12th Fail

4.5
12th Fail
「12th Fail」

 インドの大学に留学していた頃、級友たちの口から頻繁に聞くワードが「UPSC」だった。これは「Union Public Service Commission(連邦公務委員会)」の頭文字で、中央政府人事苦情年金省下にある組織の名前である。UPSCは国家公務員試験の実施を通して公務員採用を司っており、この組織が実施する国家公務員試験を俗に「UPSC」と呼んでいるのである。日本では国家総合職試験に当たる。インド人大学生の多くが、大学の勉強をしているように見せ掛けて、実はUPSCのための勉強をしている。なぜならUPSCに合格するとなることのできる高等文官職には絶大な権力があるからである。高等文官職には行政官僚(IAS)、警察官僚(IPS)、外交官(IFS)、税務官(IRS)などがある。

 当然、UPSCはインド最難関の試験である。単純比較はできないが、一説によるとインド工科大学(IIT)よりも難しいとされている。UPSCは3段階に分かれている。まず予備試験(Preliminary)がある。予備試験は多項選択式で、公務員適性試験と一般教養試験が行われる。予備試験に合格すると、次に本試験(Main)がある。本試験は記述式で、9科目あり、制限時間は1科目につき3時間となっている。本試験に合格すると、最後に面接がある。毎年100万人の受験者がいるが、合格者はわずか180人ほどで、合格率は0.2%である。しかも、原則として4回までしか受けられない。

 2023年10月27日公開の「12th Fail」は、後進的な村に生まれ、貧しい出自ながら、逆境を乗り越えてUPSCに合格し、警察官僚になったマノージ・クマール・シャルマーの伝記映画である。題名の「12th」とは「12年生」のことで、日本の教育制度では高校3年生に当たる。インドでは10年生と12年生の最後に共通試験が実施され、その成績に従って進路が決定するのだが、それに「Fail」したというのは、高校3年生のときに留年したということである。そんな落ちこぼれが最難関のUPSCに合格したサクセスストーリー、と簡潔に説明してしまうと、「ビリギャル」(2015年)のインド版であるかのように受け止められてしまうが、それだけではない、インド独特の事情も絡められ、非常に感動できる作品に仕上がっている。

 監督はヴィドゥ・ヴィノード・チョープラー。「3 Idiots」(2009年/邦題:きっと、うまくいく)のラージ・クマール・ヒラーニー監督の師匠であり、彼の作品群のプロデューサーであるが、自らメガホンを取ることもあり、「Eklavya: The Royal Guard」(2007年)や「Shikara」(2020年)などを監督してきた。ヒラーニー監督に匹敵する凄腕のストーリーテラーだ。脚本も彼自身が書いているが、この映画には原作がある。アヌラーグ・パータク著の同名伝記である。

 主演を演じるのは「Forensic」(2022年)や「Gaslight」(2023年)などを通して着実にキャリアアップしてきているヴィクラーント・マシー。他に、「Shaadisthan」(2021年)のメーダー・シャンカル、「Kathal: A Jackfruit Mystery」(2023年)のアナントヴィジャイ・ジョーシー、アンシュマーン・プシュカル、プリヤーンシュ・チャタルジー、ギーター・アガルワール・シャルマー、ハリーシュ・カンナー、サリター・ジョーシーなどが出演している。

 時は1997年。マディヤ・プラデーシュ州チャンバル谷にあるビルガーオン村で生まれ育ったマノージ・クマール・シャルマー(ヴィクラーント・マシー)は、12年生試験のためにカンニングペーパーを作っていた。ただ、そんなことをしなくても、学校の教師は生徒に試験の答えを教えてくれていた。ところが、実直な警察官ドゥシヤント・スィン警部(プリヤーンシュ・チャタルジー)が赴任し、試験中の学校に乗り込んで不正を一網打尽にしてしまった。おかげでビルガーオン村の12年生たちは全員試験に落ちてしまった。マノージはドゥシヤント警部に憧れ、彼のように実直な警察官になることを決める。その日から彼は不正をしなくなった。

 翌年、ドゥシヤント警部は異動となり、再び村の学校に不正が横行したが、マノージは不正をせず、自分の力で12年生試験に合格した。大学に進学したマノージは文学学士号を取得し、マディヤ・プラデーシュ州の警察官採用試験(PSC)を受験しにグワーリヤルを訪れる。ところがバスの中で有り金と荷物を全て盗まれてしまい、しかも運が悪いことに州政府がPSCを3年間中止すると発表したことを知る。マノージは途方に暮れる。だが、同じくPSCを受験しようとグワーリヤルに来ていたプリータム・パーンデーイ(アナントヴィジャイ・ジョーシー)と出会い、彼に連れられてUPSCの勉強をするためにデリーへ向かう。

