Bioscopewala

4.5

 2017年の東京国際映画祭で「ビオスコープおじさん」の邦題と共にプレミア上映され、インドでは2018年5月25日に公開された「Bioscopewala」は、ラビンドラナート・タゴールの短編小説「Kabuliwala」(1892年)を緩やかに原作としながら、時代を現代に置き換えて作られた作品である。「Kabuliwala」は、毎年アフガーニスターンからカルカッタに果物を売りにきていたパターン人を巡る物語だったが、「Bioscopewala」では、それが1990年代のカルカッタで子供たちにバイオスコープを見せて回っていたハザーラー人に置き換えられていた。だが、原作で高らかに歌い上げられた父子の愛情は「Bioscopewala」でも健在だった。ちなみに、バイオスコープ(ビオスコープ)とは、のぞき穴形式の映写機である。インドでは映画全盛時代の今でも時々、メーラー(移動遊園地)などでバイオスコープが稼働しているのを見る。

 「Bioscopewala」の監督は新人のデーブ・マーデーカル。キャストは、ダニー・デンゾンパ、ギーターンジャリ・ターパー、アーディル・フサイン、ティスカ・チョープラー、マーヤー・サラーオ、ブリジェーンドラ・カーラーなど。

 カルカッタ(現コルカタ)に生まれ、現在はフランスに住んでいたミニー(ギーターンジャリ・ターパー)は、久しぶりにコルカタに戻ってくるが、そのとき、父親ロビ・バス(アーディル・フサイン)の乗ったアフガーニスターン行きの飛行機が墜落したことを知る。ミニーとロビの関係は必ずしも良好ではなかった。

 家に帰ったミニーは、長らく家で働く使用人ボーラー(ブリジェーンドラ・カーラー)に迎えられる。翌日、外での用事を終えて家に帰ったミニーは、家に見知らぬ老人(ダニー・デンゾンパ)がいることに気付く。聞くと、彼は殺人を犯してずっと刑務所に服役しており、生前の父親が彼を釈放させるために手続きをしていたという。父親はその人物の身元引受人となっていたため、ミニーの家に滞在することになる。ミニーは一刻も早くその人物を家から追い出そうとする。

 だが、ミニーはふと思い出す。子供の頃、ミニーをとても可愛がってくれた、バイオスコープを持ったおじさん、レヘマト・カーンがいた。その老人こそがレヘマト・カーンであった。ミニーは父親の遺した書類からレヘマトのことを調べ始める。父親の最後の旅行となったアフガーニスターン行きも、レヘマトと関係しているはずだった。だが、レヘマトはアルツハイマー症候群を発症しており、何も語ることができなかった。

 ミニーは、ボーラーの協力を得ながら、レヘマトの知り合いの証言を集めて行き、彼の人生を再構築する。レヘマトは元々アフガーニスターンのジャラーラーバード近くにある村で映画館を営んでいた。だが、ターリバーンの影響が強くなったことで映画館は閉鎖させられる。そこで彼はビオスコープを持って村々を巡り、子供たちを楽しませていたが、それもターリバーンに禁止され、それを破ったら妻子を殺すと警告される。1990年、レヘマトは妻子を故郷に残し、パーキスターンを通過してインドに逃げる。そして、カルカッタに住んでいたアフガーニスターン人イクテダールのところに匿われる。レヘマトはバイオスコープを持ってきており、カルカッタでも子供たちにバイオスコープを見せて回っていた。その中で、自分の娘と同じ年齢のミニーを可愛がるようになったのだった。1992年にカルカッタで暴動があった際は、身を挺してミニーを守り、家まで送り届けた。だが、ある日イクテダールを殺してしまい、有罪判決を受けて服役していた。ロビは、レヘマトの釈放のために、娘との関係を犠牲にしてまで一人で活動を行っていた。

