2014年4月11日公開の「Bhoothnath Returns」は、その題名の通り、「Bhoothnath」(2008年)の続編である。インドの続編映画はストーリー上のつながりがないことが多いのだが、この「Bhoothnath」シリーズについてはきちんと前作の後日譚となっている。ただ、前作がコメディー風味のホラー映画だったのに対し、本作はホラー映画要素はほとんど抜け落ち、その代わり社会派ドラマに様変わりしていた。
監督は「Chillar Party」(2011年)のニテーシュ・ティワーリー。前作のヴィヴェーク・シャルマーからバトンタッチしている。主役の幽霊ブートナートを演じるのは引き続きアミターブ・バッチャンで変わらず。さらに、シャールク・カーンも続投しているが、前作で重要な役割を果たしていたジューヒー・チャーウラーや子役アマン・スィッディーキーは今回は出演していない。他に、ボーマン・イーラーニー、子役パルト・ボーレーラーオ、ウシャー・ジャーダヴ、サンジャイ・ミシュラー、ブリジェーンドラ・カーラー、クルシュ・デーブー、ガジラージ・ラーオなどが出演している。また、ランビール・カプール、アヌラーグ・カシヤプ、ヨー・ヨー・ハニー・スィンが特別出演しており、前作に引き続き豪華な俳優陣になっている。
前作で解脱が得られたブートナート(アミターブ・バッチャン)は、インド人の幽霊が集まるブートワールドに着く。そこでは、子供に手玉に取られた情けない幽霊として扱われてしまう。そしてブートナートは、人を怖がらせるためにもう一度人間界に戻される。 ムンバイーのスラム街ダーラーヴィーに降り立ったブートナートは、スラムでたくましく生き抜く少年アクロート(パルト・ボーレーラーオ)と友達になる。ブートナートとアクロートは、建物に取り憑いた幽霊の問題を解決することで解脱させる仕事を始めるが、その中で、ダーラーヴィー選挙区選出の下院議員バーウー(ボーマン・イーラーニー)の悪事を目の当たりにする。そこでブートナートは、アクロートの勧めに従い、バーウーの対立候補として選挙に出馬することを決める。弁護士ラッラン(ブリジェーンドラ・カーラー)の見立てでは、死人が立候補してはいけないという法律はなかった。 幽霊が立候補したことは大きな話題となる。ブートナートは幽霊の力を使ってダーラーヴィーの問題を解決し始め、有権者から支持を集め始める。バーウーはそれを封じるために、幽霊の力を使わずに正々堂々と戦うように訴える。ブートナートは受けて立つ。 また、法律では有権者でないと立候補できないことになっていた。ブートナートに投票権はなく、彼の出馬に異議が唱えられた。しかし、そこに前作に登場した友人バンクーの父親アーディティヤ(シャールク・カーン)が現れ、ブートナートの死亡証明書が発行されていないこと、そして彼の名前が有権者リストに登録され続けており、前の選挙で投票も行われていることが知らされる。これらの証拠を根拠に、ブートナートの立候補が認められる。 ブートナートは、投票をしない有権者がいることを問題視し、有権者カードの作成を市民に呼び掛ける運動を行う。敗色が濃厚になってきたバーウーは手下にアクロートを襲わせてブートナートの選出を妨害しようとする。ブートナートはブートワールドに戻り、そこで役人(ガジラージ・ラーオ)にアクロートの命を助けるようにお願いする。もし選挙に勝てばアクロートの命は助かることになった。 投票が行われ、開票の結果、ブートナートは勝利し、アクロートの命も助かる。
前作は大人も楽しめる子供向け映画だったが、今回は監督が変わったこともあってか、かなり違った味付けの映画になっていた。犯罪者が政治家になって汚職に手を染めるインドの現状を鋭く批判しており、2011年にアンナー・ハザーレーによって主導された汚職撲滅運動の影響を見出すことができる。また、その解決策もキチンと提示していた。それは、投票をすることである。よって、選挙権を持つ有権者向けの映画になっており、子供向け映画の要素はかなり薄い。それでも、幽霊映画を、投票啓発映画にしてしまうところに、ニテーシュ・ティワーリーの類い稀なセンスを感じる。