 デリーでマノージはUPSC受験生が多く集まるムカルジーナガルに住み始め、UPSCに挑戦し続けていたガウリー・バイヤー(アンシュマーン・プシュカル)に師事するようになる。図書館で下働きをして生計を立て、そこを辞めた後は製粉所で仕事をしながら苦学した。1回目は予備試験で不合格だったが、2回目は本試験まで進むことができた。また、マノージは同じくUPSC受験生であるシュラッダー・ジョーシー(メーダー・シャンカル)と出会い、恋に落ちる。しかしながら、マノージは3回目も落ちてしまう。シュラッダーとも険悪になり、離れ離れになってしまう。実家に一時帰省すると、夢を応援してくれた祖母(サリター・ジョーシー)が亡くなっていたことが分かった。

 マノージにとって次が最後の挑戦だった。ガウリーから全面的に協力を受け、勉強に専念できる環境を与えられた。シュラッダーとも仲直りし、彼女の応援もあった。シュラッダーは一足先にUPSCに合格していた。マノージは予備試験に続き本試験も合格し、面接に臨む。そこで面接官から12年生で落第していることを指摘されるが、彼は持ち前の実直さを発揮し、気に入られる。マノージは合格し、警察官僚になる夢を実現させる。

 物語は、マノージの勉強仲間であるプリータムの視点で語られる。プリータムはUPSC合格を目指していたが、結局合格できず、最終的にはTVリポーターになったという設定であった。処世術に長け、経済的にも余裕があったプリータムは、実直なマノージとは対照的な存在として描かれていた。一時的に彼と仲違いし、彼の恋路を妨害したこともあった。しかしながら、基本的にプリータムはマノージに好意的であり、彼の視点から、彼の知っている範囲でのマノージのサクセスストーリーが語られるという構成になっていた。よって、時間は飛び飛びになる。

 もっとコメディータッチに描くこともできたと思うし、「Super 30」(2019年/邦題:スーパー30)のように歌と踊りで彩ることもできただろう。だが、ヴィドゥ・ヴィノード・チョープラー監督は、まるで巨匠サティヤジト・ラーイ(サタジット・レイ)監督の作風をなぞるように、主人公マノージのひたむきな生き様をシンプルに描出する方法を選んだ。昨今の映画としては珍しいほど古風な作りだったが、それがマノージの実直さと共鳴して、逆に心に響いた。

 最後にはマノージがUPSCに合格することは分かっていながらも、それまでに彼がいかに苦労したのかが丁寧に描かれるので、観客も彼を一緒に応援し、合格の暁には素直に祝うことができる。使い古された王道ではあるが、確実なプロットである。マノージは、働いて生計を立てながら勉強をしなければならなかったし、自分一人だけではなく家族の生計を支える重荷も両肩にのしかかっていた。恋人との仲違い、勉強仲間との対立もあった。それでも彼はくじけず、街灯の灯りで勉学をしたというアブドゥル・カラーム大統領のエピソードを教訓にしながら、ひたすら勉強に打ち込む。その姿は、「おしん」に代表される昭和の日本映画やドラマに通じるものがある。

 教師が試験中に生徒に答えを教える場面があるが、日本人にはにわかに信じ難いのではなかろうか。警察が賄賂を要求するシーンもある。インド社会にはびこるこれらの不正を描いていながらも、この映画はインドに幻滅していない。むしろ、マノージのような実直な人間がまだ一定数存在し、インドを何とか成立させていることが指摘され、彼らに感謝と賞賛が送られている。また、UPSCを受験している多くの若者たちへの応援歌にもなっている。

 この映画を観ると、UPSCやそれを取り巻く塾産業の様子がよく分かって面白い。実話に基づく映画であり、実際にUPSCを受験した人からの情報も参考にしながら作られたと思われ、大半は事実であろう。たとえばマノージはデリーではムカルジーナガルに住み始める。ムカルジーナガルはデリー大学のメインキャンパスに近い住宅街で、多くの学生が住んでいる。彼らは大学に通いながらUPSCの勉強をしており、彼らをターゲットにした塾も乱立している。UPSCが3段階に分かれて実施されることや、その合格率の低さなども懇切丁寧に解説されており、UPSCについて馴染みのない者でもある程度ストーリーに入って行けるように工夫されている。終盤、マノージはデリーにあるUPSC本部で面接を受けるが、この建物は本物のはずである。

 主演ヴィクラーント・マシーは、近年上り調子だとはいえ、まだA級スターの仲間入りは果たしていない。そんな彼をはじめ、あまり有名ではない俳優たちを敢えて起用し撮った点もこの映画の良さにつながっていると感じた。シュラッダーを演じたメーダー・シャンカル、プリータムを演じたアナントヴィジャイ・ジョーシー、ガウリーを演じたアンシュマーン・プシュカルなど、まるで役が本人そのものであるかのように適役だった。キャスティングからもヴィドゥ・ヴィノード・チョープラー監督のセンスを感じる。

 「12th Fail」は、インド最難関の試験であるUPSCを主題とし、実直な主人公が苦労を重ねながら成功を掴む姿を描き出した感動作である。ヒット作が多かった2023年だが、その中でもトップクラスに完成度の高い映画だ。興行的にもヒットしている。インド人の若者が抱くUPSCへの強い憧れについて前知識がないともしかしたら物語の深みまで入っていけないかもしれないが、少なくともUPSC自体については丁寧に説明がされている。必見の映画である。