Lamhaa

2.5
Lamhaa
「Lamhaa」

 1947年の印パ分離独立以来、かつて「地上の楽園」と称されたカシュミール地方は、印パ間の紛争の火種となったり、政争の場となったりして来た。1989年以降、分離派による武力闘争が活発となり、駐屯するインド軍のカシュミール人弾圧も深刻化した。現在でもインド軍とカシュミール人の溝は深く、インド中央政府や駐留軍に対するデモや暴動が頻発している。複雑な背景を抱えたカシュミール問題はヒンディー語映画の題材となることも多く、「Roja」(1992年)、「Mission Kashmir」(2000年)、「Yahaan」(2005年)、「Fanaa」(2006年)、「Tahaan」(2008年)、「Sikandar」(2009年)などが作られている。本日(2010年7月16日)より公開の「Lamhaa」もカシュミール問題を題材にした映画だが、副題「The Untold Story of Kashmir(未だ語られなかったカシュミールのストーリー)」で示されている通り、今までのカシュミール映画とは一線を画した、より問題の深みに迫る内容となっている。監督はグジャラート暴動を題材にした「Parzania」(2005年)で注目を集めたラーフル・ドーラキヤー。サンジャイ・ダットやビパーシャー・バスが主演である。

監督:ラーフル・ドーラキヤー
制作:バンティー・ワーリヤー、ジャスプリート・スィン・ワーリヤー
音楽:ミトゥン
歌詞:サイード・カードリー
衣装:シャビーナー・カーン、ロッキーS、シェヘナーズ・ヴァハーンヴァティー
出演:サンジャイ・ダット、クナール・カプール、ビパーシャー・バス、アヌパム・ケール、シェールナーズ・パテール、ヤシュパール・シャルマー、ヴィピン・シャルマー、ラージェーシュ・ケーラー、ヴィシュワジート・プラダーン、ムラリー・シャルマー、デンジル・スミス、ジョーティ・ドーグラー、ユーリー・スーリー、エヘサーン・カーン、バニー・スィン、マヘーシュ・マーンジュレーカル
備考:PVRプリヤーで鑑賞。

 ジャンムー&カシュミール州では州議会選挙が近付いていた。パーキスターンの援助を受けた分離派が選挙の妨害のために何らかの大規模なテロを計画していることを察知した中央政府は、カシュミールに元コマンドーのヴィクラム(サンジャイ・ダット)を送り込む。ヴィクラムは、ジャーナリストのグル・ジャハーンギールと名乗って、旧友のピール・バーバー(マヘーシュ・マーンジュレーカル)の助けを借りながら、真相究明に乗り出す。

 カシュミール地方の主都シュリーナガルでは、カシュミール解放党(PKF)を率いる法学者ハージー(アヌパム・ケール)が絶大な影響力を持っていた。ハージーはパーキスターンの諜報機関ISIと密通しており、分離派を密かに支援する企業家ラウフ(ヤシュパール・シャルマー)らと緊密に連絡を取り合って、大規模テロを計画中だった。ハージーの養女アズィーザー(ビパーシャー・バス)もカシュミール独立を夢見る活動家だった。アズィーザーは、かつてハージーの同志だったマウルヴィーの娘で、マウルヴィーの死後ハージーが面倒を見ていた。だが、あまりに行動的であったため、ハージーやその妻バリー・ビー(ジョーティ・ドーグラー)と対立することもあった。また、ハージーの息子パルヴェーズ(ラージェーシュ・ケーラー)も野心的な男であった。

 ヴィクラムがシュリーナガルに到着した直後、ハージーと他のPKF政治家に対する自爆テロが発生するが、ハージーは難を逃れる。現場に居合わせたヴィクラムは、この自爆テロの黒幕を調査し出す。その過程で、同じく調査をしていたアズィーザーと出会う。ヴィクラムはアズィーザーの美しさに惹かれるが、アズィーザーにはアーティフ(クナール・カプール)という青年政治家の恋人がいた。アーティフはかつてPKFに所属していたが、ハージーとの意見対立から独立し、今回の選挙で立候補していた。ハージーは選挙ボイコットを呼びかけていたが、アーティフは立候補を続けるつもりだった。ハージーや他の分離派はアーティフの人気を恐れ、警察に彼を逮捕させて拷問を加える。だが、アーティフが拘留されたことでカシュミール人の間でますます人気を集めるようになり、結局アーティフは釈放される。

 一方、ヴィクラムは自爆テロの黒幕がパルヴェーズであることを突き止める。ヴィクラムはパルヴェーズをおびき出して暗殺しようとするが逃してしまう。パルヴェーズは地下に潜るが、分離派によって殺されてしまう。また、ヴィクラムとアズィーザーは協力してラウフに近付き、彼を殺す。だが、死に際にラウフが言った言葉はアズィーザーにとって衝撃的だった。実は彼女の父親マウルヴィーを殺したのはハージーであった。ハージーはパーキスターンの支援によりカシュミール分離を画策していたが、マウルヴィーはカシュミール人の支持を基盤にその目的を達成しようとしていた。その意見の対立がマウルヴィー暗殺の動機となったのだった。

