
「Lord Curzon Ki Haveli(カーゾン卿の邸宅)」は、2023年8月17日にメルボルン・インド映画祭でプレミア上映された作品である。インドでは2025年10月10日に劇場一般公開された。英国を舞台にし、セリフの大半が英語である映画だが、あえてインド映画としたい。
監督はアンシュマーン・ジャー。「Love Sex Aur Dhokha」(2010年)や「Hum Bhi Akele, Tum Bhi Akele」(2021年)に出演していた俳優で、助監督経験もある。本作が監督デビュー作である。
キャストは、アルジュン・マートゥル、ラスィカー・ドゥッガル、ゾーハー・レヘマーン、パレーシュ・パーフジャー、タンマイ・ダナーニヤー、ギャリック・ヘイゴンなど。ギャリックは、「スター・ウォーズ」(1977年)に出演し、ルーク・スカイウォーカーの親友ビッグズ・ダークライター役を演じたことで有名な英国系カナダ人俳優である。
ロンドン在住のインド系英国人医師バースキナート(パレーシュ・パーフジャー)と妻イラー(ラスィカー・ドゥッガル)は、友人の招待に応じ、ロンドン郊外にある別荘を訪れる。その別荘の主は、ローヒト(アルジュン・マートゥル)とサーニヤー(ゾーハー・レヘマーン)であった。
バースキナートは人付き合いが苦手な人物で、終始仏頂面をしていた。ローヒトとサーニヤーにアルコールを勧められたが、彼は飲もうとしなかった。彼らはオレンジジュースに酒を混ぜ、イラーに飲ませる。
別荘のリビングルームには大きな箱が置かれていた。ローヒトはその中に「カーゾン卿」の遺体が入っていると冗談を言う。その発言がバースキナートの脳裏にこびりついて離れなくなる。とうとうバースキナートはローヒトとサーニヤーを捕縛し、無理やり鍵を奪って箱を開ける。中には聖書が入っているだけだった。イラーは二人を解放する。
彼らはピザを注文する。配達員(タンマイ・ダナーニヤー)がやって来るが、注文主は「ヘンリー」になっていた。配達員はその場にアジア系の人しかいなかったことで不審に感じる。ローヒトは配達員をソファーに座らせ、「真実か挑戦か?」ゲームに混ぜる。このゲームを使ってバースキナートはローヒトに「カーゾン卿」について語らせる。どうやらカーゾン卿とは、サーニヤーが働くパブの常連客で、移民局の職員だったようだ。
ゲーム中にイラーは「夫とキスをしろ」という挑戦を受ける。彼女はバースキナートにキスしようとするが拒否される。そこでイラーはローヒトと濃厚なキスをする。キスをする二人が棚の扉にぶつかると、中から老人の遺体が倒れ出てきた。それこそこの家の本当の主であるヘンリー・カーゾンであった。
ローヒトは配達員に手伝わせ、ヘンリーの遺体を箱の中にしまわせる。配達員はイラーを人質に取って逃げ出そうとするが、イラーに反撃され殺されてしまう。その後、イラーはバースキナートに「なぜキスをしなかったのか?」と問い詰め、答えられないと彼も殺してしまう。配達員とバースキナートの遺体も箱の中にしまわれた。
ローヒト、サーニヤー、イラーは別荘を出て、ロンドンの街に消えて行く。
題名には「カーゾン卿」という固有名詞が入っている。インド史において「カーゾン卿」といえば、1899年から1905年までインド総督を務めたジョージ・カーゾンを連想する。ジョージ・カーゾンは悪名高きベンガル分割令を提案した総督だ。当時、反英運動の牙城と化していたベンガル地方を、ヒンドゥー教徒の多い西側とイスラーム教徒の多い東側に分割し、団結を阻害しようとした、いわゆる分割統治政策である。しかし、この政策が裏目に出て、かえってインド人の間に激しい反英運動を引き起こしてしまい、ナショナリズムが勃興することになった。だが、ヒンドゥー教徒とイスラーム教徒の分断は推し進められ、その後の印パ分離独立の布石になった。
そんなこともあって、てっきりジョージ・カーゾンに関する映画かと思って見始めたが、ジョージ・カーゾンとは全く関係ない現代劇だった。とはいっても、セリフの中でジョージ・カーゾンについて簡単に触れられていた。「Lord Curzon Ki Haveli」は人種差別が裏テーマになっており、そういう意味ではジョージ・カーゾンとも関連しているといえる。ただし、内容を吟味すると、もしかしたら1834年から38年までインドに赴任した英国人政治家トーマス・マコーリーと混同していないかと感じた。マコーリーは「血と肌の色は褐色であるが、趣味、意見、道徳、知性においては英国人となるような階級を創出する」と宣言し、インドに英語教育を導入した張本人である。
「Lord Curzon Ki Haveli」でもっとも「褐色の英国人」を体現していたキャラクターが医師のバースキナートだ。英国で育った彼は自身を英国人だと考えており、常に英語で話していた。性格も英国人のように気難しく、場を白けさせる発言を頻繁に発するような空気の読めない人間だった。
物語は、バースキナートと妻のイラーが、友人に招待され、ロンドン郊外にある別荘(サマーハウス)を訪れるところから始まる。バースキナートと結婚して配偶者ヴィザで英国に渡ってきたイラーは主にヒンディー語で会話をするが、バースキナートは頑なに英語で返答する。このチグハグさに違和感を抱きながらのスタートだった。そして後にその感覚が正しかったことが分かる。
