狂った・・・

 インドの一般的な恋愛哲学において、恋愛は一生に一度しか起こり得ないものであり、一度恋愛に陥ったら、狂ったように恋愛をしなければ、それは恋愛ではない。その狂愛が成就しようとしまいと、恋愛をする者は、最後まで貫き通さなければならない。それができなければ、死を選ばなければならない。そして、その覚悟がない者は最初から恋愛をすべきではない。

 そんな激しい恋愛観を持つ国で作られる恋愛映画では、当然のことながら恋愛は狂気と同一とされる。映画の題名、台詞、そして映画音楽の歌詞の中には、恋愛によって狂ってしまった状態を示す単語が頻出する。日本では「狂」系の言葉が放送禁止用語などとされることがあるので、字幕翻訳などの際には気を遣う。また、スーフィズム(イスラーム教神秘主義)の影響で、神への愛に狂ってしまった状態も、男女の恋愛に投影して「狂った」と表現する。

 今回は、ヒンディー語映画の理解を深める一助となるように、「狂った」という意味の単語を集めてみた。

Paagal

 ヒンディー語で「狂った」を意味するもっとも一般的な単語は「पागलパーガル」である。元々「狂った」という意味の形容詞だが、「狂人」という意味の名詞でも使われる。狂った女性に対しては「पगलीパグリー」という単語もある。また、これを動詞化して、「狂ってしまう」という意味の動詞にした「पगलानाパグラーナー」ともある。

 恋愛とは関係なく頭がおかしくなった状態も「पागलパーガル」などで表現するが、恋愛の文脈で使われる場合は、恋に落ちて上の空になったり訳の分からないことを口走ったりする状態のことを指す。この言葉が題名、台詞、歌詞に使われた映画は枚挙に暇がない。

 代表的な映画を1本挙げるとすれば、「Dil To Pagal Hai」(1997年)がいいだろう。「心は狂ってしまった」という意味になる。タイトルソングもあるので引用しておく。

Dil To Pagal Hai Song | Shah Rukh Khan, Madhuri, Karisma, Akshay | Lata Mangeshkar, Udit Narayan

Deewana

 「पागलパーガル」と並んでヒンディー語映画で多用される「狂った」という意味の形容詞が「दीवानाディーワーナー」である。ペルシア語由来の単語である。女性に対しては「दीवानीディーワーニー」になるし、複数の人に対しては「दीवानेディーワーネー」になる。この名詞形で、「狂気」という意味になる「दीवानापनディーワーナーパン」や「दीवानगीディーワーンギー」という単語もある。

 外来語であるためか、「पागलパーガル」よりも若干上品な印象があり、映画の題名に使われる率は高めだ。「Main Prem Ki Diwani Hoon」(2003年/題名直訳:私はプレームに狂っています)、「Humko Deewana Kar Gaye」(2006年/題名直訳:私を狂わせて行ってしまった)、「Yeh Jawaani Hai Deewani」(2013年/題名直訳:この青春は狂っている)など、多くの映画の題名で使われている。

 「Deewane Huye Paagal」(2005年)というコメディー映画の題名は、「『दीवानाディーワーナー』が『पागलパーガル』になってしまった」という意味になる。日本語にすると「狂人が狂人になってしまった」という意味であり、何が何だか分からないが、「恋に狂った人が精神病患者になってしまった」というニュアンスで捉えるのがもっとも正確であろう。

 「Kuch Kuch Hota Hai」(1998年)の挿入歌「Yeh Ladka Hai Deewana」には、「दीवानाディーワーナー」という単語が何度も出て来る。歌の題名は「この男の子は狂っている」という意味である。

Yeh Ladka Hai Deewana Full Video - Kuch Kuch Hota Hai|Shah Rukh Khan,Kajol|Udit Narayan

Mast/Mastana

 「दीवानाディーワーナー」と、意味と語感が似ていて韻が踏まれやすい単語に「मस्तानाマスターナー」がある。その前半部分の「मस्तマスト」も同じ意味である。正確にはこれらの単語は「狂った」というよりも「酔った」という意味の形容詞なのだが、酔った状態と狂った状態にそう違いはないことから、似た使われ方をする。やはりペルシア語由来の単語である。「मस्तानाマスターナー」の女性形は「मस्तानीマスターニー」になる。

 これらの単語は特に象の発情期に使われる。象は発情期になると耳から分泌液を分泌し、他者に対して非常に攻撃的になる。英語でもそのまま「mast」とか「masth」と呼ばれている。

 「मस्तマスト」が使われた楽曲としてもっとも有名なのは、パーキスターンのセーワンにあるラール・シャーバーズ・カランダル廟を発祥とするカッワーリー曲「Dama Dam Mast Qalandar」だ。この曲はインドでも非常に有名で、多くのヒンディー語映画で使われている。もっとも印象的な使われ方をしていた例として、「Dhanak」(2016年)の「Dum-A-Dum Mast Qalandar」を挙げておく。

Dum-A-Dum Mast Qalandar | Dhanak| Chet Dixon & Devu Khan Manganiyar| Nagesh Kukunoor| Bollywood Song

 「दीवानाディーワーナー」と「मस्तानाマスターナー」が同時に使われた楽曲の例としては、「Bajirao Mastani」(2015年)の「Deewani Mastani」がある。題名からしてこれらの単語が並べられているが、歌詞の中にも、「कहते हैं दीवानी मस्तानी हो गईケヘテー ハェン ディーワーニー マスターニー ホー ガイー」、つまり「『ディーワーニー』が『マスターニー』になってしまった」という一節がある。「狂人が酔っ払ってますます狂ってしまった」などと解釈すればいいだろう。

