Bhoothnath

4.0
Bhoothnath

 ヒンディー語映画界で本格的にホラー映画の製作が始まったのは「Raaz」(2002年)からであったが、しばらくは映像と音で無理矢理観客を驚かせるタイプの原始的なホラー映画が量産されていた。様々な娯楽要素を一本の映画に詰め込み、歌とダンスも織り込むインド映画のフォーマットとホラー映画の相性が悪かったことも一因である。だが、徐々にホラー映画をインド映画的に料理する方法が確立されてきた。「Bhool Bhulaiyaa」(2007年)や「Om Shanti Om」(2007年/邦題:恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム)などはインド映画として完成度の高いホラー映画の代表例である。

 2008年5月9日公開の「Bhoothnath」も、基本的にはホラー映画だが、コメディータッチのファミリードラマに仕上げた、インド映画的ホラー映画の傑作である。アイルランド人作家オスカー・ワイルド著「The Canterville Ghost」(1887年)を原作としている。

 監督は新人のヴィヴェーク・シャルマー。主演となる幽霊ブートナートを演じるのはアミターブ・バッチャン。他に、シャールク・カーン、ジューヒー・チャーウラー、アマン・スィッディーキー、プリヤーンシュ・チャタルジー、サティーシュ・シャー、ラージパール・ヤーダヴ、ニーナー・クルカルニー、ディルナーズ・ポールなどが出演している。

 クルーズ船の船員アーディティヤ・シャルマー(シャールク・カーン)、妻のアンジャリ(ジューヒー・チャーウラー)、そして一人息子のバンクー(アマン・スィッディーキー)はゴア州に引っ越し、会社が用意した「ナート・ヴィラ」と呼ばれる邸宅に住み始める。だが、この建物はお化け屋敷として地元では有名だった。

 引っ越し早々アーディティヤは仕事のためクルーズ船に乗り込んで行ってしまい、ナート・ヴィラにはアンジャリとバンクーが残った。バンクーはそこでブート・ヴィラに取り憑いた幽霊ブートナート(アミターブ・バッチャン)と出会う。だが、バンクーはブートナートをお化けではなく天使だと考え、友達になる。自分を全く怖がらないバンクーを見てブートナートは面食らうが、やがてバンクーを可愛がり出す。

 ブートナートの正体は、ナート・ヴィラを建てたカイラーシュ・ナートであった。カイラーシュと妻ニルマラー(ニーナー・クルカルニー)の間にはヴィジャイ(プリヤーンシュ・チャタルジー)という息子がいたが、ヴィジャイは米国に留学し、そのまま居着いてしまって帰って来なかった。息子の帰りを待ちわびたニルマラーは死んでしまう。葬式の日にやっとやって来たヴィジャイは、ナート・ヴィラを売り払ってカイラーシュを米国に連れて行こうとするが、カイラーシュはそれを拒否する。ヴィジャイが去るとき、カイラーシュは階段から足を滑らせて頭を打ち、死んでしまう。そしてそのまま幽霊となってナート・ヴィラに住み着いていたのだった。

 ヴィジャイが、ナート・ヴィラを取り壊し、土地を売却するためにゴアに来ていた。ゴアに戻ったアーディティヤは、アンジャリとバンクーからブートナートの話を聞き、シュラーッド(供養)を行うことを決める。そしてヴィジャイを招待する。ヴィジャイは最初拒絶するが、儀式の日、ナート・ヴィラを訪れる。そして父親の解脱を祈る。こうしてブートナートの魂は解脱したが、ブートナートがいなくなったのを知って悲しがるバンクーのところに密かに戻ってくる。

 主に小学校2年生のバンクーの視点から、ナート・ヴィラに住み着いた地縛霊ブートナートとの交流が描かれるため、基本的には子供向け映画の体裁である。だが、シャールク・カーン、ジューヒー・チャーウラー、そしてアミターブ・バッチャンといったヒンディー語映画界を代表するスター俳優たちが揃っており、非常に豪華なキャスティングになっている。また、インド映画らしく家族の絆を主軸にしたストーリーで、心温まる感動ドラマに仕上がっている。ホラー映画っぽいのは導入部のみで、その後はコミカルな雰囲気が主体となり、どちらかといえばスーパーパワーを持った友達を持つ小学生を主人公にした「ドラえもん」的な映画だ。

