No Smoking

2.5
No Smoking

 アヌラーグ・カシヤプといえば、2010年代のヒンディー語映画界を大いに牽引した映画監督であるが、2000年代にはまだ世間から認められていなかった。彼の第1作「Paanch」は未公開のため、実質的なデビュー作は「Black Friday」(2007年)になる。非常に優れた作品で高い評価を受けたのだが、2007年10月26日公開の第2作「No Smoking」は評論家から酷評を受け、興行的にも大失敗に終わった。僕も未見だったのだが、Zee5で配信されていたので鑑賞する機会に恵まれた。鑑賞日は2022年3月16日である。

 プロデューサーはヴィシャール・バールドワージ。キャストは、ジョン・アブラハム、アーイシャー・タキヤー、パレーシュ・ラーワル、ランヴィール・シャウリー、ラスィカー・ドゥッガル、ヴィクラマーディティヤ・モートワーネー、ガジラージ・ラーオなど。ビパーシャー・バスがエンドロールの「Phook De」に特別出演している他、アヌラーグ・カシヤプ監督自身もカメオ出演している。

 舞台はムンバイー。主人公のK(ジョン・アブラハム)はチェーンスモーカーだった。妻のアンジャリ(アーイシャー・タキヤー)は何度も彼に禁煙を懇願してきたが、彼は聞く耳を持たなかった。そこでアンジャリは結婚指輪を残して家を出る。

 Kはとうとう根負けし、親友のアッバース(ランヴィール・シャウリー)が勧めるプラヨーグシャーラー(実験場)を訪問する。プラヨーグシャーラーは、バーバー・バンガーリー(パレーシュ・ラーワル)という導師によって運営されており、煙草やその他の悪癖を克服しようとする患者たちを治療してきた。ところがバーバー・バンガーリーは力尽くでKに煙草を止めさせようとする。煙草を吸うごとに彼は処罰を受けることになった。しかも、211万1,110ルピーを支払わされる。

 放り出されたKは早速煙草を吸うが、突然爆発が起き、聴力をほとんど失ってしまう。Kは補聴器を付けることになる。彼は地球を飛び回って誰もいない荒野まで行き、そこで煙草を吸うが、やはり見つかってしまい、今度は兄が処罰を受ける。3回目は吸わないように気を付けていたが、友人のアレックスから無理矢理葉巻を吸わされ、今度はアンジャリが犠牲になる。

 Kはアンジャリ殺人の容疑で警察に逮捕される。Kは自分の無実を証明するため、警察官の前で敢えて煙草を吸う。すると兄が自殺してしまう。Kはいつの間にか釈放されるが、「ゼロ・ミニッツ」に煙草を吸えると知って、その時間を待つ。ところが大勢の人がその瞬間に煙草を吸うのを見る。そしてその場にバーバー・バンガーリーの姿も見つける。彼はバーバー・バンガーリーを捕まえようとするが捕まらず、今度はロシアの基地で目が覚める。そこから逃げ出してみると、下水道のような場所に落ちてしまう。そこで彼はマグマによって焼失する。

 また目を覚ましてみると、彼は指を失っていた。ようやく禁煙を達成したKは、友人にプラヨーグシャーラーを紹介する。

 全体的に不条理映画であったが、前半はまだ論理的に追うことができた。ヘビースモーカーの主人公Kが、友人から紹介されたプラヨーグシャーラーという謎の場所でバーバー・バンガーリーという怪しげな導師と出会い、禁煙の契約を交わす。だが、その後は物語が混み合ってきて、何が現実で何が幻覚なのか分からなくなる。不条理映画も不条理が過ぎると観客はしがみつけなくなって振り落とされてしまう。奇才として知られるアヌラーグ・カシヤプ監督だが、余りに若気の至りがすぎて、独りよがりな作品になってしまっていた。フロップに終わったのも納得できる。

 ただ、いくつも断片的に映像的実験が行われており、カシヤプ監督の旺盛なチャレンジ精神を随所に感じることができた。この映画が撮影された頃には、まだ「Slumdog Millionaire」(2008年/スラムドッグ$ミリオネア)の撮影のためにダニー・ボイル監督がインドを訪れていなかったと思われるのだが、彼の影響を受けた映像も見られた。カシヤプ監督はこの後、サイケデリック映画「Dev. D」(2009年)を撮っているが、「No Smoking」はその習作として位置づけることができる。

 また、ヘビースモーカーの主人公が何とか煙草を吸おうとするという物語の発想は、元々ラーム・ゴーパール・ヴァルマー監督が思い付いたもので、彼がプロデュースしたオムニバス形式映画「Darna Mana Hai」(2003年)の中で「No Smoking」というエピソードがある。スティーヴン・キングの短編小説「Quitters, Inc.」も原案になっているようである。

 何が言いたいのかよく分からない映画ではあったが、その訳の分からなさがまるでノストラダムスの予言書のような扱いを受け、一部ではカルト的人気を博しているようである。インド国内よりも海外での評価が高く、各国の映画祭で上映された。カシヤプ監督自身も、一番お気に入りの作品として「No Smoking」を挙げている。

 分からないついでにもうひとつのミステリーに触れておくと、ヒロイン扱いのアーイシャー・タキヤーが演じた役柄も何だかよく分からなかった。妻のアンジャリとして登場する一方で、秘書のアニーとしても登場する。この二人が同一人物なのか、単なるそっくりさんなのか、幻想なのか、映画の中ではほとんど説明がなかった。

 結局、訳の分からない物語やキャラクターを大した説明もなしに放り出しておいて、後は観客に自由に解釈させるという手法が採られたのが「No Smoking」だといえる。深読み好きな一部の映画愛好家などは何度も観てはあれこれ解釈して楽しめるのだろうが、やはり一般的には不親切な作りの映画としか評価できない。その後、カシヤプ監督がこういう不条理映画を撮っていないことからも、この映画の失敗は明らかである。

 ジョン・アブラハム主演の映画にビパーシャー・バスが特別出演していたのは、意外にミーハーな印象を受ける。当時、この二人は付き合っていたからで、話題性がある。パレーシュ・ラーワルやランヴィール・シャウリーの演技はさすがの一言だ。また、ラスィカー・ドゥッガルがチョイ役で出演していたのも驚いた。まだ駆け出しの頃である。

 劇中に何度か、雪国で撮られ、ロシア語が出て来るシーンがある。これはどうもウズベキスタンなどで撮られたようである。変なところに金を掛けてしまった上に興行的にこけため、相当な損失が出てしまったようだ。

 「No Smoking」は、奇才アヌラーグ・カシヤプ監督がかなり奇をてらって好き勝手に作ってしまったような不条理映画である。カルト的な人気があるとは聞くものの、普通に観たら、何が何だか分からない映画である。カシヤプ監督のファンならば一見に値するだろうが、それ以外の目的で観る価値のある映画ではない。