Hey Ram

4.0
Hey Ram
「Hey Ram」

 「インド独立の父」と呼ばれるマハートマー・ガーンディーはインドが独立を果たした1947年の約半年後となる1948年1月30日に暗殺された。ガーンディーに3発の銃弾を撃ち込んだのは狂信的なヒンドゥー教徒のナートゥーラーム・ゴードセーであった。ヒンドゥー教徒の中にはパーキスターンの建国や、印パ分離独立後にもインドに留まり続けるイスラーム教徒に対する優遇を面白く思っていない者が一定数おり、その怒りの矛先が宗教融和を訴えるガーンディーに向かったのである。

 2000年2月18日公開の「Hey Ram」は、ガーンディー暗殺を主題にした歴史フィクション映画である。「Hey Ram」とは「ああ、神様」という意味だが、これはガーンディーが死ぬ間際に発した言葉だ。タミル語映画俳優のカマル・ハーサンが監督と主演を務めており、タミル語とヒンディー語で作られた。鑑賞したのはヒンディー語版である。

 南北インドから選りすぐりのキャストが集められている。「Kuch Kuch Hota Hai」(1998年)のシャールク・カーンとラーニー・ムカルジーをはじめとして、往年の女優ヘーマー・マーリニー、ベテラン俳優のギリーシュ・カルナド、ナスィールッディーン・シャー、オーム・プリー、アトゥル・クルカルニーなど、新人ヴァスンダラー・ダース、ヴィクラム・ゴーカレー、サウラブ・シュクラー、ナーサル、アッバース、ソウカル・ジャーナキー、マノージ・パーワーなどである。また、ガーンディーの孫トゥシャール・ガーンディーが本人役で出演している他、カマル・ハーサンの娘シュルティ・ハーサンも端役で顔を出している。

 「Hey Ram」の主人公はサーケートラームという架空の人物である。ガーンディーを暗殺したナートゥーラームと名前が似ているため、インドの近現代史を知っている観客は、サーケートラームはナートゥーラームのことだろうと思って観ることになる。だが、途中でナートゥーラームが登場し、彼は暗殺者とは異なる行動を取ることになる。

 1999年、チェンナイ(旧マドラス)で89歳のサーケートラーム(カマル・ハーサン)は死の床にいた。その孫サーケートラームJr.などが看病をしていた。サーケートラームJr.は著名な作家であり、祖父から聞かされた話を語り出す。

 時は1946年、英領インド時代。若き日のサーケートラームは考古学者としてスィンド地方にあるモヘンジョ・ダロの発掘調査をしていた。サーケートラームにはイスラーム教徒のアムジャド・カーン(シャールク・カーン)やスィンド人のラールワーニー(サウラブ・シュクラー)といった友人がいた。ところが政情が不安定になってきたため発掘調査は中止となり、アムジャドは妻アパルナー(ラーニー・ムカルジー)の待つカルカッタに帰ることになった。

 カルカッタではヒンドゥー教徒とイスラーム教徒の間で対立が深まっており、暴動が起こっていた。サーケートラームが出掛けている間に彼の自宅にイスラーム教徒の暴徒たちが押し入り、アパルナーは強姦の後に殺された。怒ったサーケートラームは何人かのイスラーム教徒を殺す。この暴動の中で彼はシュリーラーム・アバヤーンカル(アトゥル・クルカルニー)というヒンドゥー教徒活動家と出会う。

 サーケートラームは故郷のマドラスに戻り、家族の要望に従ってマイティリー(ヴァスンダラー・ダース)と結婚する。当初、サーケートラームはアパルナーを忘れられていなかったが、徐々にマイティリーにも心を開くようになる。

 サーケートラームとマイティリーはハネムーンとしてマハーラーシュトラ州を訪れ、アバヤーンカルと再会する。アバヤーンカルは彼らをマハーラージャー(ヴィクラム・ゴーカレー)と引き合わせる。また、サーケートラームは偶然ラールワーニーと再会する。ラールワーニーは家族をイスラーム教徒に殺され、インドに逃れて来ていた。マハーラージャーはヒンドゥー教徒過激思想を持っており、アバヤーンカルとサーケートラームにガーンディー暗殺を命令する。サーケートラームは暗殺のための銃を受け取る。アバヤーンカルは落馬をして全身不随となったため、ガーンディー暗殺の任務はサーケートラームの肩にのしかかった。彼は指示があるまで待機することになった。

 場面は1999年に移る。サーケートラームが危篤状態となったため、サーケートラームJr.たちは祖父を病院に運ぼうとする。だが、チェンナイの街はバーブリー・マスジド破壊事件の記念日で暴動が起こっていた。警察は彼らを地下シェルターに隠す。

 再び回想シーンとなり、インド独立直後に場面が移る。サーケートラームはガーンディー暗殺の指令を受け取ったが、マイティリーの妊娠も発覚する。だが、サーケートラームは家族よりもガーンディー暗殺を優先し、密かにマドラスから抜け出して、ヴァーラーナスィーで身体を清める。そしてデリーへ向かい、ガーンディー暗殺の機会をうかがう。ただ、別の人間がガーンディーを暗殺しようとしていた。

