ここ1週間何かと忙しくて、先週公開された「Yatra」(2007年)は見逃してしまった。だが、本日(2007年5月11日)より公開の「Life In A… Metro」は見逃すまいと、暇を作って公開初日に映画館に観に行った。
監督:アヌラーグ・バス
制作:ロニー・スクリューワーラー
音楽:プリータム
作詞:サイード・カドリー、アミターブ・ヴァルマー
出演:ダルメーンドラ、ナフィーサー・アリー、シャイニー・アーフージャー、シルパー・シェッティー、コーンコナー・セーンシャルマー、カンガナー・ラーナーウト、ケー・ケー・メーナン、シャルマン・ジョーシー、イルファーン・カーンなど
備考:PVRプリヤーで鑑賞。
ムンバイー。ランジート(ケー・ケー・メーナン)とシカー(シルパー・シェッティー)夫妻は、表向きは仲のいい夫婦を演じていたが、実際は喧嘩ばかりしていた。シカーはかつてのバラタナーティヤムの師匠ヴァイジャンティー(ナフィーサー・アリー)の世話をしていたが、それ以外は退屈な主婦業をしていた。ヴァイジャンティーの夫は既に死去しており、老人ホームに住んでいた。そんなとき、ヴァイジャンティーの元に一通の手紙が届く。かつての恋人アモール(ダルメーンドラ)であった。アモールは数十年前に米国へ行ってしまったが、死期が迫っているのを知り、最期のときをヴァイジャンティーと共に過ごすためにインドに戻って来ようとしていた。二人は時を越えて再会し、失われた青春を取り戻すかのように共に時間を過ごす。 ランジートはコールセンターの社長を務めていた。そこで働くラーフル(シャルマン・ジョーシー)は、父親の遺産で立派なマンションの一室に住んでいた。だが、そのマンションの鍵はオフィスの上司たちの間で争奪戦となっていた。自分の恋人と一夜を楽しむためである。ラーフルはマンションの鍵を使ってオフィスで人脈を築いていた。だが、彼には意中の女性がいた。同じオフィスで働くOLネーハー(カンガナー・ラーナウト)である。内気なラーフルであったが、ネーハーに少しずつアプローチする。だがある日、社長ランジートの愛人がネーハーであることに気付いてしまう。 ネーハーは、シュルティー(コーンコナー・セーンシャルマー)という奥手の女の子とルームシェアして住んでいた。シュルティーはシカーの妹で、ラジオ局に勤めていた。彼女は結婚を考えており、結婚紹介サイトを使って結婚相手を探していた。あるとき彼女は、デーブー(イルファーン・カーン)というちょっと変な男性に出会う。だが、おっぱいを凝視するデーブーの性癖に嫌気が差した彼女はデーブーを拒否する。しかし、その後もデーブーと再会を繰り返すようになる。シュルティーはラジオ局のDJに恋しており、彼とデートもするが、ある日彼がゲイであることが分かってしまう。それを機にラジオ局を辞め、新しい仕事を探していた。面接先で働いていたのがデーブーであった。デーブーは彼女を採用させ、その後二人の関係は次第に縮まって行く。 シカーはバス停でアーカーシュ(シャイニー・アーフージャー)という男性と出会う。アーカーシュは演劇にのめり込むあまり、妻に逃げられてしまった過去を持っていた。バス停での出会いを繰り返す内に、二人の仲は接近する。シカーは不倫に対する罪悪感から自分の行動を制止しながらも、彼の家まで行ってしまう。だが、罪悪感を振り払うことはできず、シカーは突然逃げ出す。 ランジートの愛人をしていたネーハーは、次第に本当の愛を求めるようになる。割り切った関係を望んでいたランジートはネーハーを見捨てようとする。それにショックを受けたネーハーは洗剤を飲んで自殺を図る。マンションに帰って来たラーフルはネーハーを発見し、病院へ連れて行く。ネーハーは一命を取り留める。このときランジートはバンガロールに出張中ですぐには戻れなかった。ラーフルはネーハーの看病をし、退院後も数日間自宅に泊める。ルームメイトがずっと行方不明なのを心配したシュルティーはラーフルの家を探し出し、ネーハーを連れ帰る。このとき出張から帰って来たランジートと出くわしてしまう。シュルティーは、ネーハーの付き合っている相手が自分の姉の夫であることを知る。 