 釈放されたアーティフは、過激派イスラーム教徒によってカシュミールを追い出されたカシュミーリー・パンディトが多く住むジャンムーでも選挙運動を行おうとしていた。だが、分離派はこの演説のときに爆弾を爆発させ、ジャンムーをも血みどろの戦いで染めようとする。分離派の最終的な目標はインド全土をカシュミールのような武力闘争に巻き込むことであった。それを察知したヴィクラムはコマンドーと共にアーティフの演説会場へ向かう。分離派は子供の体に爆弾を埋め込んで自爆テロを行わせようとしていた。ヴィクラムは何とか爆発寸前にそれを止める。

 一方、シュリーナガルではアズィーザーが記者会見を開き、マウルヴィーを殺したのはハージーであることを暴露する。これによりハージーは逮捕される。

 劇中で何度も「カシュミール=会社」ということが語られる。カスミールでは、親パーキスターン派、分離独立派、親インド派、政治家、宗教家、軍隊、警察、諜報部、テロリストなど、様々なステークホルダーが互いに争い合いながら活動しているが、彼らはカシュミール問題を餌にして利益を得る共同体を形成しており、裏ではつながっているという、かなり衝撃的な実態が暴かれていた。カシュミールで紛争が起こり続けているからこそ彼らは存在意義を維持し、何らかの形で多額の資金を回収することが可能となっている。そういうシステムが既に出来上がってしまっているため、誰も本心ではカシュミールの安定を望んでいないのである。軍人に賄賂を渡し、国境を一定時間開けてもらって、越境テロリストを呼び込むようなシーンもあった。「Lamhaa」がどの程度実態を反映しているのかは不明だが、もしそれが何らかの事実に基づいたものであるならば、カシュミール問題の解決は絶望的である。映画中ではアーティフという青年政治家を登場させ、そういう陰謀とは関係なくカシュミールの解放を訴えさせていたが、カシュミール問題によって利益を得ている者にとって彼のような実直な政治家は邪魔な存在であった。

 映画中には、実際にカシュミール地方で起こった事件をベースにしたと思われるシーンもいくつかあった。例えば2006年にカシュミールの政治家や警察官僚が売春組織運営に関与していた実態が暴かれ、大スキャンダルとなったことがあったが、「Lamhaa」で同様のシーンがあった。また、未亡人や半未亡人(夫が長年行方不明の女性)が住むダルドプラーという町が劇中で出て来たが、これもカシュミール地方に実在する。カシュミールの現状をかなり緻密に取材して練られたストーリーであることがうかがわれた。

 カシュミール問題に新たな視点を持ち込み、深く掘り下げるという点ではある程度成功していたものの、ストーリーテーリングに難があり、各シークエンスが断片的過ぎて、筋を追いにくい構成となっていた。もう少し分かりやすい流れにしても良かったのではないかと思う。元々暗い話であるが、この分かりにくさのせいで、娯楽映画としての面白味はかなり減ってしまっている。それでいてミュージカルシーンがいくつか入るのだが、それらも映画の雰囲気とは適合しておらず、非常にチグハグな作品になってしまっていた。

 今回サンジャイ・ダットが演じたのは、彼が得意とするダンディーなアクションヒーロー役であり、よく似合っていた。ビパーシャー・バスは、典型的なベンガル人顔でありながらカシュミール人女性の役に挑戦。ウルドゥー語の特訓もしたようで、外見の違いを演技でカバーしていた。彼女のベストの演技だと言える。クナール・カプールは、演技自体は悪くなかったのだが、演説シーンにおいて台詞に力がなかったのが気になった。悪役を演じた演技派俳優アヌパム・ケールはさすがの演技。文句の付け所がない。他にはマヘーシュ・マーンジュレーカルがチョイ役ながら渋い演技を見せていたのが特筆すべきである。

 音楽はミトゥン。「Anwar」(2007年)で注目を浴びた音楽監督である。エンドクレジットで流れる「Rehmat Zara」や、「Anwar」中の名曲「Maula Mere」を思わせる「Madno」など、いい曲は多いのだが、映画全体の重厚な雰囲気と合っていなかったのが惜しまれる。歌は必要ない映画であった。

 ロケは本当にカシュミールで行われている。冬のシュリーナガルの美しさが捉えられていたが、それ以上にどんよりとした空気が印象的で、暗雲立ちこめるカシュミール問題を象徴していた。

 登場人物の多くはウルドゥー語を話すため、通常のヒンディー語映画に比べてアラビア語・ペルシア語の語彙が多くなる。よって純ヒンディー語のみの知識だと理解度は落ちるだろう。

 以上、映画評を書いて来たが、「Lamhaa」を正確に評価する立場にないことは正直に認めなければならない。カシュミール問題をかなり深く理解していないと、この映画がどの程度真実を語っているのか、どの程度フィクションと言えるのか、評価できないからだ。しかし、単純に娯楽映画として観た場合、つまり悪役による陰謀をヒーローやヒロインが阻止する映画だと考えた場合、暗いストーリーやストーリーテーリングの弱さから、気楽に楽しめるような映画ではないと断言できる。ビパーシャー・バスの熱演は見所ではあるが、今週は公開作が多いので、スキップすることを考えてもいいだろう。


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