 物語のポイントとなるのは、バンクーが賢く、しかも純粋な子供である点だ。彼は母親から「幽霊などいない」と言われ、幽霊はいないと信じ、しかも「天使はいる」と聞いたため、天使の存在を信じていた。ブートナートはバンクーを怖がらせようと努力するのだが、彼のことを天使と考えるバンクーには通用しなかった。逆に、バンクーの策略にはまって家の掃除を手伝うことになったりする。ブートナートの悪戯のせいでバンクーが階段から落ちて怪我をしたことをきっかけに、彼はバンクーのことを親友と考え始める。

 また、子供向け映画らしく、教訓も読み取れる映画になっていた。「Bhoothnath」がもっとも強調する教訓が「許すこと」である。バンクーとの別れを悟ったブートナートはバンクーにいくつかの言い付けをするのだが、その中に他人を許すことの大切さがあった。それを聞いたバンクーはブートナートに、「なぜ息子を許さないのか」と聞く。ブートナートは息子のヴィジャイとナート・ヴィラを巡って対立しており、彼を許そうとしていなかった。だが、バンクーのその純粋な問い掛けを聞いたブートナートは、言い返すことができなかった。翌日、ブートナートの供養をするシュラーッドの儀式が行われると、ヴィジャイが父親の解脱を祈った。それを聞いたブートナートは心を洗われ、解脱していく。

 インドのホラー映画にありがちなのだが、死生観はごちゃ混ぜになっている。一体、人は死んだ後、輪廻転生するのか、天国に行くのか、星になるのか、この映画を観ただけではインド人は実際のところどう考えているのか、混乱してしまう。一応、シャルマー家はヒンドゥー教徒であり、シュラーッドという儀式自体もヒンドゥー教のものである。だが、ゴア州は元々ポルトガル領でキリスト教の影響の強い土地であり、西洋的なホラー映画が作られるときはよく舞台に選ばれる。そして「Bhoothnath」の中では、死んだ人が星になるという死生観がよく語られていた。だが、結局は日本人と同じで死後どうなるかは誰にも分からないため、こういうものだと捉えるしかない。

 バンクーを演じた子役俳優アマン・スィッディーキーは好演していたし、アミターブ・バッチャンやジューヒー・チャーウラーもリラックスした演技を見せていた。シャールク・カーンは特別出演扱いになっているものの、彼の登場シーンは少なくなく、しかも重要な役回りを演じる。プリヤーンシュ・チャタルジーがヴィジャイ役に起用されたのは、顔の作りがアミターブ・バッチャンに似ているからであろうか。

 ちなみに、バンクーがゴアの学校に転校したときに始まるダンスシーン「Hum To Hain Aandhi」は、シャールク・カーン主演「Josh」(2000年)の「Sailaru Sailare」をイメージしていると思われる。

 「Bhoothnath」は、ホラー映画を一ジャンルとして確立したインド映画が、インド娯楽映画のフォーマットにホラー映画を取り込む過程で行き着いたひとつの到達点である。ホラー映画にコメディーやファミリードラマの要素を織り込み、子供から大人までが楽しめる良質のファミリーエンターテイメントに仕上がっている。続編にも期待したい。

過去の映画評

 現在インドではクリケットリーグのIPL(インディアンプレミアリーグ)が開催中である。クリケットの大きな試合がある期間は伝統的に駄作映画のダンピング期間となり、良作のインド映画は公開されにくい。現在あまりいい映画が公開されていないのはそのためである。一応先月末に期待作「Tashan」が公開されたが、これは興行的に沈没してしまった。本日(2008年5月9日)から公開の「Bhoothnath」は、一見すると安っぽい子供向けのホラー映画で、やはりダンピング期間だからこそ封切られた映画だと思われた。だが、アミターブ・バッチャン、シャールク・カーン、ジューヒー・チャーウラーなど、俳優陣はとても豪華であり、一定の期待が持てたために映画館に足を運んだ。

監督:ヴィヴェーク・シャルマー
制作:ラヴィ・チョープラー
音楽:ヴィシャール・シェーカル
歌詞:ジャーヴェード・アクタル
振付:レモ、ヴァイバヴィー・マーチャント
出演:アミターブ・バッチャン、ジューヒー・チャーウラー、サティーシュ・シャー、ラージパール・ヤーダヴ、アマン・スィッディーキー、テージャス、アーシーシュ・チャウダリー、プリヤーンシュ・チャタルジー、シャールク・カーン(特別出演)
備考:PVRプリヤーで鑑賞。

