東京外国語大学のインド人客員教授ラーム・P・ドゥイヴェーディー氏が2014年1月25日に、2013年8月30日に公開されたヒンディー語映画「Satyagraha」について講演をするとの告知を受け取った。ちょうど翌日の26日に僕自身が渋谷でヒンディー語映画について講演を行う予定であり、タイミングがいいので、参加しようと思っている。そのためには「Satyagraha」を観ておかなければならない。幸い、最近インドを往復した日本在住のインド人が僕のために「Satyagraha」のDVDを買って来てくれていた。未見のDVDが溜まっていて徐々に観て行かなければならないのだが、この映画を最優先で鑑賞した。
題名となっている「サティヤーグラハ」とは、インド独立の父マハートマー・ガーンディーが使い出した言葉で、「真理の主張」という意味だ。南アフリカに住んでいた若きガーンディーが人種差別と闘うために使い出し、その後インドに戻ったガーンディーが引き続き使用して、インド独立運動における強力なスローガンとなった。サティヤーグラハは、暴力を使わずに敵と立ち向かい、相手の改心を促してこちらの要望や主張を認めさせる方法論の総称であり、インド独立の原動力となったと同時に、世界各国の人権運動に大きな影響を与えた。
ただ、映画「Satyagraha」はマハートマー・ガーンディーの思想や運動を取り上げた作品ではない。モデルとなっているのは、「現代のガーンディー」と呼ばれる社会活動家アンナー・ハザーレーと、彼を支えたチーム・アンナーたちの運動である。アンナー・ハザーレーは元々マハーラーシュトラ州で禁酒運動などに取り組んでいたガーンディー主義活動家だが、2011年にデリーにおいて、政治家や官僚の汚職をチェックするインド版オンブズマン制度「ジャン・ロークパール」の制定を求めてハンガー・ストライキなどを行い、彼の名はたちまちの内に全国に知れ渡った。「Satyagraha」は、ダイレクトに彼のジャン・ロークパール運動を映画化したものではないが、各登場人物はチーム・アンナーの顔ぶれを容易に想起させる。
「Satyagraha」の監督はプラカーシュ・ジャー。「Raajneeti」(2010年)や「Chakravyuh」(2012年)など、ハードボイルドな政治映画を作ることで知られる、非常に作家性の高い映画監督である。音楽はサリーム・スライマーンなど。作詞はプラスーン・ジョーシー。アミターブ・バッチャン、アジャイ・デーヴガン、カリーナー・カプール、アルジュン・ラームパール、マノージ・バージペーイー、アムリター・ラーオなどが主要な役を演じている。いろいろと述べたいことがある映画だったので、以下詳しくあらすじを書く。
映画の舞台となっているのはアンビカープルという架空の小都市である。どの州に属するかは特に明示されていなかったが、州政府は複数の政党の連立によって成り立っているとされていた。北インドの都市と考えて間違いないだろう。映画の開始と同時にまず、建設中のフライオーバー(高架橋)が崩落して作業員が数名死亡するという事件が起きる。これは、デリーメトロ建設中の事故がモデルになっていると思われる。デリー・メトロは建設中にいくつかの事故を起こしているのだが、2009年7月12日にザムルードプル付近のヴァイオレットラインを支える橋脚が崩壊して橋桁が落下するという事故がもっとも大きなものであった。 映画のあらすじに戻る。州政府の技師アキレーシュ(インドラニール・セーングプター)はこのフライオーバーの設計を担当しており、事故の調査に奔走する。だが、多忙な生活の中で彼はトラックに轢かれて死んでしまう。アンビカープル選出議員で州内務大臣のバルラーム(マノージ・バージペーイー)は、職務中に死亡した優秀な技師アキレーシュの遺族のために250万ルピーの補償金を発表する。 アキレーシュの妻スミトラー(アムリター・ラーオ)は補償金を手に入れるために県庁(ディストリクト・コレクターズ・オフィス)に通うが、役人からの贈賄の申し出を拒否していたために、いつまで経っても門前払いを喰らっていた。