Squad

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Squad
「Squad」

 インド映画には当然のことながら大抵の場合インド人俳優が出演するわけだが、「インド人」といっても実際には国籍がインドにはないことも多く、米国、英国、カナダなどの国籍を持っている人気スターもチラホラいる。インド映画俳優になるのに国籍が事実上不問である一方で、インド人顔をしていないインド国籍の俳優にとっては活躍の場が非常に限定されているのが皮肉な現状だ。特に日本人としては、東洋人顔をした俳優たちの動向が気になるものだ。インドの北端から東北部にかけての地域にはチベットやミャンマーなどと文化を共有する東洋人顔をした人々がおり、彼らの中には稀に俳優を目指す者がいる。

 ヒンディー語映画界においてもっとも成功した東洋人顔の俳優としては、ダニー・デンゾンパが挙げられる。1948年スィッキム王国(現スィッキム州)生まれのダニーは、プネーのインド映画テレビ学校(FTII)で演技を学び、俳優としてデビューし、地位を確立した。お世辞にもトップスターとはいえないものの、ヒンディー語映画ファンなら誰もが知る名前になっている。彼の出演作は、日本でも「Robot」(2010年/邦題:ロボット)や「Manikarnika: The Queen of Jhansi」(2019年/邦題:マニカルニカ ジャーンシーの女王)がある。

 2021年11月21日からZee5で配信開始された「Squad」は、ダニー・デンゾンパの息子リンジン・デンゾンパのデビュー作である。リンジンは父親譲りのコテコテの東洋人顔をしている。インド人顔以外の俳優が主演を務める映画というのは非常に珍しい。また、ヒロインとして起用されたのはマラーヴィカー・ラージ。女優アニター・ラージの姪にあたり、映画家一家に生まれている。「Kabhi Khushi Kabhie Gham」(2001年)でカリーナー・カプールが演じたプージャーの幼年時代を演じており、子役としては既にデビュー済みだが、成人以降の出演はこれが初となり、彼女にとっての実質デビュー作でもある。

 他に、プージャー・バトラー、モーハン・カプール、アミト・ガウル、ディシター・ジャイン(子役)などが出演している。監督はニーレーシュ・サハーイという新人監督である。

 ビーム(リンジン・デンゾンパ)は、極秘組織NERO(国家緊急事態対策局)に所属するコマンドーだったが、3年前にパーキスターン領カシュミール(POK)で少女を死なせてしまったトラウマから、NEROから離れていた。NEROを指揮するナンディニー・ラージプート(マラーヴィカー・ラージ)も部隊を休止状態にしていた。

 ある日、サイボーグ兵器を開発したバナルジー博士の孫娘ミミ(ディシター・ジャイン)の居所が発覚した。サイボーグ兵器の接収を狙う世界中の国家にミミは狙われており、インド政府も居所が不明だったのである。ナンディニーはNEROを再招集し、ビームをリーダーに任命する。ビームとそのチームは東欧のジョージアへ向かうが、既にパーキスターンの部隊によってミミは誘拐された後だった。しかしながらビームはミミを取り戻すことに成功し、アーリヤー(マラーヴィカー・ラージ)と共に隠れ家に隠れる。その後、ビーム、アーリヤー、ミミは他の隊員と合流し、本部の指示を待つ。また、部隊の行動が外部に漏れており、NERO本部に裏切り者がいることを報告する。

 一方、NERO本部では異変が起こっていた。何かとナンディニーの邪魔をしていたアバイ・バトナーガル(モーハン・カプール)がNEROを乗っ取り、ビームに命令を下すようになる。バトナーガルは、部隊に潜り込ませた腹心アミト(アミト・ガウル)にミミを預けさせ、ヘリコプターで発たせる。残されたチームは襲撃を受け、捕らえられるが、逃亡に成功する。バトナーガルに指示を出していたのは、東欧の独裁国家アルゴベニアであった。サイボーグ兵器を狙うアルゴベニアはミミを幽閉する。だが、ビームのそのチームは要塞に突入し、アミトを倒してミミを救出する。