 サーケートラームは銃をなくしてしまい、その行方を追ってチャーンドニー・チョークに入り込む。そこでアムジャドと再会する。アムジャドと他のイスラーム教徒はソーダ工場に身を潜めていた。サーケートラームが銃を持っていたことでアムジャドは彼がイスラーム教徒を殺しに来たのではないかと疑う。工場には警察が踏み込んで来て銃撃戦となるが、サーケートラームとアムジャドは逃げ出す。サーケートラームがガーンディーを暗殺しようとしていると知ったアムジャドは彼を止めようとする。そこへヒンドゥー教徒の暴徒がやって来てアムジャドを殺してしまう。

 サーケートラームはガーンディー(ナスィールッディーン・シャー)と会い、パーキスターンまで共に徒歩で行脚するラリーへの参加を促される。改心したサーケートラームはガーンディーに自分の罪を自白しようとするが、そのときガーンディーはナートゥーラームに殺されてしまう。

 場面は再び1999年に戻る。サーケートラームは息を引き取り、遺体は自宅に運ばれる。ガーンディーの孫トゥシャール・ガーンディーが弔問に訪れ、サーケートラームJr.は彼に祖父の部屋を案内する。

 印パ分離独立前後のコミュナル暴動でイスラーム教徒の暴徒に妻を殺され復讐の鬼と化し、ガーンディー暗殺の機会をうかがうヒンドゥー教徒男性サーケートラームを主人公にした映画だ。ガーンディーをはじめとして、実在する人物が何人か登場するが、サーケートラーム自身は架空のキャラであり、ストーリー全体もフィクションである。

 サーケートラームが復讐の鬼と化した後はヒンドゥー教過激派の主張が繰り返されるため、ガーンディー批判映画のように見えて来る。だが、最後まで観ればこの映画が決してガーンディーを批判する目的で作られたものではないことが分かる。全ての宗教が共存するインドを支持する内容であり、それは特にイスラーム教徒でありながらインドに移住したアムジャドの口から明確に発信される。

 サーケートラームの本業が考古学者で、印パ分離独立前はインダス文明の遺跡モヘンジョ・ダロの発掘調査をしていたというのも意味深な設定である。インダス文明はインド文明の礎であるが、その時代にはヒンドゥー教イスラーム教もなかった。その発掘を、実在する英国人考古学者モーティマー・ホイーラーの下、ヒンドゥー教徒ブラーフマンのサーケートラームとイスラーム教徒パターンのアムジャドが一緒に行っていたのである。

 また、サーケートラームはタミル人であったが、彼が最初に結婚したアパルナーはベンガル人であった。このカップルにはインド国内における地域間対立の解消も込められていたといえるだろう。

 場所もインド亜大陸のあちこちを往き来する。モヘンジョ・ダロのあるスィンド地方やその主要都市カラーチー、ベンガル地方の主要都市カルカッタ、南インドの主要都市マドラス、西インドのマハーラーシュトラ州、北インドの宗教的聖地ヴァーラーナスィー、そしてインドの首都デリーである。

 独立から半世紀が経ち、改めてガーンディーの功罪について再考察する中で、彼が人生を賭けて推し進めた宗教融和の重要性に立ち返る、非常にスケールの大きな映画であった。

 南北のスターであるカマル・ハーサンとシャールク・カーンが共演したことも大きな話題だ。彼らの共演は初である。シャールク・カーンはこの映画のヒンディー語版配給権も獲得しており、正に南北スターがしっかりと手を携えて作り上げた作品である。カマル・ハーサンとラーニー・ムカルジーのキスシーンやベッドシーンもある。非常に野心的な作品ではあるが、興行的には失敗に終わってしまった。

 音楽監督は巨匠イライヤラージャーである。ただ、彼が作曲した音楽にしては力不足に感じる。実はこの映画の音楽には大きな苦労があった。当初、この映画の楽曲を作曲したのは著名なヴァイオリン奏者Lスブラマニヤムであった。彼の作曲した楽曲と共に映画の撮影が行われ、ほぼ完成したのだが、スブラマニヤムが法外な報酬を要求してきたため、カマル・ハーサンはイライヤラージャーに作曲を代わってもらったのである。イライヤラージャーは歌詞は変えず、既に撮影された映像に合わせて作曲し直し、この映画を救ったのだった。

 「Hey Ram」は、印パ分離独立期のインドを舞台に、復讐のためにガーンディー暗殺を狙うヒンドゥー教徒を主人公にした歴史フィクション映画である。ガーンディー批判とも取れるセリフはあるが、全体的にはガーンディーの価値観が尊重された内容になっており、安心する。しかも南北のスターであるカマル・ハーサンとシャールク・カーンの貴重な共演を楽しむこともできる。興行的には振るわなかったが、必見の映画である。


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