Blurr

3.5
Blurr
「Blurr」

 2022年12月9日からZee5で配信開始された「Blurr(ぼやけ)」は、視覚を意識した映像表現やカメラワークが斬新なサイコスリラー映画である。スペイン映画「Julia’s Eyes」(2010年)の公式リメイクだ。

 監督は「B.A. Pass」(2012年)や「Section 375」(2019年)のアジャイ・ベヘル。主演はタープスィー・パンヌーで、今回彼女は一人二役をする。他に、グルシャン・デーヴァイヤー、アビラーシュ・タープリヤール、クルティカー・デーサーイーなどが出演している。

 ウッタラーカンド州バワーリーの家に一人で住んでいた盲目のガウタミー(タープスィー・パンヌー)が首吊り自殺をする。双子の姉妹ガーヤトリー(タープスィー・パンヌー)は夫のニール(グルシャン・デーヴァイヤー)と共にバワーリーを訪れるが、ガウタミーは自殺ではなく他殺だと主張する。

 ニールや警察には聞き流されるが、ガーヤトリーは独自に調査を始める。隣人のラーダー(クルティカー・デーサーイー)から手掛かりを得たガーヤトリーは盲人たちの世話をするバワーリー福祉センターへ行き聴き取りをし、彼女に恋人がいたことを突き止める。だが、彼女は何者かに追われているのを感じると同時に、視界が狭まっていっているのにも気付く。ガーヤトリーもガウタミーと同じように視力を失いつつあった。

 ガーヤトリーはニールを連れて、ガウタミーが恋人と共に訪れたというホテルへ行く。そこでやはりガウタミーが誰かと一緒にいたことを知る。その男を特定する手掛かりが市営駐車場にあると知り、ニールと共に向かうが、そこで突然ニールが行方不明になる。その後、ニールは同様に首吊りした姿で見つかる。残された録音で彼が明かしたところでは、実はニールはガウタミーと不倫関係にあったとのことだった。警察は、ガウタミーもニールも罪の意識から自殺をしたと結論付け、捜査を切り上げた。

 一方、ガーヤトリーは完全に視力を失ってしまった。ガーヤトリーは手術を受け、2週間は目を覆って生活することになる。その間、看護師のディーパク(アビラーシュ・タープリヤール)が彼女の面倒を見てくれた。彼女は次第にディーパクに恋心を感じるようになる。だが、ガーヤトリーは隣人の娘イーラーから、ガウタミーを殺したのはディーパクだと教えられる。ガーヤトリーは覆いを外し、ディーパクの顔を見るが、彼は福祉センターで働いていた男だった。ガーヤトリーが気付いたときにはディーパクはイーラーを殺しており、彼女にも危険が迫っていた。そこでガーヤトリーは手術に失敗して目が見えない振りをした。しかしそれも彼にばれ、ガーヤトリーは目に注射を打たれ、腐乱死体と共に箱に閉じ込められる。その死体は本物のディーパクのもので、彼はディーパクになりすましていたのだった。

 ガーヤトリーは箱から脱出するが、注射のせいで再び視力を失いつつあった。ガーヤトリーは何とかラーダーの家に逃げる。だが、実は彼女を殺そうとしたのは彼はラーダーの息子だった。ガーヤトリーはラーダーに殴られて気を失う。男はラーダーを殺し、ガーヤトリーにも襲い掛かるが、彼女が通報したことで警察が押しかける。男は自分の喉をナイフで切って自殺する。ガーヤトリーは再び手術を受け、視力を取り戻す。ガーヤトリーはニールの遺体と対面するが、彼の目は自分に移植されていたことを知る。