県庁には、同じように陳情を抱えながらも多額の賄賂を要求されて困窮する市民たちでごった返していた。故アキレーシュの父親でスミトラーの義父ドワールカー・アーナンド、通称ダードゥー(アミターブ・バッチャン)は正義感溢れる教師で、賄賂を要求する腐った役人に激怒し、県庁に乗り込む。そして県徴税官を平手打ちする。 ダードゥーはその場で逮捕され、警察署に拘留される。まず、彼を助けにやって来たのは、かつての彼の教え子アルジュン・スィン(アルジュン・ラームパール)であった。彼は乱暴を働いて放校となっており、その後は地元の若者たちの頭役のようなことをしていた。ダードゥーはアルジュンのことをよく覚えており、彼の助けを拒否する。 次にやって来たのはマーナヴ・ラーグヴェーンドラ(アジャイ・デーヴガン)であった。マーナヴは故アキレーシュの親友で、アメリカ留学から帰国後の現在は大手通信企業の社長をしていた。マーナヴもダードゥーから援助を拒否されるものの、街頭に立ってダードゥーの釈放を訴えかけた。マーナヴは、アルジュンに人集めを頼み、知己のジャーナリスト、ヤスミーン・アハマド(カリーナー・カプール)にもこの事件を報道してもらう。おかげでダードゥー釈放運動は大規模なものとなり、バルラームの介入もあって、ダードゥーは釈放される。また、バルラームは補償金も提供する。ところが、ダードゥーは補償金の受け取りを拒否し、30日以内に県庁で未決や懸案となっている陳情を全て処理するように要求する。 しかし、いくつの陳情が未決や懸案状態となっているか、誰も分からなかった。それを調査するために、マーナヴは県内の各郡にブースを設け、市民たちから聴き取り調査を行う。そして、ダードゥーは公衆の面前で数万件の未解決案件を政府に突き付ける。焦ったバルラームは武装警官を差し向け、ダードゥーの集会を力づくで粉砕する。また、バルラームはマーナヴが汚職政治家たちと癒着した企業家であることをマスコミに流す。批判の的にさらされたマーナヴは社長を辞任し、全財産を株主に分配する。ダードゥーはマーナヴの運動への再参加を許す。マーナヴとヤスミーンは一夜を共にする。 また、マーナヴはアキレーシュがたまたま交通事故で死んだのではなく、殺されたという事実を突き止める。フライオーバー崩落事故の裏には、州政府の複数の大臣が関与する汚職があり、アキレーシュはそのスケープゴートにされたのだった。そしてアキレーシュ殺害の実行犯が、バルラーム内相の弟であった。ダードゥーの怒りは頂点に達する。ちなみに、この、インフラ建設プロジェクトに関する汚職を暴こうとした技師が暗殺されるという筋書きは、2003年にビハール州で起こったサティエーンドラ・ドゥーベー事件をモデルにしていると思われる。インド中央ハイウェイ協会(NHAI)の技師だったドゥーベーは黄金の四角形計画に関する汚職を告発するが、2003年11月27日に遺体で発見される。単なる散発的な強盗殺人事件の可能性もあるが、マフィアによる組織的な暗殺の可能性も取り沙汰された。 再びあらすじに戻る。ダードゥーは「ジャン・サティヤーグラハ運動」と銘打ち、県長官の即時罷免などを盛り込んだ条例を発布することを「命令」し、無期限ハンガー・ストライキを始める。ダードゥーのハンガー・ストライキ会場には大勢の支持者が集まる。だが、州政府からは反応がなく、ダードゥーは次第に弱って行った。マーナヴはバルラームと交渉するが、フライオーバー崩落事故とアキレーシュの関係を暴露すると脅される。マーナヴは交渉を打ち切る。また、マーナヴは独断で野党政治家ガウリー・シャンカル(ヴィピン・シャルマー)との協力を模索する。この行動がヤスミーンとの仲に亀裂を生じさせる。 そのとき、ジャン・サティヤーグラハ運動に参加していたラール・バハードゥルという青年が抗議の焼身自殺をする。これも実際の事件をベースにしている。パトナー在住のディネーシュ・ヤーダヴという青年が、ジャン・ロークパール運動中にガソリンをかぶって焼身自殺をしたのである。マーナヴは、参加者の怒りをなだめるために追悼行進を行うことを決断する。ヤスミーンはこの決断にも反対で、2人の反目は決定的となる。ヤスミーンの恐れていた通り、行進中に抗議者によって警官が撲殺される事件が発生し、武装警察による鎮圧を招く。混乱の中、ダードゥーはバルラームの手下に殺される。 実行犯の所持していた携帯にバルラームとの通話記録があり、バルラームは逃亡したものの逮捕される。群衆はバルラームの即時死刑を要求するが、マーナヴはそれを制止し、新党ジャン・サティヤーグラハ党の旗揚げを宣言する。