まずサスペンスの中心に来るのが、リビングルームに置かれた巨大な箱である。ローヒトはその箱の中に「カーゾン卿」の遺体が入っていると冗談を言う。神経質なバースキナートは気になって仕方がない。彼は何度も「箱を開けて中を見せてくれ」と頼むが、ローヒトとサーニヤーは話をはぐらかし、なかなか見せてくれない。そうこうしている内にバースキナートは箱の中からノックをするような物音がすると言い出す。一体この箱の中に何が入っているのか。このミステリーだけで前半を引っ張る脚本は秀逸だった。
とうとうバースキナートは実力行使に出る。ローヒトとサーニヤーの手を紐で縛って拘束し、箱の蓋に掛けられた錠の鍵を奪い取って、箱を開ける。だが、中はほぼ伽藍堂で、1冊の聖書が底に置かれていただけだった。拍子抜けである。
だが、このときまでにどうやらこの別荘がローヒトとサーニヤーの所有物ではなさそうであることが分かってくる。よって、サスペンスの中心はそちらの方に移る。もしかしたら「カーゾン卿」がこの別荘のオーナーなのではないか。「ヘンリー」と呼ばれる人物が「カーゾン卿」なのではないか。
こちらのサスペンスは予想通りの展開だった。この別荘のオーナーはヘンリー・カーゾンであり、彼の遺体は箱の中ではなく棚に入っていた。ローヒトとサーニヤーはヘンリーの留守中にこの別荘に忍び入り、帰宅したヘンリーを殺害して、遺体を棚の中に入れていたのだった。そんな状態でバースキナートとイラーを「家」に招待したのだった。
だんだんとストーリーが混沌としてくる。酔っ払ったイラーが暴走を始め、夫からキスを拒否されるとローヒトにキスをし、配達員に人質にされると反撃して彼を殺す。そして最後には夫をも殺してしまう。ヘンリー、配達員、バースキナートの遺体は箱の詰め込まれ、ローヒト、サーニヤー、イラーは逃避行の旅に出る。一体何を主張したい映画だったのだろうか。
ポイントになるのはやはりバースキナートのコンプレックスだ。彼は、インド人でありながら、自身を英国人だと思い込んでいた。そしてインドを馬鹿にしていた。確かに彼は医師として高給を得て、英国社会の中で尊敬されるべき地位にいる。だが、白人の英国人から彼は「仲間」と認められているだろうか。バースキナートは「そうだ」と信じてやまないが、ローヒト、サーニヤー、イラーは苦笑していた。彼が「真の英国人」でないことは、途中から入ってきた配達員によって暴かれる。配達員は「ヘンリー」からピザの注文を受けたため、「ヘンリー」の署名を求めていたが、バースキナートの顔を見て、「ヘンリー」ではないと主張する。ちなみに配達員もインド系だった。結局、英国では移民はいつまで経っても移民であり、「真の英国人」にはなれないのである。その事実が、英国人の口から発せられるのではなく、インド系移民の仲間内で確認されるところに「Lord Curzon Ki Haveli」のユニークさがあった。
実はバースキナートは不法移民の子供だった。彼は幼少時に両親と共にコンテナに隠れて英国に密航していた。両親は独立インドに未来を見出せずに母国を捨てたのだという。おそらくバースキナートは子供の頃からインドの悪口を吹き込まれて育ったのだろう。だからこのような歪んだ性格になってしまったのだと思われる。
不法滞在者という点ではローヒトも同じだった。彼は、ITエンジニアとして公務員の職を得て、正規のヴィザで渡英した。生活が安定した後、彼は起業しようとするが、ヴィザの更新を却下され、不法滞在者に転落した。彼は、英国はインドを200年支配したのに、インド系移民に2年有効のヴィザもくれないとぼやく。
ほぼ密室で進行し、最終的には俳優たちの演技に全てが左右される類の映画だ。メインキャストの中でもっとも知名度が高いのはイラー役のラスィカー・ドゥッガルである。「Delhi Crime」(2019年/邦題:デリー凶悪事件)などで注目を集めた。序盤は典型的なインド人主婦といった演技をしており、抑え気味だったが、中盤以降、徐々に本性を現していき、終盤は鬼気迫る演技を見せていた。彼女のこの劇的な変化は「Lord Curzon Ki Haveli」の最大の見どころといっていいだろう。
ローヒト役のアルジュン・マートゥルも「I Am」(2011年)や「Ankur Arora Murder Case」(2013年)などで好演してきた俳優だ。パレーシュ・パーフジャーとゾーハー・レヘマーンは初めて見たが、どちらも役にピッタリはまっていた。
俳優たちの演技は良かったのだが、絶妙なサスペンスが楽しめるのは箱が開けられるまでの前半で、箱が開けられてからの後半は、謎の行動が増えていって、収拾が付かなくなっていた。後半までサスペンスを持続できていれば絶賛していたところだ。
「Lord Curzon Ki Haveli」は、ロンドン郊外の別荘でインド系移民4人が集い、緊張感ある会話を交わされる中、ストーリーが展開していく、脚本と演技を重視した低予算の映画である。「箱に何が入っているか」だけで前半を引っ張る手腕は見事だったが、後半の混乱が残念だった。インド系移民の視点から英国に対する批判が行われると同時に、英国人ぶっているインド系英国人の風刺も成されている。非常に高度な作品だが、完璧に作り込めておらず、後味は必ずしも良くない。