 7歳のやんちゃな男の子アマン・シャルマー(アマン・スィッディーキー)、通称バンクーは、両親(シャールク・カーンとジューヒー・チャーウラー)と共にゴアの古い屋敷ナートヴィラへ引っ越して来た。クルーズ船で働く父親は、すぐに仕事へ行ってしまい、バンクーと母親は二人で住み始める。だが、地元の人々の話では、この屋敷にはお化けが住んでいると言う話であった。バンクーは最初怖がるが、母親は「お化けなんていないのよ。でも天使はいるのよ」と教える。また、母親は屋敷に住み着いていた酔っ払いのアントニー(ラージパール・ヤーダヴ)を見つけ、お化けの正体を見破ったと得意気になる。また、バンクーは地元の小学校に通い出すが、クラスメイトのジョジョ(テージャス)とすぐにライバル関係となり、校長(サティーシュ・シャー)から睨まれる存在となる。

 ある晩、バンクーがアイスクリームを食べに台所へ行くと、ボロボロの衣服を身にまとった長身の男(アミターブ・バッチャン)が現れる。男は最初自分のことを「ブート(お化け)」と名乗り、後で本名を「ナート」と名乗ったので、バンクーは彼をブートナートと呼ぶようになる。バンクーは母親からお化けなんていないと聞いていたので、ブートナートのことを天使だと思い、親しげに語りかける。ブートナートは自分を怖がらない少年を見て驚き、お化けとして自信を失う。

 その夜からバンクーとブートナートのおかしな関係が始まった。ブートナートは何とかバンクーを怖がらせようとするが、バンクーはブートナートに家の掃除をさせたりしてからかう。バンクーが階段から落ちて怪我を負ったことをきっかけにブートナートはバンクーと友情を交わすようになり、よき遊び相手かつよき相談役になる。最初はバンクーの行動は周囲の人々から奇行と見られていたが、やがてバンクーの両親もブートナートの存在を信じるようになる。

 あるときブートナートは身の上話を始める。ブートナートの本名はカイラーシュ・ナートであった。カイラーシュ・ナートはこのナートヴィラに妻と一人息子(プリヤーンシュ・チャタルジー)と共に住んでいた。彼は息子を米国に留学させるが、息子はそこに住み着いてしまい、帰って来なかった。妻は息子の帰りをずっと待ち侘びていたが、遂に死んでしまった。妻の葬式に息子は帰って来るが、そのとき息子はナートヴィラを売り払ってカイラーシュ・ナートを米国へ連れて行こうとする。カイラーシュ・ナートはそれを拒否し、息子も米国へ去って行ってしまう。だが、そのときカイラーシュ・ナートは階段から足を滑らせて頭を打ち、死んでしまう。そのときから彼は幽霊となってこの屋敷に住み着いていた。

 だが、その息子が再びゴアに来ていた。ナートヴィラを売却するためだった。父親は、ブートナートを成仏させる儀式を行うため、息子に会いに行く。インドでは父親の葬式は息子が行う習慣になっていた。だが、息子はそれを拒否する。また、息子を決して許そうとしないブートナートを見て、バンクーは「僕には許すことが大事だと言っていたのに、なんで自分の息子のことは許さないの?」と問い掛ける。ブートナートは空を見上げる。だが、バンクーには成仏がどういうことかよく分かっていなかった。

 ブートナート成仏の儀式が始まった。最初はバンクーがその儀式を行ったが、途中で息子がやって来たため、彼に代わる。その儀式を経てブートナートは成仏してしまう。バンクーはブートナートが消えてしまったことを悲しむが、次の日、ブートナートはひょっこり姿を現す。一旦は成仏したブートナートだったが、バンクーのために戻って来たのだった。

 子供向け映画は現在のヒンディー語映画のトレンドのひとつである。子供向けアニメ映画「Hanuman」(2005年)の成功を受け、数々の子供向け映画が、実写・アニメ共に作られるようになった。おそらく制作者や映画館にとって子供向け映画はおいしい商品なのだろう。子供は経済の原動力のひとつである。子供のためにいくらでも金を使う親はインドにも少なくない。さらに、子供単体で映画館に来ることはなく、家族揃っての鑑賞が主となるため、通常の映画に比べて動員数が数割増しになることが期待される。ちなみにインドの映画館に子供料金はない。また、特にシネコンでは館内のスナックバーで儲けを出しているものだが、食欲と好奇心が旺盛な子供が多ければ多いほど飲食物の売上アップも期待できる。さらに、子供向け映画の上映時間は一般に2時間ぐらいであり、上映時間3時間の一般のインド映画に比べて回転がよく、映画館にとってチケットを多くさばける都合のいいコンテンツになる。