家に帰ったランジートは、シカーが泣いているのを見て、シュルティーが全てを暴露したものだと勘違いし、全てを明かしてしまう。だが、シカーは自分が不倫の寸前まで行ったことで泣いていたのだった。夫の不倫の話を聞いたシカーは、自分の間違いの話をし出す。それに怒ったランジートは家を出て行ってしまう。 ランジートとネーハーの関係はまだ続いていた。だが、ラーフルは次第に自分の間違いを自覚し始める。自身の昇進のために愛を犠牲にすることはもはやできなかった。ラーフルはランジートに鍵を貸すのを拒否し、退職願いを出す。それを知ったネーハーは、ラーフルの愛こそ本物の愛であると感じ、ランジートから逃げ出してラーフルを追い掛ける。ラーフルはチャーチゲート駅へ向かっていた。 アモールとヴァイジャンティーは初めて一夜を同じベットで過ごす。だが翌朝、ヴァイジャンティーは突然倒れてしまう。救急車で運ばれるヴァイジャンティーだったが、途中で渋滞にはまってしまい、そのまま息を引き取ってしまう。シカーとシュルティーも病院を訪れる。アモールは二人に、「あのとき頭の言うことではなく、心の言うことを聞いていれば、どんな幸せな時間を過ごせたことだろう」と語る。 デーブーは既に親の決めた相手と結婚をすることを決めており、結婚式も近付いていた。だが、シュルティーは次第にデーブーの人柄に惹かれるようになる。シュルティーはデーブーの結婚式の日に一大決心をし、結婚式会場に飛んで行って、愛の告白をする。驚いたデーブーはいい加減な返事しかできなかった。シュルティーはすぐに会場を後にし、オートリクシャーに乗って去って行くが、馬に乗ったデーブーは彼女の後を追い掛ける。シュルティーはチャーチゲート駅に向かっていた。 アーカーシュは演劇の夢を諦め、ドバイで働くことを決めた。その前にシカーに一目会いたくて彼女にメッセージを送る。「僕と一緒に行くためでもいい、僕を引き止めるためでもいい、とにかく来てくれ。」アーカーシュはチャーチゲート駅で彼女が来るのを待っていた。シカーはアーカーシュに会いに行こうとするが、そのときランジートが家に帰って来る。ネーハーに逃げられ、散々な目に遭ったランジートはひどい格好をしていた。それを見たシカーは、家族を捨てることはできないと実感する。それでもシカーはチャーチゲート駅を訪れ、アーカーシュに「新しい人生、頑張って」と声を掛ける。その言葉を聞いたアーカーシュは泣き崩れる。 そのときチャーチゲート駅では、デーブーとシュルティー、ラーフルとネーハーが抱き合っていた。
2007年のヒンディー語映画界の流行はオムニバス。「Life In A… Metro」もその例に漏れず、オムニバス形式の映画である。だが、今年公開され、僕が鑑賞したオムニバス形式の映画の中では最高の出来であった。登場人物とそれぞれのストーリーが関連性を持っており、影響を及ぼし合っている。セリフも非常に良かった。きっと都市部を中心にヒットするだろう。
アヌラーグ・バス監督は、「Murder」(2004年)や「Gangster」(2006年)の監督であり、都会を舞台にした狂おしい大人の恋愛を描くのが得意である。「Life In A… Metro」も、ムンバイーを舞台にした大人向けの恋愛映画に仕上がっていた。
あらすじは上の通りである。多少時間軸に前後はあるが、読めば大体の流れは掴めるだろう。登場人物の人間関係は複雑に絡み合っているが、核となっているのはランジートとシカーの家庭であり、この映画の最も優れた小話もこの二人の間の話だった。言わばW不倫の話であるが、一方でランジートは愛人ネーハーを部下のラーフルに取られて失望のまま家族のもとに戻り、他方でシカーは恋し始めていたアーカーシュを勇気を持ってドバイに送り出してやはり家族を優先することを決意した。「結婚後の恋愛は結婚が勝つ」というインド映画の大原則を守るストーリーであった。特にシカーとアーカーシュの仲はインド人の価値観を傷付けないように繊細に描かれており、その点で不倫を美しくまとめすぎてしまってインド人観客からそっぽを向かれた「Kabhi Alvida Naa Kehna」(2006年)よりも優れていた。
