An Action Hero

3.5
An Action Hero
「An Action Hero」

 2020年、将来を嘱望された男優スシャーント・スィン・ラージプートの自殺以来、インドでは「ボイコット・ボリウッド」運動が巻き起こり、ヒンディー語映画に対する組織的なサボタージュが行われた。その余波は2年以上経ってもまだ続いており、話題作が公開されるそれに対する反対運動が起こるというのはもはや定番になってしまった。「Laal Singh Chaddha」(2022年)や「Brahmastra Part One: Shiva」(2022年)の公開時にもボイコット運動が起こったのは記憶に新しい。

 ボイコット・ボリウッド運動はヒンディー語映画にとって大きな逆風になっているのだが、世間で起こっていることを貪欲に映画に取り込む度量の広さもヒンディー語映画界にはある。2022年12月2日公開の「An Action Hero」は、ボイコット・ボリウッド運動をストーリーに取り入れたアクション・スリラー映画である。

 監督は新人のアニルッド・アイヤル。「Tanu Weds Manu Returns」(2015年)や「Zero」(2018年)などで助監督を務めていた人物である。プロデューサーはアーナンド・L・ラーイやTシリーズ社のブーシャン・クマールなどである。

 主演はアーユシュマーン・クラーナー。他に、ジャイディープ・アフラーワト、ジテーンダル・フッダー、ニーラジ・マーダヴ、ガウタム・ジョーグレーカル、スミト・スィン、ハルシュ・チャーヤー、ヴァカル・シェークなどが出演している。また、アクシャイ・クマールが特別出演している上に、マラーイカー・アローラーが「Aap Jaisa Koi」、ノラ・ファテーヒーが「Jehda Nasha」でアイテムガール出演している。

 マーナヴ・クラーナー(アーユシュマーン・クラーナー)はアクション映画を得意とするスーパースターだった。あるとき、ハリヤーナー州に撮影に訪れたが、そこでヴィッキー・ソーランキー(スミト・スィン)という若者を誤って殺してしまう。マーナヴはムンバイーを経由してロンドンに逃げた。

 ヴィッキーの兄は地元で権勢を誇る政治家ブーラー(ジャイディープ・アフラーワト)であった。ヴィッキー殺人の容疑者としてマーナヴが浮上し、彼がロンドンに逃げたことが分かると、ブーラーは復讐のため、自らロンドンへ飛んだ。

 ブーラーはポーツマスにあるマーナヴの自宅に忍び込むが、留守だった。ブーラーは家宅捜索に訪れた英国警察2人を射殺する。マーナヴは警官殺しの容疑者になってしまい、逃げ出す。だが、ブーラーも彼を追う。郊外でブーラーはマーナヴに追いつき、彼を殺そうとする。だが、マーナヴは逆にブーラーを自動車のトランクに閉じ込め、逃げ出す。

 マーナヴはマネージャーのローシャン(ハルシュ・チャーヤー)の助けにより、弁護士サーイー(ニーラジ・マーダヴ)に匿われるが、彼はカーディル(ヴァカル・シェーク)という謎の男にマーナヴを売り渡そうとした。サーイーはブーラーに殺され、そこへカーディルとその部下たちが踏み込んでくるが、マーナヴはその危機を脱して再び逃亡に成功する。

 マーナヴは、警官を殺したのはブーラーだという証拠を手にしたため、警察に自首しようとする。だが、マーナヴは何者かに誘拐される。連れて行かれた先には、世界的に有名なマフィアのドン、マスード・アブラハム・カートカル(ガウタム・ジョーグレーカル)が待っていた。以前、マーナヴはマフィアを馬鹿にする発言をしており、それがマスードの逆鱗に触れたのだった。マスードは、自由と引き換えにカートカルの主催するパーティーで踊りを踊るが、そこへブーラーが乗り込んでくる。

 カートカルはマーナヴとブーラーの話を聞いた後、ブーラーに銃を渡し、マーナヴを殺すように言う。ところがブーラーは誤ってマスードを殺してしまう。マーナヴは、銃声を聞いて突入してきたマスードの部下たちを殺し、最後にブーラーも殺す。そして警察に逮捕される。

 インドから対外諜報機関RAWのエージェントたちがやって来て、マーナヴの聴取を行った。マーナヴはRAWに対し一発逆転のアイデアを披露する。マスードを抹殺した手柄をRAWに譲渡する代わりに、マーナヴはRAWの任務を受けてロンドンに降り立ち、マスードのパーティーで踊りを踊ってRAWに協力したということにして自分のキャリアを取り戻そうとした。果たしてその通りになり、インドに戻ったマーナヴは以前にも増してスーパースターになった。

 傲慢なスーパースターが、ちょっとしたミスから殺人事件に巻き込まれてしまい、ロンドンに逃亡するが、紆余曲折を経て、スーパースターとしてインドに凱旋するという逆転のプロットが面白い映画だった。