 物語の進行と共に主人公ガーヤトリーの視力が失われていくという設定であり、視覚に焦点を当てた映像表現やカメラワークが特徴的な映画だった。

 元々全体的にダークな色調なのだが、ガーヤトリーの視力が失われていくにつれ、画面の視野が狭まる。また、カメラワークがガーヤトリーの視力喪失後にガラリと変わる。盲目を映像表現するのに手っ取り早い方法は画面を真っ暗にすることだが、それでは映画として退屈になってしまう。「Blurr」が選んだのは、目が見えないガーヤトリーと会話する人の顔を敢えて映さないという独特のカメラワークである。それだけでなく、アップを多用し、大事なものの全貌が見えない、いかにも不快な映像になっていて、観客は見えているのに見えないような錯覚を受けるのである。

 サスペンスになっているのは、ガウタミーを殺した犯人である。一応ガウタミーは自殺したことになっていたが、ガーヤトリーは他殺だと決め付けていた。彼女が独自に調査を進めていくと、彼女にとってはショッキングな事実が浮かび上がる。なんと夫のニールはガウタミーと不倫関係にあったのである。ニールも自殺したことで、不倫をした二人が罪悪感から自殺をした事件として閉じられそうになる。

 だが、真犯人がいた。ガウタミーと同じように視力を失いつつあったガーヤトリーは手術を受け、2週間、目に覆いをして過ごすことになる。その間のケアをしに家を訪問してくれていたのが看護師のディーパクだったが、彼がガウタミーやニールを殺した犯人だった。いや、ディーパクという名前も、実在するディーパクを殺して手に入れた偽名であり、本名は映画の中で明かされていない。この男はガウタミーの隣人ラーダーの息子であった。女優を目指していたラーダーだったが、生まれつき精神的な疾患を患っていた息子のせいで、女優人生を全うできなかった。その男はガウタミーの恋人であったが、手術をして彼の顔を見たことで幻滅し、それが原因で彼に殺された。彼はガウタミーの新しい恋人であるニールにも嫉妬しており、自殺に見せ掛けて彼も殺してしまう。そして今度はガーヤトリーに近付くが、結局彼女も殺さざるを得なくなるのである。

 映像面での工夫が面白い映画だったが、主演タープスィー・パンヌーの演技にも目が行く。ヴィディヤー・バーランとカンガナー・ラーナーウトに次いで、映画の看板を背負って立てる女優に成長しているタープスィーは、今回も完全に映画を支配する役を演じ、健在ぶりをアピールした。一人二役とはいっても同時に登場するわけではないので微妙な演じ分けが必要な役柄ではなかったが、サイコスリラー映画に分類されるこの映画において、ジェットコースターのように上下する精神状態をうまく表現しながら、作品を完成させていた。

 真犯人の男を演じたアビラーシュ・タープリヤールは「Raksha Bandhan」(2022年)に出演していた男優である。今回は「気味の悪いサイコ男」を演じていたが、誰でも好んで演じられるような役ではない。ディーパク・ドーブリヤールのような曲者俳優として伸びていきそうな予感がする。

 もちろん、ニールを演じたグルシャン・デーヴァイヤーも好演していた。ラーダーを演じたクルティカー・デーサーイーはTVドラマ女優としてのキャリアが長く、映画への出演は「Section 375」などごく少数だ。ラーダーは女優として大成できなかった敗者として描かれており、端役ながら貫禄のある演技が求められた。適役だったのではなかろうか。

 終盤でガーヤトリーが真犯人の男の前で、視力が戻ったのに戻っていない振りをする場面があった。このシーンでは、盲目のピアニストの振りをして訪れた家で殺人事件を目撃してしまうというスリラーの名作「Andhadhun」(2018年/邦題:盲目のメロディ インド式殺人狂騒曲)を思い出す観客が多いことだろう。

 「Blurr」は、視力の映像表現が特徴のサイコスリラー映画で、主演タープスィー・パンヌーがまたも最前面に出て映画を支配している。第一に独特な映像表現を楽しむべき映画で、それに加えてタープスィーなどの俳優たちの演技が見所になる。おそらく原作になっているスペイン映画が優れているのであろうが、それを差し引いても引き込まれる映画である。