Deewani Mastani Full Video Song | Bajirao Mastani

Sanak

 「सनकサナク」とは「狂気」という意味の単語で、その形容詞形が「सनकीサンキー」になる。語源は不明である。派生して、「狂ってしまう」という意味の動詞「सनकनाサナクナー」もある。

 映画の題名に使われた例としてはズバリ「Sanak」(2021年)がある。台詞の中でも比較的よく聞く言葉だが、歌詞の中で使われる機会は少ないように感じる。また、恋愛で狂ってしまったというよりも、本当に狂ってしまったというニュアンスの方が強いようにも感じる。

Baawla

 「बावलाバーウラー」は「狂った」という意味の形容詞で、女性形は「बावलीバーウリー」、複数形は「बावलेバーウレー」になる。「Baawla」がより正しい形だが、その訛った「Baawra」という形もある。ヒンディー語で書くと「बावराバーウラー」などとなる。「सनकीサンキー」とは対照的に、恋愛の文脈で使われることが比較的多い言葉のように感じる。

 「Luck by Chance」(2009年)には「Baawre」というサーカス風のダンスシーンがあった。

Baawre [Full Song] Film - Luck By Chance

Sarphira

 「頭」という意味の「सरサル」と「回った」という意味の「फिराピラー」が合わさった出来た単語が「सरफिराサルピラー」になる。「気が触れた」「頭がおかしくなった」という意味である。

 「Sarphira」(1992年)という映画もある。台詞の中で時々聞くが、歌詞の中では使われにくい言葉のように感じる。

Majnun/Raanjhaa

 「アラジンと魔法のランプ」では「ジン」と呼ばれる精霊が出て来るが、これは元々アラブ地方で信じられている超自然的な存在だ。イスラーム教徒と共にインドにも輸入され、信じられている。ジンは人間に取り憑くとされており、ジンに取り憑かれると正気を失ってしまう。ジンに取り憑かれた状態のことを「जुनूनジュヌーン」と呼ぶが、これは「狂気」と訳すことができる。そしてジンに取り憑かれ狂ってしまった状態のことを表す形容詞として「मजुनूँマジュヌーン」がある。「狂った」という意味になる。

 アラブ地方に伝わる有名な悲恋物語に「ライラーとマジュヌーン」があるが、登場人物の一人マジュヌーンは、恋に狂ってしまったためにこうあだ名された。インドにおいてマジュヌーンは恋に狂った人の代名詞であり、どちらかといえば、「狂った」という形容詞よりも、悲恋物語の主人公マジュヌーンを引用してこの言葉が映画の台詞や歌詞などに使われることの方が多い。

 「ライラーとマジュヌーン」の他にもインドにはいくつもの悲恋物語が伝わっており、それらの登場人物の名前が「恋に狂った人」もしくは「恋に狂った状態」を示す言葉として引用されることは多い。代表的なのはパンジャーブ地方の悲恋物語「ヒールとラーンジャー」だ。「Raanjhanaa」(2013年)の題名は正しく「ラーンジャー」から取られている。タイトルソング「Raanjhanaa」の歌詞の中で、「रांझणा हुआ मैं तेराラーンジャナー フアー マェン テーラー」という一節があり、直訳すると「僕は君のラーンジャーになった」だが、字幕では「僕は君の虜になった」と訳した。

Raanjhanaa Hua Mai Tera (Video Song) | Raanjhanaa | Dhanush | Sonam Kapoor

Malang

 この「मलंगマラング」という言葉は一般に知られていなかった言葉のはずである。「Dhoom: 3」(2013年/邦題:チェイス!)に「Malang」という曲があり、そこから知られるようになった。スーフィズムなどの文脈で使われる言葉で、信仰に熱中するあまり狂ってしまった状態や人を示す、ペルシア語由来の言葉のようだ。

Malang Song | DHOOM:3 | Aamir Khan, Katrina Kaif | Siddharth Mahadevan, Shilpa Rao, Pritam, Sameer

 この後、「Malang」(2020年)という題名の映画も作られた。

Kamli

 同じ「Dhoom: 3」にはカトリーナ・カイフが一人で激しく踊りまくる「Kamli」という曲もあった。「कमलीカムリー」とはパンジャービー語で「狂った」という意味の形容詞である。「Hum Do Hamare Do」(2021年)にも同じく「Kamli」という曲があった。

Kamli Song | Dhoom:3 | Katrina Kaif, Aamir Khan | Sunidhi Chauhan | Pritam | Amitabh Bhattacharya

Yamla

 「यमलाヤムラー」も元々はパンジャービー語だと思われるが、「狂った」という意味の形容詞である。「Yamla Pagla Deewana」(2011年)という映画の題名になっている。「Pratigya」(1975年)という映画にムハンマド・ラフィーが歌った「Main Jat Yamla Pagla Deewana」という曲があり、そこから題名が取られている。「Yamla」も「Pagla」も「Deewana」も「狂った」という意味の形容詞である。

Yeda

 ムンバイーのスラム街などでは、「タポーリー・バーシャー」とか「バンバイヤー・ヒンディー」と呼ばれる独特の混淆言語が話されているが、その代表的な語彙のひとつが「येड़ाイェーラー」である。おそらくマラーティー語由来であり、「狂った」という意味の形容詞だ。ムンバイーの下層民が日常的によく使い、ヒンディー語映画の台詞でも多用される。