まず、映画の質であるが、率直に言えばプラカーシュ・ジャー監督の作品の中では失敗作に数えられるだろう。ストーリーが単調で緊迫感がなく、展開が非現実的で、登場人物同士の関係に有機性が欠けており、音楽にも力がない。劇中でもっとも重要なダードゥーの人物設定にすら失敗しており、彼の行動の一貫性や正当性、そして群衆を魅了するだけのカリスマ性など、疑問点が多い。クライマックスの展開も雑に描きすぎで、2時間半の上映時間に無理矢理押し込めてしまった感じだ。従来は重厚なストーリーが持ち味だったプラカーシュ・ジャー監督だが、あまりにこぢんまりとまとまり過ぎているように感じた。ただ、DVDで見たために過小評価をせざるを得なかったかもしれない。やはり映画館の大きなスクリーンで見なければ公平な評価はできないだろう。
今回議論したいのは、映画の質に関する部分ではなく、むしろこの映画の意義についてである。
「Satyagraha」がアンナー・ハザーレーによるジャン・ロークパール運動を下敷きにしていることは議論を待たないだろう。だが、意外にも史実に忠実な映画化にはなっておらず、フィクションの要素の方が強かった。舞台はデリーではないし、ダードゥーらが要求するのはジャン・ロークパール法案の可決でもない。アンナー・ハザーレーも逮捕されたことがあったが、別に役人を平手打ちにしたからではない。チーム・アンナーによる運動が血で血を洗う闘争になったことも今までない。実際の出来事をスケールダウンかつ矮小化して映画化しており、映画自体の完成度の低さがさらに目立つ結果となっている。
ただ、ダードゥーを支える人々の顔ぶれの何人かは、チーム・アンナーのメンバーと対応する。マーナヴはアルヴィンド・ケージュリーワール(現デリー州首相)であろうし、弁護士はプラシャーント・ブーシャンがモデルになっているだろう。中盤で警察官がダードゥーのチームに加わるが、これはキラン・ベーディーをイメージしていると思われる。劇中に出て来る街角のバーバー(狂人)はヨーガ王バーバー・ラームデーヴであろうか。しかしながら、ヤスミーンやスチトラーなどのモデルを探すのは困難である。
この中ではマーナヴの役割が非常に重要であった。パッと見ではダードゥーを支えるナンバー2であるが、映画の核心はむしろマーナヴにある。ダードゥーの死後、マーナヴはジャン・サティヤーグラハ党を立ち上げるが、これは完全にアルヴィンド・ケージュリーワールによる庶民党(AAP)旗揚げのカーボンコピーだ。ケージュリーワール州首相の手腕についてはまだ観察段階で何とも言えないが、ヒンディー語映画の流れの中でのマーナヴの行動は、大きな意味を持っている。
僕がヒンディー語映画を観始めて以来、ヒンディー語映画ではひとつの命題がずっと議論されて来ていることに気付いた。ヒンディー語映画ではよく「システム」という言葉が出て来る。政治、行政、司法、経済、社会、文化など、我々の生活を覆いこむ非常に広い意味での「構造」であり、インドではこのシステムが汚職と腐敗と欺瞞と傲慢にまみれている。そして、ヒンディー語映画ではこの「システム」の変革が目指される。その方法は大きく分けて2つある。システムの外からシステムを変えるか、システムの中からシステムを変えるか、である。