 一方、ホラー映画はヒンディー語映画界においてすっかり定着したジャンルとなった。現在のヒンディー語映画界におけるホラー映画トレンドの直接の発端は「Raaz」(2002年)の大ヒットだった。だが、インド映画の特徴であるミュージカルや、ラサ(情感)の多様性と、ホラー映画の本質である「恐怖」の折り合いが難しく、しばらく試行錯誤の時代が続いた。数々のホラー映画が作られ、その多くは失敗作に終わった。だが、インド映画とホラー映画の融合は遂に「Bhool Bhulaiyaa」(2007年)や「Om Shanti Om」(2007年)において一定の完成を見た。インド映画的ホラー映画は、今もっとも旬なジャンルである。

 「Bhoothnath」も、てっきりそれらのトレンドに乗っかった作品だと考えていた。だが、実際には子供だけでなく全年齢の人々が楽しめる優れた娯楽映画になっていたし、お化けの映画なのでホラー映画だと思いきや、むしろ笑いと感動に重点を置いた作品となっていたのも驚きだった。しかも、子供の情操教育に役立つような道徳映画としても十分完成されていた。インド映画の特徴を保持しながら、子供向け映画とホラー映画を上手に融合し、しかも万人が楽しめる笑いと感動に溢れた作品にまとめたことが、「Bhoothnath」の最大の美点である。

 ただ、ヴィヴェーク・シャルマー監督は新人監督であるためか、所々で未熟さも見られた。特にブートナート登場シーンは、もう少し溜めが欲しかった。幽霊映画で初めて幽霊が姿を現すシーンは、監督の腕の見せ所である。なるべく溜めて溜めてこれ以上にないほど溜めたところでグァッと行かないと、ホラー映画としては失格だ。子供向け映画ということで、意図的にあまり怖くしなかったのかもしれないが、あまりにスムーズにブートナートが登場してしまったので、多少拍子抜けであった。

 カイラーシュ・ナートとその息子の関係は、映画の感動ポイントのひとつである。良かれと思って米国へ留学させたが、そのままそこに住み着いてしまって全く帰って来ない息子を思う両親の姿は、もしかしたら現代のインドでよくある光景なのかもしれない。カイラーシュ・ナートは、最後で成仏の儀式によって天に召されて行くが、儀式を通してではなくむしろ、息子の涙ながらの「お父さん、許して下さい!」という言葉によって成仏したように見えた。映画の大きなテーマは「許し」であった。人を許すことの大きさが訴えられていた。

 最後で一度成仏したブートナートが再び帰って来るのは、ハッピーエンドを基本とするインド映画の習慣に合わせたのだろうか?インド初SF映画「Koi… Mil Gaya」(2003年)の終わりとも似ていた。映画の終わらせ方に、日本人とインド人の美意識の極端な違いを感じる。また、「To be continued…」と書かれていたので、続編の予定もあるのだろう。

 アミターブ・バッチャンは今までのキャリアの中で初めて幽霊役に挑戦したと言う。お化けにしては無力で感情的で悪戯好きだったが、バンクーと心を通わせて行く中で次第に柔らかくなって行く姿をよく表現できていた。ジューヒー・チャーウラーは近年の演技の中ではベストである。復帰後の彼女の演技はドン臭いものが多かったのだが、「Bhoothnath」で本来の良さが出せていた。シャールク・カーンは特別出演扱いだが、登場時間は長く、重要なキャストの一人であった。他の映画に比べて老けて見えたが、貫禄の演技であった。

 主人公バンクーを演じた子役俳優アマン・スィッディーキーはとても良かった。最近のヒンディー語映画では、いい子役がたくさん登場しており、安心できる。ただ、バンクーのライバル、ジョジョを演じたテージャスと顔が似ており、区別するのが難しかった。

 音楽はヴィシャール・シェーカル。子供たちがギャングのような格好をして踊る「Hum To Hain Andhi」、アミターブ・バッチャンとジューヒー・チャーウラーのデュエット「Chalo Jaane Do」などが面白かったが、サントラCDを買うほどのものではない。

 ゴアが舞台になっていただけあり、ゴアのいろいろな名所でロケが行われていた。フォート・アグアダ、チャポラ・フォートなどが特定できた。

 「Bhoothnath」は、ただの子供向け映画ではなく、笑いあり、涙ありの典型的なインド娯楽映画となっており、全ての人々にオススメできる良質の作品である。何気に豪華なスターが出演しているのも見所だ。