The Last Lear

2.5

 数週間前から、やたらと「ビッグB最高の演技」を謳った映画の宣伝が目に付くようになった。ビッグBとは、ヒンディー語映画界における大御所中の大御所、アミターブ・バッチャンであり、その映画とは、アミターブが初めて出演する英語映画「The Last Lear」である。「The Last Lear」は、ベンガル人演劇家ウトパル・ダットの演劇「Aajker Shahjahan」を映画化した作品であり、ロンドンやトロントなどの映画祭で既に上映され、絶賛されたとされている。監督は、伝説的映画監督サティヤジト・ラーイ(サタジット・レイ)の後継者と称されるリトゥパルノ・ゴーシュ。2008年9月12日から一般公開された。

監督:リトゥパルノ・ゴーシュ
制作:アリンダム・チャウダリー
音楽:ラージャー・ナーラーヤン、サンジョイ・ダース
衣装:ヴァルシャー・シルパー
出演:アミターブ・バッチャン、アルジュン・ラームパール、プリーティ・ズィンター、シェーファーリー・シャー、ディヴィヤー・ダッター、ジーシュー・セーングプターなど
備考:PVRプリヤーで鑑賞。

 ディーワーリー祭の日のコルカタ。スィッダールト(アルジュン・ラームパール)監督の映画「The Mask」のプレミア上映会が開催されようとしていた。だが、主演女優のシャブナム(プリーティ・ズィンター)は、共演男優のラージーヴの説得に応じず、会場へ向かおうとしなかった。代わりに彼女が向かったのは、同映画に出演したハリーシュ・ミシュラー、通称ハリー(アミターブ・バッチャン)の家であった。

 ハリーは30年以上舞台俳優として活躍して来た人物で、シェークスピアを崇拝していた。彼の夢は「リア王」を演じることだったが、開演直前に降板し、以後静かに隠居生活を送っていた。ハリーは、ファンの女性ヴァンダナー(シェーファーリー・シャー)と一緒に暮らしていた。だが、ある日スィッダールト監督に説得され、映画に初めて出演することになった。そのアイデアを思い付いたのは、監督の友人で映画ジャーナリストのガウタム(ジーシュー・セーングプター)であった。

 山間の避暑地でロケが行われた。シャブナムはハリーの人柄に惹かれ、一緒に「リア王」の台詞を練習するようになる。だが、ハリーは全てのシーンを自分で演技することにこだわり、最後の危険な飛び降りシーンまで、スタントマンを使わずに自演する。そのときの事故が元でハリーは植物人間状態となってしまう。

 シャブナムは、ハリーを見舞うために彼の家を訪れたのだった。ヴァンダナーは最初、彼女を冷たくあしらうが、彼女と話す内に次第に心に押し込めていたことを語り出す。ハリーが引退したのも、彼女との仲が噂になったからであった。また、夜勤の看護婦としてハリーの家に来ていたイヴィー(ディヴィヤー・ダッター)は、横柄なボーイフレンドの態度に心を痛めており、シャブナムとイヴィーの会話に加わる。

 翌朝、シャブナムは去る前にハリーに会う。ハリーはシャブナムを認識していなかったが、シャブナムがふと「リア王」の一節を口にすると、ハリーの口は動き出し、台詞をしゃべり出す。

 英語、ヒンディー語、ベンガリー語がランダムに入り乱れる上に、シェークスピア作品の演劇調台詞が多用され、しかも映像よりも会話によってストーリーが進む展開になっているため、非常に難解な映画であった。舞台演劇と映画の伝統的な対立が映画の重要なテーマになっていたが、この映画自体が演劇作品を原作としており、しかも演劇を映画として完全に消化し切れていないというジレンマに陥っていたように感じた。リトゥパルノ・ゴーシュ監督の映画に特有の、絵画のような美しい画面構成は健在であったが、あくまで映画祭向けの作品であり、一般公開には向いていないと思われる。

 インドとシェークスピアというと、猫と杓子くらい関係なさそうに見えるが、かつて英国の植民地だけあり、シェークスピア愛好家のインド人というのは割といるようであるし、インド人上流階級の話す古風で格式張った英語は、しばしば「シェークスピア英語」と形容されることもあるほどである。ヒンディー語映画でも最近、「マクベス」と「オセロ」をベースに、それぞれ「Maqbool」(2003年)と「Omkara」(2006年)という映画が作られ、高い評価を得ている。「The Last Lear」も、結局はシェークスピア賞賛映画であった。

 シェークスピアをこよなく愛するエキセントリックな老演劇人ハリーを演じたのが、ビッグBことアミターブ・バッチャンである。彼は昔から大袈裟な演技が得意なので、ハリー役もよくはまっていたが、これが彼のベストの演技かと言われると、そうでもないのではないかと思う。あまりに演劇調で、オーバーアクティングとされてもおかしくないぐらいだ。映画俳優としてのベストの演技と、舞台俳優としてのベストの演技は区別されるべきである。

 その一方で、アルジュン・ラームパールが、現在大ヒット中の「Rock On!!」(2008年)に続いてとてもいい演技をしていた。インド随一のハンサムマンだが、今まで演技力と運が伴っていなかったアルジュンは、ここ最近急速に成熟しつつある。それに代わり、一時期トップに手が届いていたプリーティ・ズィンターは、最近めっきり活動が停滞しており、大フロップ映画「Jhoom Barabar Jhoom」(2007年)以来、1年以上振りにスクリーンで見た。彼女にとっても英語映画出演は初めてのはずで、悪くない演技をしていたので、まだもう一踏ん張りできる女優だと思う。

 「The Last Lear」は基本的に英語映画だが、ヒンディー語とベンガリー語の台詞が突然出て来るので、言語的にはとても難しい映画となっている。しかも、その使い分けのポリシーが不明瞭で、無理に英語の台詞になっているところもあれば、必要ないのにベンガリー語の台詞に切り替わっている部分もあり、映画の一貫性を損ねていた。

 「The Last Lear」は、映画祭で上映されるような芸術映画が好みの人にのみ、かろうじて勧められる作品である。それ以外の人々にとって、この映画を最後まで見通すことは苦痛以外の何物でもないだろう。