓はムンバイーに住む患者に移植された。それを知ったサンジャイはアマル(シャルマン・ジョーシー)などの部下を連れてムンバイーまで臓器レシピエントに会いに行く。
サーイーシュリーの肺を移植されたのは、スラム街ダーラーヴィーに住む少年カマルッディーンだった。ダーラーヴィーでは悪徳ディベロッパーによる強引な地上げが行われており、住民を追い出すために産業廃棄物の焼却が行われていた。有害な煙により住民の肺は冒されていた。カマルッディーンはその一人だったが、臓器移植を受け元気になっていた。サンジャイはカマルッディーンの要求に応え、スラム街に住む子供たちに食事を振る舞い、衣服を買い与える。さらに、サンジャイは肺の病を抱えた6,000人の人々に無料で治療を施し、ディベロッパーから土地を買い上げ産業廃棄物を撤去して、スラム街に平和をもたらす。
サーイーシュリーの眼球を移植されたのは、マトゥンガに住むタミル人ブラーフマン一家の嫁ヴァイデーヒー・ランガーチャーリー(カージャル・アガルワール)であった。眼球移植により視覚を取り戻したヴァイデーヒーは仕事をしたいと思っていたが、厳格な父親がそれを許さなかった。眼球移植手術も彼女が装飾品などを質に入れて資金を作っていた。サンジャイは質屋から彼女の装飾品を取り戻し彼女に返す。また、父親を説得し、彼女が働くことを認めさせる。
サーイーシュリーの心臓を移植されたのは、ニシャー(アンジニー・ダワン)という若い女性だった。彼女の心臓は幼少時から弱く、最近恋人に振られたことで病状が悪化していた。心臓移植手術後も彼女の容体は安定せず、病院に入院していた。サンジャイは米国の有名な心臓専門医とオンラインでつなぎ、彼の助言を得る。おかげでニシャーは元気になった。
サンジャイはムンバイーを発とうとしたが、アルジュンに見つかり襲撃を受ける。サンジャイは追撃をかわすが、アルジュンは事故に遭って死んでしまう。それを聞いたプラダーン大臣はサンジャイに電話をし彼を殺すと脅す。サンジャイもその挑戦を受けて立ち、ムンバイーに舞い戻る。プラダーン大臣は、サンジャイをテロリストに仕立て上げてお尋ね者にすると同時に、サーイーシュリーの臓器を移植された3人を探し出して抹殺しようとする。カマルッディーンの病状が悪化しており入院したため、サンジャイはドバイから肺専門医を呼び寄せるが、プラダーン大臣は彼の入国を妨害する。サンジャイはデリーに電話をし、医師の入国を認めさせると同時に、プラダーン大臣によってカマルッディーン、ヴァイデーヒー、ニシャーの集う病院に送り込まれた暴漢たちを部下と協力して撃退する。そして最後にプラダーン大臣の邸宅に乗り込み、彼をぶちのめす。
プラカーシュ警部補はいったんサンジャイを逮捕するが、ムンバイーの住民たちから抵抗され、彼を釈放せざるをえなくなる。
まず、サルマーン・カーン演じるサンジャイとラシュミカー・マンダーナー演じるサーイーシュリーの関係性が良かった。サンジャイは、インド映画のヒーローたちの多分に漏れず一騎当千の戦闘力を持っており、しかも旧ラージコート藩王国の藩王の末裔という設定であるため莫大な財産を持っていて金の力で何でもできるのだが、彼を心から愛しているサーイーシュリーは常に縁の下の力持ちとして彼に気付かれないようにそっと手を差し伸べて彼のサポートをしていた。サンジャイとサーイーシュリーは年の離れたカップルであり、過去に何らかの事件があって一緒になったと思われる。どこかで回想シーンになってなれ初めが明かされるのだろうと思っていたが、そうはならず、セリフの中で少しだけほのめかされただけだった。
驚いたのは物語の序盤でサーイーシュリーが死んでしまうことである。「Sikandar」は、サンジャイとサーイーシュリーが二人で何かをするという映画ではなかった。サーイーシュリーが生前に臓器ドナー宣言をしていたことで、彼女の肺、眼球、心臓がムンバイー在住の患者に移植されるが、この臓器移植が物語の原動力になるのである。
