Rashmi Rocket

3.5
「Rashmi Rocket」

 2001年の「Lagaan」以降、ヒンディー語映画界ではスポーツがジャンルとして確立し、クリケットのみならず、多くの競技が映画の題材になって来た。その中でも陸上競技は意外によく映画化されているジャンルで、今まで「Paan Singh Tomar」(2012年)、「Bhaag Milkha Bhaag」(2013年)、「Budhia Singh: Born to Run」(2016年)など、実在の陸上競技選手の伝記映画が作られて来た。また、女性スポーツ選手の映画もよく作られている。「Chak De! India」(2007年)、「Dil Bole Hadippa!」(2009年)、「Mary Kom」(2014年)、「Saand Ki Aankh」(2019年)、「Panga」(2020年)などが挙げられる。これらの多くは伝記映画でもある。

 2021年10月15日からZee5で配信開始の「Rashmi Rocket」も、陸上競技が題材の映画だ。しかしながら、上記の「Paan Singh Tomar」と「Bhaag Milkha Bhaag」がそうであったように、単純なスポーツ映画ではない。また、「Rashmi Rocket」は女性スポーツ選手が主人公の映画だが、伝記映画ではない。女性のスポーツ選手がしばしば直面するジェンダーテストの問題に切り込んだ作品であった。

 監督は「Karwaan」(2018年)のアーカルシュ・クラーナー。主演は現在絶好調のタープスィー・パンヌー。他に、プリヤーンシュ・ペーンユリ、アビシェーク・バナルジー、スプリヤー・パータク、マノージ・ジョーシー、マントラー、ミローニー・ジョーンサー、ナミター・ドゥベーなどが出演している。

 ラシュミー(タープスィー・パンヌー)は、グジャラート州ブジに住む女性で、俊足であることから「ロケット」の愛称で呼ばれていた。しかし、2001年1月26日の共和国記念日、まだ子供だったラシュミーは、徒競走で走っていたときにグジャラート地震に見舞われ、父親を失っており、それがトラウマで、走るのを止めてしまっていた。ラシュミーはツアーガイドをして暮らしていた。

 ガイドの仕事をする中で、ラシュミーはインド陸軍の陸上競技コーチ、ガガン・タークル大尉(プリヤーンシュ・ペーンユリ)と出会う。ガガンはラシュミーの足の速さを見てその天賦の才能を確信し、彼女に競技に出るように勧める。最初は拒否していたラシュミーは、母親(スプリヤー・パータク)の言葉もあって、陸上競技大会に出場するようになる。瞬く間に彼女の俊足振りは有名となり、「ラシュミー・ロケット」は有名人となった。

 ラシュミーはインド代表チームのトレーニングキャンプに呼ばれ、練習をするようになるが、そこで陸上競技連盟の幹部ディリープ・チョープラーを父に持つ二ハーリカー(ミローニー・ジョーンサー)にライバル視されるようになる。ラシュミーは、2014年のアジア大会で3つのメダルを取ったが、その後強制的にジェンダーテストを受けさせられ、血液中のテストステロン値が基準を超えているということで、陸上競技連盟から試合出場を禁止される。しかも、女子寮に住んでいることを通報され、逮捕されてしまう。ガガンがラシュミーを解放する。

 元々、陸上競技選手になることは自身の夢でなかったことから、ラシュミーは故郷に戻り、ガガンと結婚して暮らしていた。そこへ弁護士のイーシト・メヘター(アビシェーク・バナルジー)がやって来て、陸上競技連盟を訴訟すべきと勧められる。過去にも多くの女性アスリートたちがジェンダーテストによって「女性ではない」とされ、迫害を受けたり自殺をしたりして来た。それを止めたいと考えていたイーシトは、ラシュミーを通してジェンダーテストの正当性を問いたいと考えていたのである。

 ラシュミーはイーシトに弁護を頼み、陸上競技連盟を提訴する。その裁判の中で、ディリープが娘を守るためにラシュミーのジェンダーテストや逮捕をさせていたことが発覚する。また、ラシュミーは妊娠し、女性であることも証明した。こうしてラシュミーは裁判に勝ち、再び試合に出場できるようになる。既にお腹は大きくなっていたが、選手たちや観客に迎えられ、ラシュミーは選手として試合に出場する。