 アクションヒーローとして映画の中で数々のアクションシーンを演じ人気を博してきた主人公マーナヴが、実際に映画のようなシチュエーションに身を置かれたことで、俳優としての経験を活かして立ちはだかる敵たちを格闘技を駆使してなぎ倒したり、警官からパルクールのような軽い身のこなしで逃げたりするようになる。映画の中と現実世界でズレがあると序盤の起伏になってよかったのではとは思うのだが、マーナヴはほとんど苦労なく現実世界でもリニアにアクションをこなしていたので、映画の世界にすんなり入り込むことができなかった。

 また、ブーラーのキャラ作りにも失敗していた。ペヘルワーン(力士)出身のマッチョな市議会議員であり、殺された弟ヴィッキーの復讐のためにロンドンまで飛ぶのだが、いざ仇のマーナヴを前にしても、すぐには殺さずもたもたしている。その隙に逃げられてばかりで、悪役として尊厳に欠けた。マーナヴと一瞬だけ協力して共通の敵に立ち向かうところもあるのだが、和解することはなく、最後までマーダヴの命を狙い続ける。また、ブーラーは終盤に、マーナヴがわざとヴィッキーを殺したのではないと直感していながら、ペヘルワーンとしてのマッチョなイメージを守って有権者たちの前で格好を付けるため、マーナヴを殺しにわざわざロンドンまでやって来たのだと明かす。ブーラーは、復讐をこじらせた面倒な悪役に成り下がってしまっており、しかも最後はあっけなく殺されてしまうし、この映画の中でもっとも弱いキャラであった。

 ボイコット・ボリウッド運動をストーリーに組み込んだ点は特筆すべきである。おそらくボイコット・ボリウッド運動に言及したヒンディー語映画はこれが初だ。ただ、運動をしている人々への批判ではなく、運動を煽るメディアに対する批判の色合いが強い。マーナヴが殺人事件の容疑者として浮上しロンドンに逃亡したことが分かると、メディアはマーナヴを徹底的にこき下ろし、マーナヴがRAWの任務を受けて国際指名手配犯マスードの抹殺に貢献したと知れると、掌を返してマーナヴを賞賛する。結局、メディアはTRP(視聴率)のために、話題性のある事件を大袈裟に演出して視聴者を刺激しているだけで、それに一喜一憂するのは馬鹿馬鹿しい。そんな冷静な観点を観客に広めようとする意識が感じられた。

 マフィアのドン、マスード・アブラハム・カートカルのモデルは明らかにダーウード・イブラーヒームである。ダーウードは1970年代から90年代にかけてボンベイ(現ムンバイー)のアンダーワールドを支配したドンであり、1993年のボンベイ同時爆破テロの首謀者とされている。ダーウードはドバイから遠隔操作でボンベイを支配したが、現在はカラーチーに潜伏していると噂されている。映画の中のマスードに会ったマーナヴも「カラーチーにいるはずでは?」と問い掛けているが、マスードは「それはメディアが勝手に吹聴したことだ」と答える。マスードを通してもメディア批判が行われている。

 主演のアーユシュマーン・クラーナーは、「Chandigarh Kare Aashiqui」(2021年)でボディービルダー役を演じたときに増強した筋肉を維持しており、この「An Action Hero」でもアクションヒーローとして見事な肉体を披露している。元々高い演技力を持った男優で、「Vicky Donor」(2012年)などのメトロセクシャル的なイメージが強いのだが、「Chandigarh Kare Aashiqui」と「An Action Hero」を経て、本当にアクションヒーローへの脱皮を模索しているように見える。

 ヒロイン不在の映画であったが、紅一点だったのはアイテムガール出演したマラーイカー・アローラーだ。マラーイカーは既に50歳になろうとしているが、「Dil Se..」(1998年/邦題:ディル・セ 心から)と変わらずアイテムガールを続けている。アイテムガールしかできないのかと思っていたが、もしかしたらアイテムガールとしての自分が大好きなのかもしれない。伝説のアイテムガール、ヘレンも40代半ばに一旦引退しているので、今後マラーイカーは最年長のアイテムガールとして記録を更新していきそうだ。

 ノラ・ファテーヒーもアイテムガール出演していたが、エンドロール曲での出演のみだった。また、序盤でアクシャイ・クマールが本人役で出演し、アクションヒーローの先輩として、アクションヒーローの心得をマーナヴに教え込むシーンがあるのはご愛敬だ。

 「An Action Hero」は、アーユシュマーン・クラーナーがアクションヒーローを演じるアクション・スリラー映画である。どんでん返しのあるストーリーや、ボイコット・ボリウッド運動を自虐的に取り込む態度など、特筆すべき点もあったのだが、悪役のキャラ作りで失敗しており、焦点のぼけた作品になっていた。興行的にも失敗している。観て損はないが、格別に推したい映画でもない。