インドは世界最大の民主主義国と呼ばれ、総選挙が行われると、有権者数は毎回世界記録を更新している。だが、民主主義の負の側面も如実に表れている国であり、民主主義が人々を分断し、政治を遅滞させ、汚職の温床にもなっている。前科者が立候補して政治家になっているのは周知の事実であるが、「Bhoothnath Returns」ではさらに問題の本質に切り込んでいた。それは、有権者が投票に行かないという問題である。
映画で説明されていたところでは、インドでは有権者の半分が投票に行かず、残った半分の内の過半数の支持を受けた立候補者が勝利する仕組みになっている。投票率が低ければ低いほど組織票を持った立候補者に有利になるのだが、得てしてそういう政治家は腐敗しており、誠実な立候補者の勝利を阻害することになる。よって、社会を変えるためには、誰に投票するかはさておき、投票をすることが大事であると主張されていた。
とはいっても、インドでは基本的に政治に対する国民の関心は高く、総選挙の投票率は6割を越えている。日本は5割前後なので、一般的にインドの方が投票率が高いといえる。それでも、投票率は100%に近い方がより正確に民意を反映するため、さらなる投票率の上昇が求められる。
また、インドでは有権者カード(Voter ID)があり、これがないと投票ができない。有権者の中には有権者カードを作成していない人もいるようだ。映画の中では、有権者カードを提示しないと買い物などができないようにする運動が行われていた。
日本人にとってショッキングなのは、死人が投票を行っていることである。死んだ人の投票権を不正に取得して特定の政治家への投票に利用する行為が横行している。ブートナートも、息子が役人に賄賂を渡さなかったために死亡証明書が発行されておらず、彼の投票権は何者かに利用されていた。だが、この汚職がブートナートにとって朗報となったのである。
それにしても、幽霊が選挙に出馬するという突拍子もないアイデアには度肝を抜かれた。しかも、法律上は問題がないという。一旦、有権者でないと立候補できないという規則によってブートナートの立候補は却下されるかに思えたが、彼の死後も不正に投票が行われていたことで、一転して彼の立候補は認められることになった。生きている人間よりも死んだ人間の方が有権者の支持を集める筋書きは、現代インドの政治に対する痛烈な皮肉である。
前作は死生観に混乱が見られたが、本作では死後の世界がだいぶ明瞭になっていたのが面白かった。人は死ぬとまずブートワールドに行く。このブートワールドにはインド人の魂しか見当たらず、国ごとにワールドがあるようである。ブートワールドの役所は、インドの役所と同様の、膠着した官僚主義で運営されている。この役所で来世への生まれ変わりの申請をするのだが、人間に生まれ変わろうと思ったら長く待たなければならない。蚊や蝿などの虫に生まれ変わりたければ待ち時間はない。
前作に引き続きアミターブ・バッチャンは怖くない幽霊ブートナートをコミカルに演じていた。既に70歳を越えているが、精力的にダンスも踊っており、頭が下がる思いである。子役のパルト・ボーレーラーオも、前作のアマン・スィッディーキー以上に見事な演技だった。悪役のボーマン・イーラーニー、アクロートの母親役ウシャー・ジャーダヴなども好演していた。
特別出演が豪華なのも「Bhoothnath」シリーズの特徴だ。前作はシャールク・カーンだったが、本作ではシャールクに加え、ランビール・カプール、アヌラーグ・カシヤプ、そしてエンドロールのダンスシーン「Party with the Bhoothnath」でラッパーのヨー・ヨー・ハニー・スィンが出演していた。
ちなみに、前作はブートナートが幽霊パワーを使ってバンクー少年を助ける様子が「ドラえもん」を思わせたが、本作ではブートナートがアクロート少年の声となってしゃべっており、「名探偵コナン」に似ていた。劇中では「ドラえもん」や「ポケモン」などのアニメについての言及もあり、アニメに影響を受けたインド映画の一本といってもいいかもしれない。
「Bhoothnath Returns」は、アミターブ・バッチャンが幽霊を演じる「Bhoothnath」シリーズの第2作である。コメディータッチのホラー映画として始まったこのシリーズであるが、ニテーシュ・ティワーリー監督にバトンタッチした本作では、コミカルな雰囲気はそのままに、より社会的メッセージの込められた有意義な作品に発展した。汚職撲滅推進映画の一本にも数えることができる。