システムを外から変えようとする姿を描いた典型的な例は「Sarkar」(2005年)である。シヴセーナーの創立者バール・タークレーを緩やかにモデルとしたこの映画の冒頭には、「When a system fails, a power will rise」と宣言される。「システムが機能を失ったとき、パワーが台頭する」と訳すことができ、この「パワー」こそがシステムを外から変えようとする力である。腐敗したシステムを変えるには、そのシステムの外から超法規的な力を用いなければならないことが主張されていた。
一方、同じ2005年には「Page 3」という映画があった。セレブたちを取材する女性ジャーナリストを主人公としたこの映画の中では、「システムを変えたいと思ったら、システムの中に入って、内側から変えなければならない」という台詞が出て来る。システムは、腐敗していればしているほど、外側から変えようと思っても変わるものではない。システムの内側に入り、システムのルールに則って、システム自体を変革して行く道が示された。
2005年にこの2つの方法論が示されて以来、ヒンディー語映画では様々な形でシステムとの闘いが描かれて来たと言っていい。ただ、話はもっと複雑になる。2006年に公開された「Rang De Basanti」では、国防相の暗殺や武装蜂起が描かれ、一見するとシステムの外側からの革命を主張しているように見えるが、ラジオ局占拠後のメッセージを聞くと、若者たちに対してシステムの中に入ってシステムを変革することが促されている。「Rang De Basanti」の重要なメッセージは、暴力ではシステムは変わらなかったということであり、誠意と熱意を持った若者たちがシステムを内側から変えるべきだと主張されていたと受け止めるべきであろう。2012年の「Department」も似たような構成であった。ムンバイー警察の中に秘密裏に設置された、超法規的に犯罪を取り締まる部署を題材にした映画であり、やはり一見するとシステムの外からシステムの改革を行う道筋が示されているように見える。だが、この映画で主張されていたのは、むしろ、自分はシステムの外にいると思っても、さらに巨大なシステムの中にいるだけである、ということであり、結局は内側からシステムを変えて行かなければならない、ということであった。
2010年の「Rakht Charitra」は逆になる。主人公プラタープは、政争に巻き込まれて殺された父親や兄の仇を討つためにシステムの外側から暗殺を繰り返すが、政情の変化により、選挙に立候補することになってシステムの内側に入る。だが、彼もまた血みどろの復讐劇の中に巻き込まれて行き、結局は腐敗したシステムの一部となって行く。この映画からは、腐敗したシステムの内側に入った者は腐敗するというメッセージを読み取ることができる。
他にも、テロリストやナクサライトに同情的な立場の映画は、システムの外側からシステムを変える方法論を、完全にではないにしても、支持していると言っていいだろう。
このように、ヒンディー語映画ではシステムを変えるにはシステムの外側から変えるべきなのか、システムの内側から変えるべきなのかの議論が、作品を通じて提示されて来たと言える。「Satyagraha」はその流れの中で最新の成果である。「Satyagraha」では、まず群衆を動員しての市民運動でシステムを変える努力がなされる。これはシステムの外側からシステムを変えようとする方法論のひとつであり、アンナー・ハザーレーによるジャン・ロークパール運動も同様であった。ところが、アルヴィンド・ケージュリーワールによる庶民党旗揚げと軌を一にする形で、「Satyagraha」でも政党の立ち上げが描かれ、システムの中からシステムを変える方向性が示される。
ヒンディー語映画では、上記のような議論が延々となされて来たものの、最終的にはシステムを尊重する方向で終息する傾向が強いと言える。それはもちろん娯楽映画の限界でもあるだろう。だが、一方でインドが独立以来クーデターなどの「システムの外からの革命」を伴わずに発展して来たこととも密接な関係を持っていると言える。「Satyagraha」は、映画としての質は残念であるが、このシステムを巡る議論の上では非常に意義のある作品だと評価できるだろう。