Shaadisthan

4.0

 2021年6月11日からDisney+ Hotstarで配信開始された「Shaadisthan」の題名は、「結婚の国」を意味する。それから察するに、結婚をテーマにしたよくあるロマンス映画かと思ってしまうのだが、実際にはかなり異なった趣の映画である。インド社会における女性の立ち位置について、非常に多角的に取り上げた作品になっている。

 監督は新人のラージ・スィン・チャウダリー。元々「Black Friday」(2007年)などで俳優をしていた人物で、アヌラーグ・カシヤプの門下生といえる。主演はキールティ・クラーリー。他に、ニヴェーディター・バッターチャーリヤ、ラージャン・モーディー、メーダー・シャンカル、アプールヴァ・ドーグラー、アジャイ・ジャヤンティー、シェンペン・キムサル、ニシャンク・ヴァルマーなどが出演している。また、ケー・ケー・メーナンが特別出演している。

 ムンバイー在住のサンジャイ・シャルマー(ラージャン・モーディー)は、妻カムラー(ニヴェーディター・バッターチャーリヤ)と一人娘アルシー(メーダー・シャンカル)を連れて、甥チョールー(にシャンク・ヴァルマー)の結婚式に出席しにラージャスターン州アジメールに向かうことになっていた。だが、アルシーが反抗したために飛行機に乗り遅れてしまう。そこでチョールーは、結婚式で演奏するためにムンバイーから呼んでいたイマード(アジャイ・ジャヤンティー)のバンドのバスと共にアジメールに来るようにアレンジする。こうしてシャルマー家の3人はイマードのバンドと共にアジメールへ向かうことになる。

 イマードのバンドには、フレディー(アプールヴァ・ドーグラー)、サーシャー(キールティ・クラーリー)、ジグメ(シェンペン・キムサル)らメンバーがいた。朝から酒を飲み、いかにも自堕落な生活を送っていそうな若者たちと共に移動しなければならなくなったことにサンジャイは困惑する。バンドのメンバーとシャルマー家は次第に打ち解けるが、アルシーだけはずっと浮かない顔をしていた。実はアルシーは18歳になった途端に結婚させられることが決まっており、アルシーはそれを不満に思っていたのである。だが、アルシーは抵抗し切れずにいた。アルシーは、自由に生きるサーシャーを羨ましく思う。

 途中、ラージャスターン州ウダイプルで彼らは王族タイガー(ケー・ケー・メーナン)の邸宅に立ち寄るが、そこで阿片入りのチャーイを飲まされ眠ってしまう。大幅に遅刻しながらも翌日何とかアジメールに辿り着き、結婚式に参加する。

 この旅の中でカムラーとサーシャーはお互いに女性の生き方について意見を交換し合う。また、サンジャイも考え直すところがあった。結婚式が終わり、イマードたちがバスに乗ってムンバイーへ向かおうとすると、シャルマー一家が道で待っていた。彼らの顔には、行きのときには見られなかった笑顔が見られた。

 ひょんなことから一緒にムンバイーからウダイプルを経由しアジメールを目指すことになった、全く別の世界に住む2組が、お互いに影響を与え合いながら新たな旅路に出るという物語であった。

 まずはロードムービー的な展開がとても魅力的な映画だ。シャルマー一家は元々飛行機でアジメールを目指すつもりだったが、飛行機に乗り遅れたために、陸路で移動することになった。意図せずして広大なインドを陸路で移動することになったことから始まる物語は、「Chalo Dilli」(2011年/邦題:デリーに行こう!)など、いくつか見られる。刻一刻と景色が変わって行く様子は、インドを旅行している気分にさせられる。ムンバイーからアジメールを目指そうとすると、途中でグジャラート州を通る。グジャラート州は禁酒州であり、自動車内に酒瓶があっても捕まってしまう。バンドメンバーたちは慌てて酒瓶を捨てる。そんな陸路ならではの展開も新鮮だった。

 主人公の片方はバンドメンバーであり、多彩な音楽で彩られた音楽映画でもあった。ロックから始まり、ラージャスターン州の伝統音楽、アジメールの有名な聖者廟で歌われる聖者賛歌カッワーリーなど、多彩なジャンルの音楽が差し挟まれていた。

 また、「Shaadisthan」は単なるロードムービーではなく、異なる価値観を持った人々が一緒に移動することになったことで始まる物語もあった。そして映画が本当に描きたかったのはこちらの方だ。特に、インド社会において女性が置かれている立ち位置を巡る価値観の激突が注目される。シャルマー家の母親カムラーは、いかにも保守的な主婦であり、とにかく夫を支え、家族を切り盛りする人生を送ってきた。一方のサーシャーは、結婚せず自由を謳歌しているモダンな女性だった。そして、シャルマー家の一人娘アルシーは、結婚を決められそうになっており、今後すぐに母親と同じ道を歩むことになりそうだった。この3人の女性がこの映画の中核である。

 ただ、必ずしもこの映画は、家族の束縛を断ち切って自由を手に入することを女性たちに一方的に主張していなかった。カムラーはカムラーでその生き方に満足していたし、サーシャーはサーシャーで満足していた。サーシャーはカムラーのような抑圧を甘受するような生き方を理解できなかったが、カムラーもサーシャーに「あらゆる場面で男性と平等を主張する生き方はあなたの弱みだ」と言う。そして、二人の女性は価値観の違いを認め合うのである。

 アルシーにしても、自由を求めてはいたし、逃亡も試したが、結局は家族の元に戻ってきてしまっていた。完全に家族を断ち切る勇気がなかったし、母親の優しさを裏切れるほど薄情でもなかった。

 シャルマー家の大黒柱であるサンジャイも実は悩みを抱えていた。彼ら全てに共通していたのは世間体を気にするということだった。あれをしたら、これをしたら、世間が何と言うか。それを恐れて暮していた。最終的にシャルマー家は世間体を気にする生き方から抜け出して、新たな一歩を踏み出そうとする。映画の結末で彼らの顔に浮かんでいた笑顔は、そう受け止めるべきであろう。

 「Pink」(2016年)や「Mission Mangal」(2019年/邦題:ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打上げ計画)などのキールティ・クラーリーは、物語の転換を触媒する重要な役割を担っていた。だが、カムラー役を演じていたニヴェーディター・バッターチャーリヤがもっとも賞賛されて然るべきだ。自由を謳歌する若い女性からしたら囚人でしかない主婦をするカムラーを、尊厳を持って演じ切った。彼女の堂々とした演技があったからこそ、「Shaadisthan」は成立したといえる。

 「Shaadisthan」は、ムンバイーからアジメールへ一緒に向かうことになった異質な2組のグループが、人生の転機を経験するというロードムービー的な作品である。音楽映画としても見ることができるが、インド社会における女性の立ち位置について多角的に取り上げた点がこの映画の最大の特徴である。一般にあまり高く評価されている映画ではないが、個人的には気に入った。