 東洋人顔のリンジン・デンゾンパが主演を務めていることと関係していると思われるが、インドや愛国心を強調する内容のアクション映画であった。ミミはインドの国家機密的技術を握る科学者の孫娘であり、この一人の少女を守ることは「インドの娘」を守ることと同義だとされ、今回のミッションの正当性が何度も確認されていた。

 その一方で、リンジン演じるビームの「インド人性」には全く疑問が呈されることはなかった。メインランドのインド人の間では、ノースイースト地域の人々に対する偏見が根強くある。中国人に対する蔑称である「チンキー」が彼らに適用されることも少なくない。国家を守るコマンドー部隊のリーダーを東洋人顔のビームが務めることは、それだけで非常に特殊なことである。「インドよりも中国の利益のために動くのではないか」という差別的な見方がされる可能性もある。しかし、この映画の中では全くそんなことはなかった。

 「ビーム」という名前もヒンドゥー教徒的である。もしかしたら「Squad」はリンジン・デンゾンパのローンチのために特別に作られた映画ではなかったのかもしれない。一般的なインド人男優のために書かれた脚本の映画に、リンジン・デンゾンパが起用されたのではなかろうか。

 とはいえ、逆に「ビーム」には2つの意味が込められていると考えることもできる。ひとつは、インド二大叙事詩「マハーバーラタ」の主人公パーンダヴァ5兄弟の次男ビーム(ビーマ)である。5兄弟の中ではもっとも力持ちであり、巨人として描写されることもある。また、ビームは羅刹王ヒディンブの娘ヒンディンビーと結婚している。ヒマーチャル・プラデーシュ州ではヒディンビーは女神として信仰されており、先住民族の信仰と何らかの関係があったのではないかと思われる。このようにビームの存在は非常にトライバルであり、ヒンドゥー教的である一方で非主流派的なのである。

 もうひとつ「ビーム」に込められていると考えられるのは、ダリト(不可触民)出身の政治家ビームラーオ・ラームジー・アンベードカルである。アンベードカルは不可触民制度の廃止とダリトの地位向上のために一生を捧げた人物で、最晩年に仏教への集団改宗を主導した。アンベードカルはダリトから神のように慕われており、彼らは「ビーム万歳」を合い言葉としている。リンジン自身も仏教徒であり、「ビーム」という名前には仏教徒的なニュアンスが含まれている。

 果たしてリンジン・デンゾンパの起用が最初から決まっていたのか、途中からそうなったのかは分からないが、映画そのものはリンジンの存在がなければ全く話題性もない作品であった。ビーム以外のキャラに個性が乏しく、ストーリーも支離滅裂である。各国がミミを誘拐するのは、彼女の祖父バナルジー博士が開発したサイボーグ兵器の技術を入手するためのはずだが、途中からミミを誘拐するのが目的になってしまっていた。アクションシーンにしても、力尽くの突入を繰り返すだけで、そこに戦術的なサスペンスもない。

 もっとも肝心なリンジン・デンゾンパのスター性であるが、残念ながら大成するのは難しそうだ。日本人の美意識から見てもハンサムとはいえず、一般的なインド人に受け入れられるとも思えない。親の七光りによっていきなり主演作を用意してもらえたのは幸運だったかもしれないが、後は続かないだろう。

 リンジンと同時にデビューしたマラーヴィカー・ラージについては、多少の光明はあるだろう。無難な美人であり、今後出演作に恵まれていけば定着できるかもしれない。

 東欧諸国が部隊になっていたのは物珍しかった。アルメニア、ジョージア、ラトビア、ウクライナ、ベラルーシなどの国名が登場し、アルゴベニアという架空の国が最後で舞台になっていた。冒頭のクレジットから察するに、全てベラルーシで撮影されたようである。

 「Squad」は、スィッキム州出身のダンディー俳優ダニー・デンゾンパの息子リンジン・デンゾンパのデビュー作である。その点が唯一のアピールポイントだが、別にダニーはそこまでのスターでもなく、その息子も俳優として優れているわけでもなく、その点だけで視聴者の関心を引くのは難しい。日本人としては、東洋人顔の俳優がヒンディー語映画で主演を務めるという点が面白く感じるが、単なる時代の徒花で終わりそうだ。結論として、観なくてもいい映画である。