アトリー監督の「Jawan」もつまみ食い的に社会問題に触れていたが、「Sikandar」にも似たところがあった。サンジャイは愛妻の臓器のレシピエントになった3人を順に訪ねるが、それがインド社会の問題をあぶり出す構造になっていた。肺を移植されたカマルッディーンはスラム街在住の少年で、サンジャイが彼の言うことを何でも実現しようとすることで、スラム街が抱えていた再開発問題や環境汚染問題が解決に向かう。眼球を移植されたヴァイデーヒーは厳格な家父長によって支配された家に閉じこめられた存在であり、サンジャイは彼女の経済的な自立と社会貢献の志を支援する。心臓を移植されたニシャーだけは、厳密には社会問題との関連性は低く、単に失恋しただけだった。
アクション映画を期待して見始めたが、サーイーシュリーの死や、臓器レシピエントを巡る旅など、序盤はしんみりとした場面が多く、停滞感があった。だが、プラダーン大臣が悪役としてしっかり確立されたことで物語に方向性が生まれ、アクションシーンも増えて、テンポも上がる。極端な展開が多く、細部の詰めが甘いとも感じたが、感情を揺さぶるのはうまく、昔ながらのマサーラー映画として楽しむことができた。
主演サルマーン・カーンはほとんど演技をしておらず、素のままだった。セリフも棒読み状態だ。一応ダンスシーンで踊っていたが、動きにキレはなく、加齢を感じさせた。ラシュミカー・マンダーナーにきらめきはあったが、出番は少なく期待外れだった。カージャル・アガルワールも端役であった。
気になったのはシャルマン・ジョーシーの存在だ。サンジャイの右腕的な役であり、いってしまえば脇役である。「3 Idiots」(2009年/邦題:きっと、うまくいく)で注目を集め、「Ferrari Ki Sawaari」(2012年/邦題:フェラーリの運ぶ夢)などで主演も張ったことがあるシャルマンにしては小さな役だ。後々ものすごい重要な役柄に化けるのかと思っていたが、脇役のまま終わってしまった。プラティーク・バッバルが演じたのも早々と死ぬ小悪党の役で、報われていなかった。
サティヤラージ演じるプラダーン大臣の外見は、なんとなくナレーンドラ・モーディー首相に似ており、モーディー首相の風刺なのかもしれないと思って観ていた。だが、プラダーン大臣がドバイから来た医師の入国を妨害した場面で、サンジャイがデリーに電話をし、誰かとグジャラーティー語で交渉をしていた。デリーにおり、マハーラーシュトラ州の大臣を超えた力を持つグジャラート人といえば、モーディー首相が思い浮かぶ。その点ではモーディー首相を正義の味方にしている。深く考えない方がいいかもしれない。
昔の映画や映画音楽がいくつか言及されていた。まず、サンジャイの名前の由来は、スニール・ダットの息子サンジャイ・ダットからであるらしい。サンジャイの母親は、スニール・ダットとナルギス主演の「Mother India」(1957年)の大ファンで、息子の名前をサンジャイにしたのだった。サンジャイは劇中で時々昔の曲を口ずさむが、その内の2曲は、「Dil Apna Aur Preet Parai」(1960年)の「Ajeeb Dastan Hai Yeh」と、「Woh Kaun Thi?」(1964年)の「Lag Jaa Gale」である。どちらも非常に有名な曲だ。
「Sikandar」は、「3カーン」の一人サルマーン・カーンの久々の主演作であり、最近飛ぶ鳥を落とす勢いのラシュミカー・マンダーナーとの共演作ということもあって、2025年の話題作に数えられていた。決してつまらない映画ではない。楽しめたし、感動できた。だが、サルマーンの演技に気合が入っていないことやヒロインが早々に死んでしまうこと、そして序盤がやたらしんみりしていることなどで期待していたものとのズレがあり、それが興行成績にも響いたと思われる。市場からはフロップの評価を受けている。いわれているほど悪い映画ではないというのが個人的な感想である。