Shootout at Lokhandwala

3.5
Shootout at Lokhandwala
「Shootout at Lokhandwala」

 しばらく南インドにいて、デリーの暑さのことを忘れていたが、やはりデリーに戻って来ると、この暑さは南インドの暑さとは比べ物にならないことを実感する。空気が重さを持って体にぶつかってくるような感じだ。だが、既にデリーに住んで長いので、この暑さが心地よく思えるようになった。インドへの愛と理解は流した汗の量で測られるとしたら、酷暑期のインドを経験せずにインドを語ることは不可能である。今日は、2007年5月25日に公開され、現在大ヒットしている新作ヒンディー語映画「Shootout At Lokhandwala」を観に出掛けた。キャストはアミターブ&アビシェーク・バッチャン、サンジャイ・ダット、スニール・シェッティー、ヴィヴェーク・オーベローイなどで、今年最大のオールスター映画と言っていい。この映画は、1991年11月16日にボンベイ(現在のムンバイー)のローカンドワーラーで発生した、警察によるマフィア射殺事件の真相に迫る作品で、「真実の噂に基づいて」作られているとされている。

監督:アプールヴァ・ラーキヤー
制作:サンジャイ・グプター、ショーバー・カプール、エークター・カプール、サンジャイ・ダット
音楽:ストリングス、ユーフォリア、ビッドゥー・アッパイヤー、シバーニー・カシヤプ、アーナンド・ラージ・アーナンド、ミカ・メヘンディー
作詞:ユーフォリア、ビッドゥー・アッパイヤー、ヴィラージ・ミシュラー
出演:サンジャイ・ダット、スニール・シェッティー、アルバーズ・カーン、ヴィヴェーク・オーベローイ、トゥシャール・カプール、ローヒト・ロイ、シャッビール・アフルワーリヤー、アーディティヤ・ラーキヤー、ラヴィ・ゴーサーイー、ディーヤー・ミルザー、ネーハー・ドゥーピヤー、アールティー・チャブリヤー、アムリター・スィン、ラーキー・サーワント、アミターブ・バッチャン(特別出演)、アビシェーク・バッチャン(特別出演)
備考:PVRプリヤーで鑑賞。

 1991年11月16日、ボンベイの住宅街ローカンドワーラーで、警察の一団が1,755発の実弾を発砲し、アパートに潜む5人のマフィアを殺害する事件が発生した。民間人を危険にさらし、犯人を全員射殺した作戦に対し、内外からは批判が高まり、作戦を指揮したシャムシェール・スィン・カーン警視長(サンジャイ・ダット)や、その部下のカヴィラージ・パーティール警部補(スニール・シェッティー)、ジャーヴェード・シェーク巡査部長(アルバーズ・カーン)は裁判にかけられることになった。審査委員に任命された弁護士ディングラー(アミターブ・バッチャン)は、三人の事情聴取を行う。その中で徐々に事件の全貌が明らかになって行く。

 事の発端は、パンジャーブ州アムリトサルの黄金寺院に立てこもったスィク教徒テロリストたちを殲滅したブルースター作戦まで遡る。スィク教過激派たちはボンベイまでやって来て、テロ活動を行った。だが、当時ボンベイ警察は制度的にテロリストに対して十分対抗できないでいた。その犠牲となったのがアビシェーク・マトレー警部補(アビシェーク・バッチャン)であった。マトレー警部補と親しかったSSカーンは、カヴィラージやジャーヴェードなど、優秀な警官を集め、対テロリスト部隊(ATS)を設立する。

 当時ボンベイのアンダーワールドを牛耳っていたのはマーヤー(ヴィヴェーク・オーベローイ)というマフィアであった。マーヤーはドバイに住むボスの命令に従ってボンベイで活動していたが、次第に独立して動き始める。マーヤーの下には、ブワー(トゥシャール・カプール)、ファットゥー(ローヒト・ロイ)、RC(シャッビール・アフルワーリヤー)、ダブリング(アーディティヤ・ラーキヤー)という部下がいた。SSカーンは、建設会社社長の殺人事件からマーヤーの名を知り、彼を追い始める。

 SSカーンはマーヤーの一味の家族にアプローチするが、逆にマーヤーはATSの家族を脅迫する。一方、マーヤーは別の建設会社社長の息子を誘拐し、身代金700万ルピーを要求する。だが、このときSSカーンのもとに、マーヤーたちがローカンドワーラーのアパートに潜んでいるとの情報がもたらされる。SSカーンたちは早速アパートを包囲する。興奮したブワーはロケットランチャーを放つが、警察は民間人の住むアパートに向けて銃弾の雨を降らせる。その後アパートに突撃したATSは、5人のマフィアを全員射殺する。その際、人質となっていた社長の息子も殺されてしまう。これが事件の全貌であった。

 ディングラーは法廷において、「もし家の外に銃を持った男が立っているなら、それはマーヤーではなく、SSカーンであって欲しい」とSSカーンを擁護する発言をし、彼らは無罪となる。