 ミニーは、レヘマトが娘のラービヤーに会いたがっていると確信し、しかも父親のアフガーニスターン行きの目的もラービヤーだったと予想する。そして自らアフガーニスターンへ飛び、レヘマトの村を訪ねる。既に廃墟と化し、誰もおらず、ラービヤーの墓も見つける。だが、ミニーは映像を編集し、コルカタに戻ってレヘマトに故郷の美しい映像だけを見せる。そして、自分の映像をラービヤーだと言って見せる。レヘマトの目に輝きが戻り、ミニーにバイオスコープを見せる。

 タゴールの時代ならまだしも、1990年代のカルカッタにバイオスコープを持った行商人がうろついていたかどうかは分からないが、アフガーニスターンの騒乱を背景にして、映画を使ってターリバーンのイスラーム原理主義に立ち向かおうとしたレヘマト・カーンの存在が、説得力を持って映し出されていた。また、レヘマト・カーンを媒介として、父と娘の関係が美しく描かれるのも、原作譲りの「Bioscopewala」の特徴であった。

 「Bioscopewala」では、主に3つの父娘関係が描かれていた。ロビとミニーの関係、レヘマトとラービヤーの関係、そしてレヘマトとミニーの関係である。前者2つは実の父娘関係だが、最後のひとつは擬似的な父娘関係になる。レヘマトは、故郷に残してきた娘と同年齢のミニーを実の娘同様に可愛がり、刑務所に入った後も、脱走してまでミニーに会いにきたことがあった。

 だが、運命は残酷なもので、これらはどれもうまく行かない。ロビとミニーの関係は冷え込んでいたし、レヘマトとラービヤーは長年会えずにいたし、成長したミニーはレヘマトのことをすっかり忘れていた。だが、ロビの事故死とレヘマトの釈放が運命の歯車を動かし、全てを変えていく。ミニーはロビが生前成し遂げようとしていた未完の善行を完成させることで父親に報いようとする。その過程でミニーは子供の頃にレヘマトから受けた多大な愛情と恩を思い出す。ラービヤーは既に死んでしまっていたが、亡き父親にしてやれなかった親孝行をレヘマトに対して行うかのように、ミニーは自身をラービヤーに見立て、レヘマトを抱きしめる。

 映画が人々を結びつけるという筋書きは、「ニュー・シネマ・パラダイス」(1988年)をはじめ、古今東西で好んで作られている。世界中のどこでも、映画を作っている人は十中八九映画好きであり、映画が世の中の何かに役立つというストーリーは、それだけで嬉しくなってしまうものだ。「Bioscopewala」も、主にビオスコープという特殊な形ではあるが、映画が人々を結びつけるきっかけとなるストーリーであり、世界中の映画好きに歓迎されそうだ。

 主演のギーターンジャリ・ターパーは、スィッキム州生まれのモデル出身女優で、「Monsoon Shootout」(2013年)や「Liar’s Dice」(2014年)など、映画祭向け映画に主に出演している。ミニーのキャラに入り込んだ演技をしており、優れた俳優であることが分かる。そういえば、レヘマト・カーンを演じたダニー・デンゾンパもスィッキム州出身であり、スィッキム人俳優が揃った変わった映画になっている。もちろん、彼の演技も素晴らしかった。

 挿入歌は、グルザール作詞、サンデーシュ・シャーンディリヤー作曲のタイトル曲「Bioscopewala」しかないが、これがまた牧歌的な雰囲気を醸し出していていい曲だった。この曲が流れてくると、古き良き子供時代が思い出されてくるかのようだ。

 映画の中ではミニーがアフガーニスターンを訪れるが、おそらくはインドのラダック地方で撮影されたものだろう。

 「Bioscopewala」は、タゴール作の短編小説「Kabuliwala」を原作として、1990年代から2010年代の現代インドとアフガーニスターンを舞台に、父と娘の絆を歌い上げた感動的な映画である。東京国際映画祭で上映されただけのことはあり、必見の映画といえる。