 現在のヒンディー語映画界で一番勢いのあるタープスィー・パンヌーは、映画の選び方がうまく、出演作の多くは有意義な作品となっている。今回の「Rashmi Rocket」も、単なる女性アスリートの映画ではなかった。前半は、グジャラート州の辺境の地で生まれ育った俊足の女性が才能を開化させて台頭するという典型的なサクセスストーリーで、大きな山がない平坦な展開だったが、中盤のジェンダーテストを境に映画の雰囲気がガラリと変わる。映画後半は大部分が法廷ドラマだ。その中で、女性スポーツ選手たちが、ジェンダーテストという不当な検査の被害者になっている現実が浮き彫りにされる。

 タープスィーは普段からボーイッシュな演技が似合う女優であり、男性並みに運動神経のあるラシュミーは適役だった。立ち振る舞いが男性っぽく、性格もサバサバしていて後腐れしない。涙を流すシーンはあったが、多くの場面では気丈に振る舞い、女性を武器にすることもなかった。強い女性像が好まれるようになった現代のヒンディー語映画界において、強い女性の代表のようなキャラである。

 「Rashmi Rocket」が訴えていたのは、第一には、血液中のテストステロン値が高いからと言って、その人を「女性ではない」と決め付け、女子スポーツから排除するのは様々なレベルで間違っているということだ。テストステロン値と運動能力の関連性は科学的には証明されておらず、しかも、ジェンダーテストによって「女性ではない」と診断された女性スポーツ選手たちが大変な人生を歩むことになった過去の事例が紹介される。また、百歩譲ってテストステロン値が高いことがスポーツにおいて有利だとしても、もしテストステロン値が高いことで試合出場を禁止されるならば、人よりも有利な身体的特徴を備えている他の多くのスポーツ選手たちも試合出場禁止にしなければ整合性が取れない。

 また、ラシュミーは妊娠後、大きくなったお腹を抱えて試合に出場していた。こういう姿は今までのインド映画ではあまり描かれなかった。女性スポーツ選手は、妊娠してもスポーツ選手としてのキャリアを諦める必要はなく、妊婦でも走ることはできると、医者からも説明を受けていた。女性の人生は結婚・妊娠・出産により変化しがちだが、ラシュミーの飛翔をそれらが止めることはなかった。キャリアアップと結婚生活の両立を目指す女性たちに対しての応援メッセージも込められていた映画であった。

 さらに、裁判では、ラシュミーは妊娠したという事実を証拠として持ち出すことで、簡単に裁判に勝つことができた。そもそもその裁判は、「女性ではない」とされて試合出場を禁止されたことに対して起こしたものだったからだ。妊娠は女性であることの最大の証明となる。だが、ラシュミーはそれを敢えて使わなかった。なぜなら彼女の戦いはもはや個人のものではなく、過去にジェンダーテストの被害に遭って来た多くの女性アスリートたちの人生も背負っていたからだ。妊娠によっての勝訴は個人的な勝利に留まってしまう。彼女たち全員の勝利とするためには、妊娠を使わずに裁判に勝つ必要があったのである。この辺りも、新しいフェミニズム映画の息吹を感じる。

 映画中には、2001年1月26日のグジャラート地震や、2014年のアジア競技大会仁川大会など、実際の出来事が参照されていたため、実話のように思えるが、ラシュミー・ロケットは実在の人物ではない。だが、インドにおいて過去に多くの女性スポーツ選手たちがジェンダーテストに泣いて来たのは事実であり、そういう意味では、実話にインスパイアされた物語だと言える。

 タープスィー・パンヌーは、ヴィディヤー・バーラン、カンガナー・ラーナーウトに続き、単身で映画を背負って立てる女優の一人としての地位を確立している。今回も完全に彼女の映画になっており、貫禄ある演技を見せていた。ただ一点、タープスィーは運動神経のいい女優だとは思うのだが、走っている姿を見ると、スプリンターの走りではなく、その点は不足を感じた。だが、こればかりはいくら訓練しても、演技でカバーしても、すぐにどうかなるものではない。ただ、彼女と共にトレーニングを受ける他の選手たちも、あまりスポーツ選手の体型をしておらず、リアルさを欠いたところは否めなかった。

 グジャラート州カッチ地方の主都ブジは、伝統工芸品やユニークな自然環境で有名な観光都市であり、ブジを舞台にした「Rashmi Rocket」でもブジの魅力がよく映し出されていた。ちょっと前には、やはりブジを舞台にした戦争映画「Bhuj: The Pride of India」(2021年)があり、俄にブジ舞台の映画が続いている。

 「Rashmi Rocket」は、女性スプリンターが主人公のスポーツ映画であるが、その主題は競技に留まらず、インドの女性スポーツ選手が抱えるジェンダーテストの問題を突く作品であった。前半はあまり山場がないが、後半は一気に引き締まる。タープスィー・パンヌーの独壇場である。