傑作恋愛映画に優れた名台詞は付き物であるが、「Life In A… Metro」のセリフも心に残るものが多かった。その内のいくつかはあらすじの中で取り上げたが、他にもいくつか印象に残ったものを挙げておく。ラーフルの言葉「都会は僕たちに多くのものを与えてくれるが、僕たちから多くのものを奪って行きもする。」ヴァイジャンティーがシカーに言ったセリフ「恋愛は香り。いつでも心を開いておくべきよ。」医者がラーフルに言ったセリフ「若さと石油はいつまでもあるわけじゃない。無駄にするんじゃない。」特にムンバイーの海岸でのデーブーとシュルティーの会話が良かった。シュルティーはデーブーに、理想の男性の条件についてあれこれ語る。「ハンサムで、頭が良くて、旅行好きで、ユーモアがあって・・・」それを聞いたデーブーは彼女に言う。「オレの友達に、高級スポーツカーを買っておきながら、5年間ずっと車庫に入れたままの奴がいるんだ。どうしてそんなことしてるか知りたいだろ?そいつは、街中の信号が青になったときに車庫から出して運転するって言うんだ。どう思う?」シュルティーは答える「そんなの馬鹿げてるわ。外に出なければ信号が青かどうか分からないじゃない。」デーブーは我が意を得たりの表情で言う。「その通り!結婚もそんなもんさ!」
「Life In A… Metro」には新世代の演技派俳優が多数出演している。シャイニー・アーフージャー、ケー・ケー・メーナン、イルファーン・カーン、コーンコナー・セーンシャルマーなどである。この四人の演技は文句なく素晴らしかった。特にイルファーン・カーンのとぼけた演技が最高。英国でリアリティーショーに出演したり、リチャード・ギアにキスをされたりと、最近何かとお騒がせのシルパー・シェッティーも、本業の方できちんとした仕事を見せていた。ヒロイン女優から演技派女優へ脱皮しようという努力が伺われた。「Rang De Basanti」(2006年)でブレイクしたシャルマン・ジョーシーや、「Gangster」のヒロイン、カンガナー・ラーナーウトも若手ながら素晴らしい演技をしていた。特にカンガナーは、「Shakalaka Boom Boom」(2007年)からまたガラリとイメージが変わっていた。これらの俳優に加え、ダルメーンドラとナフィーサー・アリーという往年の名優が出演して渋い演技を見せており、映画を引き締めていた。ダルメーンドラとナフィーサーがキスをするシーンがあるが、これはインド映画史上最高齢のキスなのではなかろうか?
「Life In A… Metro」の音楽はユニークである。まず、この映画のために音楽監督プリータム・チャクラボルティーを中心とした男性シンガーロックバンド「バンド・メトロ」が結成された。メンバーは、バングラデシュ人のジェームス、ソーハム・チャクラボルティー、スハイル・カウルである。おかげでインド映画には珍しくロック色の強い曲が多い。それに加え、KKやアドナーン・サーミーも歌を歌っている。そしてさらに特徴的なのが、音楽が挿入されるシーンでこのバンド・メトロが登場してギターを演奏しながら歌を歌うことである。この手法は「メリーに首ったけ」(1998年)というハリウッド映画で見たことがある。だが、「Life In A… Metro」では、狙ってやっているのか知らないが、むさ苦しい男どもがむさ苦しく歌うので笑いが堪え切れず、何度見ても飽きなかった。面白い試みである。ちなみにジェームスは「Gangster」で「Bheegi Bheegi」を歌っていたバングラデシュ人ロックシンガーである。
それにしても、インド映画ではゲイの描かれ方が偏見に満ちていることが多い。この作品でも、シュルティーは恋人のDJと上司のゲイ現場を目撃し、DJとの結婚をキャンセルすると同時にラジオ局も辞めてしまう。
「Life In A… Metro」は最近ヒンディー語映画で流行かつ失敗続きのオムニバス形式映画ながら、非常によくできた作品である。俳優たちの演技の質も高い。サントラも大ヒット中。観て損はない。