 日本でも、殺人事件などが発生した場合、しばしば「殺された被害者や遺族の人権が無視され、加害者の人権が守られ過ぎている」との批判が噴出することがある。この映画は正にその問題を扱っている。警察の一団が住宅地でマフィアを皆殺しにすると言う、実際に起こった事件の是非を問うことで、その問題を扱っている。作り手は明らかに「犯罪者は容赦なく罰するべし」という立場に立っている。SSカーン警視長は、ローカンドワーラーでのエンカウンター(インド英語で「犯人の射殺」を意味する)で、部下たちに「Shoot to kill(射殺)」を厳命し、逮捕を拒否した。ローカンドワーラー事件における警察の毅然とした態度は当時アンダーワールドにかなりの影響を与えたようで、以降ボンベイでは犯罪率が急落したと言われている。このように「テロリストは即殺すべし」という強烈なメッセージが込められた映画であるが、同時に娯楽映画としても楽しめるように工夫がなされており、それが大衆に受け容れられているように思われる。

 主人公の名前は、実在の人物の名前から微妙に改名されたものが使われている。例えばローカンドワーラー作戦を指揮したのはアーフターブ・アハマド・カーンだが、映画ではシャムシェール・スィン・カーンとされている。マフィアのドンはマヒーンドラ・ドーラスという名前だが、映画ではマーヤーになっている。ちなみにアーフターブ・アハマド・カーン自身が、SSカーンに作戦の許可を与えるクリシュナムールティ警視総監役でカメオ出演している。

 興味深かったのは、未だに謎とされている部分はどちらとも取れる形で撮影されていたことである。最も重要なポイントは、マーヤーらがローカンドワーラーにいるという情報をSSカーンは誰から入手したか、ということだ。映画では、インフォーマーから情報を得ている映像と、裏切ったマーヤーを殺すためにドバイのボスがSSカーンに居所を教えている映像の2つが使われており、どちらが真実かは特定されていなかった。また、ドバイのボスの名前は全く言及されていなかったが、その容姿から、それがインド最凶のマフィアで現在行方不明のダーウード・イブラーヒームを指していることは明らかである。

 今年2月にインドで一般公開された「Black Friday」(2007年)も、実際に起こった事件をスクリーン上で再現した映画であった。「Black Friday」が題材としたボンベイ連続爆破テロの裏にも、ダーウード・イブラーヒームがいたとされている。どうしてもこの2作品を比べてしまうのだが、映画としての完成度は、「Black Friday」の方が数段上であった。だが、「Shootout At Lokhandwala」も、警察、マフィア、両方のキャラクターの内面の葛藤や家族との関係まで描写しようとする努力が感じられ、決して一面的な作品で終わっていなかったところが評価できる。

 男優陣は豪華キャストと言っていいだろう。アミターブ&アビシェーク・バッチャン親子が特別出演ながら共演していることに加え、サンジャイ・ダット、スニール・シェッティー、アルバーズ・カーン、ヴィヴェーク・オーベローイ、トゥシャール・カプールなど、マニアックな顔ぶれである。この中で最も光っていたのはヴィヴェークだ。冷酷な笑みを浮かべる若きマフィアのドンを鬼気迫る演技で演じていた。長らく低迷していたヴィヴェークだが、この映画をきっかけに復活できるかもしれない。逆に雰囲気をぶち壊していたのは毎度お馴染みトゥシャールである。おとぼけ顔の彼に悪役が務まるはずがない。プロデューサーの1人が、トゥシャールの姉でTV業界で絶大な権力を持つエークター・カプールであるため、否応なしにトゥシャールがこの映画にキャスティングされたのであろう。それを思うとさらに情けない。

 完全に男が主役の映画だったため、女優陣にほとんど見せ場はなかった。ニュースレポーターを演じたディーヤー・ミルザー、ブワーの恋人タヌーを演じたアールティー・チャブリヤー、SSカーンの妻を演じたネーハー・ドゥーピヤーなど若手の女優が出演していたが、最も活躍できていたのは半分アイテムガールのような存在だったアールティーだろう。だが、本当にこの映画で存在感を示せていた女優は、マーヤーの母親アーイーを演じたアムリター・スィンであった。

 音楽監督はアーナンド・ラージ・アーナンドだが、他にも多くのミュージシャンが参加しており、音楽面でもオールスターキャストとなっている。特にマーヤーに関係するミュージカルで、遊びにあるダンスナンバーが多かったが、特に耳に残るものはなかった。アイテムナンバー「Mere Yaar」は、「Omkara」(2006年)の「Beedi Jalaile」に酷似していたのだが、これは大丈夫なのだろうか?

 「Shootout At Lokhandwala」は、インド人の間では意外な大ヒットを飛ばしてしているが、多少大味なところもあり、もしかしたら日本人の趣味には合わない映画かもしれない。